シンジと愉快な仲間達−ゴーストバスターズ
 
 
 
 
 
封魔カルテ1−D
 
 
 
 
 
「今から買いに行くかい?」
 起き上がったナルに、シンジは微笑を含んだ声で聞いた。
 その途端妖女の顔から笑みが消えた。
「遠慮しておくわ。呪殺されたくないもの」
 シンジから目線は外さず、ナルは首を振った。
「呪殺は僕の専門分野じゃない。呪うとかそっちなら、うちの秘書の方が得意だよ」
「だと思ったわ」
 たっぷりと嫌みを含んだ口調だが、ミサトの方は見ていない。
「呪う価値も無い女なんか、呪ってるほど私は暇じゃないわ」
 とミサト。これもナルの方は見ない。
 室内に冷ややかな空気が流れる中、シンジはカップを手に取った。
「入ってないぞ」
 暗闘など、起きていないかのようにシンジが言った。
 無論自分で飲み干したのだが、どこか伸びきったような口調に、室内の空気が強引に緩んだ。
「葛城、もう一杯くれる」
「あ、はい」
 立ち上がって出て行きかける背に、
「次はココアで−甘いやつね」
「うーんと甘いのを持ってきます」
「私はモカでいいわ、ブラックで」
 と、偉そうに言ったのは無論ナル。一瞬ミサトの足が止まったが、振り向きはせずに出ていった。
「飲むの?」
「変な物が入っていたら、雇用主に責任を取ってもらうわ」
 妖艶な流し目をシンジに向けた。
「責任?結婚とか」
「それは怖いからいや」
 初な小娘のようにナルは首を振った。
「で、何を?」
「一生荷物持ちでもなってもらおうかしら?」
「何百年?」
 シンジの言葉に、一瞬ナルから笑みが消えた。
「なんの事かしら?」
「何でしょう」
 絡まる二人の視線に危険な物はなかったが、ナルの方がわずかに視線を逸らしているのは気のせいだろうか。
 先に笑ったのはシンジであった。小さな口元がほんの少し緩む。
「パガン朝よりも前かな」
 訊ねる、と言うよりは呟くように言ったシンジへ、これもほんの少し−だがわずかに硬い笑みで、
「さあ、どうかしらね…あの娘に聞いてご覧なさいな。それと」
「それと?」
「一つだけサービスしてあげるわ…お近づきの記念に」
「なにを?」
「あの娘、妙なところで人気あるのよ。じゃあね」
 その顔が俯くのと、
「あ、逃げた」
 シンジが呟くのとが同時であった。
 前に倒れ込んだマユミを支えると、シンジは内線を押した。
「はい?」
「ブラックはキャンセル。砂糖とミルクをたっぷりと」
「えーと…はい」
 シンジの付き合いが長いミサトは、聞き返しもせずはいと答えた。ただし、受話器を持って一瞬首を傾げている事だろう。
「それにしても」
 マユミを横たえながら、シンジは首を傾げた。
「これってずるい」
 入れ替わる時、明らかにそれは平等ではない。
 それどころかナルは、マユミの意識を好きなように操れると来ている。情報操作される方はたまったものではあるまい。天真爛漫というかおっとりというか、マユミが壊れずに済んだのは性格のおかげでもあったろうか。
 シンジがマユミの顔を眺めていると、ミサトが入ってきた。
「顔に何か付いてるんですか?社長」
「言葉から刺が生えてるよ」
「気のせいです、はい」
 ややい音を立てて、カップをシンジの前に置く。
「あ、起きる」
 シンジが言うのと、マユミが目を開けるのとが同時であった。一瞬で意識が覚醒したのか、がばと跳ね起きると辺りを見回した。
「わ、私また…?」
「大丈夫です。あまり気にしないで」
 マユミが目を開ける刹那、顔を眺めていたシンジはひょいと避けている。そのマユミの前に置かれたコーヒーは、殆どミルクティー状態となっていた。
「目が覚めるわ、どうぞ」
「あ、はい」
 促されるまま飲んだマユミは、何故かシンジではなくミサトを見た。
「何かしら?」
「葛城さんは…碇さんの恋人なんですか?」
 ナルとは異なり全く邪気の無い問いだったが、ミサトがむせ込むには十分な威力を持っていた。
「ちっ、ち、違うわよっ」
 つい強い口調になってしまい、
「…え、違うんですか?」
「そう見えるの?」
「はい、とても」
「お似合いだそうだ、良かったね」
 などと、呑気に言ったのは無論シンジである。
 ミサトは若き雇用主をちらりと見ると、
「私じゃ、逆立ちしても似合わないのよ」
 マユミにしか聞こえないような声で囁いた。
「はあ」
 と、何故かマユミは首を傾げた。
「なんでそんな事?」
「あの人が…」
「あの人?ああ、あっちの人ね」
「普段だったら逆らう者は許さないし、それを私に自慢そうに話すんです。だけど」「だけど?」
 ミサトの目に薄く好奇の色が湧いた。
「私の意識を押さえたまま、何も言わないんです。多分葛城さんにやられちゃったのかなって思って」
 あっさりと言ったマユミに、ミサトは内心で少しだけ笑った。
(ストレートな子ね)
「ま、私の敵じゃ無いわね」
「いい勝負だったよね」
 口を挟んだシンジに、二人の視線が向いた。
 軽く咳払いしてから、
「山岸さん」
「はい?」
「僕とデートしませんか−僕で良ければ、ですが」
 一呼吸置いて。
 『「えっーっ!?」』
 本日二度目の叫びは二人同時に、ただミサトの方から幾分大きく上がった。
「あの」
  握った手をぶるぶると震わせているミサトと、デートの最終段階までも浮かんでいるのか、みるみる頬を紅潮させたマユミを交互に見ながら、少しだけシンジは申し訳なさそうに告げた。
「振り、だけでいいんですが」
 その途端、二人の表情はおもしろいように入れ替わった。
 ぱっと明るくなったミサトと−落胆に彩られたマユミと。
 ただ、依頼人の感情をあまり上下させるのは良くない。
「二食、それとお買い物に付き合うという条件ではどうでしょう」
 一瞬考えてから、
「あ、はい」
 少し喜色を取り戻したマユミを見ながら、ミサトは僅かに首を傾げた。
 良く考えれば、シンジが伊達や酔狂でデートする筈も無いのだ。
 だがどうして?
 
 
 
   
「…はっ…はあっ…マ、マユミ…お、俺もう…くうっ」
 声と同時に男が果てた−ただし一人で。
 自慰にふけっていた男だが、既に数度を数えるのか、室内には大量の使用済みティッシュが転がっている。
 その視線の先にいるのは全裸のマユミ−ただし印刷された物。
 こちらに笑顔を向け、まるで柔軟体操のように脚を開いたマユミは、秘所を隠そうともしていない。それどころか、自らの指でそこを開いてさえいる。
 清楚な顔と相まって、自ら性器を拡大表現している娘は、背筋がぞっとする程の妖艶さを見る者に印象付ける。
 だがしかし。
 淫靡極まるこの絵も一点だけ問題があった−そう、首の付け根がどこか妙なのだ。
 単なる風景画ならともかく、美女の裸体ならば隅々まで見たくなる物である。ゆっくりと視線を這わせていくと、そこは間違いなくずれている。
 精巧に作られたそれは…コラージュの成果であった。
 男の名は藍田権助、投稿を専門とするカメラマン−実際にはカメラ小僧とさして変わらないが。
 普段はイベントやコンサートで、際どいアングルの写真を取っているのだが、たまたま入った店でマユミを見つけたのだ。
(清楚な顔にアンバランスなその胸!これだよこれ)
 と内心で叫んだかどうかは不明だが、早速客向けの笑顔をフィルムに納めた藍田は、PCに落とし込んだ画像を改造、好みの全裸体に仕上げたのだ。
 イベントやコンサートで、藍田が取るのは進んでではない。彼等が作り物の笑顔を浮かべている事は分かりきっていたからだ。その藍田に取って、天然の微笑を浮かべるマユミは、文字通り理想のモデルだったのである。
 ただしそれ以外も天然なマユミは、寄ってくる男たちをあっさりと撃退、これはかなわぬと見て取った藍田は、自分の部屋に飾っておく事にした−偽物を。
 マユミの裸体を見ながら、荒い息を吐いている藍田は、のろのろと立ち上がると写真に近づいた。
 愛しそうにほお擦りした時、マユミの眉が寄った…ように見えたのは気のせいだったろうか。
「もっと…もっと知りたい…君の事を…」
 情熱的な恋人のような口調で言った藍田。
 だが下半身は剥き出しのままそんな事を言われても、喜ぶ女がいるかは別だが。
 
  
 
 
 
「明後日はお暇ですか?」
 訊ねられたマユミは即座に、
「暇…いえ、暇になりますっ」
 弾むような声で答えた。
 本来暇な予定であって、暇になる訳はない筈なのだが、そこはシンジも気にせず、
「では明後日の午前九時に、駅前の天使の銅像前で」
「はいっ」
 と言った後、ふと何かを気にするように、
「ほ、本当に私でいいんですか」
 少しトーンダウンした口調で訊ねた。
「と言いますと?」
「あ、あの人の方じゃないんですか…」
 無論マユミが指しているのはナルの事だが、
「違います」
 シンジは即座に否定した。
 その声にお世辞など感じられず、
「…良かった…」
 と、マユミは豊かな胸を抑えた。
(この子、天然よね…)
 ミサトは邪気も抜かれ、半ば感嘆でマユミを眺めた。
 ミサトがシンジとデートしないのは、単に遠慮しているからではない。
 前に一度デートした時、ミサトが酔いつぶれた事がある−正確には、シンジに潰されたのだが。
 いかに良質のワインとはいえ、ダースなど飲むものではない。ミサトがダウンしたのは2本をまるまる開けた後であり、シンジがグラスを置いたのは、さらにもう2本を空にした後である。
 完全に前後不覚になっていたミサトが、我を取り戻したのは凄まじい殺気を感じたからだ−それも自分だけに。
 どこか妖艶にも近いシンジの美貌は、背負われているミサトに周囲からの殺意をもたらす結果となり、それ以降ミサトはシンジと一緒に歩くことはあっても、1メートル以内には近づかない−死にたくないからだ。
 男の背にいただけで、月夜の無い夜は背に気を付けるなどミサトはしたくないのだ。
「じゃ、じゃあ準備があるので私、これで帰ります」
 羽が生えたように立ち上がったマユミを、二人は玄関まで見送った。
  
 
「社長、どういうおつもりですか?」
 訊ねたミサトの口調には、むしろ単純な疑念の方が強かった。
「もう一人の彼女がね」
「もう一人?あっちですか」
 吐き捨てるようには言わなかったが、言葉には刺がある。
「そう、あっち」
 シンジはうんと頷いて、
「マユミさんが妙に人気がある、って言ってた」
「え?」
「葛城、熱いストーブの上に手を置いたらどうなる?」
「…火傷します」
「その前に、反射的に手をどけない?」
「そ、それは勿論です」
「それかも知れないし」
「は?」
「マユミさんの第六感か七感が、無意識に反応したのかもしれない」
「七感?」
「実は、僕には八感まであるんだ」
「初めて遭った時から知ってたわ、シンジ君」
「どうして?」
「子供なのに、一度も泣かなかったから。それに、私に甘えようともしなかったし」
「…それは生意気って事?」
 そうです、と言いかけてミサトは凍り付いた。シンジの目が、じっとミサトを見ていたのだ。微笑を含んでいるにも関わらず、闇に捕らえられたような気がして、ミサトは顔を逸らす事も出来ない。
 視線が絡み合っているにも関わらず、蛇に睨まれた蛙状態になっているミサト。
 心臓まで鷲掴みにされたような気がして、シンジがゆっくりとまばたきした時、ミサトは寿命が縮んだのを知った。
「生意気な甥のデート、付いて来る?」
「…遠慮しとくわ、野暮な事はしたくないし」
「それは残念」
「どうして?」
「財布係頼もうと思ったのに」
 平然と言うシンジを、ミサトはちらりと睨んだ。
「私以外に幾らでもいるでしょ、やってくれる娘(こ)は」
「心当たりがないんだな、生憎」
 シンジはとぼけると、
「僕のハーレム論は置いといて、妙に人気があるって言葉は気になる」
「どうして?」
「さっきも言ったけど、無意識の反応なら何か元がある筈だ。僕はそれを発見すればいい」
 シンジの言葉に、ミサトの表情が引き締まる。
「ストーカーとか?」
「多分ね」
 シンジは軽く頷いた。
 ミサトは一瞬考えてから、
「社長」
 と呼んだ。
「来てくれる?」
 頷いた後、
「でも財務担当は嫌よ」
 その口が、心なしか膨らんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「はいはい」
 少しだけ笑って言うと、
「もう一杯くれる」
 カップを差し出した。
 出て行くミサトを見ながら、
「そう言えば」
 首を傾げた後、
「デートなんて何年ぶりかな」
 空のカップを見ながら、小さく呟いた。
 だが、有り余る希望を全てミサトが排除している事を、本人が知っているかどうか。
 
 
 
 
 
 翌日、シンジは駅裏の路地にある煙草屋を訪れていた。
 警察のそれさえ上回ると言われる科学力で、日夜世界の政府筋を盗聴していると噂される、赤木ナオコの店である。
 だがその興味は何故か、もっぱら国家機密に限定されると言われ、政策やら予算やらその筋の事に関しては、CIAより早いと言われているが真偽は明らかでない。
 それに加えて街一番の情報屋と言われているが、幾ら金を積まれても気に入らなければ、一切流す事はしないらしい。
 さてシンジはと言うと−
「まだ食べるの?」
「糖分は全部胸とお尻に行くからいいのよ。試してみる?」
 パフェのチェリーを摘みあげると、妖しく色づいた唇を少し開けて放り込む。
 ナオコが自賛する通り、たっぷりと突き出した胸はミサト以上の量感を感じさせ、まるで抉ったかに見える腰まで、どこか危険な美のラインを描き出している。
 ミサトが小学生の頃、町内で迷っていた所を買い物帰りのナオコに助けられたと言っていた。
 その時既に成人していたと言うから、とっくに四十代かそれ以上になっている筈なのに、今三倍目のミックスパフェ−それも大盛り−を美味しそうに食べる姿は、どう見ても三十代にしか見えない。それも前半程度。
 しかも厚化粧でもなく、殆どノーメークにすら近いのは、やはり素材から来る物だろうか。
「貴女のファンに恨まれるから止すよ」
 くすっと笑ったシンジは、細い指で紙縒りを折っている。なお、シンジが頼んだのはクリームソーダ。
 グラマーな美女と秀麗な美青年の組み合わせ。しかも双方とも甘い物を頼んでいるとあって、店内の視線は2人に釘付けになっている。
 ただし、シンジの方に向いている視線が多く、その殆どがうっとりした物になっているのは、彼らの容貌の差でもあろうか。
「冗談はお止し」
 ナオコは白い歯を見せて笑った。
「さっきからあたしに嫉妬が集中してるじゃないの−こんないい男独り占めにしてってね」
「視力に問題があるのかも知れない」
 シンジはほんの少し笑うと、緑の海に浮かぶアイスをすくって口に入れた。
「少ししみる」
 と頬に手を当てた姿に、店内から熱いため息が洩れた。
「歯医者なら、二丁目の北条歯科へお行き。あそこは今度娘さんに代わったよ」
「どうして僕が?」
「あんた好みのいい身体した娘だよ」
「語弊があるよ」
 ナオコはふふふ、と笑うと
「1年間の治療代と引き換えに頼まれたのさ」
「何を?」
「碇シンジが虫歯になったら、うちに来させてくれって」
「…悪質な闇カルテルだな。全く年を取るとろくな事は考えない」
「何か言ったかい?」
「老いてますます見目麗しって言ったんだ」
「あんた、閻魔に舌抜かれるよ」
 じろりとシンジを見た後、
「怪しいのは1人だね」
 と、いきなり告げた。どうやら彼女に取って、前置きなどは不要らしい。
「元彼?」
「いいや、一目ぼれのカメラ小僧さ。名前は藍田権助」
「どう言う事?」
「マユミって娘(こ)、バイト先はレンタル屋だろ。そこに偶然客で来たのさ」
「カメラ男が目を着けるような美貌じゃないと思うけど−あっちは別として」
「そうでもないさ」
 最後の一滴を、器用に救いながらナオコは言った。
 妙に深みのある口調を感じ、
「そうなの?」
 聞き返したシンジに、
「大体ああ言う小僧が撮っているのは、上辺だけの笑顔を貼り付けた連中と決まってるのさ。だから天然物に惹かれるんだよ、多分ね」
「重みがあるね」
 納得したように言うシンジに、
「あたしが何年生きてると思ってるんだい」
 ナオコはにやっと笑って見せた。
「二十年?」
 紙縒りを綺麗に折り畳みながら言ったシンジに、何を感じたのか伝票を取って、ナオコはゆっくりと立ち上がった。
「僕が払うけど」
「自分で頼んだ物は自分で払うよ−半世紀に一度くらいはね」
 珍しい事もあるもんだと、首を捻ったシンジに、
「ミサトちゃんとその子、両手に薔薇は気を付けたがいいよ、シンジの坊や」
 坊やと言われてシンジの表情が、僅かに動いた。
「マユミって娘、ただもんじゃ無いね。店で会ったら妖気がぷんぷん漂っていたよ」
「何時行ったの?」
 さすがに驚いて訊ねたシンジに
「あたしがそっちに興味を持ったら変なのかい?」
「あ、いえ」
 当然という顔をして身を翻したナオコの背に、
「妖気」
 訊くと言うより、どこか自分に言うように呟いたシンジ。
 だが、ナオコは振り返らず店を出て行った。
「両手に棘?とても痛そうだ」
 ぼやいた後、熱い視線を全身に受けながらシンジが店を出たのは、二十分余り経ってからであった。
 
 
 
 
 
「碇さんとデート…碇さんと…ふふ、うふふふふ」
 夕食後、鏡の前でファッションショーを始めてから1時間後、漸く決まったらしいマユミは、今度は笑いの止め方が分からなくなったらしい。何を妄想しているのかは不明だが、ハンドバッグを抱えたまま身体は硬直して、顔だけが緩みきっている。
「何食べようかしら…和洋中…それともフランス?でも昼間からそれも…あっ、二食ってもしかして昼と夜?と言う事は夜は…うふ、うふふふ」
 またしても、奇怪な笑みの無限ループにはまったらしい。
 結局、マユミが床に着いたのは12時を回っていた。
 それも寝る前に、
「碇さん…」
 と何度も呟きながら。
 別に妄想するののは、さして悪い事ではない−別に呪ったりしなければ。
 人の名前を呼ぶのも、これまた特に悪くはあるまい。
 ただし、どんな事にも例外はある。
 そう−彼女を勝手に恋人と断定し、盗聴している男がいる場合とか。
 
 
 
 
 
「碇シンジ…碇シンジ!?何だと!!」
 アパートの室内に、怒鳴り声が響いたのはマユミが寝付いてから数分後の事である。 さすがにスイッチを入れたまま怒鳴るような事はせず、一旦スイッチを切ってからだったが、共同住宅の常として数秒もしないうちに、上下左右の壁が思い切り力任せに叩かれた。
「あの訳のわかんねえ、化け物退治とか言ってる会社の奴だな。顔は…」
 最後が尻すぼみになったのは、シンジの容姿位は知っているせいだと見える。
 だが、藍田は知らなかった。
 自分が敵意を向けたのが、誰なのかと言うことを。
 そして、自分が既に排除対象として認定されていることも。
 何よりも、自分が敵にした男が、実は1人ではないかもしれないということを。
 滅多に独り言を言わないせいで、権助の盗聴器は実際の所役に立ってはいなかった。
 それが初めて役に立った時、マユミの口から出たのは男の名前。
 あらぬ妬心に燃えた藍田権助だが、それが何を生むのかを−本人は知らない。
 
 
 
 
 
(続)

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