シンジと愉快な仲間達−ゴーストバスターズ
 
 
 
 
 
封魔カルテ1−B
 
 
 
 
 
「あ、あの…ふ、服をですか…?」
「そうです」
 さすがに恥ずかしさを隠せないマユミに、シンジはあっさりと告げた。
 だが、言葉にある物を乗せたことにマユミは気が付いていない。
 効果が現れたのは、数秒経ってからであった。
 俯いてセーターの端を掴んでいたマユミが、ゆっくりと顔を上げたのである。
「……あの…」
「はい?」
「き、綺麗ですか?」
 おもむろにシンジは頷く。
「実際の価値に気が付いていない人は、意外と多いんですよ」
 妖しく微笑して告げる青年に、マユミは陥落した。
 ゆっくりと脱ぎ掛けて−急に後ろを向いた。
 それを見たシンジの表情が一瞬動いた。
「僕は出ていますから」
 そう言って出ていこうとした背中が呼び止められた。
「だ、大丈夫ですっ」
 シンジの足が止まる。
「わ、私が後ろを向いていますから…」
「分かりました。じゃ」
 と、のこのこ戻ってきたシンジだがその表情は、僅かながら動いていた。
 目の前の女子大生に、一体何を見たというのか。
 アイボリーのセーターがゆっくりと上がっていくと、中からは当然のようにブラが現れた−色は薄いワインレッド。
 後ろにホックがないところを見ると、フロントホックのタイプらしい。
 フロント、即ち前にホックがあると言うことは胸の大きさをある程度は物語る。
 あまり大きいと、フロントタイプは無いからだ。
 後ろに伸びた手が、そっとブラジャーを外そうとするのを見て、シンジが止めた。
「下着まではつけたままでいいです−多分」
 それを聞いたマユミの手が止まった。
「あーら、それは残念ねえ」
 どちらかと言えば清楚な雰囲気を漂わせていた彼女からは、想像も付かないような妖しい声と共に、ゆっくりとマユミは振り向いた。
 淫らそのものをルージュ代わりにしたような濡れた唇、男を惑わす魔性の光を讃えた瞳、そして何よりも羊水代わりに愛液でもまとって生まれた来たような、天性の魔性が全身から溢れている。
 だが奇妙なことに、シンジは驚いたような表情は見せなかった。
「初めましてよね。綺麗な人」
 妖女が舌なめずりしながら言った瞬間、ブラジャーは床に落ちた。
 
 
 
 
 
 シンジがマユミを脱がせている頃、とあるマンションの「葛城」と書かれた一室で、
「あー、また寝坊したじゃないのっ!」
 幾分不機嫌な声が部屋の中に響き渡った。
 誰かのせい?
 いや、違う。
 昨夜は繁華街を散々飲み歩いて、帰ってきたのは午前二時を回っていた。
 女の本能で化粧だけは落としたものの、服はそのままでベッドに大の字になったのである。
 ブランド物のバーゲンセールで手にしたお気に入りのスーツも、全体重を掛けられて無惨にへこみ、放り投げられたパンプスは壁にぶつかって、数カ所穴を開けてから床に落ちた。
 一個目の目覚ましを蹴り飛ばしてその生涯を終わらせ、二個目の目覚ましは裏拳で同様に墓場に送った。
 最大音量にセットしたステレオが鳴ってからやっと、その目は開いたのである。
 寝ぼけ眼(まなこ)で携帯のボタンを押し、数秒してから起きあがった。
 既に肌が自動回復する年ではない。髪はスプレーで誤魔化し、こするように洗った顔にあわただしく塗装を開始した。
「あーっ、全然乗らないわよっ」
 睡眠不足の肌に、時間がない故のいらいらが加算されてはノリがいい訳がない。
 仕方なしに普段の数分の一で断念して、上着を引っかけて飛び出した。
 出ていくときに、
「ナチュラルもたまにはいいわよね」
 と呟くのを忘れない。
 手抜き=ナチュラルとは、と女性の語彙集はつくづく便利と言える。
 駐車場へ飛び出すと、とっくに絶版になっている筈のスープラが、ツインターボのエキゾーストを奏でていた。
 携帯の連絡はエンジンだったらしい。
 既にアイドリングは済んでいる。
 ターボ、それもツインターボなど完全に反社会的な代物と化しているのだが、彼女には全く通じないようだ。
 数回ぐいと踏み込み、静かな場内にど派手な音を立てると、タイヤをきしませて飛び出して行った。
 本来なら、管理人を始め住人達からアンチの運動を起こされる所だが、
「僕の知り合いがいつも迷惑掛けてます」
 と、ちょっとだけ申し訳なさそうに頭を下げる、美麗な青年のおかげで事なきを得ているのだが、無論そんな自覚はない。
 
  
 
 
 
「初めまして」
 とシンジは動ずる様子も無く言った。
 180度近い変貌を見ても全く動じない所を見ると、既に予測済みだったのか。
「あら、驚かないのね。いえ呼び出した、というべきかしらね、美しい魔術師さん」
「そんなマジシャンみたいに」
 シンジはうっすらと笑って見せた。
 天使のような美貌にあどけなさが加わり、一瞬女から邪気が消えた。
 だが直ぐに立ち直ると、
「言霊を使える人間なんてそうはいないわよ。特に、純粋な人間にはね」
 どこか冷たい視線でシンジを見た時、一瞬妖艶と凄絶が入れ替わった。
「では僕は不純なのかな」
 真面目な顔で空を仰いだシンジを見て、妖女は声を上げて笑った。
「あは、あはははっ、面白い子ねえ−本当に」
 指がスカートに伸びた瞬間、パンティーごと床に落ちた。
 一糸まとわぬ姿になると、シンジの両肩に妖しく手を掛けた。
「男と女が分かり合うにはこれが一番よ、あなたもそう思うでしょう?」
 体中から障気にも似た淫蕩な気が吹き上げ、しっとりと濡れた唇は紅い毒苺を思わせる。
 乳房の形は変わっていない。
だが明らかに質量は増している−そして淫らさもたっぷりと。
 妖艶な美女に迫られながら、シンジの視線はその下腹部に注がれていた。
 シンジはこう呟いたのである。すなわち、金髪と。
 シンジの言葉は奇妙だが間違ってはいなかった。漆黒の髪は明らかに地毛である。
 それなのに秘所をすっぽりと覆うようなそれは、間違いなく金髪だったのだ。
 そしてそれもまた完全に金色であり、染めたわけでも脱色した訳でもない。
「私の髪、綺麗かしら?」
 ふうっと熱い息を吐きながらシンジに訊ねた。
 誘われずとも手を伸ばしたくなるような毛並みであり、淫らさであった。
 しかしシンジは、
「どちらが本物ですか?」
 とさして興味もなさそうに聞き返したのだ。
 それは一種異様な光景であった。
 全裸の妖艶な美女が、その首に艶めかしく腕を巻き付けているにも関わらず、微動だにしない青年。
 シンジの言葉を聞いた時、女の顔が変わった−羅刹へと。
「面白いことを言うわね、私が誰かですって?私はマユミよ、山岸マユミ。それ以外の誰だと言うの?」
「マユミさんは日本人みたいですが」
「ハーフという話もあるわ。それともハーフの意味は知らないの?」
 ハーフねえ、とシンジは呟いた。
 自分の裸体を前に、何やら考え込んだシンジに業を煮やしたか、
「それよりさっきの続きよ、さあ!」
 有無を言わせず濡れた唇が迫る寸前、シンジはすっと身を引いた。
 女に取って一番の屈辱、それは満を持した誘惑が通じないことだという。
 それも絶対の自信を持った者であればあるほど、その度合いは大きくなる。
 そしてその女の場合は絶対であったらしい。
 眉がきっと釣り上がるのと、目が赤光を放ち始めるのがほぼ同時であった。
 瞬間的にシンジは目を閉じた。邪眼を警戒したのである。
 瞑目したままのシンジの耳に、女の哄笑が響いた。
「お馬鹿さんねえ、私がそんな目くらましを使うと思ったかしら。ふふふ、この私の腕の中で死ねぬ事、あの世で永劫に後悔なさい」
 それを聞いた途端、シンジはぱちりと目を開けた。危険が無いと知れば目を閉じてキスを待つ必要はない。
 この辺の判断は迅速である。
 目を開けたシンジの目に入ったのは、長い髪をまるで天を衝かんばかりに逆立てた女の姿であった。
 寒い、と感じたのは数秒後であり、凍える、と感じるには更に数秒を要した。
 あ、と洩らしたのは単なる感想ではなかった。
 足下は既に氷の中にあったのである。
「私を振った事、その結果を己の身体で体験なさいな」
「別に振ってないけど…」
 あがきも空しく、シンジはみるみる氷に覆われていく。
 美しい獲物を剥製にした気分なのか妖女は、にたあと嗤った。
 
 
 
 
 
「ご免ねえ、遅れちゃってえ…」
 葛城ミサトがそっと事務所のドアを開けたのは、既に九時を十分近く回ってからであった。
 交通渋滞ならさして言われないが、私用で遅れるとあの雇用主はうるさい。
 しかも昨夜飲み過ぎた結果だ、などと知られれば、
「108ある独身の理由がよく分かるよ」
 と美しい顔に似合わず、ちくりと棘が出るのは火を見るよりも明らかだ。
 でも結構似合ってる、ともミサトは思う。
 あれだけ美しいと、きれいな薔薇には何とかの方に聞こえてくる。
 どうしてだろうと思う。
 ゲンドウは実の兄ながら美貌とはほど遠い相貌であったし、しかも美貌で知られた母ユイをも、遙かにしのぐシンジの美しさなのだ。
 鳶が何とか、ってやつよね…とはミサトは一度も言った事はない。
 別にシンジが怒るから、ではない。
 ただし、時々怖くなることは正直に言えばある。
 本当に怒ったのを見たことはない、ただの一度も。
 それなのに−怖いのだ。
 いつも見せる笑顔が、実は横を向いたら仮面だったのが見えるような気がして。
 全てを見抜くような黒瞳が、実は幾ら測っても底の知れぬ常闇のような気がして。
 二人きりの家で後ろから、ねえ、と呼ばれた時に背中に寒気を感じたことは幾度もあった。
「ミサトちゃん?」
 と重ねて呼ばれると、ミサトは心底安心するのだった。
「あ、あのー…」
 恐る恐る社長室のドアを開けたミサトをシンジは、珍しく笑顔で出迎えた。
 一瞬貼り付けた笑顔かとひやりとしたが、本物と知って安心すると同時に一体何があったのかと、首を傾げながら中に入っていった。
 
 
 
 
 
 シンジは笑顔のまま氷の柱に閉じこめられていった。
 すらりと伸びた脚も、まるで女性のように細い腰も、そしてそれとは反するように広い肩も。
 何よりも、神が天使の顔をそのまま人にしてしまったかのような、その美貌も。
 人間の場合何かを、それも造形などを間違えた日には、基本的にとんでもない事になるのだが、神の場合はそうではないらしい。
「こんな美貌を地に落としたのだから」
 妖女は呟くと、圧倒的な量感の乳房を両手で激しく揉んだ。
 その細く開いた口から、熱い吐息が洩れる。
 全てを凍らせる力の持ち主も、天与の美貌の前では只の女になるのか、その左手は金色に覆われた秘所へと伸びていった。
 
 
 もうすぐ…そう、もうすぐこの男は私の物になる。
 この美しい男は全てこの私の物に…いつも、いつも一緒に…
 一度凍らせれば、後は思いのまま。
 私の奴隷にして私に奉仕させてやる。この美しい顔が跪いてあたしを…
 
 
 胸を揉み上げる動きが、ひときわ激しくなった次の瞬間、
「な!?」
 全裸の妖女の顔に、驚愕が浮かんだ。
 
 
 
 
 
「シンジ君、こ、これは?」
 妙に機嫌が良いと思ったが、まさか全裸の美女のオナニーショーを観賞しているとは思わなかった。
 しかしそれにしてもおかしい。
 ミサトとて初な小娘ではない、セックスも知っているし無論自慰もする。
 シンジには無論言わないが、結構自分の胸や尻には自信があったりもするのだ。
 とは言え、一人で自慰に耽るときには必ず対象がある。
 自分が秘所に指を走らせ、たわわな胸に執拗な愛撫を加える時−常に脳裏にはある人物がいるのだ。
 それに今モニターに映っている女は、明らかに欲情の色を滾らせている。
 だが、氷柱を見て濡れる女など聞いたことがない。ミサトの顔に?マークが貼りついた。
「ねえ、シンジ君…」
「僕を見てるのさ」
「え?」
 更にシンジの笑みは深くなった。
 その指先が指すのは氷柱の中であり、それを見たミサトは納得した表情になった。
「でも珍しいわね、シンジ君がさせるなんて」
 奇妙な言葉だが、それを聞いてもシンジは問い返そうとはしなかった。
 黙って、しきりと自らの体内に指を出し入れしている妖女を眺めていたが、ふと気が付いたように指を鳴らす。
 画面の中で絶叫が響き渡ったのは、次の瞬間であった。
 
 
 
 
 女はたまらず四つん這いになった。
 美青年をおかずにした行為が、予想以上の快楽をもたらしたのである。
 片手は尖った乳首をこねくり回しているのは普通としても、もう片方の手はアヌスへと伸びている。どうやら前だけでは物足りなくなったらしい。
 腕を脚で挟んで固定し、二本の指で自らの尻を執拗に責めている。
 事務所を訪れた時の乙女−マユミとは明らかに別人であった。
 乳房を揉む仕草も、指を入れる度に勝手に上がる尻も明らかに慣れていた。
「あ…・・あンン…もっと、もっとよ……あーっ!」
 乳首を挟む指は青年のしなやかなそれに変わり、尻に出し入れする指もまた、逞しい男根へと変化したのか、妖女は絶頂の声をあられもなく放った。
 股間から液を滴らせながら氷柱へと向かう。
 そして上から抱きしめようとした瞬間、部屋の風景は変わった。
 凄まじい水の落下音が、凄まじい衝撃となって耳を打つ。
 柔らかな足下は、一転して硬い岩の感触になった。
 彼女は自分が滝壺のほぼ真上にいることを、知ったのである。
 一瞬にしてその表情が強る。
 そして自らの身体の落下を知った時−その唇から絶叫が迸った。
 別室にいたシンジが指を鳴らしたのは、ちょうどその瞬間であった。
 
 
 
   
  
「白糸の滝?」
 崩れ落ちた裸体を、冷たく見下ろしながらミサトが訊ねた。
 既に部屋には水分の欠片も見られない。
 乾いた絨毯の上に、マユミはあられもない姿で横たわっている。
「はずれ」
 シンジは軽く首を振った。
「華厳の滝の方だよ。映像しか見たことは無いけれど」
「それにしても相変わらずよねえ」
 と、ミサトは感嘆したようにため息をついた。
「私でも多分こうなるわね…分かっていても」
「そう?」
 シンジは曖昧に微笑した。その人を溶かすような笑みが、ミサトの心の何処かを鷲掴みにする。
 思わず抱き付きたくなるのを必死に抑えて、
「それで…この娘何なの?」
 訊ねると雪女、とあっさり答えが返ってきた。
「ゆ、雪女ぁ!?」
「そう。ただし二面性」
 そう言いながら、シンジは担いできた毛布を身体に掛けた。
 同性である分ミサトの方が冷たいらしい。
 或いは女が見せた、シンジへの欲情に対する感情の揺らぎがあるのかも知れない。
「服を着せたいところだけど…質問が先だね」
 シンジはかがみ込むと、女の頬をぺちぺちと叩いた。
 だが女は眼を開けない。
 今度は軽くつねってみる。
 やはり起きない。
「シン…いえ、社長のやり方では手ぬるいです」
 シンジと言いかけて止めたのは、彼女の自分に課した鉄則である。
 例えオフの時であっても、彼女は二人きりの時以外はシンジ君とは呼ばない。
 彼女の呼称は常に社長、である。
 もっとも仕事中でも二人の時は、シンジ君と呼ぶのだが。
 シンジの両親亡き後、いやその前からミサトはシンジを可愛がってきた。
 だからシンジの妖しく輝く美貌にも、人よりは慣れている。
 だがそれでもシンジが雇用主である以上、公私のけじめは付けたいとミサトなりに考えている。
 その結果が呼称の使い分けなのである。
「じゃどうするの?」
「これで十分よ」
 ミサトの足が上がった瞬間、シンジは飛び退いていた−ミサトを担いで。
「余計なことを」
 妖々とした声が上がったのは、失神しているはずの女の口からであった。
「確かに」
 とシンジは認めた。
「でも蹴って起こすのはまずいしね。これでも元は依頼人(クライアント)だから」
 シンジの奇妙な台詞に、
「え?そ、そうなの?」
「そうだよ」
「ご、ご免なさいっ!」
 慌ててミサトは頭を下げた。
 無論ミサトは山岸マユミと名乗った娘が、淫靡な雰囲気を纏った妖女へと化したことなどは知る由もない。
「でも、この女性(ひと)は別人」
「え!?」
 ミサトの表情が固まった。
「息せき切って駆け込んできた彼女は、何かを見て自慰ショーを始めるようには見えなかった」
「貴方よ、きれいな人」
 女が口を挟んだ。熱い視線と同様、その声はうっとりと溶けている。
 と、次の瞬間シンジが首筋を押さえた。
 何か熱い物がかすった気がしたのである。
 鉄さえも溶かしそうな凄まじい視線が、シンジの後ろから女を射抜いていた。
 嫉妬の視線を、女は微動だにせず受け止めた。
 シンジに向けた濡れるような視線から一転、零度に近い視線と灼熱の視線が空中でぶつかり合って、激しく火花を散らす。
「…許さないわよ、あんた」
 夜中の墓場で聞いたら気死しそうな声で、ミサトが言った。無論女から視線は外さない。
「絨毯に汚らわしい染みを作った挙げ句、おまけにシンジ君に欲情ですって!?私が黄泉の国へ送ってあげるわ。無論、あんただけをね」
 私でさえも、とか何とかどさくさに紛れて呟いたのは、幸い誰の耳にも届くことはなかった。
「やってご覧なさいな」
 これもミサトから視線を外さず、女は冷笑した。
「あんた、この人に惚れてるようね。身の程知らずだってことを、この私が教えてあげるわ」
 ミサトの視線が、ひときわ凄まじい物に変わった。 
 みるみる部屋の中に魔力と殺気が満ちていく。
 二人の女の闘いは、魔力の拮抗でもあったのだ。
 (よくもシンジ君の前で…殺してやる!)
 図星を衝かれて激怒したのか、或いは?
 しかしその割にはシンジの表情が、一向に変わらないのはどうしてか。
 僅かに首を傾げているように見えるその姿は、下界の俗事を風の音と聞く天使のようにも見える。
 静まり返った部屋は、紛れもなく殺気を孕んでいた。
 自らも山岸マユミと名乗った女と、ミサトとの間の視戦は、頂点に達しようとしていた。
 互いを射抜くような、いやそれどころか射殺さんばかりの視線で睨み合う女達。
 二人の間に必要なのは−闘いの合図のみ。
 数十秒、あるいは数分が過ぎたのか。
 不意にシンジが動いた。
 シンジが傾げていた首を戻した途端、女達は同時に地を蹴った。
「なっ!?」
 黒い壁が二人の間を遮ったと知った瞬間、二人は後ろに跳び下がっていた。
「勝手に喧嘩しないようにね」
 やや、というよりかなり間延びした声は、二人の頭上で聞こえた。
 
 
 
  
 
(続)

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