マッド、襲来 
 
 
 
 
「くら〜シンジ、起きろー!」
 男の部屋に、ずかずかと侵入したアスカ。
 揺すって見たが、いっこうに起きる気配がない。
 かくなる上は、いや最初からそのつもりだったのはともかく、実力行使だ。
 勢いよくブランケットを引き剥がすと、
「あ、朝から元気…」
 内心でにんまりしたが、ここは乙女の特権を駆使していい所である。
 
 パーン
 
 小気味のいい音がして、
「いたたた…あれ?」
「何してんの?アスカ」
 額がずきずきする所からして、攻撃されたのは自分だったらしい。
「あ、あたし何かした?」
「あーんもっとぉ、とか言って胸の谷間に僕を押しつけただけ」
「うぞっ!?」
 が、ちらっと見ると第三ボタンまでパジャマが開いており、
(や、やだ硬くなって…)
 みるみる蒼白になり、
「シ、シンジ見た…?」
「何を?」
「あ、あたしのむ、胸…」
 ここでもし、赤くなったら殲滅してやろうと決めていたが、
「押しつけられて苦しかったから、すぐ離れた」
 真顔で言った所をみると、どうやら見られてはいない。
 だが、シンジの顔に反応してそこが元気になっちゃった可能性があるし、見てないと平然と言われると、それはそれで気にくわない。
 よく言えば複雑、はっきり言えば我が儘である。
 ともあれ、
「さっさと出なさいよっ!!」
 スパン
 大分事情は前後したが、一応夢を実現するのには成功した。
 がしかし。
「ア〜ス〜カ〜」
 逆切れしたシンジが魔王と化すのに二秒、更にアスカがとっ捕まって散々くすぐり出されるのには、四秒と掛からなかった。
「ちょ、ちょっとシンジ止めっ、きゃははっ、く、くすぐったっ、あ、そ、そこ触らないでっ、や、止めてえっ」
 じたばたもがいた挙げ句。
 パジャマの上衣、第五ボタンまで全開。
 なお、アスカは寝る時ノーブラである。
 パジャマの下衣、ナイト用のショーツが半分見えてる。
「作戦は失敗だったな」
 などと呟いている暇もなく、
「シ、シンジひどいようっ」
 前を覆って、しゃがみ込んでしまった。
 が。
「もう、朝から一体何を…あら!?」
 パジャマの上衣の前を全開にして、息荒くしゃがみ込んでいる娘と、これもちょっと息上がって服が乱れているそのツレ。
 たちまち顔がくしゃくしゃになり…
「シンジ君!」
「あ、あの」
 
「やっと、やっとアスカを貰ってくれる気になったのねえっ!!」
 
 ご近所中に聞こえるような声で叫んだ。
 
 
 
「もー、信じらんない!」
 ぷりぷりしながら歩いているアスカだが、その顔はどこか赤い。
 あそこまでやられると、反抗の気力も消え失せて、
「お願いだから二人とも出ていって…」
 半分死にそうな声で頼むのが精一杯であった。
 ただし、その割にはどこか嬉しそうな顔に見えるのだが。
「まあまあ、アスカ」
「何よ」
「さっきは僕も少しやりすぎたから、悪かった」
「べ、別にいいわよ」
 素っ気なく言ったつもりだったが、その時の情景が二人とも浮かんできて、何となく沈黙が漂った。
 おまけに、シンジが今になって少し顔を赤くしている物だから、
「ちょ、ちょっとシンジあんた、何思い出してんのよっ」
「べ、別にっ。そ、それよりアスカこそ顔赤いぞ」
「こ、これはそのっ」
 ごにょごにょ言いながらも、歩みはぴったりと合っている二人だし、アスカのつま先はいつの間にか、シンジの方へと針路修正している。
 ほぼ、横に並んだ二人で、何となくいい雰囲気だが…世の中、なかなかうまくは行かないように出来ていて。
「なーんか新婚さんみたいねえ」
 妙に棘のある声が後ろからして、慌ててアスカは飛び離れた。
「お、おはよレイ」
 一応挨拶したが、声は完全に裏返っている。
「あらあ、私に遠慮しなくていいから、もっと続けていいのよ」
「な、なにを違っ、あ、あたし達は何にもっ、ね、ねえシンジ?」
 が、
「朝っぱらから邪魔な奴だ」
「何ですってえっ」
 ただでさえシンジが気に入らないレイが、猛然と噛みつこうとするのを、
「ま、まあまあレイも抑えて」
「ふうん、やっぱり友達より男取るんだ」
「べっ、別にそんな事はっ」
 とは言っても、妙に顔が赤いと説得力はない。
 いや、これもさっきの事がまだ残っているせいだが、レイはそんな事など知らず、
「すぐ男に走るんだから。女の友情なんてこんなモンよね」
 からりとはしているが、ちょっと嫌みっぽく言ったせいで、今度はアスカが、
「ちょっとレイ、あんたいい加減にしなさいよ」
「何よ、図星突かれたからって逆ギレしちゃって」
「な、何ですってっ」
 たちまち眉をつり上げた二人が、険悪な雰囲気になるのを、
「往来の真ん中でショーやってないで、さっさと行くよ」
「『え?』」
 ふと二人が周囲を見ると…
 
 
「まあ、朝っぱらから痴話喧嘩ですって」
「何でもどっちが正妻になるか揉めてるらしいわ」
「違うわ、妊娠した娘(こ)が、認知しろって押し掛けてきて、それで修羅になってるのよ」
 
 とんでもない事を囁かれているのに気づき、慌ててシンジの後を追って走り出した。
 殆ど、三文週刊誌のネタになるか、或いは低俗なワイドショーの再現ドラマみたいな台詞である。
「ま、待ってよシンジっ」
「ア、アスカ置いてかないでっ」
 シンジに置いて行かれては大変だとアスカが、一人になると間違いなく愛人の敗北と言われるのは間違いないとレイが、それぞれスカートの裾をひらひらさせながら走っていった。
 
 
 
 
 
 その少し後、校内のとある一室にて。
「あのう、先輩」
「何、マヤ」
 先輩と呼ばれた女が、膝の上のレポートから顔も上げずに口だけ動かした。
 なお、殆どマイクロに近い位のミニスカートを、大胆に組み上げた脚はとってもセクシーである。
 ただ生脚でないのは、もう出すには無理があるせいかもしれない。
 それはともかくこの二人、先輩と後輩の間柄らしいが、かなり見た目は違う。
 なにやら、射るような目でレポートを見ているのは、この学校の用務員をしている赤城リツコ。
 結構グラマーだが、そんな事より何より目に付くのは、その金髪である。
 地毛に見える眉が黒だから、染めているのは間違いないが、よくありがちな根元の色変わりが全くないのだ。
 いかに色を染めていても、その根元だけが既に元の色に戻っていると、外観の価値は半減するが、それが全くない。
 おそらく、頻繁に染め直しているに違いない。
 上は黒のハイネックセーターに、これまた下は黒のミニスカート。
 決まりは黒のストッキングと来ている。
 実はこのストッキング、ちゃんとガーターベルトで吊してあり、妖しさ大爆発の代物なのだが、スリットが入ったこのスカートでもそこまでは見えない。
 なお、横に白衣が放り出してあるが、これはリツコの物だ。
 用務員がそんなのを来ている理由はただ一つ、彼女がこの学校の自衛をかねているからだ。
 勿論用心棒などではなく、ほぼ完璧に近いセキュリティシステムを組み上げたのは、他でもないこのリツコである。
 元は優秀すぎるほどの科学者だったが、とかく征服とか制覇とか言う単語を好むために、学会から追放された経歴を持つ。
 しかも、優秀な彼女をただ追放する事は出来ず、彼らは苦肉の策を取った。
 ショタを利用したのである。
 いかにも母性本能をくすぐりそうな青年を一人、生け贄としてリツコの部屋に送り込んだのだ。
 作戦は図に当たったのだが、代償は大きかった。
 その青年は人間不信になってしまい、隠しカメラでその映像は残されていたのだが、それを回収して目を通した初老の学者三人が、殆ど色情狂と化してしまい、精神病院に収容された。
 何しろ、廊下を掃除していた六十代の女性を、いきなり押し倒したのだ。
 映像の途中で、危険な顔になって部屋を飛びだした三人だったが、取り押さえられた時にはまだ映像は流れていた。
 それを見た屈強な警備員は、後にこう語っている。
「あれは…あれは間違いなくサバト(魔女の宴)でした」
 と。
 リツコを追放した後は、その映像は徹底的に破棄され、見た者はすべて記憶消去剤を打たれた。
「ちっ、仕方ないわね。若い子に夢中になりすぎたわ」
 と、さして悪びれた様子もなく、飄々と自由を謳歌したリツコだったが、その彼女を熱狂的に慕ったのがこの伊吹マヤだ。
「せ〜んぱい♪」
 と、いつも浮き浮きした声で呼び、何度止めなさいと言われても止めない。
 それどころか、
「今度やったら、拷問に掛けるわよ」
 余りにも恥ずかしいのでリツコが脅したら、
「先輩にされるならどんな事でもっ!!」
 目をうるうるさせた物で、リツコもその性癖を見抜いて言うのを止めた経緯がある。
 そのマヤは、リツコがこの学校に用務員として入ったのを知るや、どんな手を使ったものかちゃっかりと数学教師として入り込んだ。
 だが、保健室でさぼりたがる生徒以上に、時間を無視してここへ来たがるのは立派な問題児と言える。
 そのマヤが何しに来たかと言うと、
「どうしたのよマヤ」
「あの…ゼ、ゼ、ゼルエルが…」
「ゼルエルがどうしたの」
「ゆ、行方不明になりました」
「え!?」
 さすがにリツコも、一瞬だけ顔を上げた。
 ゼルエル。
 無人で操縦できるロボットを配備すれば、警備も完璧だとリツコが作り出したロボットである。
 作ったことがないにしては、
「ふむ、我ながら良い出来ね」
 とリツコに言わせるだけあって、凄まじい戦闘能力を兼ね備えていた。
 だが、それが逆に危険だとされて廃棄処分が決定した。
 無論、良識派の冬月校長が、リツコの危険な色気に必死に抗しながら、辛うじて出した決定である。
 なお、その冬月は代償として現在まで二週間寝込んだままだ。
 いかなリツコも、さすがに校長の命令には逆らえないと、自称助手のマヤに解体を命じておいた筈だったのだが。
「マヤ、どういう事?」
「じ、実は今朝から解体しようと思っていたのですが…み、見に行ったらいなかったんですう」
「困ったわねえ」
 さすがのリツコも、ちょっと焦った表情を見せた。
 マヤが嘘を言っていないのは分かっている。
 だとするとAI(人工知能)を埋め込んだのが、逆にあだとなったのだ。
 滅びの運命にあったのを悟って、脱走したに違いない。
 そんなに巨大ではないが、何せ強力である。
 自衛隊の一個師団程度なら、簡単に相手出来る代物なのだ。
 そしてもう一つ。
「脱走して何をするか、ね…」
 一瞬首を傾げた後、
「私なら間違いなく復讐ね」
 躊躇いなく言ってのけたところを見ると、
「私は…私は学会に復讐してやるのよおっ!!」
 と、今でも内心のどこかでは思っているに違いない。
「せ、先輩どうしましょう…」
 泣きそうな顔のマヤだが、何故かリツコは平然としている。
「あ、あの先輩、それは?」
「この間のゼルエルは無人だけど、やっぱり有人の方が強いのよ」
「はあ…」
「マヤ、うちの学校に有名なカップルがいるでしょう」
「カップルって言うと…碇シンジ君と…」
「そう、あの二人よ。実はね」
 そこまで言った時、校門の辺りで地響きがした。
 
 
 
 
 
「ふわああ、と」
 教師からは見えないように、小さくあくびしたシンジ。
 その前方では、アスカとレイが机を寄せて、教科書を見ながら、あーでもない、こーでもないと議論の最中だ。
 来る途中で喧嘩になりかけたが、人目を引いたせいもあってか、教室に入る時にはもうすっかり仲直りしていた。
 なお、今うるさいのは教師公認である。
 別に授業を捨てた訳ではなく、今が道徳の時間だからだ。
 男女共存、と言う事に付いて自由に意見を出させ、自分は脚を組んで居眠りしているのは赤城ナオコ。
 教師にあるまじき姿だが、リツコ以上の肢体と、きわどく組んだ脚が妙に視線を集めており、クレームは現在出ていない。
 意見を集めているのは委員長の洞木ヒカリであり、その横で汚い字で黒板に書いているのは鈴原トウジだ。
 黒板に書くには随分汚い字だが、ナオコのにょっと伸びた脚にでれでれしてるから、角を生やしたヒカリが自分の横にさらってきたのだ。
 ところで、
「授業に専念しなさい!」
 とヒカリが言うものだから、
「全くいつもうるさいのう」
 トウジはぼやいており、まったく意志は通じていない。
 だが、時々トウジの方を見ては、その視線がナオコに向いていないの確認して、その度に頬がちょっと緩んでいるのをシンジだけは知っている。
「だいたい、この世の中には男と女しかいないんだから」
 結婚率の問題を前にして、シンジが暴言を呟いたその瞬間。
「ん!?」
 一瞬シンジが唖然とした表情になってから、
「おい、起きろ」
「ステルスは…絶対じゃないんだ〜」
 と訳の分からない事を寝言で呟いている、相田ケンスケの背中を弾いた。
「ん〜何だよ〜」
 起きる気配がないその背中に、
「米国の国防長官がケンスケに会いにきたぞ」
 もっとボリュームを下げて囁いた瞬間、
「何っ!!」
 教室中に響くような声で、叫んでから飛び起きた。
「マ、マイネームイズ…ん?ん?」
 いきなり立ち上がり、直立不動の姿勢をとってから辺りを見回した。
 変な物を見る目・目・目。
 極めつけは、
「相田く〜ん、何の夢を見ていたのかなあ?」
 とっても優しい、そして危険すぎるナオコの声。
「シ、シンジお前だました…ん!?」
 あっち、と指差したシンジのそれに従って、その視線が動く。
「な、なんだありゃ!」
 その視線の先には猫型をした、そして全身を三毛にペイントされた変なロボットが。
「ね、猫型ロボットォ?」
 その声に、クラスがざわめきだした。
 一斉に窓に殺到し、外を眺める。
 が、誰が見ても、そしてどう見ても間違えようのない猫型ロボットがそこにいた。
「ん?」
 ふと、背中に押しつけられた柔らかい感触に、シンジが気づいた。
「ちょっと、シンジあれ何よ」
 わざとらしく身を乗り出しているが、押しつけている胸はもっとわざとだ。
 しかも、決定打としてちょっと赤くなったりなんかしている。
「こら、アスカ」
「な、何よ」
「背中に何か当たってるんだけど」
「あら?感じちゃってる?」
 にやあ、と笑ったアスカに、
「しまいには揉むぞ」
「やだー、シンジに襲われちゃうう」
 わざとらしく天を仰いでから…ふと気が付いた。
 いつの間にか、ロボットよりも自分たちに視線が集まっている事に。
「あーあ、昼間っからお熱いわよねえ」
 レイの嫌味な声に続いて、
「碇の奴、毎晩惣流の胸揉んでるらしいぜ」
「どうりで惣流さんの胸、妙に大きいと思ったのよね」
「揉むと大きくなるって噂、本当だったのね」
「どうやってやってるのかしら」
 ひそひそとあちこちで噂話が始まった物だから、真っ赤な顔をして走り出ていってしまったアスカ。
 無論、置いて行かれると集中砲火は分かっているから、
「あ、こらアスカ待てー!」
 捕まえる、と言うスタンスでこれも走り出ていくと、
「ほら、恋の逃避行よ、逃避行」
「きっと、報われぬ愛に身を焦がすのね」
 このクラス、結構そっち系の女が多いらしい。
 
 
 ところで、この時担任が不介入だったのは、別に楽しんでいた訳ではない。
 携帯を耳に当てながら、
「リツコ…やっぱりあんただったのね」
 額に青筋が浮かんでいる所を見ると、猫型と見た時点で作った犯人の予測は付いたらしい。
「あんたあれ、警備用に出力上げてあるでしょ。一体どうす…え?あの二人ならそこに…あーあ、出て行っちゃったわよ。多分そっち通るから捕まえなさい」
 電話を切った時、ちょうどクラス内は勝手な妄想に−半数以上は女生徒が−顔を赤くして、あーだこーだと、噂話の最中であった。
「こらガキ共」
 低い声に、騒ぎがぴたりと止んだ。
「私は誰?」
「『先生です』」
「ここはどこ?」
「『きょ、教室です』」
「よろしい、じゃさっさと座れ!」
 横暴な言い草にも、生徒達は蜘蛛の子を散らすように席に着き、それを見てから、
「私はあれの対策に行って来るわ。いい、自習してるのよ」
 室内をじろりと一瞥してから出ていった。
 
 
 
 
 
「もー、あんたのせいで恥かいちゃったじゃないの!」
「うるさいだまれ」
「黙れって何よ、黙れって!」
「勝手に騒ぎに油を掛けて火を注いだのアスカじゃないか。それ以前に、アスカが胸なんか押しつけるから」
「なんか?何よ、あたしはシンジに取ってその程度な訳?ひっどーい!」
 こんな時、女と言うのは往々にして理性と別れを告げがちである。
 シンジもそれ位は知っているから、
「だから、誰もそんな事言ってないだろ」
「ふーん、どうだか」
「本当だって」
「じゃあ、証拠」
「はあ?」
 嫌な予感がしたシンジだが、さすがに胸を開けて迫ってくるような事はしなかった。
 ガシカシ。
 唇をちょっと開けて、上を向いて突き出してきた。
 その意図はとても明白である。
 結構、状況に流されやすいタイプらしい。
 が。
「断る」
「なっ!?」
 一瞬アスカの顔が青くなった途端、
「そこっ!」
 シンジの手から何かが飛んだ。
「え!?」
「いたたた…」
 十円玉が直撃した額を抑えながら、マヤが出てくるのをアスカは呆然と眺めた。
「覗かれてたよ」
 シンジの言葉に、途端に真っ赤になって、
「マヤっ、あんた何してるのよこの変態教師っ!!」
 猛然と怒り出すのを、
「アスカ、ちょっと待て」
 シンジの口調に、アスカが一瞬ひるんだ。
「な、何よ」
「覗きにきた訳じゃないだろ。何しに来たの?」
「あ、あのう…先輩とナオコ先生がすぐ来るようにって言われて、呼びに来たんだけど出るに出られなくてつい…」
 シューっと、蒸気でも噴き出しそうな位にアスカが赤くなり、
「あ、あたし達はべ、別に何にもしてないわよっ」
 とは言え、赤と青のストライプの顔色で言っても、説得力に欠けるのだが。
 まあまあ、と抑えて、
「何で僕を?」
 いいえ、と首を振って、
「二人一緒に来るようにって」
「『はあ?』」
 と二人は顔を見合わせた。
 
 
 で。
 
 
「ちょっと!何よこれー!!!」
 
 
「汎用鬼型決戦兵器、リツコ仕様改、よ」
「んなこときーてるんじゃないわよっ、何であたしがこんなのに乗らなきゃならないのよっ!!」
「それがね、仕方ないのよ。あれを倒すにはこれしかないんだから。それとも、自衛隊でも出動させてこの学校ごと壊してみる?」
 仕方ない、どころか嬉しそうに、
「男と女の波長の一致が命題で作ったものだからね」
「波長の一致ぃ?」
「そう、波長の一致。気が合った男女(ふたり)じゃないと乗れないのよ」
「そ、それって…」
「嫌なら無理に、とは言わないわ。残念だけど他の気の合う二人を捜して・・」
「シンジ、乗るわよっ!」
 勢いよく、俄然やる気になったアスカを見て、シンジは内心でため息をついた。
 別に同乗が嫌な訳でないが、第六感が囁いていたのだ。
 そう、これだけでは終わらないぞ、と。
 シンジの手を引いて、角を生やした紫色のロボットに乗り込もうとするアスカを、直前でリツコが止めた。
「アスカ、待って」
「何よ」
「タラップにスピーカーがあるでしょ」
「あるわよ」
「左がアスカ用、右がシンジ君用よ」
「どうするの」
「それぞれ、自分の名前を言ってちょうだい。そうすれば、操縦者として認識されるから」
 言われる通りに、自分たちの名前を告げた二人。
 だが、それを見ていたリツコがにたあ、と笑った事を二人は知らない。
 しかも。
「ラブラブ砲、実験出来るわね」
 と、噴飯物の台詞を呟いていたことを。
 
 
 
 
 
「ねえ、ヒカリ」
「何?レイ」
 静まりかえって自習していた雰囲気を、最初に破ったのはやはりレイであった。
「あのロボットさあ…負けてない?」
「や、やっぱりそう見える?」
 二人の目には、いや外が見える者には全員、猫型ロボットにやられている、鬼型ロボットが映っていた。
 猫の名に相応しく、ちょろちょろと攻撃をかわしていくゼルエル。
 リツコ改も、結構いい攻撃は繰り出しているのだが、ことごとく肉球に吸収されてしまっており、ちっともダメージが与えられない。
「あれ、人間が乗っているのかしらね?」
「猫型の方は無人だって、さっき言ってたけど…」
 既に校内放送で、無人の猫型ロボットが襲ってきたから、絶対に校舎から出ないようにと、通知があったところだ。
「もうじれったいわねえ」
 レイが呟いた時、
「ああっ」
 思わず叫んだヒカリの視界には、一撃で倒された鬼型ロボットの姿が映っていた。
 
 
 
 
 
「アスカ、無事?」
「う、うん何とか」
 操縦桿から投げ出された時、咄嗟に下敷きになったシンジの上に、現在アスカは座り込んでいる。
「まったく、あれじゃ勝ち目がないぞ」
「もう…どうしよう」
「その前に」
「え?」
「下りて」
「あ、ああごめん、ごめん」
 ひょいと下りたが、どこか残念そうな口調もあったのは気のせいだろうか?
 とそこへ、
「シンジ君、聞こえる?」
 ナオコの声が響いた。
「何?」
「やっぱり、このままでは勝てないかしら」
「多分無理だね」
「実はね、リツコが最終兵器があるって言うのよ」
「ちょっと!そんなのあるんだったら…むぐ?」
 (最後まで聞いた方が良さそうだよ)
「で、何ですか?」
「そ、それがね…」
 言いにくそうにしたナオコに代わってリツコが、
「アスカ、そこにいる?」
「え、ええいるわよ」
「この間のお礼にいいもの作ってあげたわよ」
「お、お礼?」
 そう言えばこの間自転車で走っていた時、リツコが作った家庭用の猫型ロボット「クロちゃん」を踏みつぶしたのを思い出したのだ。
「そ、それで何よ」
「いいことアスカ、今から言う言葉をその通り言うのよ。その上でそこの赤いボタンを押せばラブラブ砲が発射できるわ」
「ラ、ラブラブー!?」
「そう、ラブラブ」
 恥ずかしげもなく言うと、
「“ああんシンジ愛してるうシンジ無しではもう一日も過ごせないのぉこの想い受け止めてえっ”よ」
 一気読みしたのは、さすがに照れがあったからだろう。
 そして次の瞬間、
「ぶーっ!」
 シンジが鼻を押さえて仰向けに倒れた。
「ちょ、ちょっとシンジっ」
 慌ててティッシュを取り出したが、原因は分かっている。
「そ、そんな事言える訳ないでしょうがっ!」
「じゃ、別にいいわよ」
「え?」
「あれをそれ以外で止めるには、一個大隊くらいつぎ込まないとならないから。ま、この校舎はほぼ全壊ね。校舎が壊れたら離ればなれで転校よ。それでいいなら、別にやらなくてもいいわ」
「あっ、あんたねえ…」
 真っ赤な顔で歯を噛み鳴らした所へ、
「大丈夫、アスカファイトよ」
「あ?」
「さっきの勢いがあれば、どんなことだって言えるわ」
「さっき?それ何?」
「えーと実は…」
 ばらし掛けたものだからあわてて、
「マヤっ、あんた言ったらぶっ殺すわよっ!!」
 脅して置いてから、ちらっとシンジを見た。
 首筋を叩いているシンジに、
「ね、ねえシンジ…」
「ん?」
「あ、あのさ…い、言って欲しい?」
「別に」
「は?」
「アスカが嫌なのに、無理矢理言わせるなんてそう言うプレイは…」
「ば、馬鹿…あ、あたし別に嫌なわ…」
 言いかけて気が付いた。
 ここの音声が、年増共に筒抜けになっている事に。
「二人ともいいなら問題は無いわね。さ、早く」
 たちまち真っ赤になり、
「くっ!」
 二秒考えてから、
「シ、シンジごめんね」
「え…ぐはっ」
 この間教わった、スピードを乗せた脇腹への一撃で、シンジは昏倒した。
 痴漢撃退用だったのにまさかこんな所で使うとは、とシンジに内心で両手を合わせながら、
「でも…やっぱりシンジから言って欲しいから…」
 すう、と息を吸い込むと、
 
「ああんシンジ愛してるうシンジ無しではもう一日も過ごせないのぉこの想い受け止めてえっ」
 
 ボタンを壊れよとばかりに押した途端、その両目が光った。
 両目から発射された光線が、ゼルエルを倒したのは二秒後の事である。
 
 
 
「安心なさい、アスカ」
 幽鬼のような顔で下りてきたアスカに、
「あの告白は、誰にも聞かれてないから」
「こ、告白なんてっ」
 でも、もしかしたらいい人かも知れないと、ロボットを踏んだことを謝ろうかと思った時、
「ま、こんどから母さんの授業は真面目に受けるのね」
「は?」
「愛の告白、ちゃーんと録音してあるわよ」
「こっこっこの…金髪マッドがー!!」
 髪を逆立てたアスカが、文字通り鬼のような形相でリツコを追いかける。
 
 
 
 
 が。
「僕を気絶させるには、ちょっと弱い一撃だったんだけど…」
 シンジが薄目を開けて小さく呟いた事を、勿論アスカは知らない。
 
 
 
 
 
(終)