恋の戦争は十年越し(前)
 
 
 
 
 
 
 
「碇君…お元気で」
 長い黒髪を持った、内気な少女は涙を呑んで別れを告げた。
 
 
「さよなら…シンジ」
 最初の女を誑かした蛇の如き任務を背負った少女、彼女も又、溢れる思いを内に殺して、想い人に別れを告げた。
 惹き付ける手はずが、惹き付けられる事になったその相手に。
 
 
 そして数ヶ月後−
 
「もう一度、もう一度だけ会いたいと思ったんだ」
 全てが無に帰した中で、少年はそう願った。
 少年が気付いた時、彼の左右を二人の少女が固めていた。
 一人は、人外の存在であると、つい先に知ったばかりの少女であり、そしてもう一人は近すぎるが故に、最後まで分かり合えなかった少女であった。
 
「どうして二人が…」
 少年がその名を口にしようとした時、
「シンジ君」
 聞き覚えのある、そして彼を自責させて止まぬ声がした。
 
「カ、カヲル君っ…!?」
 語尾がうわずったのは、その左右にあり得ぬ者達を見たからだ。
 別れを告げた筈の、二人の少女達を。
 
「こんにちは、碇君」
 黒髪を揺らして、一人の少女が微笑った。
「シンジ…久しぶりね」
 身についた物に相応しく、きびきびした動作で、もう一人の少女が敬礼の姿勢を取った。
 
 
「マナ…それに山岸さん…どうして…」
 
「彼女たちは、もうその姿を戻す事は出来ないんだ…僕と同じくね」
 カヲルが静かに言った。
「ど、どう言う事?」
「山岸君は、イレギュラーを消すために殺された−君のお父さんにね」
「そ、そんな…」
 呆然としているシンジに、更に追い打ちを掛けるように、
「霧島君は、自分で自分の命を絶ったのさ」
「マ、マナどうして…」
「仲間を死なせて、自分だけ生きられなかったの。それに、私が支えて欲しい人は、他の誰かを見ていたもの」
 マナの視線が、ある方向を見たのに、シンジが気付いたかどうか。
「カ、カヲル君はっ?」
「僕は危ない使徒だからね、論外さ」
 あっさりシンジの望みをうち砕くと、
「でもね、シンジ君」
「…なに?」
 殆ど、呆然自失の態となったシンジに、少し優しく呼びかけた。
「君の親しかった人の最期、それを教えに来た訳じゃないんだ」
「ど、どう言う事?」
「それは、彼女たちに訊くといい」
 すう、とカヲルの姿が消え、マナとマユミが前に出てきた。
「……」
「……」
「……」
 三人の視線が絡まったが、なんとなく沈黙が流れて、三対の視線が宙で絡み合っていた。
 そのまま時が経過するかと思ったが、最初に口を開いたのはマナであった。
「あのね、シンジ」
「何?」
「今日は、宣戦布告に来たの」
 その瞬間、シンジの身体がびくっと震えた。
 カヲルが使徒だった事を、無論シンジは知っている。
 まさか、カヲルが彼女たちを巻き込んで、人類を滅ぼしに来たのかと思ったのだ。
「やあね、そんな顔しないで」
 マナはくすくすと笑った−まるで、シンジの思考が読めたかのように。
「私が宣戦布告するのはアスカさんによ」
「ア、アスカに?」
 これで分かったら、今頃シンジが世界を征服していたに違いない。
「私が身を引いたのは、アスカさんがシンジを大事にしてくれると思ったから。ううん、少なくとも、ちゃんとシンジと向き合ってくれると思ったからよ。でも駄目、最後までシンジの事を分かろうとはしなかった」
「そ、そんな事はないよ…」
 語尾が曖昧なのは、半分マナの言葉を肯定しているからだ。
 シンジの本心が。
「シンジは優しいのね」
 マナはふふっと笑ったが、
「でもね、もう私がもらうの。シンジはアスカさんなんかにはもったいないから」
「そ、それってどう言う事?」
「いずれ分かるわ」
 と、マナはそれには直接答えなかった。
「でもシンジ、これだけは覚えて置いて」
「何を?」
「娘が生まれたら、一人は必ずアサカって付けて」
「む、娘?」
「約束して」
 何故か真摯なその表情に、シンジは思わず頷いていた。
「わ、分かったよマナ」
「ありがとう」
 マナの顔に笑みが戻り、しかもそれがちょっと小悪魔的に変わると、
「シンジ、私の事好き?」
 シンジから視線を逸らさずに訊いた。
 この時点でシンジは、女の視線をかわすスキルを持っていない。
 だから、
「す、好きだよ」
 うんと頷いていた。
「私も好きよ、シンジ」
 そう言うと、すっと後ろに下がり、マユミを前に押し出した。
「山岸さん…」
「碇君…お、お久しぶりです」
「う、うん…」
 内気な所はよく似た二人であり、性格の相似は自覚していただけあって、反応もよく似ている。
 さっきよりも、長い沈黙が流れたのだ。
 先に破ったのは、今度はシンジであった。
「山岸さん、ごめん…」
「いいのよ」
 マユミはあっさりと首を振った。
「使徒を体内に宿したなんて、私だって嫌だったの。もしそれがばれたら、私はずっと生き地獄だった筈だもの。だからあの処置には、むしろ私は感謝しているの」
「…そうなんだ」
 女の人は強い、とつくづく思ったが、シンジは口には出来なかった。
「私もね、宣戦布告に来たの」
 おとなしい顔をして、物騒な事を宣うマユミ。
「や、山岸さんもアスカに?」
「いいえ、惣流さんではないわ」
「じゃあだ…」
 誰に、と言いかけて、その視線がレイを射抜いているのに気がついた。
「あ、綾波に?」
「綾波さんは使徒だったんでしょう。私はちょっと使徒に侵入されただけ。それなのに、私は碇君と永遠のお別れ、綾波さんはあなたの側にずっといる。そんなの、不公平だと思わない?」
 そんな事言われても、シンジには分からない。
 まして、人類もまた使徒の片割れだとか何とか、ミサトがどさくさに言っていたような気もするのだ。
 が。
「ねえ、そう思うでしょう?」
 マナとは違う、マユミの妖艶な感のある流し目に、
「そ、そうだよね」
 まーた頷いていた。
「だから私は綾波さんと勝負するの」
「勝負?」
「そう、碇君を賭けた勝負を。碇君、二人目の娘が生まれたら、ルイと名前を付けて欲しいの」
「ル、ルイ?」
「そう、ルイよ。生まれてくる胎は口惜しいけど思い通りにならないわ。でも、名前を付けたのは私なのだから。霧島さんもそれは同じなの」
 なんだか良く分からないまま、シンジは頷いていたが、もしかしたら彼らの雰囲気に押されたせいもあるのかも知れない。
「ありがとう、約束よ」
 マユミはにこりと微笑んだが、
「それと、碇君に…お願いがあるの」
「お願い?」
「また会えるけれど、今はしばらくのお別れ。だから、その…名前で呼んでくれない?」
「な、名前って…」
 ええ、と首を縦に振ったが、二人揃って赤くなっている。
 が、これも数秒で決心が付いたか、
「や…じゃなくて…マ、マユミ…こ、これでいい?」
「ええ…うれしい」
 一瞬目許をおさえたように見えたが、次の瞬間、その両脇に二人が現れた。
「二人とも、シンジ君とは約束できたようだね」
 カヲルの言葉に、ふたりがこくんと頷いた。
「それは良かった。ところでシンジ君」
「え?」
「僕は残念ながら、二度と君に会うことはない。それに、君の記憶からも完全に消滅する事になる」
「ど、どうして…」
「僕は転生が出来ないからさ。思い出に生きられるのなら、さっさと消え失せた方がいい」
 感情を感じさせないカヲルのいい方だが、どこかすねたようにも聞こえる。
「だからその前に」
 すっとシンジの前に近づき、その顔が接近したかと思うと、シンジの頬で小さな音がした。
 自分は男、その事実を思い出すのに数秒。
 更に、キスした相手も男だと気付くのに、更に十秒位がかかった。
「カ、カ、カヲルくんっ!?」
 普通なら蒼白になるか、或いは怒りで赤くなるだろう。
 確かにシンジは赤くなった。
 ただし、どう見ても怒りのそれとは違う色で。
 それを見ていたマナとマユミの眉が、一瞬ぴくっと釣り上がった。
 だが、ここで怒るわけには行かないと、ぐっとおさえて、
「渚さん、そろそろ行きませんか」
 少し低い声でマユミが呼んだ。
 やれやれ、と肩をすくめて、
「リリンはせっかちだね。別れの時間さえ与えてくれないよ」
 ふわりと宙に浮き上がると、二人の間に立った。
 そして、
「さよなら、シンジ君。僕は…君に会えて本当に嬉しかったよ」
 カヲルの姿が空へ消えていくのを、シンジは唖然として見送った。
 ただし、その両脇にいた少女達が、反対の方向へ消えたのは気付かなかった。
 そう、彼らが地上に落ちた事に。
 しかも、シンジのすぐ側へと。
 
 
 数分してシンジが我に返った時、何故かその意識から三人の事はきれいさっぱり消えていた。
 制服姿のレイと、プラグスーツ姿のアスカ、二人の元へ慌てて駆け寄ったシンジだったが、その両目から一筋の涙が落ちているのには、自分でも気がつかなかった。
 そしてそれが、目の前の二人とは、まったく無関係な涙であることには。
 
 
 
「シンジ…」
「碇君…」
 二人の少女が目を開けた時、反応は同じであった。
 そう、シンジを窒息させにかかったのである。
 正確には、ぎゅうっとその首に抱き付いたのだ。
「く、苦しい…」
 十五秒後、失神したシンジに慌てて人工呼吸を施そうとして、早くも火花を散らしている少女達がそこにいた。
 
 
 
 そして数年後。
 世界はほぼ復興の兆しを見せていたが、一つ大きな変化があった。
 
 一夫多妻。
 
 女にとっては呪うべき、そして男に取っては夢とも言える単語だが、これが世界各国で、ほぼ共通の法となったのだ。
 無論、これには事情がある。
 セカンドインパクトの起きる前、すなわち二十世紀の後半には、男の軟弱化が問題となっていた。
 女性が社会進出を次々始めたのに対し、男の方はまさに衰退期にあった。
 男性用化粧品が一気に増え、エステは文字通り男女共通の物となった。
 それと同時に、線が細く女性化したような男が多くなり、しかもそれは、外見だけには留まらなかったのだ。
 美男子が増える、それならば別に問題はなかった。
 だが、繁殖率も現象の傾向にあったのだ。
 すなわち、精液中の精子が危険な迄に減っていたのである。
 つまり、性行為は出来ても本来の目的である妊娠が出来ない。
 セックスは無論快楽を楽しむ物だが、つまる所女性が妊娠し、子孫を増やしていくのが目的である。
 それが、男の無精子化に伴い、その意識もまた変わっていった。
 以前なら、避妊は学校でも教えられたし、親もちゃんと子供には教えていた。
 しかし、妊娠しないと言う事になれば、避妊と言う単語は意味を為さなくなる。
 性行為の低年齢化に伴い、避妊のひの字も知らぬ若者達が増えていく。
 避妊がない、と言うことは同時に性感染症は増える事を意味していた。
 二十世紀末に於いて、既にその有様だったのだが、それはサードインパクト後の世界で更に顕著になった。
 
 女は強い、とよく言われる。
 感情的に物事を判断したり、とっさの判断が出来ないと言うのは女性の特徴だが、その一方で大局的に物事を判断できれば、男は女の足下に及ばない。
 サードインパクト後の、復旧が急を要する世界にあって、まさにその状態となったのだ。
 率先して社会を造り上げていく女性に対し、自分達の無力を知らされた男達は、その生きる気力すらいつしかなくしていった。
 無論、完全な女上位の世界になった訳ではないが、各国の首脳にも女性が増え、政治の重要なポストを、女性が占める事が多くなった。
 男女平等、と言うより少し女性の位置が高いそれは、そんなに問題はないようにも見えた。
 だが。
 常に女の上にいる事に慣れた男達は、その地位を失った時に生きる意味すらもまた喪ったしまったのだ。
 取り戻す、と言う文字はそこにはなく、男性の自殺者数は年々繁殖していった。
 まさに、ネズミが子を産むような勢いで、その数は増え続けていったのである。
 しかしこうなると、逆に女性が困る事になる。
 女性の母たる権利を守る、と言う名目で、クローンに関する物は厳しく制限されており、絶滅寸前の天然記念物など、その分野は厳格に規制されていた。
 勿論、クローン人間など以ての外である。
 そうなると、当然男と女の通常性交渉に寄る妊娠、と言うことになるが、その男の個数が減ってきた。
 しかも、イッた時に男が出来る、と言う説を証明するかのように、女子の出生率が異常に上がってきたのだ。
 その数たるや、男一人に対し女二百五十人、と言った有様であり、街でも明らかに男の数は減っていった。
 必然的に、少ない男に多数の女達が群がる事になり、女は男を奪い合い、男は女を選び放題、と言う女権拡張論者達が赫怒しそうな状況となったのだ。
 男を巡る女同士の争い、それも必ず流血を伴った事件が、毎日のように新聞をにぎわすようになり、何時しかそれも消えていった−あまりにも、日常茶飯事になりすぎて。
 かつては売春、あるいは買春と言われた少女達の性を売買する行為が、今では男のそれと化した。
 ランクを問わず、その手の業者が仕入れた男は、一晩も寝れば数百万もするようになり、女達は街を歩くときに必ず武装するようになった。
 滅多に出歩かない男を見つけた時、血で血を洗う抗争を勝ち抜くために。
 女を巡る男の戦い、と言うのが文字通りの死語と化し、男を巡る女の死闘、と言うのが標準になるに至ってついに、唯一の打開策が採られた。
 すなわち、一夫多妻の公認というそれに。
 未開の蛮習、とさえ言われたそれが、先進諸国でも採用されるなど、誰が想像しえただろうか。
  
 同じ家庭内でも、女同士の嫉妬から生まれた殺人や傷害はしばしば発生したが、やがてそれも収束の傾向を見せた。
 お互いに傷つき、どちらか一方を倒しても自分も大いに傷つく。
 それならば、自分を抑えて共存しようと、女達は計算するようになったのだ。
 
 
 
 
 一夫多妻が認定された二年後。
 
 とある役所に、三人の男女が婚姻届を出した。
 男一人に女二人の見慣れた、いや最近では、女の数が少ないとさえ言える光景であった。
「碇シンジ」
「碇アスカ」
「碇レイ」
 夫の欄は一人分で変わっていないが、妻の欄は以前より増えている−最大で十人までが書き込めるようになったのだ。
 もっともこれは表向きの事であり、更に多くの“正妻”を持っている男がいる事は、言うまでもない。
「奥さんは二人ですね」
 噴飯物の台詞に、
「はい、そうです」
 シンジは軽く頷いた。
「はい、結構です」
 それで終わりである。
 美しい娘に成長したアスカとレイ、そして一応それなりに成長したシンジ。
 既に二人とも娘を生んでいるが、ここまではずっと戦いの日々であった。
 それも、外敵との。
 サードインパクトはゼーレの仕業、エヴァは完全に消滅したとあって、彼らに世間の目が向くことはなく、シンジ名義で残っていた資産は、彼らに貧困を強いたりはしなかった。
 が、
「僕からの餞別だよ、シンジ君」
 シンジ好きの危ない使徒が、シンジに残した物だったのだが、それは無論シンジは知らない。
 ただ、生活に追われるようだったら、アスカもレイもシンジの側にはいられなかったろう。
 一晩女に身体を任せれば、それだけで数百万の収入になるのだ。
 二人は、シンジを狙う女達と長期間壮絶な戦闘を繰り広げて来たが、それだけで済んだのは、生活自体には余裕があったからに他ならない。
 また、シンジが他の女に抱かれる事もなかったから、彼らの間に精神的亀裂が入る事はなかった。
 なにより、アスカとレイが共同戦線を張ってきたのも大きかったと言える。
 連帯感が生まれ、と言うよりシンジを守るのに精一杯で、お互いに奪い合う暇などなかったのだ。
 
 ただし、最近はまた異なってきているが。
 
「シンジ、今日はあたしよね」
 あたしよね、と言うのは勿論食事当番の事、ではない。
「あ、あれそうだっけ?」
「アスカ、あなた昨日負けたでしょ。今日は私よ」
「い、いいじゃないレイ、たまには譲りなさいよ」
「駄目よ、勝負は勝負なんだから」
「何よ、最近不感症になったからって」
「なんですって」
 とんでもない単語と共に、険悪な雰囲気になりかけた二人に慌てて、
「き、今日はお休みにしない?」
 ちょっと自分よりの折衷案を出してみたが、
「最近手抜きしていない?」
「あたし達に飽きたんでしょ」
「え?え?」
「子供生んで四年、もうユルくなってきたんだもの、しょうがないわよねレイ」
「そうね、私達は夫の愛が冷えるのをただ見守るしかないんだわ」
 二人して、よよと泣き出すアスカとレイ。
 なぜだか知らないが、こんな所だけは息が合っている。
「そそ、そんな事ないよっ!」
「『本当に?』」
 ぶんぶんと首を縦に振るシンジに、
「じゃあ、二人とも愛してくれる?」
「う…うん…」
「一人、最低三回はしてくれる?」
 内心でシクシク泣きながらも、顔は笑っていいよと頷くシンジ。
 
 碇家は平穏であった。
 
 主のイロイロな疲れを別にすれば。
 
 
 そして、更に歳月は流れ、娘達もいつしか胸も膨らみ、お尻も丸くなってきたある日の事。
 
 
 
「『お父さん、お帰りなさい』」
 避妊などしていなかった彼らだが、無精子化の波はここにも来ていたのか、シンジにはこの二人の娘しかいない。
 すなわち、アスカの娘アサカと、レイの娘ルイと。
 この二人が生まれた時、両親は揃って首を傾げた。
 なぜなら、彼らはどっちにも殆ど似ていなかったのだ。
 いや、外見だけならシンジか。
 二人とも黒瞳と、漆黒の髪を持っていたのである。
 つまり、アスカにもレイにも、まったく似ていないと言う事になる。
 彼女たちに、アサカとルイの名を付けたのはシンジだが、それがどうしてかはシンジもよく分からなかった。
 ただ、隣り合った部屋で同時に生まれた娘達を見た時、シンジの脳には、電光のようにその名前が閃いた。
 妻達からは他の案も出たのだが、珍しく強行するシンジに、さして異な名前でもないとアスカとレイも承諾した。
 アスカにもレイにも、そしてシンジにも似ていない、さらにはシンジが押されるようにして名前を付けたこの二人。
 最近の二人はめっきりきれいになり、女らしくなって来た。
 今日は、二人揃っての誕生日なのだが、シンジにどうしても抜けられない出張が入ってしまい、帰りは明日になる筈だったが、無理して帰ってきたのだ。
「二人ともどうしてここに?」
 通学時間でもないのにと、首を傾げた父親に、二人は顔を見合わせて笑った。
「お父さんの事だから」「きっと帰ってくると思って迎えに来たの」
 一つの台詞を分担しても、まったく違和感がない程、この二人は息が合っている。
 実際、子供達が姉妹喧嘩した所など、シンジはこの十六年間一度も見た事がない。
 それどころか、
「アスママもレイ母さんも、いい年してみっともないわ」
「いい加減に喧嘩するの止めてよもう」
 母親同士の揉め事を止める姿ばかりであった。
「ところで、家に電話したら繋がらなかったんだけど、何かあったの?」
「私達が切ったの」
「…え?」
「お父さんにね、ちょっと見て欲しい物があって」
 とはアサカ。
「僕に?」
「そう、お父さんに」
 にこりと笑ったルイだが、その笑みが今まで異なっていることに、無論シンジは気付かなかった。
 
  
 
 これより少し前−
 
「まったくシンジも娘の誕生日だって言うのに」
「仕方ないわ、最優先事項には出来ないもの」
「レイあんたねえ、その言い方いい加減に止めなさいよ」
「アスカだって、シンジに命令されると未だに了解、って言うのに」
 レイがくすりと笑うと、アスカもつられたように笑った。
 
「あたし達とずっと一緒にいて…お願い…」
 いわば逆プロポーズを、シンジはあっさりと受けた−三人が名前で呼び合うこと、その条件だけを付けて。
 本来娘が十六ともなれば、大抵家庭内も落ち着いて来るのだが、あいにく彼女達が子供を産んだのは十代であり、現在まだ三十二歳。
 いわば、躯も熟れきった真っ盛りにあり、孤閨はまだまだ身体が熱く疼く。
 それだけに、シンジがなかなか独り寝出来ないのも、無理はないかも知れない。
 男と女の生理は、根本的に違うのだから。
 
 
「アサカもルイも、駄々こねたりはしないから楽よね」
「そうね。もっとも、最近は油断ならないけれど」
 そう言ったレイとアスカ、二人してうんうんと頷いている。
 妻の最大の敵は姑だが、娘がそれ以上になる場合もあり、碇家の場合はまさしくそうであった。
 現に、二人の娘はこの年になってもまだ、父親とお風呂に入っているのだ。
 普通なら、とっくのとうに別入浴になっている年頃である。
 しかも、シンジもシンジでデレデレしている部分があり、二人の妻としては目が離せない所なのだ。
「まったく、シンジも自分の娘にデレデレするんだから」
「私達が、こんないい肢体(からだ)した女がここにいるのに」
「ほん…!?」
「アスカ、どう…んっ!?」
 いきなりアスカが身体をびくっと震わせ、訝しげにレイが訊いた瞬間、彼女もまた背中に電流でも流れたようなショックが走った。
「レイ…あんた何か入れた…?」
「そ、そんな訳ないでしょう…あっ」
 股間に、急速に熱が集まってくる。
 その正体を、二人とも熟知していた。
 アスカは生理前に、そしてレイは生理後に急激に高まってくる感覚。
 すなわち、性欲。
 時期は違うが、生理の影響もあってか、二人ともその時は止まらなくなる。
 だからお互いに、その時だけはシンジの独占を許していたのだ。
「あ、あつ…ふ…うんっ!」
「ど、どうして…あん…こ…んな」
 見る見る内に、二人の顔が上気してくる。
 ここに来てまた一段と熟れ出した胸に、二人の手が同時に伸びる。
 サマーセーターの上から、両方の乳房を激しく揉みしだき、堅くとがった乳首を、指の谷間でこりこりと引っ張る。
「や、やだ何これ…ううんっ」
「へ、変な感じ…と、止まらないわ、ああっ」
 なおも高ぶる炎が止まらないのか、自分の乳房を揉む手は止まらない。
 いや、止まった。
 手を止めて、がばとセーターを脱ぎ捨てた二人は、ブラジャーも荒々しくむしり取った。
 そして、欲情に血走った目でお互いを見る。
「アスカ…」
「レイ…」
 口から、野獣のように流れ出す唾液は、既に肢体が精神の支配下にないことを表している。
 シンジを真ん中に、三人で抱き合うこともあったから、お互いの身体をまさぐり合った事はある。
 シンジをその気にさせるため、レズプレイを演じた事もある。
 ただ、それはあくまで仮の物であり、二人は真性ではない。
 しかし今の二人にお互いの肢体は、自分を満足させてくれる以外の、何物でもなくなっていた。
「んんっ、んっ…むうん…」
「んふ…んーん…んん」
 
 ちゅぷ、ちゅぷ…じゅくっ。
 
 無言でお互いを引き寄せ合い、荒々しく口づけする。
 愛撫、と言うにはあまりにも荒く、互いの舌を絡め合った。
 繋がった唇の間から唾液がこぼれ落ちるのも構わず、指が背中に回った。
 まるで抱き潰すかのように、腕に力を入れた二人の間で、四つの乳房が生き物のように潰し合う。
 
「はあっ…あんっ…レ、レイ…」
「ん…んん…アスカ…も、もっとぉ…」
 とがった乳首がぶつかるたびに、熱い快感が二人の背を駆けめぐり、熱い吐息を漏らしながらまた唇を重ねる。
 さすがに十代のようには行かないが、依然として胸は垂れる気配を見せず、同年代よりはかなり上向きと言っていいだろう。
 すうと身体を離し、お互いの乳房を見つめる。
 しっとりと汗ばみ、頂点の果実を限界までかたく尖らせている相手の乳房を。
「レイ…吸わせて…」
 先に口を開いたのはアスカであった。
 すぐにレイが頷き、
「私も…いい?」
「うん…思いっきり吸って」
 がたがたとソファをどけると、まずアスカが横になった。
 乳房を持ち上げているそこへ、レイがすっと顔を下ろす。
「ふは…ああっ!」
 シンジの舌とは違い、女同士の舌はかなり柔らかい。
 躊躇う事なく吸い付かれて、一瞬アスカの背がびくりと反り返った。
「レ、レイのも…んっ」
 目の前に下りてきたレイの乳房は、アスカと同じくらい乳首を凝らせている。
 指で弾いたら揺れそうなそれを、アスカはすぐに口の中に含んだ。
 
 ちゅ、ちゅう…はもっ。
 
 自分も吸って、同時に吸わせている。
 その奇妙な行動に、授乳の気分と母の乳房に甘えているような、そんな間隔に二人は囚われた。
 レイの方は、母の思い出は持っていないが、ひたすらこれもアスカの乳房に吸い付いている。
 
「んっ…んうんっ!」
 不意に、アスカの身体がはねた。
 レイが乳首を吸いながら、反対の手で空いている乳首をなぶったのだ。
 先端の陥没している部分に、爪の先を押し込んでくりくりとねじる。
 既に熱くなっているそこへの刺激は、アスカの愛液を一気にわき出させた。
 それを感じながら、お返しするようにレイの乳首を摘む。
 熟れきった女体が二つ、互いの乳房を吸い合い、乳首を責め合う様子は妖美と言うよりも、どこか野性的な物を感じさせた。
 じゅくじゅくと、既に股間をぬらしている二人が、そこへ手を伸ばすのに、さして時間はかからなかった。
 相手の股間へ手を伸ばすと、割れ目に沿って指を這わせる。
「んんっ!」
 レイが快感からか、アスカの乳首をくっと噛んだ。
「ああんっ」
 甘噛みだったが、思わずアスカが口を離してしまい、
「や、やったわねえ」
 ぱくりと、再度レイの乳房をくわえようとした刹那、ガチャッとドアが開いた。
 
「ふ、二人とも何を…」
 シンジの手から鞄が落ち、その場に立ちつくすのをどこか嬉しそうに見ながら、
「これがアスママとレイ母さんの本性よ」
「そ…そんな…」
 シンジの口が唖然と開き、二人の娘を呆然と見つめた。
 二人の仕業だと、直感したのである。
 
「レズの有閑マダムは放っておいて、私達は楽しみましょう」
「ね?お父さん」
  
 ドサッと言う音に、互いを貪っていたアスカとレイが気づいた。
 
 そこで二人の視界に入ったのは、床に倒れている夫であった−正確には、押し倒されたシンジが。
 しかも、その横で勢いよく制服を脱ぎ捨てている娘達と。
 
「あ、あんた達何してるのよっ!」
 一瞬で色情から醒めたアスカが叫ぶ。
「お父さんは私達がもらうわ、アスママ」
「本当の恋人の私達にね−レイ母さん」
 
 
 それを聞いた時、アスカとレイは娘達の仕掛けた陥穽に堕ちたのを知った。
「自分をほっといて、レズに耽るご婦人にお父さんはがっかり。だから私達が慰めてあげるの」
「だから二人は最後までイクといいわ」
 
「あ、あんた達…」
「シ、シンジは子供なんかに渡さないわ」
 
 未だ呆然としているシンジの上で、四人の女達が壮絶な火花を散らす。 
 母と娘の、いや女同士の戦い−開戦。
 
 
 
 
 

(続)


悪あがき…じゃなかった、後書き。

掲示板で、何気に書いたネタにテリエさんが反応、書くこととなりました。
最初はL行きの話だったのが、最期を変えたらこっちに来たのですよ。

それと、111,111カウントに合わせたこの話…ありがとうなのです。