女教師とお姫様(前編) 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「地球親善?うちはNASAの代理店ではありませんが」
「わざわざ公にすると、ツチノコのように扱われる可能性があります。今回はお忍びです。だからあなたにお願いしているのです」
 しかし、と地天使堂の主は、しげしげと目の前の二人を見た。どう見たって、地球人以上宇宙人未満の、地球人そのものにしか見えない。
 それも日本人のだ。
「こう言っては何ですが、本当に地球人にしか見えないですよ。尻尾とか触覚はお持ちですか?」
「君は宇宙人を何だと思っているのかね」
 ぴくりと眉が動いた亭主を抑えて、
「この間定期検診で取ったレントゲンです。はい、これが私達の骨格」
 差し出されたのは、これまたレントゲン写真そのものだったが、
「大いに納得しました」
「結構です。じゃ、案内よろしく」
 分かりました、と夫妻を案内して出て行く主人の姿は、なぜかげっそりとやつれて見えた。
 
 
 地球人が一人奇妙な体験をし、そしてまた時が流れた。
 
 
「こらバカレイ!そこは当てはめる式が違うってさっきも言ったでしょうがっ。何回言ったら憶えるのよ、このパープリン!」
「私はパープリンじゃない」
「あっそ、じゃあさっさと解きなさいよこのコンコンチキ」
「…くっ」
 イカリレイ。
 M666星雲の一角を占めるプログ星はゲヒルン王国の次期女王である。無論蝶よ花よと育てられ、何一つ不自由なく育ってきた。
 しかし、代々世襲式の王朝にさして文句が出ないのは、やはり連綿と優秀な血脈が受け継がれて来たからであり、星を眺めるのは好きでも勉強が嫌いな王女では困る。数年後には、王位継承式が待っているというのに、まつりごとの『まの字』すら知らないのだ。正確に言うと、それ以前に勉強の方からして芳しくない。
 かといって、赤瞳でじっと見つめられると、どんなに簡単なミスを繰り返しても、
「逝ってよし!」
とは決して言えないのだ。
 そんな事を口走って、
「アナタモナー」
などと、ぼそりと言われたら即座に首が飛んでしまう。おまけに、成績が芳しくないままではこれまた首になってしまいそうだし、結果として誰一人引き受ける者がいないまま来てしまった。
 だが幸運なことに、ここに一人の娘が現れた。
 惣流・アスカ・ラングレー。
 大陸を歩く賞金稼ぎだが、腕と美貌と頭脳を持ち合わせていた。
 何よりも。
「あんた何回おんなじ所間違えるのよ、逝って良し!」
 と、次世代の女王に言えるだけの物を持ち合わせていた。従って、即座にレイの家庭教師が決まったのである。とは言え、家庭教師のレベルと一緒に生徒のレベルも上がれば苦労しないわけであり、ほぼ毎日上記のような光景が繰り返されるのだ。
「つーか普通、王女がその年でかけ算間違えるか〜?まったく、あんたの頭の中はどうなってるのよ」
「お城の裏のお花畑の様子。私がこの世で気にしているのはそれだけ」
「それもう百回聞いた。そんな事よりレイ、今度間違えたら料理長ミサトにするからね」
 
 びくっ。
 
 それを聞いた時、あからさまにレイが狼狽える。件の花畑とは、お城の裏にある広大な花畑であり、そこで花に埋もれるのがレイの一番のお気に入りだ。さすがにアスカもここには手が出せず、
「真面目にやらないとここ潰すわよ」
 言った途端レイが切れてしまい、その時の模様は「かいぢゅう大抗争」として、今なお語り継がれている。
 飴と鞭、その鞭の部分に困ったアスカが見つけたのが、城下で殺人的味覚を持つカツラギミサトであり、おやつ担当から料理一切までミサトに任せると脅すと、少しだけレイが真面目になる。
「…真面目にやるわ」
「頼むから、最初からそうしてよもう…んっとに」
「嫌なら辞めればい…痛い」
「あんたが馬鹿なまま女王になると、引き受けちゃったこのアスカ様の立場がなくなるのよー!!」
 ぐりぐりとレイの頭を締め付けてから、
「ま、今度のテストで頑張ったら、一日くらい畑に放してあげるから」
「本当に?」
「ほんとだってば。あたしを信じなさい」
 とまあこんな感じで、凸凹関係ながらそれなりに上手くやっているように見えた。
 ところがその数日後。
「お母様、答案を持ってきました」
 良かろうが悪かろうが、とにかく試験結果は持ってきなさい。
 これが母ユイの命令であり、しかし悪かったからと言って別に怒りもしないのだ。良くてもまた褒めもしないのだが。
 それがレイに悪影響を与えている、と言う意見もあるが、ともかくレイは悪い答案でも机の引き出しにしまい込むような習慣は持っていない。
 この日も習慣通り答案を持って母の部屋にやって来たのだが、
「…いないのね」
 辺りを見回しても母も父もいない。以前は、扉を開けるとなぜか二人が慌てて着衣を直していたりしたのだが、最近はそれも少なくなった。
「もう年かしら」
 と娘が呟いているのを、無論両親は知らないが。
 置いて帰ろうかしらと室内を見回したレイが、ふとある物を見つけた。普段は鍵の掛かっている扉が、今日に限って開いていたのだ。寝室への扉ではないから、プライバシーの侵害にもなるまい。
 しばらく前になるが、寝ぼけて両親の寝室へ入ったレイが見たのは、何故か全裸の母が三角形のオブジェのような物に上に両手を縛られて乗っており、その背中に鞭を振るう父親の姿であった。
「誰かある、曲者!!」
 思わず、そう叫びかけた娘の口を、疾風のように飛び下りた母が素早く塞いだ。その晩以来、レイは一度も両親の寝室には行っていない。
 そのオブジェもどきが、三角木馬なる物だと知ったのはつい最近であった。
 開いている扉をくぐると、そこは地下への階段となっていた。うっすらと明るい中をレイはすたすたと歩いていく。
 そしてレイは、結局そこから出てくる事はなかった。
 
 
 
 
 
「あの、お願いします」
「運勢ですか、危険回避ですか?」
 運勢あるいは危険回避、ここ地天使堂では占ってもらった場合外れた事がない。その代わり値段はかなり高いが、碇シンジはバイト代が入ったらここへ来る事にしている。
 ラッキーアイテムは安全靴、そう言われて首を傾げながら歩いていたら、買ったばかりの安全靴の上に、三階から落ちてきた煉瓦が直撃したし、家にいるのが吉と言われ、晴天そのものだったキャンプ先を諦めた次の日、大雨でキャンプ場一帯が浸水してけが人が出た。
「じゃあ…運勢でお願いします」
「分かりました」
 地天使堂の主は、いつものように軽く水晶に触れる。
 ややあってから顔が上がり、
「残念ですが」
「ご、ご臨終ですかっ!?」
 思わず訊ねたシンジに、
「…それは大丈夫です。女難と読むか女運と読むか、その辺は臨機応変に。ま、頑張りましょう」
「…は?」
 訳の分からない託宣に、思わずシンジの口がぽかんと開いた。
 その晩、いつものようにインターネットから各社のニュースに目を通し、シンジは眠りに就いた。新聞の広告に興味がないシンジにとっては、ネットからニュースを見た方が手っ取り早いし安上がりなのだ。バーゲン品を探すなら、週末に街を歩けば事足りるし、不動産には興味も縁もない。
「今日の占いって…何だったんだろう。あの人、少し変わってるって言われてるし、うーん…」
 占い師が変わってない方が問題である。
 普段は寝付きのいいシンジだが、何故か今晩に限って寝られず、こんな時は羊を数えようと天井を見上げた時その表情が動いた。
「あれ?」
 上の上、屋根の遙か上に音を聞いたような気がしたのだ。普通なら飛行機だが、こんな時間に飛んでいたのは今までに記憶が無く、しかも。
「ち、近づいてくる!?」
 瞬間的に、アパートの他の住人の事を考えたのはシンジらしいが、元から二人しかいないし、両方とも里帰りすると朝方挨拶されたのを思いだした。
「ああ、そうだっ…あー!!」
 次の瞬間、凄まじい音がしてシンジの部屋の屋根がぶち抜かれ、音と一緒に何かが落下してきた。
「え…円盤?」
 奇妙な事に大気圏との摩擦があった筈なのに、テレビで見るUFOみたいな格好をしたそれは、殆どと言っていいほど燃えた形跡がない。しかも直径も大した事が無く、どう見たって搭乗数は一名限定である。
「何でこんな物が…あっ」
 思わず叫んだのは、てっぺんから煙が吹き出したからだ。中にいるのは神か悪魔か、はたまた八本足の宇宙人かは知らないが、やっぱり放っておけないのがシンジである。
「今助けるからちょっと待っててっ」
 風呂場からタオルを持ってくると、それを断熱材替わりにしてハッチに手を掛け、渾身の力で右に回す。大抵この手の物は右回しと決まっており、火傷しそうにはなったが何とか開いた。
 蓋を開けて中を覗き込んだシンジが、
「コ、コスプレ少女?」
 思わず呟いたのは、特撮物に出てくるヒロインみたいな格好の娘が中にいたからだ。
 そして、
「あっつーい!!」
 中にいた赤毛の娘が、がばと跳ね起きて叫び、
「いったー!」
 ゴチンと頭をぶつけたのは十秒後の事であった。
 
 
 
 
 
「レイがいなくなった〜?それどう言うこと」
 自分の目の届く範囲なら捕まえておけるが、やはり王族と言う事で四六時中一緒な訳ではない。それだけに、王族に戻ったときに甘やかすことはしてくれるなと、家庭教師を引き受ける条件にもしていただけに、アスカの視線も厳しくなっていた。
「それがね、私達が前に使った宇宙船に乗っていってしまったようなの」
「何故そんな物が」
「月に一度お手入れするのだけど、途中で来賓があったから地下室に抜ける扉が開きっぱなしだったの。答案をいつものように持ってきて…多分見つけたんだわ」
「レイに宇宙船の操縦技術があったんですか」
 ないわ、と王妃ユイは首を振った。
「でも…ドクロマークのボタンをポチッと押すと、指定された座標に自動的に向かうようになっているの」
「指定された座標って?」
「地球よ」
「地球?」
「私達がレイの生まれる前、夫婦で旅行に行った宇宙の彼方にある星よ。レイが王位に就いたら、またのんびり行こうって話していたの」
 何て事、とアスカは天を仰いだ。次期王位継承者が脱走、それも宇宙の彼方に行ってしまうとは。
 しばらく険しい表情で宙を見据えていたアスカだったが、ややあって口を開いた。
「分かりました、私が行きます」
「…え?」
「私が連れ戻しに…いえ、迎えに行くと申し上げたのです。王女をこのままにしてはどんな危険があるか分かりません。すぐに、船を用意してください」
  
 
 
 
 
「そう言ったのはいいんだけどさー、途中でエンジンはおかしくなるし羅針盤は狂っちゃうし、まったくやんなっちゃうわよ」
「それで…僕の家をぶち抜いて落ちてきたの?」
「ああ、あれ?ごめんごめん、王女とっ捕まえたら宝石剥いで弁償してあげるから」
「宝石?剥ぐ?」
「王女だからね、結構いい物身につけてるのよ。ふー、ご馳走様」
 たんこぶを作って出てきたアスカは、お腹空いたと騒ぎ、シンジが慌てて夕食を作って出したのだ。
 それをご飯の粒もまったく残さずに平らげると、かたんと茶碗を置いた。
「しっかしバカレイの奴、いったいどこ行った…何よ?」
「顔に傷、無くて良かった」
「え?」
「女の子の顔に傷ついちゃうと、きれいに消えるのは難しいからね。でも、あんまり無茶はしない方がいいよ」
「なっ、何言ってるのよあんたはっ!そ、そ、そんな事分かってるわよっ」
 実はこのアスカ、美しいとか強いとか言われた事は腐るほどあっても、こんな風に女の子扱いされた事は一度もない。
 初物に弱いのは女の特徴であり、シンジにしてみれば普通の台詞だったが、アスカの顔はぽんっと赤くなっていた。
「それならいいんだけど…ところで寝る場所何処にする?」
「寝る場所?そんなの…あ」
 天井はアスカがぶち抜いており、屋根に覆われているのは極めて狭くなっている。しかも、アスカが乗ってきた船はもう使い物にならない。
「じゃ、惣流さんが部屋に寝てよ。僕のだけど布団はあるから」
「あんたどうするの?」
「僕は廊下に寝る。一緒には寝られないでしょ…どうしたの?」
 さっさと出て行こうとした裾がきゅっと掴まれた。
「言っとくけど、あたしそんなに図々しくないわよ。いいわよ、その…一緒で」
「え!?」
「か、勘違いしないでよねっ、い、一緒に寝るだけなんだからっ。あたしが旅してた頃は雑魚寝なんかしょっちゅうだったんだから」
「そうだったの、じゃあ…いい?」
「あーもう、あんた顔赤らめるの止めなさいよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃないのよ」
 そう言いながら、自分も釣られて頬が染まっている事にアスカは気付いていない。
 結局突如やってきた宇宙人の娘と、成り行き上とは言え一つ床に寝ることになったシンジ。
 だがこの添い寝状態が、彼らの人生を大きく変えることになろうとは、勿論二人ともまったく予想だにしてはいなかった。
 
 
 
 
 
(続)

サイレスさんからのリクエストです、ありがとうございました。
A×S×Rと言うことで、制限無しと言うことですよう。
つーことで、Rは後編なのですよ。