恋人達の事件簿「脱走少年」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 シンジが脱走した。
 正確には、夢遊病者のようになって、出ていったらしい。
 使徒の熱線がほぼ直撃し、無論シンジは意識を喪った。
 即手当が施され、集中治療室に収容されていたのだが、意識が戻ったので、一般病棟に移されたのだ。
 だがそこで何があったのか、シンジの姿は消えた。
 意識はなかった。
 それは、直前まで一定値を示していた血圧計も証言している。
 しかも折悪く、雨までもが降り出してきた−まるで、シンジの逃走を助けるように。
 普段は、無論黒服を張り付けてあるが、意識を喪った病室にまで、そんな物は配属していない。
 それを聞いたミサトは愕然とし、すぐにでも飛んでいきたかったが、戦自から半ば強引に取り上げた陽電子砲の改造もあり、動くわけには行かない。
 歯ぎしりした後、保安部員の総動員を即断した。
 号令一下、五十名近くが一斉に市内に散る。
 だが、一時間近く立っても、シンジの姿はおろか手がかりさえ見つけられない。
「なんて事…」
「どうするつもりなの」
 こんな時にまで冷静に突っ込んでくるリツコに、
「うるさいっ」
 思わず怒鳴ってから、
「ごめん…余裕無いのね、私」
 自嘲気味に笑った。
 だが、その二人の顔から、表情が喪われる報告が入ってきた。
「レ、レイが…」
「お、お手上げじゃない…」
 シンジに食事を持っていったレイもまた、姿を消したという。
「草の根分けても、いえあの世の果てまでも範囲を広げて、何としても探し出しなさいっ!!」
 ミサトのヒステリックな声も、ある意味では仕方なかったかも知れない。 
 
 
 
 
 
 が。
 同時にいなくなったようなレイだったが、別に気にしてもらおうと消えた訳ではなかった。
 しかも後手後手のミサト達とは対称的にレイは、簡単にシンジを見つけだしていたのである。
 裏路地で、飲み屋の裏手にあるゴミ捨て場の所に、シンジはうずくまっていた。
「何をしているの?」
「……」
「今夜の作戦にはあなたが必要よ、帰りましょう」
 だが、レイが言った必要というのは、頼りにしていると言う意味ではない。
 射手、それに防御と二人の人数が絶対に必要だからだ。
 シンジもそれを感じ取ったのか、首を振った。
「いやだ、もう…あんな怖い思いはしたくない」
 そう、とレイは言った後数秒考えていたが、
「でも、ここにいたら風邪を引くわ。私の家の方がまだまし」
「……え?」
「乗りたくないなら強制は出来ない。でも、目の前で濡れられて風邪を引かれるのは困るわ。来て」
 半ば強引にシンジを立ち上がらせると、先に立って歩き出す。
 同じように濡れていても、歩く姿勢はまるで違った。
 まるで捨てられた子猫のように、シンジがとぼとぼとレイの後を歩く。
 午前中に来た家、そこにシンジはずぶ濡れのまま、再度足を踏み入れた。
 
 
 
「僕は…何をしているんだろう…」
 まるで、赤子のように扱われながら、シンジは呟いた。
 マニュアル通り、いやこんな事態があるかは知らないが、すぐ本部に電話する物と思っていた。
 だがレイは、そんな気配をまったく見せなかった。
「風邪、引くわ」
 水を滴らせているシンジに声を掛け、反応がないと見ると、手を取って風呂場へ連れて行ったのだ。
 服を脱がされる間も、シンジはぼんやりと立っていた。
 そして、レイがその裸身を晒した時も。
 無論、シャワーでも服を着て入るのはあまりいないから、当然と言えば当然だが、何故かシンジは、レイの裸身にも目が行かなかった。
 すっと浮き出た鎖骨から、一滴の水が落ちる。
 自分はバスタオル一枚のままで、シンジの全身を丹念に拭いていくレイ。
 黙って手だけ動かしていたレイが、ふと口を開いた。
「躰、冷えているわ」
「…いいんだ」
「良くないわ」
 だがそれが、どこか濡れたような口調だと、シンジは気付かなかった。
「暖めてあげる」
 言うなり、いきなり唇が合わさってきた。
 シンジが我に返ったのは、咥内に異物の侵入を知った時である。
 ファーストキスは何とかの味。
 それが何だったかシンジは覚えていないが、
「そんなの、口にある物の味に決まってるだろ」
 と、前にいた学校で聞いた事がある。
 クラスに一人や二人はいる、妙に進んだ生徒が言っていたのだ。
 口の中の物、と言う単語が今、シンジの脳裏で強烈にリフレインしていた。
(野菜の味がする…ご飯は野菜がメインだったのかな)
 ふとそんな事を思った次の瞬間、身体は勝手に動いていた。
 どんっ、とレイの躰を突き飛ばしていたのだ。
 よろめいて壁にぶつかったのを見て、
「ご、ごめんあやな…うっ」
 レイが音を立てて、両手を壁に付く。
 まるで、弱い者を捕まえて恐喝する不良のように。
「なぜ、私を避けるの」
「さ、避けるって綾波そんな…それに綾波こそ僕を…」
 そう、いきなりシンジを叩いたのはレイだ。
 それも、レイの父親でも何でもないゲンドウの事で。
「あれはあなたが悪いの」
「な!?」
 シンジの台詞には、二重の驚きが混ざっていた。
 すなわち、さも当然と言った感じの言葉に対する物ともう一つ。
 そう、弾みでバスタオルが落下し、全部見えだしたレイの肢体への物と。
 やっと、人間の感覚が戻ってきたらしい。
 が、それはそのまま股間の膨張を意味しており、レイはめざとくそれを見つけた。
「私に叩かれたこと、思い出したの?」
「ち、ちがっ!?」
 手を振り上げたレイに、びくっと目を閉じたシンジ。
 だが、いつまで経っても手は来ない。
 シンジが怖々目を開けると、ゆっくりと手が伸びてきてシンジの頬に触れた。
「嫌なら乗らなくてもいいわ、エヴァには。でも、あなたが乗らなければ間違いなく負けてすべてが終わり」
「……」
「だから、最後の時間は私にちょうだい」
「あ、綾波…」
「駄目?」
 ぶるぶるとシンジは首を振った。
 全裸の少女に流し目で見つめられて、どうして断れよう。
「ありがとう」
 粘っこく囁くと、再度レイは唇を会わせてきた。
 背に手を回すことも、舌を絡みつかせる事もシンジは知らない。
 丹念に咥内を責められて上気した顔になったのは、当然のようにシンジであった。
「ここは狭いわ、ベッドに行きましょう」
 促されて、こくりと頷く。
「私がしてあげるから、碇君はじっとしていて」
 熱くなった股間に、レイがそっと唇を付けた瞬間、シンジの背が一瞬反り返った。
 
 
 
 
 
 違和感、それは防衛本能として結構大事である。 
 それがないと、目の前の事象だけで物事を判断してしまう。
 童話に出てくるある兄弟が、手を白くして声を変えただけの狼に騙されたのは、そのせいなのだから。
 ただし、時にそれ以上の物に押し流される事もある。
 例えばそう、快感とか。
 
 
 
 
 
 片手で髪をかき上げ、ちゅっ、ぢゅっ、と音を立てて吸引を繰り返すレイの行動に、すっかりシンジは腰砕けになっていた。
 先端から流れる液を、やや強引に吸われたかと思うと、こんどはまぶすように舌を押しつけてくる。
 柔らかく熱い舌が絡みつくだけで、シンジは脳髄まで快感が走り抜けていた。
「あ、綾波っ、だ、駄目だよっ」
 そう言いながらも、その手はレイの髪を掴んで腰に押しつけており、到底嫌がっている様子は見えない。
 レイの方も、口を放そうとはせず丹念に、シンジの物をしゃぶり続けている。
 慣れきったような舌の動きに、シンジが限界点に達するまでさほど時間は掛からなかった。
「ぼ、僕もうっ」
 幾分情けない声を聞いた時、レイはすっと顔を離した。
 白濁した精液が、勢いよくレイの顔面を襲ったのはその直後である。
 顔のほぼ真ん中に射精を受け、レイの顔が一種異様な白のコントラストに染まる。
 鼻に指を当てると、それを手に付けて、
「おいしい」
 ペロリと舐めて、まだ余韻で腰が震えているシンジを見ながら、にっと笑った。
「あ、あの…ご、ごめん…」
「謝るなら、最初からしないものよ」
「……」
「それに、ここはそうは言っていないもの」
 股間に手を伸ばすと、出した直後なのに見る見る回復している竿をきゅうっと握る。
「あうっ」
 少女みたいな声で喘いだ瞬間、またそれは大きさを増した。
「ほら、これで元通り」
 何かおっさんみたいな言い方に、シンジの顔がぽんっと赤くなる。
「碇君て可愛いのね」
「なっ!?」
「こっちは凶暴そうだけど」
「……」
 肉竿をちょん、とつつかれても、それはまったく静まる傾向を見せない。
 赤く染まった顔とそことのギャップに、レイは妙な興奮を感じていた。
「これならもう、挿れても大丈夫ね」
 ほら、とシンジの指を自分の股間に触れさせる。
「ぬ、濡れてる…」
「碇君、もっと触って?」
「う、うん」
 ぎこちなく、ゆっくりとシンジが指を動かした時、ぬちゅりと音がした。
「ほら、触って…もっと、もっとよ、ああん」
 四つん這いになったまま、股間をシンジに弄らせ、回復途中の男根をレイは口に含んで出し入れを開始した。
 まだ精液を残したままの顔で、根本までほおばってからゆっくりと出していく。
 ぬる、と人差し指が吸い込まれた途端、
「おあうっ」
 思わずシンジが呻いたのは、レイの中が強烈に締め付けて来たからだ。
 柔肉が指に絡みつき、まるで搾り取るかのように締め上げてくる。弾力を押し戻してぐっと押し込むと、するりと入ったものの、またすぐに締め付けてくる。
 二段で締め上げて来るのだと、シンジは身をもって知った。
(は、入るかな…)
 指をもう一本増やそうとしたが、
「駄目。入れる物が違うわ」
 先液が滴っている男根から口を離してレイが止めた。
「これを…私にちょうだい」
 頬に精液がわずかに残る顔で、レイがにっと笑って囁く。
 女悪魔のような囁きに、抗する術などシンジは持っていない。
 こくりと、まるで処女を捧げる生娘のように頷いたシンジに、
「碇君はじっとしていて。私が入ってあげるから」
 熟練した先達のような口調で言うと、いきなりシンジを押し倒した。
「脚は少しだけ開いて、身体の力は抜いて。そう、それでいいわ」
 羞恥からか、きゅっと閉じた睫毛は震えており、反対に股間は思い切り元気になっている。
 そのギャップがレイの欲情を誘い、レイは慌ただしくシンジの上にまたがると、男根を軽く持って膣口に当てた。
「行くわね…あは、うんんっ」
 どちらもたっぷりと濡れており、根本まで簡単に受け入れた。
「あおっ」「ううっ」
 同時に呻いたが、レイの方が先に腰を使い始め、上下に左右にと振り出す。
 みるみる快楽が押し寄せたと分かるシンジの顔を見ながら、
「碇君私の…私のおっぱい触ってっ」
 ぎゅっと乳房に押しつけると、いきなり荒々しく揉みだした。
 乱暴だが、感じる痛みも中をかき回される感触に、快感の一部と化し、
「はあっ、あっ、あっ、ああんっ」
 一層激しく腰を振り立てる。
 レイが動くたびに、膣内は乱暴なまでにシンジを締め付け、みるみるシンジは射精感に囚われ始めていた。
「あ、綾波そんなにしたら…ぼ、僕もう出っああっ」
「い、いいのっ、碇君いいの出してもっ」
 じゅにゅっ、ぐにゅっと二人の腰がぶつかり合い、ほとんど同時に頂点へと上りつめていく。
「で、出ちゃう、でちゃうよっ」
「わ、私も中がこすれて…イ、イキそう…イクっ」
 レイの腰がひときわ速くなった直後、
「イ、イク、イク、イッちゃ、あっはああっ」
「ぼっ、僕出っ、あああううっ」
 射精しながらシンジは大きく腰を突き上げ、レイは四肢をがくがくと突っ張らせた。 
 
 
「ふふ、碇君…すごかった」
 快感が冷めてきた所で、レイが上体を倒し、シンジの乳首をちゅうと吸った。
「ああんっ」
 二度、それもほとんど間を入れぬ射精に、さすがに疲れたらしいが、快感は鈍くなっていないのか高い声でシンジが喘ぐ。
 なお、二人の股間はまだ繋がったままである。
 れろ…ちゅ、ちゅっ。
 何度か舌で嬲り、硬くなったのを感じてから離す。
 もう完全になすがままになっており、今なら完全に下僕化計画も実行出来るかもしれない。
 だが。
「碇君、ありがとう」
「…え?」
 うっとりしているシンジから、レイは腰を引き上げた。
 ぬじゅ、と音がして、愛液と精液にまみれた男根が抜け、だらりと垂れ下がった。
 同時に栓が抜けたかのように、レイの股間からも濃くどろりとした精液が滴る。
 それには目もくれず、
「最後にありがとう。抱き合えて嬉しかったわ」
 と、これはもういつもの無表情な顔で告げた。
「さ、最後?」
 直接は答えず、
「あなたは死なないわ。いえ、死なせないわ。私が守るもの。だから、ここで待っていて」
「ま、待ってって綾波…」
「使徒は、私が必ず倒すから」
 べっとり濡れた股間を、手際よくティッシュで拭うとパンティーを取って脚を通す。
 ついでブラジャーを着ける姿を、シンジは呆然と見ていた。
 それが我に返ったのは、レイが背を向けた時である。
 シンジに見せるかのような格好で着替えていたレイが、くるりと背を向けたのだ。
「さよなら」
 その声は、やけに大きくシンジの耳に響いた。
「あ、あやな…」
 レイは振り返る事無く、玄関に歩いていく。
 が、靴を見たときびしょぬれなのに気が付いた。
 こうなると、紐を結ぶタイプしか残っていない。
 仕方ないから、腰を下ろしててきぱきと紐を結んでいく。
 すっと立ち上がり、ドアのノブに手を掛けた姿には、迷いも未練も無かった。
 だが。
 ぐい。
「…碇君?」
 急いだせいだろうが、ボタンを掛け違えたままのシンジが、レイの手を掴んでいたのだ。
「何」
「…ぼ、僕も行くよ」
「どうして」
「綾波に守られるんじゃなくてその…ぼ、僕が綾波を守りたいんだ…」
「碇君…」
 赤くなりながら言ったシンジだが、つられたかのように、自分の頬も染まっていることにレイは気付いていなかった。
 が、
(碇君の手、暖かい…)
 少し力を入れて握り返してみると、熱い鼓動が伝わってきた。
「碇君、ありがとう」
 唇は勝手に動いた。
「え?あ、う、うん」
「でもその前に」
「え?」
「服は直さないとおかしいわ。それと…シャワーだけは浴びておきましょう」
 何かを手繰るように言ったのは、誰かの情事後を見た事があったのか。
「そ、そうだね…」
 二人は連れ立って浴室へ消えて行った。
 並んでシャワーを浴びた二人だが、やっとシンジがさっきのお返しとばかりに、レイの躰を泡立てた後、乳房も尻も好きなように弄り回して、声をかみ殺したレイが身もだえする姿を楽しむ事が出来た。
「い、碇君の意地悪…」
 そういいながらもレイの顔はどこか赤く、
「さっきのお返しだよ、綾波」
 そう言うシンジの顔もどこか笑みがある。
 お互いに相手の服を整えると、手こそ繋がなかったが、揃って家を出た。
 玄関を出ると、いつの間にか雨は止んでいる。
「晴れたね」
「そうね、いい天気だわ」
 揃って石鹸の匂いをさせたまま、並んで家を出た二人。
 それは、後ろからH&K PDWを向けて、マガジンを全弾撃ち尽くしたくなる雰囲気は十分であったが、 さっきとは明らかに違う点が一カ所あった。
 すなわちシンジの足取りに…迷いがまったく無くなっていたこと。
 そしてレイの足取りが、これは珍妙とも言えることだが、どこか弾んで見えたことである。
 
 
 
 
 
 そして十年後。
「ねえあなた、今日は安全日だから…ね?」
「絶対に嫌だね」
 夫は冷たく拒絶した。
「安全日だから大丈夫、君の嘘にもう三度騙されてきたんだからね」
 二人の視界には、走り回る三人の子供達が映っていた。
「それは残念ね」
 妻はあっさりと諦めた…かに見えた。
「いいこと教えてあげる。いえ、思い出させてあげるわ」
「…え?」
 音もなく夫の背後に忍び寄ると、
「あの日、私のマンションで私に筆おろしされた時からもう、あなたは私の奴隷なのよ…碇君」
 擽るように囁くと、真っ白な腕を首にぎゅうっと巻き付けた。
「私がしてあげるから、あなたは何もしなくていいわ」
 変わったのは呼称だけ、十年間ずっと変わらぬ言葉に、シンジはこくんと頷いた。
「はい…レイ」
 
 
 
 
 
(終)