恋人達の事件簿「前世からの約束…地蔵娘」
 
 
 
 
 
 
 
 
「やっぱりこの時期は吹雪くな…全然売れないし」
 既に周辺は銀世界と化しており、その中を青年がとぼとぼと歩いている。
 別に雪をかぶるのが好きな訳ではあるまい−その、重たそうな荷物を見れば。
「全然売れないし、大家さんには家賃急かされてるし…は〜あ」
 ぼやいたりため息ついたり、どう見てもいい事などなさそうな人生に見えるが、実はこれには訳がある。
 村の外れに立つ彼の家は、もともと庄屋の物置小屋であった。
 で、そこを安値で借りたのだが、大家が運悪く赤木家の一人娘であった。
 しかもそのお律は、かの平賀源内をライバルとしており、しきりにエレキテルの人体実験をしたがったのだ。
 とは言え、いきなり村人を実験台にも使えない。
 村人が黒こげになったりしては、いかな富豪の娘とは言え、お縄は免れないからだ。
 そこで。
 お律が目を付けたのが、この若者慎二である。
 まず第一に生来のお人好し。
 第二に、妙に純情で責任感が強い。
 こんなのはを毒牙にかけるのは、もとい生け贄にするのは訳ないと思われた。
 しかも、そこへもってきて笠売りと来ている。
 傘ではなく笠だ。
 雨用の傘ならまだしも、笠などそうそう売れる物ではない。
 何よりも、この辺は侍など少ないし、それに百姓達は笠など殆ど使わないのだ。
 慎二は現在十八、お律はもうじき三十である。
 ショタの血が騒いだのかは不明だが、その部屋にはいつも慎二の肖像画が飾られており、寝床はなぜか二つ並べてある。
 無論慎二を迎える用意であり、夜はいつも慎二の顔を描いた藁人形を抱いて寝ているらしい。
 が。
 天は悪を助けずと言うのか、慎二の性格も手伝って、家賃はそれなりに払って来ており、お律の毒牙からは辛うじて逃げてきている。
 しかし、何の因果かここへ来て、急速に売り上げが落ち込んでいたのだ。
 異常気象?温暖化?
 全然違う。
 実は邪悪な発明を目論むお律だが、その技術は結構優秀であり、慎二のそれより更に軽量化かつ防寒機能の付いた笠を、その研究で発明していたのだ。
 それを大手の問屋に回すのが、お律らしいと言える。
 じわじわと追い込んで、慎二を我が物にしようと企んでいたのだ。
 その甲斐あって、支払いは迫っているのに慎二の懐は、気持ちいい程すーすーしており、家賃以前に今日の夕飯代さえも、どうしようかと考え中だったのだ。
「どうしよう…本当に…」
 ただ、現時点における思考の中には、リツコの毒牙を恐れる気持ちは少ない。
 この期に及んでも、家賃の支払いが遅れる事の方が気になっていたのだ。
 要するに、我が身よりも義理約定を大事にするタイプである。
 これだからお律に執念深く狙われるのであり、これだから値段機能よりも、慎二の笠を選ぶ人がいなくならないのだ。
 
 ところで、獲物の鮮度は高い方がいいと誰しも思うだろう。
 そしてその見た目もきれいなままがいい、と。
 だから女性の下着はあれだけ種類があるのだし、エステもあれだけ店舗があって繁盛しているのだ。
 そして、最近の男性用美容品が、あれだけ売れているのである。
 この時のお律も同様に考えた−かは不明だが、慎二の足取りだけは妙に軽い。
 完全防寒の足袋を、お律にもらったからだ。
 商売の邪魔はするが、その体だけはきれいなまま保存しておきたいらしい。
 そのさくさく進む足が、ふと止まった。
「あれ、お地蔵様だ」
 今、町中や田舎でたまに見る地蔵というのは、“赤いエプロン”をしているケースが多い。
 服の彫刻はあっても、実際に服を着ている訳ではないし、春夏秋冬常に赤い涎掛け一枚と言うのは、なかなか不便な感じもする。
 したがって、普段からこの格好であり、別にこの極寒に我慢大会をしているわけでもあるまい。
 だが慎二、これで結構信心深い所も持っており、“見過ごせない病”が発病したらしい。
「あの、これを…」
 居並ぶ地蔵は四体。
 その一体々々に、ご丁寧に笠を掛けて衣を着せていく。
「これで少しは暖かいと思いますから…じゃさようなら」
 深々と拝んでから、また歩き出した。
 
 
 
「軽くなっちゃったけど、良い事したからいいや」
 荷物も減って、軽さの増した足取りで家に急ぐその後ろ姿を、地蔵達がじっと見つめていた。
 
 
 
 
 さてその晩の事−
 
「私の調査によれば、今日も真の字は売り上げ零。私の燕に…もとい実験台になるのも時間の問題ね」
 
 
「私の所で少し実験台になるだけで、完全に楽な暮らしを保証するわよ」
「でも、そこまでお世話になったら悪いですから」
 天然なんだか巧妙なんだか、分かりにくい仕方でいつも逃げられてきたが、今回ばかりは逃がさない。
 
 
 きっと、いや絶対に物にしてやるんだから。
 
 南蛮渡来の染料で染めた、近隣でも評判になっている金髪を手入れしながら、お律はにやっと笑った。
「慎さんいるう?」
 慎二の家の前に立ったお律が、猫なで声を出した次の瞬間。
 
 ドカッ、バキッ、グシャッ
 
 何もここまでしなくても、そう思われる程の打撃音が響きお律はその場に昏倒した。
 
 ばーさんは用済み。
 
 と言う声がしたとかしなかったとか。
 
 そしてその半刻後。
 
「今晩は」
 慎二の家を、静かに訪う声がした。
 ちょうどささやかな夕餉を、あり合わせの物で済ませ、灯り代の倹約にもう寝ようかと思っていた所である。
 誰だろう、と訝しみながらもこの時代、まだ覗き穴などと言う物は出来ていない。
 あまり警戒する事もなく扉を開けた慎二の前に、美女達が立っていた−頭の先から足の先まで、そっくり同じ美女達が。
 それだけだったら、
「物の怪っ」
 と叫ぶ余裕はあったかも知れない。
 だが、お律で変な色は見慣れていたにせよ、さすがにこの色はなかった。
 そう、蒼髪だけは。
 うーん、と一声上げて倒れるのには、ものの数秒と要さなかった。
 彼女たちが、顔を見合わせてにやっと笑ったのは、その直後の事である。
 
 
 
 
 
「おはよう、慎二さん」
「ここは…?」
 慎二がゆっくりと目を開けたのは、上がり框で倒れ込んでから二時間近くも後の事であった。
 見開いた視界に、居並ぶ美貌が飛び込んできた−全く同じ顔が。
「あ、あの…」
 今度は叫んだり、再度失神したりはしなかった。
 耐性が付いたと言うより、どこか天性ののんびりも手伝ったのかも知れない。
 慎二と彼らの目が合い、先に口を開いたのは美女達の一人であった。
「驚かせてごめんなさいね」
「え…?」
「私たちは、綾波地蔵です」
「あ、綾波地蔵?」
 地蔵と言う言葉が慎二の脳裏に引っかかり、何かを思いだしたように起きあがった。
「綾波地蔵って、あの恩返しするって言う噂の?」
 普通の地蔵は、拝もうが供え物をしようがまず報いはなく、かなり無駄に終わる部分がある。
 だがこの綾波地蔵は、拝めば必ず御利益があり、供え物をすれば絶対に何らかの方法で返してくれるという。
 ただし、どういう訳か滅多に人の前に出てこない。
 しかも、
 
「さっきは普通に見えたのに」
 その声に、娘達が一斉にくすくすと笑った。
「あなたさっき、額の所をよく見なかったでしょう」
「せっかく雪をはらってくれたのに」
「額?…あーそう言えば」
 言われてみると、額の所に何かあったような気もする。
 そう、彼女たちが言った通り普通の地蔵との見分けは、その額にしかない。
 おまけに小さな字で『綾波様』などと書いてあるものだから、普通にありがたやと拝んでいる分にはまず分からない。
「あ、あの」
「なあに?」
 抜けるように色が白いが、唇だけは妙に艶めいており、慎二は一瞬生唾を飲んだ。
「い、いつも放浪してるって聞いたけど、どうしてこんな村に?」
 それを聞いた時、また彼女たちはくすくすと笑った。
 さっきより、ずっと色っぽい微笑であった。
「知りたい?」
「う、うん…あっ」
 気が付いた時には、もう押し倒されており、白魚のような指が慎二の服へと伸びていた。
「私たちの名前は−人間界ではだけど−綾波麗」
 一人が慎二の耳朶に息を吹きかけながら言った。
「人間達はお地蔵様と崇めるけれど」
「でもね、完全無欠の女神ではないわ」
「そう、性欲だってあるしきれいな若い人も好き」
 
「『こんな風に』」
 全員の声が重なった瞬間、一斉に手が妖しく蠢き、慎二の服はすべて剥ぎ取られていた。
 
 
「ちょ、ちょっと何をっ」
「『お礼よ』」
「お、お礼?」
 そう言いながら、麗達の手は一斉に慎二の股間に伸びており、早くも充電済みになったそれを、まるで奪い合うかのように握ろうとしている。
「た、確か富と財産なんじゃ…」
 慎二がうわずった声で言うと、麗達は一斉に頷いた。
「でもね、貰うのと与えるのは常に表裏一体なの」
「ひょ、表裏一体?」
「心配しなくても、あなたには財産をあげる。それに富も」
「は、はあ」
「でもその前に」
「そ、その前に?」
「子種を頂くわ」
「なっ!?」
 言うが早いか、一人がいきなり肉竿を根本近くまで飲み込んだ。
 まるで包み込まれるような感触に、一瞬慎二の腰が浮いたがまだ甘かった。
 まるで縄張りでも決まっているかのように、もう一人が袋へと舌を伸ばし、更にもう一人は後ろの処女を狙うべく、強引に頭を突っ込んできた。
 そして残った一人は、咥内がとろけそうな甘いキスを挑んできた。
 この時点で、無論慎二に女経験などなく、慎二が熱い液体を迸らせるのには、数十秒と掛からなかった。
 咥内にたっぷりと受けた麗が、
「まあ、初めてはこんなものね」
「あなた飲んだのだから、次は私よ」
「分かってるわ」
 頷くとあっさりと交代した。
 一体どんな効用があったものか、出したばかりでべとついているそれを、二人目が軽く握った途端、それは出す直前のようにむくむくと元気を取り戻したのだ。
「私が動くから、あなたは何もしなくていいから」
 自らの淫唇を広げると、一気に腰を落とす麗。
 一瞬目の前が真っ白になるような快楽に、慎二はあられもなく叫んでいた。
 初めての、と言うより言葉にも出来ないような快楽に、ただただ腰を震わせるだけの慎二。
 ぎゅっと目を閉じていた慎二は、麗達が顔を見合わせて笑いあった事を、無論知る由もなかった。
 そして、最初に慎二の液を咥内に受けた麗が、慎二と口づけしていた麗にそれを、口移しで流しこんでいたことも。
 さらにその麗が、自らの唾液と混ぜ合わせたそれを、他の麗の乳首に丹念に塗りこんでいったなどは。
 
 
 
 
 
「あ、あれ一体どうしたんだろう…」
 吸い尽くされた、というか絞り尽くされたといった感じで、全身がけだるさにつつまれた中で慎二は目覚めた。
 最後は乳房から淫唇まで、ぴたりとくっつけ合った麗の間に差し入れ、挿入以上の快楽を得ていたような気もする。
 にしても、と慎二は首を捻った。
「なにか…とてもいやらしいな夢を見ていたような気がする…」
 慎二が呟くのも、ある意味妥当だったかもしれない。
 なにせ、今室内には人が来た痕跡など欠片もないのだ。
 室内はもともと綺麗だし、慎二の着衣に乱れもない。
 ちょうど、囲炉裏の前でうたた寝してしまった、そんな感じさえしてくる。
 とその時、扉の向こうで物音がして慎二は、はっと起きあがった。
「だれ…?」
 だが返答はなく、ごそごそと物音がするだけ。
 一応警戒しながらも、武士ではないから刀は持っていない。
 おそるおそる開けると、
「ん!?」
 そこにはつづらが置いてあり、値札のように何やら紙が貼ってある。
「ばーさんは用済み。二度とあなたには手出ししないよう、よく言い聞かせておきました。  綾波」
 と書いてある。
「手出し?何のことだろう」
 呟いた所を見ると、お律に狙われている自覚はなかったらしい。
 首を傾げた時、追伸と書いてあるのに気がついた。
「なになに?えーと…子種は確かに頂きました。今度会う時に、お返しします。それと、これを使って開けて下さい」
 それを読んだ途端、まるで少女のようにかーっと赤くなる慎二。
 これでは、お律が垂涎して欲しがるのも無理はないかも知れない。
「これ?ああ、あった」
 ぶら下がっているのは小さな鍵。
 手にしたそれでつづらを開けた途端、慎二の目が大きく見開かれた−その中身の黄金に。
「これを…僕に…?」
 一生、どころか三代位までかかっても、使い切れないような量だったのだ。
 よっこらせと運び込んだ時、庄屋の家から叫び声が聞こえてきた。
 慎二も一瞬気が付いたが、荷物の運搬に精一杯で、それ以上は気にしなかった。
 だから、まだ良かったのかも知れない。
 庄屋の軒先ではちょうど、簀巻きにされた物体が発見された所だったのだ。
 家人が慌てて縄をほどく。
 無論中身はお律であり、ご丁寧に声が出ないように顔に縄を巻いてある。
 しかもご丁寧に、
「年下好きの淫乱女」
 墨痕鮮やかに記してあり、見る者を唖然とさせた。
 当然家中に箝口令が敷かれたのは言う迄もなく、一旦はお律も慎二を諦めたらしい。
 ただ、
「絶対に…何代掛かっても物にしてやるからね」
 と、金髪に賭けて誓ったらしい。
 一方慎二はと言うと大金を手にはしたものの、元よりの倹約が役に立ったのか、急に豪奢になる事もなく、慎ましく一生を暮らしたという。
 
 
 
 
 
 
 
「ん…ん!?」
 目を開けたシンジは、躯の上に跨っている妻に気が付いた。
「おはよう、あ・な・た」
 シンジと目が合うと、レイはにこりと笑った。
「嬉しそうな顔していたわ、何の夢を見ていたの?」
「小判に埋もれていた気がしたんだ」
「前世の夢ね」
 なるほど、と頷いたレイがすとんと腰を落とす。
「あ、あのレイ?」
「なあに?」
 聞き返したレイだが、その声は僅かに熱い。それもその筈で、レイは下半身に何も穿いていない。
 従ってレイのおんなが、朝から元気なシンジを、そのまま呑み込んでいるのだから。
「あ、朝からこんないきなり…」
「最初は呑んでほしかったぁ?」
「そ、そうじゃなくてっ」
 艶っぽく囁いた妻に、シンジは慌てて首を振った。
「へ、部屋の入り口から子供達が覗いているから…」
「いいのよ、あれは約束なんだから」
「え?…ああ」
 なぜか子供が三人、それも全部娘が授かった時、レイはこう言ったのだ。
「前世からの約束だったもの、そうでしょう?」
 実の所、シンジは一切合切思い出したのは、この時だったのだ。
 それと同時に原因をも思い出した。
 そう、赤木リツコが執念深くシンジを狙ってくる理由も。
 大学で科学を教えていたリツコは、シンジが担当と知るやあらゆる手を使って、その触手を伸ばしてきた。
 そのため、彼女だったレイとは壮絶な女の戦いを演じ続けてきたのだ−結婚後も。
 レイが出産で入院中、手料理と称して奇怪な色の料理を持ち込んできたリツコ。
 しかも、レイの元へは毒々しい菓子をイロイロと手を尽くして送らんと企んだ。
 無論直に持っていったのでは、レイが食べる筈もない。
 人脈を使ったり金に物を言わせたり、まさに毒リンゴを食させんとする魔女のようである。
 シンジの表情を見て、その思考を読んだらしいレイが、
「まったくしつこいばーさんね。しつこいのは嫌われるわよ。ねえ、あな…はああんっ」
 シンジにずぬっと腰を突き上げられ、レイは高く喘いだ。
「レイが毎朝ねだってくるのも、結構しつこいと思うよ」
「ま、またそんないぢわるを・・ふはあっ」
 視線で子供達を外へ出すと、深く繋がったまま上半身を前に倒す。
「ずっと…七代までも一緒だからね、あなた」
 シンジの答えを待たず、自ら舌を絡めていったレイ。
 無論聞かずとも答えは分かっている−目の覚める、どころか幼女でも赤面しそうな淫靡な舌の絡め方で。
 
  
 
 
 
 生まれた時からの腐れ縁、と言うのは別に珍しくもない。 
 だが、前世からと言うのは結構希だろう−思いこみや電波を別にすれば。
 前世はともかく、今のシンジとレイは完全な人間である。
 従って、当然のように寿命があるし、数十年で人生は終わる筈だ。
 “その後”また会うのか、それよりも転生するのかは分からない。
 ただし。
 朝から燃えてるこの二人には、目下の刻(タイム)の方が重要だろう。
 その証拠にほら、
「レイ、激しく行くよ」
「ええ。きて…あなた」
 繋がったままの肢体からは、熱い淫香が漂っているでしょう?
 
 
  
 教訓:妻にするなら来世まで付いてきてくれる女(ひと)を選ぶこと。 
    もしくは…前世から約束していた娘(こ)を。
 
 
 
 

(終)