恋人達の事件簿「同窓会」 
 
 
 
 
 
 
 
「やーっとカミングアウトする気になったのね、あの二人。まったく思い切りが悪いんだから。もう二年よ、二年。長すぎるわよ」
 若い女が往復葉書を見ながらぼやいた。
 だがその声は愚痴と言うより、祝福に近い物であった。
 惣流アスカ、と書いてご出席に丸を付けた後、ふと気が付いたように呟いた。
「久しぶりに…会えるのかしら…」
 
 
 
 
 
 人間、社会人ともなれば予定を組んで一日を動くものだが、所詮は予定であり狂う事もしばしばある。
 そう、例えば−
「あーっ、寝坊した!どーしよ、どーしよ!」
 ブラにショーツの格好で跳ね起き、部屋の中をどたばた走り回っているのはアスカである。遅筆で知られる作家を縛り付けて書かせたのはいいが、帰ってきたのは明け方6時を回っており、一時間だけと思ったら午後4時になっていたのだ。
 しかも人間忙しい時にはつい、他のことをしてしまいたくなる物である。
 ここ数日帰らなかったおかげで、惨憺たる有様になっている室内に気付き、散らばった服を吊って下着を洗濯機に放り込む。
 すると−
「もう4時半じゃないの!遅刻しちゃう!」
 何処かの探偵のように、綺麗なブロンドをかきむしってみたが、
「ま、いいかこの際」
 諦めが付いたらしい。
 そして結局家を出たのは、5時をやや回ってからであった。
 
 
 
 
 
「碇君おっそーい!」
 碇シンジが、腰に手を当てた仁王立ちの美女に出迎えられたのは、定刻を10分ほど過ぎた時間の事である。
「久しぶり、綾波」
 級友の姿を見つけたシンジの表情が僅かに緩む。
 と、シンジはその指に光る物体を見つけた。
「何時の間に電撃入籍を?」
「あん、ばれちゃった?…そう、知っちゃったのね…しくしく…」
 奇怪な級友に、
「何をしている?」
 訊ねるのと、シンジの首に腕が巻き付けられるのとが、ほぼ同時であった。
「久しぶりだね、シンジ君。相変わらず綺麗で嬉しいよ。独身なのは…僕のためだね?」
 熱い吐息が耳に掛かった瞬間。
 
 
スパン!

 スリッパがその頭を直撃した。
「こらっ、カヲル!碇君に手を出すんじゃない…って、それ以前に浮気しないって言ったでしょ、全くもう」
「分かっているさ、冗談だよレイ」
 カヲルの腕の中から逃れながら、
「火傷しそうな夫婦で何よりだ。ところで綾波」
「なあに?」
「何が悲しいの?」
「私を永遠に慕ってくれる碇君を差し置いて、こんなのと結婚しなくちゃならないなんて…とてもとても悲しいことなの」
「おやおや、これは酷いな。僕は代用か当てつけかい?」
 大げさに肩をすくめたカヲルを見て僅かに微笑しながら、シンジは軽くレイの腹に触れた。
「お母さんの顔になってるよ、綾波」
 それを聞いた瞬間、レイの表情に驚愕の二文字が浮かんだ。
「ど、どうして…」
「妊婦は結構見ているからね」
 最後の言葉は、レイには届いたかどうか。
 二人の横をすり抜けて、中に入って行こうとしたシンジをカヲルが呼び止めた。
「シンジ君、久しぶりにしてもらいたいことがあるんだけど」
 少しだけ危険な色の声で、カヲルは囁いた。
 
 
 
「あーもう30分も遅れちゃったじゃないの、全く」
 余人の所為では無いような気もするが、アスカはぶつぶつと呟いた。
 地下鉄を降りると、会場のホテルまでは3分くらいで着いた。
 早足で入っていこうとしたその目が、大きく見開かれたのは次の瞬間であった。
「あ、あれ!?」
 アスカが驚愕したのも無理はない、彼女の目の前にいたのは単なる級友では無かったのだから。
「そ、その制服どうしたのよ一体?」
「僕も遅れてね。綾波と渚に強制的に着せられた」
「はあ?」
「遅刻した罰だそうだ。元気そうだね、アスカさん」
「あ、当たり前じゃない。あたしが元気じゃないわけないでしょ」
 それを聞いたシンジがくすりと笑い、
「あー、あんた何笑ってるのよ!」
 早速噛みつこうとするアスカを、レイが止めた。
「まあまあ、アスカもその辺で。ね?」  
  「まったく、レイは昔っからこいつに甘いんだから。でもレイも元気そうで何よりね…あら?」
 アスカがレイの手にある光り物を発見した。
「ああこれ?悪い人の妾になっちゃったのよ」
「その割には顔が緩んでるわよ、レイ」
「ありゃ、ばれちゃった」
 舌を出して笑うレイを見た時、アスカは学生時代に戻ったような気がした。
「いずれお母さんになるらしい」
 シンジに耳元で囁かれた時、アスカの耳朶は瞬時に紅潮した。
「ちょっとくすぐった…え!?」
 振り返ったアスカに、シンジはレイの腹を指して見せた。
「レイ、それほんと?」
「う、うん…ねえ、アスカ」
「何?」
「これ見て妊娠って分かった?」
「え…ううん、全然」
「だよね。ああ、良かった」
「どういうこと?」
「碇君がね、一目で見抜いたのよ。びっくりしちゃったわ」
「ほんとなの?」
「女の勘、ていうやつかな」
「それを言うなら男の直感でしょ?このボキャ貧!」
 シンジの変わらぬ笑顔を見た時、アスカは胸の奥が熱くなるのを感じた。
 レイにもそれは伝わったらしい。
「はいはい、お熱い所悪いんだけど」
「だ、誰が熱いのよ」
 更に紅くなりながら、アスカが抗議するのを無視して、
「碇君、姫の着せ替えしてから連れて行くから、先に待っていてくれる?あ、中には入らないでね」
 軽く手を挙げて入っていくシンジを見ながら、レイはアスカに囁いた。
「まだ独り身なんでしょ?アスカ」
「え?う、うん…」
「多分今日が最初で最後よ」
「な、何の事かしら」
 紅い顔のままとぼけるアスカを見て、レイは薄く笑った。
「な、何よ…」
「さあね。まあそれはともかく、アスカにも着てもらわなきゃね」
「ま、まさかあたしも…」
「そっ、あれ」
 レイが指を鳴らすと、黒服に身を包んだ女達がわらわらと現れた。
「なっ、何よあんた達」
「私のボディガード」
「へ?」
 その時アスカは思い出した。
(確か渚の実家ってどえらい財閥だったわね…)
「じゃ、ちゃんと着替えさせてあげてね」
「かしこまりました」
 連行されていくアスカを見ながら、レイは呟いた。
「倍率、高いわよ…」
 
 
 
 
 鈴原トウジとヒカリは、既に皆の玩具になっていた。
 ある意味では当然であった。
 学生時代怪しい怪しいと噂されながらも、一度も尻尾を掴まれる事の無かった二人がいきなり、夫婦となって現れたのだから。
 祝す者や冷やかす者、そしてやっかむ者もいて、殆ど宴会のネタとなっている二人の様子を、レイとカヲルは少し離れて見ていた。
「やっぱり大騒ぎだね」
「そりゃそうよ。あの二人前はそんな気配全く見せなかったし。それにヒカリは妊娠なんかしていないしね」
 それを聞いたカヲルの表情が、僅かに動いた。
「なんかって言う事は、君は後悔しているのかい?」
 その言葉に含まれた物に、レイが敏感に反応した。
「あら別に一発で当たった事を、すっごく死ぬほど後悔してるなんて、誰も言って無いわよ」
「ふうん、それは良かった。僕も別にこの年で人生の墓場を選んだことを、後悔はしていないからね」
「なんですって」
「なにかな」
「………」
「………」
 睨み合った数秒後、二人ははっと気付いた−会場が静まり返っているということに。
 そして全員の視線が、自分たち二人に集まっているということに。
「なんや、痴話喧嘩かいな」
 冷やかしたのは無論、今まで総受けとなっていたトウジである。
「なっ、ち、ちが…」
「いやこれはだね…」
 紅くなって俯いた二人の指に、ふとある娘が目を止めた。
「あら、その指輪…」
「何?指輪?」
 瞬時に反応したのは相田ケンスケ。過ぎるほど気の利く所を遺憾なく発揮し、早速突っ込みを入れようとした瞬間。
「カヲル様レイ様、お二人の支度が整いました」
 すっと扉が開き、黒服が姿を見せると場をじろりと見た。
 サングラスごしながら迫力のある視線に、辺りは水を引くように静まり返る。
 と、それが一気にどっとわいたのは次の瞬間であった。
 学生服姿の、シンジとアスカが揃って現れたのだ。
「な、な、何や!その格好は!」
「アスカのブラウス、あんなに胸が盛り上がって…不潔よ!」
「さすがシンジ君、相変わらずお似合いだね。そうは思わないかい?レイ」
「そうね、アスカもいいと思うわ。スタイルがぐっと良くなったけど、スカートはあまり変わってないしね」
 自分たちから矛先を逸らすべく、すかさずカヲルに合わせるレイ。
「渚と綾波が、遅刻した罰に考えついたらしい。変じゃないかな?」
 僅かに顔を傾げた仕草に、女性陣達から熱いため息が上がった。
 無論シンジの横にいたアスカも例外ではなく、
「す、すごくお似合いよ」
 と褒めようとした瞬間、
「ううん、全然そんな事無いわよ」
「そうよ碇君、凄く似合ってる」
 先を越されてつい出遅れてしまった。
 下を向いてしまったアスカをよそに、早速連行されて場の中心に座らされる事になったシンジ。
 学生時代は、全女生徒の憧れであったとまで言われるシンジである。
 当時はお互いに奇妙な牽制があり、積極的に近付こうという者もなかったが、今はそんな抑制力もなく、しかも社会人になってもいる。
 色々な思惑を含んだ盃が、次々とシンジを襲うのにさして時間はかからなかった。
 そして数十分後−
 
 
 
 
「ちょっとトイレに…あれ?」
 男女問わず伸びてくる酌を、受けては返し、受けては返しして全員を撃退した後、ほんの少しよろめく足取りでシンジが立ち上がった時、起きている者は誰もいなかった。
 顔を洗った後、出てきたシンジの腕が、ぐいと引っ張られるたのは数秒後の事であった。
 
 
「ねえカヲル」
「何だい?レイ」
「アスカ…大丈夫かな」
「やはりアダルトな店で購入した制服が気に入らな…痛っ」
「な・ん・で・す・っ・て?」
「余人が為すことではないよ」
 真顔になったカヲルを見て、レイはつねっていた手を離した。
「それもそうよね…」
 そっと寄りかかったレイが呟いた時、アスカが立ち上がって出ていく所であった。
 レイがそれを見て微笑したことを、無論アスカは知らない。
 
 
 
 
 
「で、なにかな?この体勢は」
 馬乗りになっているアスカを見上げてシンジは訊ねた。その目はアスカの唇に向けられている。
 シンジを引っ張ったアスカは、そのままこの部屋に連れ込むと、強引に押し倒したのだ。
「酷いじゃない、あたし一人にこんなエッチな格好させて」
「普通の制服だと思うけど」
「ち・が・うわよ」
 アスカは妖しく囁いた。
「ブルセラって知ってるでしょ?あそこで買ったやつよ」
「君が?いてっ」
「あ、あたしがする訳無いでしょ、レイか渚の趣味よ」
「それは分かった。ところで」
「なによ」
「降りてくれない?」
「あんた、あたしに命令しようって言うの?」
「は?」
 聞き返すのと、アスカが上体を倒して顔を近づけてくるのとがほぼ同時であった。
「ねえ、覚えてる?」
「文法的にその言い方は…むぐっ」
「うるひゃい、こうしてやう…」
 上体を密着させたまま、いきなり唇を塞いできたアスカ。
 一瞬シンジの表情が動いたが、アスカに合わせるようにゆっくりと目を閉じた。
 唇が触れ合うだけのキスだったが、シンジはさしてアルコールの臭いがしないのに気が付いていた。
(こんなに弱かったかな?)
「ん…ぷはっ」
 やがて数十秒後に、アスカの唇が離れた。
「自分からして置いて、それってひどくない?」
「あんたがしたのよ!」
「え?」
「あ、あたしの唇はあんたに奪われたの、いいわね?」
「はいはい」
 ふうと、ため息をついたシンジを見て、アスカはゆっくりとシンジから降りた。
 ごきごきと首を回すシンジを見て、
「なに?あたしが重かったって言うの?」
 じろりとシンジを睨んだ。
「そんな事はないけど…アスカさん、酔ってるの?」
「こら!」
「はい?」
「アスカさん、じゃないでしょ!」
「そうだったね。ごめん、惣流さん」
「違う!」
「え?」
「あんたには、あらしのことアスカって呼んれもいいって、言って置いたれしょ。忘れたの?」
 所々作っているような、呂律の乱れに内心苦笑したが、
「そうだったね、アスカ」
「よろしい!」
「それはそうと、さっきの覚えてる?って何の話なの?」
 それを聞いた時、アスカは悪戯っぽく笑った。
「呼称の話よ」
(故障・呼称・胡椒・小姓…ん?)
 迂闊なことを言っては、今度は何をされるか分からない。
「こしょうの話?」
 鸚鵡返しに聞き返す。
 と、ぴくりとアスカの表情が動いた。
 さては失敗だったかと、身構えた次の瞬間。
 
 ぴた。
 
 アスカが顔をすり寄せて来たのだ。
「どうしたの?」
「へへん…ヴァーカシンジぃ…」
 それを聞いた時、シンジは一瞬でアスカの脳裏に去来した物を知った。
 
 
 
 
  
 
 
「こらっ!馬鹿シンジ!!また日誌書かなかったでしょっ」
「え?ああ、ごめん」
「ごめん、じゃないわよ、まったく。あたしと組んでから一回も書いたこと無いじゃないの」
「アスカさんがやってくれるからつい、ね」
「ふんっ、褒めたって何も出ないわよ」
「大丈夫」
「え?」
「本当の事しか言ってないから」
「な、何を…あ−っ!また逃げられた。まったくぅ…あらレイ?」
「アスカ、その辺にしときなさいよ」
「何のこと?」
「碇君の事を馬鹿シンジって呼ぶの、アスカだけよ。それだけでアスカを敵視している娘、結構多いんだからね」
「はいはい」
 心ここにあらずのアスカを見て、レイはふうとため息をついた。
(知らないからね、まったく…)
 だが、レイもアスカも知らなかった。
 アスカの襲撃計画は、幾度か立てられていたことを。
 そしてそれを、常にある若者が潰していたことを。
 
 
 
 

 

 
「あたしだけだったのよね」
「特許を出した記憶はないけどね」
 言った瞬間、にゅうと伸びてきたアスカの腕に首を絞められ、シンジはうぐぅと呻いた。
「あいっっ変わらず、冷たいやつよねえー」
「南極で生まれたもので」
「うるひゃい!」
 アスカは一喝すると、シンジの背中に胸を押し付けた。
 柔らかい塊がシンジの背中に熱い鼓動を伝えてくる。
「どうしたの?」
「ねえ、あんた知ってる?」
「何でしょう」
「あんたの制服の第二ボタン、あれ持ってるのあたしなのよね…」
「知っていた」
 それを聞いた瞬間、アスカの表情に驚愕の色が走った。
「な、何で!?」
 思わず離れた胸を、シンジが残念と思ったかどうか。
「強盗が出たっていう話は、僕の耳に入っていたからね」
「強盗?」
「僕のボタンは下級生に差し上げた筈だが、その彼女が赤毛の強盗に襲われて、ボタンを奪われたって言う話」
「う、嘘…」
 ということは、自分の思いはすでにばれていたという事になる。アスカの頬は真っ赤に染まった。
「あ、あの…」
 アスカが言いかけた時。
「あ、そうだ」
 シンジの言葉に、アスカの体がびくりと震えた。
「な、何よ」
「返してもらわなくちゃね」
 いい終わらぬうちに、アスカは畳に押し倒されていた。
「ちょっと何を…ん…」
「人から奪った物は、等価値で返せとバイブルにも書いてある」
 たっぷりアスカの唇を楽しんだ後、シンジは顔を上げた。
「な、慣れてるわね…」
 アスカの声が届いたのかどうか、シンジは反応せずに細い指をアスカの胸元に伸ばした。
 そのしなやかな指先が、自分の白いブラウスのボタンに触れた時、アスカは切なげに身をよじった。
「まだ似合っているよ。変わってないんだね」
 吐息とともに囁かれた瞬間、アスカの顔が染まる。
「ちょ、ちょっとそれどういうことよっ!」
「可愛いっていうこと」
 街中で口にすれば、たちまち凄絶な私刑に遭いそうな台詞を、シンジはアスカの耳元で囁いた。
「これ、貰うね」
 言うのと、シンジの指が一閃しかかったのが同時であった−そしてその指がそっと押さえられたのも。
「だ・め」
 アスカが、どこにこんな声がと思われるような、甘ったるい声で囁いた。
「どうして?」
 とシンジがこれも、いや輪を掛けた蜜のような囁きを返す。
 それを聞いて一瞬アスカの目がとけたが、辛うじて押さえた。
「もっといい物をあげるわ?どうかしら?」
「いい物?」
「あ・た・し」
「別にボタンだけでも…むぐ…」
 今度はアスカが唇を合わせていった。滑り込んだ熱い舌を、シンジの舌が優しく絡めとる。
 二人をつなぐ透明な橋を、アスカは艶かしい指の動きで掬い取った。
「欲が無いのね…あんっ」
 小さく上がった声は、シンジの指が胸元に差し込まれたことによる。
「丘を見て気が変わった」
 奇怪な事を呟くと、シンジはゆっくりとブラウスのボタンをはずし始めた。
 
 
 
 
 
 数年前の制服を着たまま、どこかに脱走していた二人組が帰ってきたのは、二時間余りも経ってからであった。
「少し遅くなったけど…」
 そっと近づいてきたシンジは、背中にアスカを背負っている。ちなみにアスカは失神済みである。
 肌を艶やかに色づかせ、幸せそうに眠っている背中のアスカに、ちらりと視線を向けてシンジは呟いた。
「少し重いのは胸かお尻?それとも…」
「随分ゆっくりのご休憩だったのね」
 後ろから聞こえた声に、シンジは振りかえった。
「中は全員潰れたままかい?」
「碇君のペースについていける人はいないわよ」
 レイはうっすらと笑うと、アスカの顔を覗き込んだ。第二ボタンまで開いたままの胸元を見た時、その瞳に奇妙な色が浮かんだ。
 だがおくびにも出さず、
「幸せそうな顔で寝てるわね」
「渚は?」
「今車を回しに行ったわ。お酒の匂いは良くないからもう帰るよ、ですって」
「中の連中は放っておいて構わないかい」
「ここ、うちの系列だから」
「そうか、そう言うことか」
「だから今回、私とカヲルで幹事を引き受けたのよ。ついでに罰ゲームはカヲルの案ね」
「いいカップルだ」
「ありがと」
 レイは婉然と笑って、
「碇君となら、お似合いじゃない?」
「考えておこう」
 奇妙な台詞の後、アスカを背にしたまま身を翻した。
「もう帰るの?」
「全員潰れているし、用もないからね」
 それじゃ、と歩き出した背にレイの声がかかった。
「あ、そうそう。次遅れたら“すくうる水着”だからね」
「背中にいる姫の体型なら、まだ似合いそうだ」
 そのまま歩いていくシンジの背を見ながら、レイはぽつりと呟いた。
「あんなに堂々とキスマーク着けちゃって…いいな」
 
 
 
 
 
 
 さて数ヶ月後、とある式場にて−
 予約を終えたらしいカップルが、腕を組んで出てきた。
「ね、シンジ」
「何?アスカ」
「いよいよ明日…だよね」
「そうだね」
「あ、あのさ……」
「んー?」
「ひ、一つね、あたし隠してた事あるんだ」
「実は火星人だったとか?それとも…いたっ」
「んな訳無いでしょ!は、初めての時の事よ」
 紅くなったアスカを見て、いつのことなのか思い当たったらしい。
「何かあったの?」
「そ、その…実はあたし…全然酔ってなかったのよね…」
「知ってたよ」
 事も無げに言われて、アスカの目が大きく見開かれた。
「キスした時に、アルコールの匂いが殆どしなかったからね」
「う、嘘…」
「本当だよ。ちょうどこんな感じで…」
 往来でいきなりキスを、それも濃厚なキスを始めた二人だが、周囲は気にする様子もなく去っていく。
 やがて唇を離した2人を、妖しい糸が繋いだ。
「も、もう何するのよっ」
 だが言葉とは裏腹に、口調には怒りが感じられない。
「嫌だった?」
 真顔で訊ねる想い人の腕を、アスカはきゅっと腕に絡めた。
「ううん、全然。それより……続きしよ、シンジぃ」
「続き?」
「だって、熱くなっちゃって…ねえ、いいでしょ」
 女の甘い囁きに、男が何と答えたのかは知らない。
 ただ、それから数十分後。
 腕を組んでとあるホテルに入っていく、引き離すのが困難そうなカップルがあったという。
 そしてその時。
 時刻は午後三時を回ったばかりだったと伝えられる。
 そして更に数日後。
 成田国際空港から、異様に甘い雰囲気の二人を乗せた飛行機が発ったという。
 
 
 
 
 
(終)