痴   炎
 
 
 
 
 
(ど、どういうことなの…どうしてよ…)
 アスカの口から何度目ともしれぬ呟きがもれた。
 溢れる涙で枕は完全に濡れている。
 頭を振って考えまいとすればするほど、目にした光景は鮮明に浮かび上がってくる。
 彼女が恋人の“浮気”を知ったのは婚約者の家に泊まった日、それも相手は−
 
 
 
 
 
 
 ふと夜中にトイレに起きた時、彼女は廊下から薄明かりがもれているのに気づいた。
 時間は見ていないが、おそらく午前二時頃にはなっている筈だ。
 うたた寝でもして風邪など引いては大変だと、近づこうとしたその足が止まった。
 静まりかえっているはずの部屋から、小さな声が聞こえたのである。
(だれかいるのかしら?)
 首を傾げて近づこうとした瞬間足が止まった。
「んっ……くふぅ…そ、そこぉ…」
 聞き間違えようもない嬌声。しかも演技などではない、感じきった声だと明らかに分かる。
 アスカの顔に一瞬にして朱が昇り…数秒後に幾分消えた。
 AVかと思ったのである。
 自分と言う女がいながらAVに興じるのは確かに妬けるが、アスカ自身最近は多忙のため、床など殆ど共にしていない。
 だから幾分はやむを得ないと思い返したのだ。
 それに、
「生身のあたしが慰めてあげるわ」
 と名案が浮かんだせいでもある。
 互いの躯を知らぬ仲ではない。妹がいるため今までこの家に泊まった事は無かったものの、ビデオを見ながらするのも燃えるかも知れないと、アスカはにんまりと笑った。
 抜き足差し足、そっと近づいて中をのぞいたアスカの表情が凍り付いた。
 男が全裸の女の首筋に、唇を這わせていたのである。
 紛れもない浮気現場…だけなら良かったかも知れない。
 だが、婚約者の碇シンジにキスマークを刻まれている女は碇レイ、シンジの双子の妹だったのである。
 アスカは目の前が真っ暗になったような気がした。
 ただの浮気なら、あるいは不倫なら必ず勝つ自信はある。人並み以上の容姿とスタイルには絶対の自信を持っているアスカなのだ。
 だが破倫とあっては。
「そんなの、どうしようもないじゃん」
 幼い頃に一度だけ呟いた科白が、アスカの口から漏れた。
(ずるいわよ…そんなの…兄妹でなんて…)
 ずるいとか言う以前の問題なのだが、今のアスカにはそこまで考えが回らない。
 踏み込むことも考えつかず、呆然と二人の痴態を見つめるだけであった。
 
 
 
 
 碇家の保護者が揃って交通事故で亡くなったのは、6年前の事である。
 夫婦二人で出かけた旅行先で、泥酔運転の車に対向車線から突っ込まれたのだ。 
 即死であったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。検死官は二人に遺体を見せようとはしなかった。
 後に聞いた話では、顔は原形を留めておらず身体もまだ無惨であったと言う。
 ただ二人の死亡保険金に加え、相手からも多額の賠償金が支払われたため、生活に困るという事はなかった。
 シンジもレイも、どちらかと言えば質素を好んだため浪費する事もなく、さして問題はないように思われた−二人の関係を除けば。
 二人は既に男と女の関係になっていたのである。
 兄妹の関係というのは、一般的にはタブーだがそんなに珍しくはない。
 事実聖書中にもその出来事は記されているのだ。
 ただし、妹から迫った例というのはかなり珍しいケースかもしれないが。
 
 
 
 
 
 
 シンジの部屋がノックされたのは、11時を過ぎた頃であった。
 ノックと同時にノブが回ってレイが入ってきた。
「酔ってるの?レイ」
 シースルーのネグリジェに薄地のショーツという格好で入って来たレイは、左手にワインをぶら下げており足下もどこかふらついて見える。
「酔ってないわよぉ、わたしはぁ…」
 そう言うとむき出しの腕をねっとりと、シンジの首に巻き付けた。
「何してんのぉ?まーたこんな時間までし仕事して…ほら休憩しよ…あっ」
「まだ終わってないから、そこで待ってて」 
 レイの手から瓶を取り上げたシンジが、とんとレイの肩を押したのだ。
 あん、とよろめいてベッドに倒れ込むレイ。
 椅子を半回転させて立ち上がると、レイの横に腰を下ろした。
 レイに視線を向けると、ショーツの前はあわいしげみをくっきりと浮き上がらせており、薄いピンク色の乳首もまた強烈に自己主張している。
 レイがこの姿で来る意味は一つだ。
 すなわち、「ねえ、しよう?」
 シンジは内心で軽くため息をついた。
「今日のデートはどうだったのレイ?」
 はんっ、とレイは吐き捨てた。
「あんな下らない男と私が付き合うとでも?お兄ちゃん」
「…何かされたの?」
「させないわ…たとえ殺してもね」
 冷たく言ったレイの眼は笑っていなかった。
「そんな事言わないでたまには…」
「お兄ちゃん以外興味はないわ」
 シンジの言葉は途中で遮られた。
「私が想うのはお兄ちゃんだけだしお兄ちゃんもそう。ねえ、そうでしょう」
 自信たっぷりに言うと、レイは妖しく微笑した。
 ゆっくりと脚をM字型に開くと、見せつけるように腰を上げて見せた。
「ほら、ここもうこんなになっているのよ…お兄ちゃんを想って…」
 言われずとも、ショーツの中で淫毛がぴたりと張り付いているのが、くっきりと分かる程だ。
 いや、それどころかショーツそのものも既に濡れ始めている。
 僅かに目をそらしたシンジを見て、レイは唇を僅かに歪めた。
「そう…したくないのね。いいわ、じゃあ私の見て。…あんな女なんかよりよっぽどイイって事、教えてあ・げ・る」
 何処か呂律の回りきっていない口調で言った時、シンジの表情が変わった。
「もう、やめようよレイ。こんな事…いたっ」
 大の字になったと思ったレイが、起きあがりざまシンジの肩を掴んで押し倒したのである。
「“こんな”なんですって、お兄ちゃん?いえ…シンジ」
 起きあがろうとしても腕の力は思いの外強く、シンジを微動だにさせない。
「あんな女を選ぶなんて…絶対に許さない」
 言うが早いか、荒々しくシンジの唇に口づけしたレイ。
 躊躇うこともなく舌を侵入させてきた。
「つう…む…ん…」
 ワインの味が混ざった唾液が勢いよく流し込まれてくる。
 恋人同士でさえも滅多にない、見ている方が赤面するほどの激しいキス。
 有無を言わせず兄の咥内をかき回すと、レイはゆっくりと顔を離した。
 つう、と透明の糸が二人を繋ぐ。
 拭おうともせず、今度はシンジの首筋にねらいを付けた。依然としてシンジの両腕は拘束されたままである。
 うっ、と僅かにシンジが呻いた。レイはいきなり首筋に歯を立てたのである。
 キスマークではなく、歯形だ。ゆっくりと盛り上がった血の玉に、レイは愛しそうに指で触れた。
 片手が離れても、シンジは動けなかった。
 レイの瞳に狂気の光が宿り始めていたのである。
 
 
 
 
 
 
 
 アスカは大声で叫びたかった。今すぐ部屋に入っていって、平手打ちを食らわしてやりたかった。
「よりによって妹とこんな関係だなんて!この変態っ!!」
 それなのに、脚は動かず舌もまた、発声機能を喪ったように沈黙した。
 レイの紅い舌がシンジの口腔に消えた瞬間、凄まじい感情がアスカの全身を襲った。
 それが嫉妬だと気づくには、秒と要さなかった−そしてそれはレイの美しさへの物だという事に気づくのにも。
 アスカの位置からはレイの顔がはっきりと見えるが、やや酔っている上にシンジに夢中になっているレイが、のぞき込んでいるアスカに気づく筈もない。
 白磁のように白いレイの顔は、アルコールの影響かほんのりと染まっている。
 しかしレイの顔が輝いてさえ見えるのは、それだけではないとアスカは見抜いた。
 アスカが友人達に見たことのある表情−誰かを心から愛している者だけが見せる貌。
(あんたそんなにシンジの事を…)
 アスカはレイと、直に話した事はない。電話で一、二回レイが出ただけである。
 その時のレイは抑揚のない声でシンジに繋ぎ、それを聞いたアスカは、
「変わった娘ねえ…」
 と思っていたのだが、この情景を見れば否応なしに理由は納得がいった。
(あたしに嫉妬していたんだ、この娘…)
 
 
 はんっ、上等じゃない、このあたしも舐められた物よね…よりによって双子の妹と二股掛けられていたとはねえ。
 あんたみたいな男、こっちから願い下げよっ!今すぐ帰ってやるわよ!!
 
 
 だがアスカの脚は動かなかった。それどころか、そのブルーの瞳は食い入るように二人の痴態を見つめていたのである。
 
 
 
 
 
 シンジが実妹であるレイとの関係を、絶とうとした事は今までに何度もあった。
 だがその度にレイが嫌がったのだ。
 単に嫌がっただけではない、普段はお淑やかと言われるレイがシンジ絡みでは人が変わったような変貌を見せたのだ。
 明日デートだと知った日、食事に妖しげな薬を混ぜた事は一度や二度ではない。
 それどころか、その相手への無言電話や尾行を繰り返しノイローゼにまでさせた事も五指に余る。
 にもかかわらず捕まらなかったのは、レイが女だったからだ。
 レズっ気もない女性に、片思いする女がいるとは普通は考えない。ましてレイとの間に接点などはないのだ。碇レイの名が捜査線上に浮かんだ事さえ無いのである。
 しかし人間とは便利な物で、同じ薬を何度も服用していれば抗体とか免疫とか言う物が出来てくる。
 シンジの場合も例外ではなく、段々と薬が効かなくなってきた。
 そしてとうとう追いつめられたレイが取った手段は。
 レイの左手首に、くっきりと残る傷痕がその証である−レイは自らの手首を切ったのだった。
 デートから帰ったシンジが見たのは、黒いナイトドレスに身を包み、ベッドの上で横たわっているレイであった。
 だらりと落ちた左手からはまだ血が流れており、右手には果物ナイフがしっかりと握られていた。
 あと5分遅かったら死んでいた、医者はシンジにそう告げた。
 だが当のレイは平然と、
「ここまですればお兄ちゃん、私しか見なくなるかなって思ったのよ」
 さすがにシンジが血相を変えて平手を振り上げた時、
「お兄ちゃんを取られるなら…私は死を選ぶわ」
 躊躇わずに言い切ったレイに、振り上げた手は硬直した。
 
 
 
 
 
「お兄ちゃんを取られるなら私は死ぬ、あの時そう言った筈よ」
 先端に血の玉が付いた指を、ねっとりと呑み込みながらレイは言った。
「お兄ちゃんは私のすべてなのよ。それを…それをあんな女なんかにうつつを抜かして…許さないんだから」
 レイは左手をシンジの前にかざした。
 醜い傷痕は、今もはっきりと残っている。思わず背けようとした顔が、ぐいと掴まれた。
「だめよ、ちゃんと見なくちゃ。これは私がお兄ちゃんの物だという証なんだから。そしてこれが−」
 再度、そして今度は思い切り歯を立てた。
 鋭い痛みにシンジの口から苦痛の声が洩れても、レイは口を離そうとはしなかった。
 それどころか更に深く歯を立て、離したのは更に数秒後であった。
「レ、レイ…何を…」
「これはお兄ちゃんが私の物だと言うしるしよ。もう…絶対に離さない」
 つう、と鮮血が一筋シンジの首を流れ落ちて、シーツに染みを作る。
 レイがその染みに、すっと指で触れた。
 触れながらシンジ、
「これ…何かを思い出さない?」
 と訊ねた。
「さあ…」
「あの時の事よ、お兄ちゃん。私が『女になった日』の事」
 弱々しく首を振ったシンジに、甘い声で囁きかけた。
 それを聞いたシンジの顔が僅かに歪んだのは、決して痛みのせいだけではなかった。
「後悔は、していないわよね?」
 狂気を宿した瞳で問いかけられて、なんで断れよう。
 こくりと頷いたシンジを見て、レイは満足そうに笑った。
「それでいいのよ」
 言うやいなや、自分の下着に手を掛けて一気に引き裂く。
 ショーツ一枚だけになった裸体が、蛍光灯の光を受けて妖しく輝いた。
 スレンダーだったその肢体も、今では完全に成熟した女の物へと変化している。
 両方の乳房はシンジの手にはまだ収まる物の、お椀を伏せたような見事な形をしており、先端でひっそりと息づく果実は実兄との幾度もの性交渉を経ても、依然として綺麗なピンク色を保っている。
 艶を塗ったようにさえ見える腹部へと流れるラインは、いつもレイがシンジにキスさせる部位の一つでもある。
「今日は…先にして?」
 瞳には狂気を宿したまま、だが笑みだけは純粋に笑いかけると再度シンジの上に重なった。
 次々と手際よくボタンを外していき、あっという間にシャツを脱がせる。
「また少し大きくなったのよ、ほら…」 
 レイの乳房がシンジの胸の上で潰れ、それ自体が生き物のように形を変えだす。
 シンジの顔に悦楽の表情が浮かぶのを楽しむように、レイは自分の胸を動かしながら小さな喘ぎ声を立てる。
「んっ…く、はふっ…お兄ちゃんの胸気持ちいい…」
 両の乳房を動かしながら、レイは左手を差し込むとシンジの乳首をきゅっと摘んだ。
 シンジの首筋に舌を這わせながら、
「ここ、こんなに硬くなってる」
 と妖しい声で囁いた。
 そして自らの乳首を指で挟むと、シンジのそこにこすり付けた。
「くっ…」「んっ、ふあっ…」
 呻いたのはほぼ同時であった。
 妖艶な微笑のまま、シンジにキスしようとした瞬間シンジが動いた。
 起きあがりざまにレイを組み敷いたのである。
「…いつもレイはそうやって…僕が嫌がってるのを知ってるくせに…」
 レイは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐににたりと笑った。
「そうよ、お兄ちゃんが嫌がってること位知ってるわ。だから私は…んっ」
 言いかけたレイの唇を、シンジは強引に奪った。
 開いている歯の間に躊躇いもせずに舌を差し込むと、レイの柔らかい舌がまとわりつくように吸い付いてきた。
 鎖骨をなぞりながら軽く吸うと、レイも吸い返してくる。
 シンジの唇が離れて首に降りると、レイは僅かにくぐもった声を上げた。
 ほんの少し浮き上がった鎖骨にシンジは軽く歯を立てた。
「あ……あン…」
 レイの身体が一瞬、僅かながら浮き上がる。レイの感じやすい部位など知り尽くしているシンジなのだ。
 ゆっくりと歯でなぞりながら、時には強く吸い上げる。余すところなく唇を付けてから離すと、くっきりとキスマークが残っていた。
 レイは僅かに顔を上げると、自分につけられた痕を見て満足そうに微笑んだ。
「お兄ちゃん、もっと…もっと刻んで…お兄ちゃんの痕を」
 その言葉に応えるかのように、シンジの手が乳房に伸びた。
 僅かに指を曲げて乳房を包み込んだ時、レイは熱いため息を吐いた。
 そっと指を伸ばすと乳房の型を取るかのように、縁に触れていく。
 一本から二本へ、二本から三本へと指の数を増やして丹念に揉んでいく。
 だが時間が経つにつれ、レイの吐息が段々と変化していった−焦りへと。
 シンジの指は一向に、乳首へ到達しようとしないのだ。
 シンジの指を待ちわびるそこは、さっきから見た目にも分かるほど硬く尖っている。
 それなのに、それなのに−
「あ…う…お兄ちゃん…」
「なあに?」
 切なげに呼んだレイに、シンジは顔を向けずに答えた。
 やわやわと加えていく愛撫の手は止めない。レイはたまらなくなってきた。
「は、はやくう…お、お願い…そ、そこ…」
「そこ?ここの事?」
 意地悪く聞き返しながら、事もあろうにシンジは脇腹に触れたのだ。
「は、はうっ!ち、ちがっ」
 もどかしさとくすぐったさで、思わずレイは大きな声を上げた。
 それを聞いたシンジは一瞬表情を変えた。
 だがここで、
「アスカに聞こえたら」
 などと言ったらどうなるかは目に見えている。
 抑える代わりにシンジは、爪の先で硬く尖った乳首に、つと触れた。
 
 
 
 
 
「聞こえてるわよっ!」
 アスカは内心で毒づいた。アスカとてシンジとそんなに浅い仲ではない、シンジの表情を見ればある程度の事は読める。ましてはっきりと顔に出しているとあっては。
「あたしを気にするなら、最初からやめなさいよっ」
 だがアスカは認めざるを得なかった。シンジとレイの姿は、愛し合う物達のそれだと言う事に。
 愛で美しくなる、本でも読んだし友人達も口々にそう言った。
 中には、
「熱い精液が女の本当の美容液よ」
 とまで言う者もいた、
 アスカはそれを聞く度に、一笑に付してきた。
「そんなのまやかしよ。所詮男なんて生き物は女の付録、跪かせてりゃいいのよ」
 だからシンジにも、常に対等かそれ以上であろうとしてきた。
 そのへんの奴とは少し違う。そう評価してはいるが、全面的に自分を出して寄りかかるなどアスカのプライドが許さなかったからだ。
 だが、アスカはふと想像してみた。
 −私はシンジに抱かれる時、どんな顔をしているんだろう−
 直ぐにアスカは首を振った。
 自分は本当に達した事は、一度もないと即答が出たのである。
 不感症とは思わない。それにシンジが下手なのだとも。
 ただ常に自分をコントロールしようとし、快感を素直に口にする事さえも自分の価値が下がるような気がして、自らを抑え込んできた。
「あたしは、あたしは間違ってなかった筈…よ…」
 力無く呟いた時、アスカは自分の躯の異変に気が付いていなかった。
 
 
 
 
 
「あっ、あうンッ」
 シーツを掴んで身を捩ったレイを見て、にっと笑ったシンジ。
 今度は堰を切ったかのように、乳首を集中して責め始める。
 手の平でぐいぐいとこね回したかと思うと、今度は指で挟んでぐいと持ち上げる。
 あまり引っ張ると伸びそうな物だが、レイには快感の方が先立つらしい。 
 硬くなった乳首にシンジの指が触れるたびに、レイの口からは熱い吐息とすすり泣くような声が洩れている。
「うン…もっとぉ…」
 ゆっくりとシンジの顔が乳房に近づいた時、レイはぴくりと身を震わせた。
 ほんのりと紅くなった乳首に軽く歯を当てると、グミのような見た目とは違って、ゼリーにも似た感触が伝わってきた。
 少しだけ引っ張ってから離すと、ぷるると揺れて元に戻る。
 歯だけでは物足りなくなったらしく、レイが急かすようにシンジの頭を胸に押さえつけた。
 それに応えるようにシンジは、乳首を全て口に含んで舌で転がす。
 尖った乳首が舌に押されて、シンジの口の中で生き物のように踊る。
 淡い乳輪までを完全に唾液で濡らしてから、漸くシンジは顔を上げた。
 そのまま僅かに顔の位置を変えて、下へ下へと辿っていく。
 シンジの舌がへそに達した時、レイは慌てたように声を上げた。
「そ、そんなとこ…だっ、だめぇっ」
 無論本心で嫌がってるわけではない。ただ普段はあまり触れない部位だけに、驚きが先に走ったらしい。
 レイの声を聞いたシンジ、
「じゃあ…こっち?」
 とショーツの上からクレヴァスに沿って、ぐいと中指を押しつけた。
「ふ…うン!」
 既にシンジの肉竿を欲しているそこは、上から触れただけでも指をしっとりと濡らすほどに溢れている。
 だがレイは自分から入れて、とはなかなか言えない。
 せめて指だけでもと僅かに腰を上げて、押しつけられた指を愉しもうとした瞬間、シンジは指を離してしまった。
「や…いやぁ…」
 切なげに脚をすり合わせ、残念そうにため息を吐いたレイの表情が変わった。
 シンジが指に付いた愛液を、事もあろうに臍の中に、つうと落としたのだ。
「ひゃ、ひゃんっ…あーっ!」
 最後の甲高い声と、シンジが音を立てて吸うのとがほぼ同時であった。
「かわいいよ、レイ」
 囁かれた瞬間レイの顔は一気に染まった。
 既に秘口は物欲しげに収縮を繰り返している。シンジにそれも見抜かれたような気がしたのだ。
「ば、ばかぁ…」
 顔を紅くしているレイをよそに、シンジは幾度もへそを吸い立てた。
 中だけではなく、周囲にも丹念に唇を付けていく。
 静まり返った部屋に妖しい舌使いの音と、荒い息づかいが響く。
「い、やあ…おかしくなっちゃうぅ…も、もう…」
 レイが切なげに頼んだ瞬間、シンジの顔はふっと離れた。
 邪悪に笑ったシンジは脚を立てて開かせると、愛液で張り付いているショーツを抜き取る。
 薄地なだけで吸水性に富んではいないから、シンジの手はじわりと濡れた。
 シンジがそれを放り出すと、床に落ちた時びしゃっと音がした。
「よく濡れているよね、水を絞ってない雑巾みたいに。ねえ、レイ?」
「い、いやあ…いじわる…」
 真っ赤になったレイだが、顔を押さえても大きく開いた脚の間からは、今もひくついて収縮を繰り返す秘口がぱっくりと口を開けているのだ。
 しかも脚を閉じようにも、シンジの手に押さえられて微塵も動かせない。
 レイに出来るのは、紅潮した顔を弱々しく左右に振る事だけであった。
 だが羞恥心とは裏腹に、秘所からは惜しげもなく蜜が流れ出してくる。
「栓、しなくちゃね」
 言うなりレイの左足を押さえていた右手を離し、脚の間に顔を入れると一気に舌を差し込んだのである。
「はあっ、あうっ!」
 一瞬レイの腰が浮き上がる。
 シンジに舌に犯されている、レイは舌に蹂躙される自分の秘所を想像した。
 
 お兄ちゃんの舌が入ってくる……熱くて長い舌が私のあそこに…ピチャピチャと音を立てて私のを飲んでる…クリトリスだってあんなに大きくなって、ざらざら舌でなめ回されて…わ、私……え?
 
 切なげな声をあげていたレイの口元が僅かに歪んだ事には、シンジは無論のこと、アスカも気が付かなかった。
 ゆっくりと襞をかき分けていたシンジは、妖しく起きあがったレイに一瞬度肝を抜かれた。
 透明な液が、つうとレイの太股を伝う。
「ど、どうしたのレイ?」
 レイは妖しく微笑すると、
「ここに寝て」
 と、ベッドの上を指さした。
 既にシンジの肉竿も、屹立状態で宙を睨んでいる。
 シンジと体勢を入れ替えると、レイはいきり立っている剛直に、愛しそうに頬ずりした。
「シンジのも…濡れてる…」
 それを聞いた時、シンジの表情が微かに動いた。怒った時でさえ、シンジとは言わないレイである。
 彼女が兄を名前で呼ぶときは…危ない。
 レイの白魚のような手で熱く滾る欲望をぎゅっと掴まれた時、一瞬シンジは呻いた。
 そのほっそりした指が肉竿をそっとなで上げるだけで、シンジの背中には凄まじい快感が走り抜ける。
 依然としてレイの瞳には、欲情の色が漲っている。
 だがシンジは、その理由が変わった事を知らなかった。
 
 
 
 
 手を握りしめて、二人の様子を食い入るように見ていたアスカの目が、かっと見開かれたのは、怒りだけでは無かった。
(あ、あたし…嘘!?)
 レイのへそに愛液を垂らし、それを執拗に吸い立てるシンジの舌の音を聞いた瞬間、僅かにアスカはよろめいた。
 胸に嫉妬の業火が燃え上がった。 
 きれいに手入れされた眉は鬼女のように釣り上がり、眼には危険な色を湛えている。
 だが、口元がうっすらと開いていることに、アスカは気づいていない。
 そしてそれが滅多に見られない、シンジにキスをねだる時の表情だということにも。
 あんないやらしい音を立てて…あの女も変態だしシンジだって鬼畜よ。近親相姦は人類のタブーだってこと、あんた知らないの。
 あんた達の会話とその音を録音して流したら、あんた達二人とも破滅よ。
 アスカの顔に残忍な笑みが浮かぶ。
 あんたらがどうなったって知りゃしない。どうなっても構うもんですか。 
 あたしも付き合ってたから、そりゃあ少しは言われるかもしれないけど、復讐できることに比べたら小さなことだわ。 
 シンジあんた…あたしにだってあんなことしないのに。
 足音を殺して歩き出そうとして…その足が止まった。
 彼女はパンティーが、肌に張り付いているのを知ったのである。
 勿論生乾きの下着を穿いた、訳ではない。
 となると原因は液体しかない。
 汗か?それとも血か?
 アスカの表情は、そうではないと自ら答えていた。
(あたし…濡れてる!?)
 嫉妬・侮蔑・軽蔑・怒り…アスカの感情はそれだけの筈であった。
 それなのに、アスカの泉は粘ついた液を溢れさせている。
 アスカの表情が憤怒の物へと変わった。
「あんた達に…あんた達にぃ…負けらんないのよっ!」
 呟きざま現状を否定するように、アスカは自分の秘丘をパンティーの上から、ぐいと掴んだ。
 だが、それさえも彼女の背に電流のような快感をもたらしたに過ぎない。
 はうん、とその唇から微かな声が漏れた。
 思わず口を押さえたが、レイの嬌声と息づかいに紛れて、中には聞こえなかったらしのを見てアスカは安堵の息を吐いた。
 そっと中を覗き込むと、レイが秘所を隠そうともせずに起きあがった所であった。
 
 
 
 
 
 横たわった身体と平行に、文字通り天を衝いている怒張の先からは、透明な液が流れ出している。
 レイはそれを指に付けると、肉竿全体になすりつけていった。
 僅かに眉が寄ったシンジを満足そうに見ながら、
「今日は私が上」
 妖しく囁くと、シンジの腰の上にまたがった。
 シンジの位置からは、丹念な責めで充血し始めているレイの秘所が、くっきりと見える。
 それを見るシンジの脳裏には、何が去来していたのか。
 視線に何かを感じ取ったのか、
「私のここ、見たいの?でも…だあめ」
 やんちゃな弟をたしなめる姉のような口調で言うと、位置を合わせて一気に腰を落とし込んだ。
 既に十分すぎるほど潤っているそこは、根本まで一気にくわえ込む。
 シンジの上に、ぺたんと座り込むような形になったレイは、繋がってもすぐには動こうとしなかった。
 ゆっくりと上体を前に倒し、シンジに覆い被さった。
 レイが動いた時、シンジの顔に眉がほんの少し寄ったのは、肉竿が一気に締め付けられたからだ。
 レイの中に入った剛直が、ぐいと折られるような形になったにも関わらず、シンジは少しも痛みは感じなかった。
 それどころかレイの柔らかい舌が、無数に増えて一斉に絡みついてきたような感覚に捕らわれた。
「ど、どうしたの?」
 レイは答えずに、シンジの首筋に唇を這わせた。
 既に歯を立てた箇所からの出血は止まっているが、流れかかった一条の鮮血が途中で乾いているのが、どこか妖美に見える。
「さっきはご免ね…お兄ちゃん」
 言うと同時に、レイの紅い舌が血の痕をそっと舐め取った。
「私の…私だけの物だって分かっているのに」
「レイそれ…むぐっ」
 言いかけたシンジの唇をレイが塞いだ。
 
 
 
 
 
 僅かに腰を浮かせてレイが身体を倒した時、アスカには二人の結合部分がはっきりと見えた。
 まるで見せつけるようにひくひくと蠢くそこを見た時、アスカの口からは小さなうめき声が洩れた。
 ぎゅっと秘所を鷲掴みにした手は、何時の間にか上から押しつけるように、撫で回す役へと化している。
(本当は、本当はあたしが…)
 本当なら、シンジに抱かれているのは自分だけの筈…
 そう思った時、アスカの目から涙が落ちた。
 嫉妬から来るのか、あるいは惨めから来るものなのか、アスカは自分でも分からなかった。
 だが次の瞬間その目は、かっと驚愕に見開かれた。
 シンジの上にいたレイが、上半身だけこちらに振り向いたのだ。
 レイの蜜壺にくわえこまれている、シンジの肉竿にどんな影響があったのか、その顔が苦しげな表情が浮かんだ。
 まるで、射精感を必死に堪えているような−
 そしてレイは笑った。
 冷たく、そして美しく。
 レイの瞳は、はっきりとアスカを捉えていたのである。
 シンジの目は、押し寄せる快感を堪えるように閉じられていたため、自分の恋人と妹の視線の交錯には気が付かなかった。
「お兄ちゃんは私の物よ。あなたには渡さない」
 レイの視線が意味する所は、強烈にアスカに伝わってきた。
「あんたなんかに…」
 にらみ返そうとして、アスカは自分の姿に気が付いた。
 パンティーはびしょびしょに濡れており、乳首もまた硬く尖っている。
 無論レイの位置からは見える筈もないのだが、アスカは自分の欲情をすべて見透かされているような気がした。
 実の兄に迫って抱かれている妹と、その二人を見て欲情している女。
 どっちもどっちだが、やはり近親相姦自体が人類のタブーである以上、ややレイの分が悪い−筈であった。
 だが、
「あなたに私を軽蔑する資格はないわ。躯がそう言っているもの」
 レイは、アスカの視線に含まれていた軽蔑を読んでいたのだ。
 
 
 走って帰ってきた…ように思う。
 いや、足音は立てないで来たはずだが分からない。
 レイに負けたと思った時、アスカの足は勝手に走り出していたのだ。
 既に枕はぐっしょりと濡れている。
 さっさと帰ってやろうと思ったものの、涙は後から後から溢れてくる。
 しかも、自分でもなぜ泣いているのか分からないと来ている。
 普通なら、負け犬のように引き下がって泣く場面ではない、と思う。
 少なくとも部屋に押し入って、シンジをはり倒してからでないと。
 あたし、こんなに弱い女じゃない。男が浮気、それも実の妹と抱き合っていたからってこんな大泣きするような弱虫じゃない。
 なのに、なのに…もう、どうでもいいわ…あたしなんか…
 
 
 ふとアスカは頬にひんやりする感触で目を覚ました。
(あたし、眠っちゃったんだ…)
 どうやら泣き疲れて眠ってしまったのだと気づいて、アスカは自嘲気味に嗤った。
 そっと枕に触れると、自分の涙でまだ湿っている。
 僅かに顔を傾けて、枕を眺めていたアスカの表情が変わってきた。
「もういいわ…」
 小さく声に出して呟いてみる。
「あんな奴、こっちから願い下げよ」
 今度ははっきりと声に出すと、勢いよく起きあがった。
 シンジが妹とできてる?はんっ、お似合いじゃない。あんななよなよして女みたいなやつ、妹ぐらいしか相手にしてくれる女いないわよ。
 あたし?冗談に決まってるじゃない。実の妹に貧相な物くわえられて、ひいひい言って喜んでる男なんて…死んでもイヤ。
 それにあの女だって、どうせヤり過ぎてあそこなんか真っ黒になってるに決まってるじゃない。せいぜい兄妹で性病でも罹って愛情を確かめ合うのね。
 
 
 声に出せば聞く者の胸が爽快になるような啖呵なのだが、アスカの眼はゆっくりと潤みだした。
 どんなにうまく人を欺いても自分の心は…
 だが一滴落ちた涙を見た時、アスカの顔ははっきりと変わった。
 誰かに頼る事など思いも寄らない、常に自分が一番である事だけを見ていたあの頃のものに−
 力任せに噛みしめられた唇から、鮮血が一筋流れ落ちる。
 ぐいと拭ったアスカの目に、もはや涙はなかった。
 服を手早く身につけると、音を立てぬように廊下に出た。
 ちらりとシンジの部屋に目を向けると、相変わらず扉は開いていたが光は漏れていなかった。
 おそらく既に終わって、眠りについているのだろう。
(さよなら)
 その一言に万感の思いを込めて、アスカは呟いた。
 次の瞬間、振り返ろうとしたアスカの足が止まった。
 その背に押し当てられている物に気が付いたのである−鋭利な刃物に。
「だ、だれよ?」
 恫喝したつもりだったが、声は掠れていた。
「…あなたのせいよ」
 乾いた声は冷たく告げた。
(この女?どうして…)
 シンジなら分かる。
 実妹との爛れた関係の発覚を怖れたシンジが、咄嗟にというのならば。
 シンジの頭ではその程度は浮かぶだろうと、アスカは瞬時に読んだ。
 だがレイとは。
「何の真似よ、この変態…痛っ!」
 今度は言葉が出てきた。
 だが言った瞬間、背中にぐいと刃先が食い込んだのだ。
 相手が刃物を持っていることを、しかも自分に押しつけている事を忘れていた。
「あなたさえ来なかったら…あなたさえ来なかったらお兄ちゃんは、ずっと私の物だったのに…それを…」
「あ、あたしが何をしたって言うのよ」 
「死んでもらうわ」
 アスカの言葉には答えず、レイは一方的に告げた。
 防弾チョッキなど持つような仕事柄ではないが、ノースリーブにシルクのブラジャーだけでは、あまりにも薄すぎる。
 もはやこれまでと一瞬諦めた時。
「お兄ちゃんは私を裏切った」
 アスカの目が大きく見開かれたのは、レイの言葉の裏を読みとったのである。
「あんたまさかシンジを」
「私がこんなに愛しているのに…私だけがお兄ちゃんを愛せるのにそれなのに…」
 レイの声が泣いていると知った瞬間、アスカの眼光が鋭い物を帯びた。
 そして予想通り一瞬ナイフを握る力が緩んだ瞬間、アスカは前に出た。
 ふらついたかのように一歩出るのと、手にしたハンドバッグを叩き付けるのとが同時であった。
 女性にとってハンドバッグは必需品だが、アスカはその瞬間だけ女であることを天に感謝した。
 不意をつかれたレイの手から床に落ちたのは、朱に染まった出刃包丁であった。
 アスカの背にも刃は食い込んだが、先端だけで殆ど出血はない。
 だとすれば。
 ハンドバッグを放り出したアスカと、我に返ったレイがほぼ同時に飛びつく。
 レイの姿を目にした時、アスカはレイが一糸まとわぬ姿のままなのに気づいた。
 無言のまま、刃物を奪い合う二人の女。
 力はほぼ互角だったが、アスカはどうしてもシンジが気になる。
 七代まで縁は切った気でいたが、レイに刺されて呻いているかと思うとさすがに放ってはおけない。
 さして広くない廊下で揉みあう内に、一瞬包丁からアスカの右手が離れた。
 勢い余った刃がアスカの手をかすめた瞬間、鋭い痛みが走る。
 あっという間に、太い筋となって血が浮き上がって来たが気にしてなどいられない。
 幸い、まだ残っている左手に右手を添えてぐいと引いた。
 その勢いでレイの上半身が泳ぎ、二人は床に倒れ込んだ。
 だが一瞬のロスが響き、包丁はレイの手に渡った。秒と置かずに両手で掴む。
 勢いよくアスカの顔目掛けて振り下ろされた瞬間、アスカは左に顔をずらしていた。
 咄嗟の賭であったが、刃は深く床に突き刺さった。
 レイが焦りの表情で抜き出そうとした時、アスカの両手はレイの首に掛かった。
 少し体勢は悪いが構ってなどいられない、力の限り締め上げる。
 レイの顔が苦悶に歪んだが、すぐに絞め返してきた。
 アスカとレイの指が、互いの首にぎりぎりと食い込んだ。二人の口から苦しげな声が漏れ、顔色が変わってくる。
 気道を圧迫されて目の前が漆黒に変わり始めた。
 二人の女の死闘は相打ちになるかと思われた時、がくりとレイが首を折った。
 アスカの首から指が外れて、その横に並ぶように倒れ込む。
 だが、レイが自分の横にうつぶせに倒れても、アスカは直ぐには動けなかった。
 ヒューヒューという細い息から、はっきりした呼吸に代わるまで数十秒を要した。
 やがて喉を押さえながら立ち上がったアスカは、よろめく足を踏みしめながらシンジの部屋に向かった。
「シン…」
 言いかけてアスカは絶句して立ちすくんだ。
 そこには、仰向けになったシンジが横たわっていたのである。
 全裸の腹部は鮮血にまみれ…ていただけではなかった。胸と言わず腹と言わず、あちこちを刺されていたのだ。
 憎悪をそのまま叩きつけたのが、はっきりと分かる死に様であった。
 アスカは壁により掛かると、口を必死で抑えた。込み上げる嘔吐感を抑えようとしたのである。
 だが遅かった。苦い胃液が上がってきたと思った瞬間、口からは大量の吐瀉物を吐き出したのだ。
 胃をすべて空にするかのように、幾度もアスカは嘔吐を繰り返す。
 やがて胃液しか戻さなくなったころ、漸くアスカの胃は逆流を止めた。
 アスカは自分の嘔吐した物をじっと見つめていた。
 その心に去来するのは何だったのか。
 さっきより明らかにドアが開いていたのに、確認しなかった事への後悔か。
 それとも、無理にでも部屋に入らなかった事への慚愧の念か。
 アスカは暫く動かなかった。
 数十秒か、或いは数分か、彫像のようになったまま物言わぬシンジの遺体を見つめていた。
 そしてアスカもまた永久(とわ)に凍り付くかと思われた時。
「…してやる…殺してやる……殺してやる…」
 その唇から漏れた声は、人間の感情を備えていなかった。
 幽鬼のような形相で、服に自らの吐瀉物を飛び散らせたまま、アスカはゆっくりと立ち上がった。
 殺してやる、と繰り返し呟きながら、アスカは玄関へと足を向けた。
 うつぶせに倒れたままのレイに、アスカはふらふらと近づいた。
 床に深く突き刺さった包丁を、片手で苦もなく引き抜くとレイの背を見据える。
 それが僅かに上下している事を確認するとアスカは、にいと嗤った。
 肩を掴んで仰向けにさせると、力任せに頬を張り飛ばした。
 静まり返った廊下に、甲高い音が鳴り響く。数度平手を往復させてから、アスカは手を止めた。
 二、三度咳き込んでからレイはうっすらと目を開けた。
「お目覚めね、変態さん」
 憎悪の凝結したような声に、レイの顔がアスカの方を向いた。
 まだぼんやりしているらしく、アスカの顔が像になっても反応しない。
 だが、
「シンジは生きていたわよ」
 アスカの声に、その目がかっと見開かれた。
 アスカは構わず続けた。
「あんたなんか二度と顔も見たくないって。だからあたしが連れて行くわ」
 レイの口が小さく動いた。
「取ら…ないで…」
「お断りよ」
 アスカは嘲笑った。
「怪我してるから病院に連れて行くわ。あんたにはもう何もないのよ。ううん、違うわね」
 一旦言葉を切ってから、
「暗い鉄格子があんたを待ってるわ。じゃあお幸せにね」
 立ち上がろうとした瞬間、レイの目に光が満ちた。
 絶望と、憎悪という光が。
「渡さないっ」
 叫びざま起きあがろうとするレイ。
 だがアスカは驚かなかった。それどころか、それを待っていたのである。
 依然として瞳はきれいなガラス玉と化したまま、全身は憎悪で彩りながら。
「あんたなんか殺してやる!」
 憎悪を力に変えて、レイの白い胸に渾身の力で死の刃を振り下ろす。
 断末魔の痙攣を繰り返すその肢体に、幾度となく突き刺し続けるアスカ。
 返り血でその顔が深紅に染まった時、ようやくアスカは手を止めた。
 そしてその口から低い笑い声が上がりだし、やがて狂ったような哄笑に変わったのは数十秒後の事であった。
 
 
 
 
 
(了)

盗んだ水は甘い、とか盗品の林檎は美味しいとか。
近親相姦でよくある身体の相性がぴったりってあれ。
そんな事は無いと思う−と言うか背徳が快楽を増幅してるのかも。