叶   炎
 
 
 
 
 
「綾波は…主婦とか似合うかもね」
 誉め言葉、と取って問題あるまい。
 言い換えれば、
「いい奥さんになれるよ」
 それを指しているからだ。
 家事も出来ず、躰を開いて見せるだけでは所詮良妻になどなりえない。
 そこまで深く考えた、訳ではなかった。
 ただ、そう言われた刹那脳の奥底でじわりと湧き上がった感覚−それに体を支配されて、レイはうっすらと頬を染めた。
「な、何を言うのよ…」
 そう言った声は、決して拒絶が支配した言葉ではなかったのだ。
 そして、
「あ、あのっ、部屋片付けて置いたから」
「あ…ありがとう」
 蒼髪の少女の言葉を聞いた時、一人の少年は訳の分からんやつだと顔をしかめ、そしてもう一人はほんのりと赤くなっていた。そう、礼を告げた少女と同様に。
 だが。
「だから壊すの。憎いから…」
 機体ごと自爆した少女が、奇跡的にも無傷だと知りシンジは歓喜した。
 しかしそれがクローンである事を知った時、たった今まで平常に接していたにも関わらず、突如としてその態度を豹変させた。
 人間は万物の霊長と言われる。
 万物の中で、もっとも霊妙だと言われる人間が、自らに向けられる感情をどうして分からないでいようか。
 三人目のレイは、自らに向けられる感情を敏感に知った。すなわち−拒絶と怯懦を。
 それだけなら、まだ良かったかもしれない。三人目と言う事で、しかも二人目に感情が生まれた事を考慮して、彼女には二人目とは違う生活環境が与えられたのだから。
 けれども、幸か不幸かレイは取り戻した−二人目の記憶を。
 “碇君と一つになりたい”
 『自分』がそう願っていたこと、そしてシンジもまたレイにある種の感情を寄せていた事に、三人目のレイは気付いた。
 二人目の願いを叶える、そんな意志はレイにはなかった。
 ただ、二人目が強く持った思いに動かされただけである。
 碇君と一つになりたい。
 問題は既にシンジの心が、レイから遠く離れていた事にある。いや、受け入れる余裕など持ち合わせていなかった、と言った方が正解だったろう。
 そしてもう一つの問題は、レイがそれを決意していた事である。そう…如何なる手段を使っても、と。
「なぜ、私を避けるの?」
 努めてレイを避けていたシンジ、あるいはもう少し時間があれば、幾分は変わったかもしれない。
 だが今のシンジには到底足りぬ時間であり、そしてそれはシンジが暴発を引き起こすには十分であった。
「あ…綾波は違うじゃないかっ!」
「違う?何が違うの?」
 あくまで冷静にたずねるレイに、シンジは思わず叫んでいた。
「あや…お、お前なんか人間じゃないよっ!創られた…クローンのくせにっ!!」
 くせに、と言われても困る。
 別に、レイが好きこのんでクローンになった訳ではないのだ。
 シンジが叫んだ時、周囲に人はいなかった。従って、名誉毀損甚だしい叫びも、誰かの耳に届く事はなかったのだが、レイにはどう響いたか。
「私が怖いの?」
 シンジに少し、もう少しだけ余裕があれば気が付いたかもしれない−綾波レイの声が微かに震えていることに。
 しかし今のシンジには、そんな余裕など微塵もなかったのであり。
「こ、怖いよっ、ずっと、ずっと僕を騙していたくせにっ!」
 別に誰も騙してなどいない。
 第一、クローンでも人間なのだ。
 でなければ、どうしてクローン人間と言う?
 何よりも、その見分けもつかず胸を揉んだのは、どこの誰だったのか。
 騙していた、と言われて初めてレイの表情が哀しげに歪む。
「わ、私は…だ、騙してなんか…」
 哀しげな顔に、シンジの胸にもまた込み上げる物があった。
 月光の下、初めて微笑を見せてくれたレイ。
 自分が黒い使徒に取りこまれた時、自分を気遣って撤退に抗したレイ。
 そしてエレベーターの中、背を向けたままうっすらと頬を染めたレイ。
 だがどれも…どれも作り物のそれだったのだ。
 そう思うと、あの笑顔さえプログラムされたのではないかと、シンジは疑心暗鬼に囚われていた。 
「お前なんか…大嫌いだっ、二度と…二度と僕に近寄るなよっ」
 言葉の割には脱兎のごとく、自分から走り出したシンジ。
 
 
 ぽたり。
 涙が一滴、床に落ちたのは数十秒後のことである。
「私…泣いているの?」
 奇しくも、二人目と同じ言葉を呟いたレイ。
 だがその意味は大幅に違っていた。
 少なくとも二人目のレイは…シンジに拒絶されたという、心の痛みからではなかったのだ。
 
 
「アナタハ…ワタシヲコバムノネ」
 数分後、レイは機械的に呟いていた。
 紅眼から透明な雫を落としながら、ゆっくりとその瞳には意志が宿っていった。
「あなたが私の物にならないなら…私があなたを物にしてあげるわ…」
 歯を噛み鳴らす音がした後、かすかな音と共に落下した液体は涙ではなかった。
 足音も立てずにレイが去った後、深紅の雫がその場に残された−冥府の呪詛をふくんだそれが。
 
  
 
 
「綾波が…綾波が怖いんだ…アスカ、助けてよアスカ…」
 チルドレン監督日誌、なる物をミサトは付けている。
 以前それをシンジに見られた事があり、それも家出の遠因になったのだ。
 別に付けるのが悪い訳ではない。ただ、管理はすべきだろう。
 部長が、部下たちの評価を記した物を、机の上に放り出したりはしないのと同じように。
 無論ミサトとて、失念していた訳ではあるまい。
 だが加持の死に加え、今度はアスカが精神崩壊を起こした。
 そのせいもあってかつい、それを広げたままにしてしまったのだ。宙を泳ぐシンジの視線が、再度それを見たのは偶然であった−そしてアスカの入院先を知ったのも。
 げっそりと頬のこけたアスカは、シンジに奇妙な感情を抱かせた。
 僕をバカにしていたアスカもこんなになっちゃって。
 一瞬征服欲にも似た物が浮かんだが、すぐにそれは絶望へと変わった。
 もう、もうアスカはいないのだ−自分の心を向けられる相手は。
 綾波レイはクローンだった。僕は誰に打ち明ければいいの?
 アスカの寝巻を掴む手に、徐々に力がこもっていく。
 びり、と言う音と一緒に別の音もした−ぽたり、と。
 真っ白い寝巻に水滴が落ち、それが染みへと変わっていく。シンジは泣いているのだった。
「何時ものように僕を…僕をバカにしてよ!」
 バカシンジ!でもいい、あんたバカァ?でもいい、とにかくアスカの声が聞きたかったのだ。
 別に親友だった訳でも、まして恋人だった訳でもない。アスカが精神崩壊を起こした発端は、シンジに負けたと思い込んだ事にあるのだから。
 そのアスカを頼るなど、少なくとも誉められた行動ではない。
 だがそれを思わぬほどに、いや思えぬ程にシンジは追い詰められていたのだ。
 若干十四歳にしていきなり死線へ送られ、ぼろぼろになった精神(こころ)を、癒してくれる者は誰一人いなかったのだ。
 破れた寝巻の間からアスカの肌が覗く−顔と同じく、これもげっそりと肉の落ちた胸元が。
 日本人離れしたその肉体(からだ)も、今は見る影も無い。
 その胸の谷間に、一滴、また一滴と涙が落ちていく。
 熱い涙が、つうと流れ落ちて下半身へと伝う。
 ありえぬ救いを求めたシンジは、当然のように得られなかったそれに、ゆっくりと顔を上げた。
 勝手に来て勝手に泣くなど、アスカが知ったら死んでも死に切れなかったろう。
「アスカ…ごめん…」
 声帯から絞り出したような呟きだけが、唯一の救いでもあったろうか。
 
 
 
 
「え?これをシンジ君に?」
 レイから紙コップを受け取ったマヤは首を傾げた。
 無論マヤとて、レイの自爆は知っている。そしてレイが“何故か無傷”だった事も。
 しかも慕うリツコが姿をくらまして、これは何かあるなと思った所へ、レイがやって来たのだ。
 第一シンジには自分よりも、レイの方が近いはずだ。相手がアスカならまだ別だが。
 自分で渡せばいい筈、その思いは顔に出ていたらしい。
「赤木博士に教わった栄養剤です。だけど…」
「だけど?」
「今碇君は落ち込んでいます。でも私じゃ慰められない、伊吹さんの方がいいと思ったのです」
 以前のレイからすれば、ややどころかかなり奇妙な言い方だが、マヤはその内容に騙された。
「レイちゃん、そこまでシンジ君の事を…」
 レイの俯き気味の姿も効果をもたらした。
 どことなくコーラに似た液体の入ったコップと、レイの姿を少しの間交互に見比べていたが、
「いいわ」
 大きく頷いた。
「レイちゃんの気遣い、無駄にはしないから。私がこれ、必ず渡してあげる」
 余り、と言うかほとんど人を疑うことを知らぬマヤであり、それが逆に仇となった−マヤはレイの表情に気が付かなかったのである。
 すなわち、唇を危険に歪めたその表情に。
「冷蔵庫に入れておけば数日は保ちます」 
「分かったわ。じゃ、私に任せておいて」
 歩き去っていくその後ろ姿に、レイはぺこりと頭を下げた。
 
 
 
 
 
「次は…どんな使徒なんだろ」
 訓練の終わった後、シンジは自販機の前に立っていた。
 あれからレイとは、一度も顔を合わせていない。
 だがレイが訓練に来ない方が、今のシンジに取っては楽であった。これで訓練が一緒だったら、おそらくは居たたまれなかったに違いない。
 コインを入れようとして、あ、と洩らした。
 プラグスーツのまま、無手で自販機の前に立つのはこれで二度目である。かなりみっともない光景だが、シンジはそれすら考えなかったらしい。
 既に思考の容量はパンク寸前だったのだ。
 服の一式はロッカールームにある。
 シンジが踵を返しかけた時、
「シンジ君」
 笑みを含んだ声がした。
 さては見られたかと、幾分身を硬くして振り返ったシンジの視界に、笑顔のマヤが映った。
「訓練、お疲れさまだったわね。はいこれ」
 すっと差し出したのは、無論レイに託されたコップである。
「これは?」
「特製の栄養剤よ、召し上がれ」
 チルドレン、という生き物はかなり厄介である。いや、本人ではなくその扱いがなのだが。
 何処へ行くにも監視が付き、完全な自由など殆どないと言っていい。
 学校などで、気分が悪くなれば友人が薬を渡すのは至極普通である。だが彼らの場合には、それも許されないのだ。
 従って、『栄養剤』であっても、本来なら不許可の範疇なのである。
 だが相手がマヤであったことが、シンジに違和感を覚えさせなかった。
 そして第二に。
「私が腕によりを掛けて作ったの、効果は保証付よ」
 別にレイの功を横取りしようと思った、訳ではない。ただ単に、レイの名前を出してはシンジが飲まないかと思ったのだ。
 シンジとレイの間に、感情の行き違いに似た物でもあったのだろうと、マヤなりに考えたのである。
 だがそれもシンジに取っては災厄を、レイに取っては成功の一端となった。
「あ、ありがとうございます」
 受け取ったシンジは、ぺこっと頭を下げた。
 シンジが飲むまでマヤは待つまい−これはレイの賭けであった。
 無論ジュースはただの液体などではない。中には効果保証つきの物が入っている。
 従ってシンジが飲むまで、マヤが待っていればすぐに手当てが成され、レイの目論見も水泡に帰したであろう。
 が。
「じゃ、シンジ君体濡らさないようね」
 シンジがプラグスーツのまま、頭から濡れている事も気兼ねの一端になったのか、マヤはシンジにコップを渡すと早々に立ち去った。
 レイに取っては、まさに絶好の状況と言える。
 そして案の定、
「マヤさんも…いい人だよな」
 得心した表情で、紙コップを一気にシンジは傾けた。
 少し甘めのダージリンに似せたそれは、シンジの口腔でどんな味となったのか。
「あ、これ美味しいや」
 物陰でそれを聞いたレイの口許に、危険な笑みが浮かぶ。
「…あ、あれ…・」
 首を傾げたその身体がぐらりと揺れ…そのまま倒れこんでいく。
 ふわ、と柔らかな感触が身体に伝わった瞬間、シンジの目が一瞬だけかっと見開かれた。
 無論、その視界はレイの顔で占められていた−危険な笑みを満面に浮かべたレイの顔で。
 
 
 
 
 
「お目覚め?碇君」
 意識を取り戻したシンジは、瞬時に自分の居場所を知った。
 なぜなら、初めて異性の胸を揉んだ場所として、忘れようも無かったから。
 ただ、おはようと返す事も、何をするんだよと叫ぶ事も出来なかった−その口には猿轡が噛まされていたからだ。
 しかも、手足は呪縛されていないにも関わらず、まったく力が入らない。
 いや、入ることは多少入るのだが、夢遊病者のようにふらふらと動くだけである。逃げる事は無論、抗うことすら叶いそうにはない。
 そしてその目に映ったレイは−ガウン姿。
 どこで手に入れたのかは不明だが、真っ白なガウンに身を包んでいる。その下に何があるかは−想像するまでもあるまい。 
「ふぐ、ふぐもごふぐ…」
 シンジの表情を見てレイが笑った。シンジは気付く余裕がなかったが、今までに見せた事のないような、人間の笑みで。
「どうして、こんなことを−そう訊きたいのね」
 かすかに首を縦に振ったシンジに、
「これは私の願いだからよ」
 シンジの表情に微妙な色が浮かぶ。
 普通の娘がこれを言えば、単にストーカーが昂じた結果と断定もできよう。
 だがこの娘に限って言えば。
「私が三人目だと言うことはもう知っているでしょう。そして二人目が、あなたを庇う為に自爆した事も」
 一瞬にして巨大な湖を作った零号機の自爆、それを思い出したのかシンジの表情が変わる。
 しかし、
「私はあなたを非難はしていないの」
 レイは奇妙なことを言った。
「私はクローンだし、前の物の記憶しか与えられない。でも、時々残存思念が残ることはあるのよ。一人目から二人目への場合もね」
 一人目は死亡時に、確か子供だった筈だ。子供心に強烈に残った思いとは、一体なんだったのか。
「そして二人目から三人目の私に残した物−それはあなたへの感情だったのよ。碇君と一つになりたい…でも駄目、それを残したまま二人目の私は死んでいった」
 だからどうすると?
「だからそれは私が引き継ぐの」
 何の抑揚もない声で言うと、レイははらりとガウンを脱ぎ落とした。
 ふぁさ、と床にガウンが落ちると、以前に見たのと同じ肢体が露わになった。
 だが。
 シンジ自身は気が付いていなかったが、一箇所だけ違うところがあった。そう、レイの秘所はうっすらとではあるが、蒼い茂みを備え始めていたのだ。
 だが淫毛のそれは性徴の証。どうしてレイに?
「さ、私と一つになりましょう」
(い、いやだ!絶対にやだ)
 ぶんぶんと、思いっきり首を振ったシンジだが、なんせ身体が言うことを聞かず、ふるふると首を振っただけである。
 従って、半ば肯定含みの否定に近い。
「そう、いいのね」
 レイは妖しく笑うと、ベッドの上に乗ってきた。
 普段軽量のレイしか使っていなかったのが、二人分の重みが加わってスプリングがぎしりと揺れた。
 だらりと投げ出された脚の間へ入ると、ジッパーへ手を掛けた。
 乾いた音を立ててチャックが下ろされて行く。
 首を振ろうとするシンジへ、
「本当はプラグスーツでも良かったけれど、この方が犯し甲斐はあるでしょう?私が着替えさせたのよ…くすくす」
 確かにレイの言う通り、意識が飛んだ時点ではプラグスーツだった筈だ。
 しかもブリーフはちゃんと穿いている。
 では、既にレイに全裸を見られたのか!?
 かーっと赤くなるシンジを見て、
「碇君の顔、可愛いのね−こことは違って」
 うふう、と笑ったレイの指は、半勃ち状態にあるシンジの肉竿を、その白魚のような指でつまみ出していた。
 持ち主の意志に反して、それは既にレイの裸体に反応しており、亀頭は完全に顔を出している。
「元気ね、碇君」
 そう言うと、レイはいきなり顔を股間に近づけた。それを見たシンジの身体が二度、びくっと震えた。
 一度目は、噛まれるのではと言う恐れからであり、そしてもう一度は。
 はむ…にゅるうっ…
 レイの朱唇が妖しく開き、肉竿の先を軽く口に含んだのだ。
 舌の絡み付いてくる感触に、シンジの背が一瞬反った。
 瞬時に完勃ちになった肉竿の根元を軽く握り、ゆっくりと咥内深くまで呑み込んでいく。
 ピストン運動のように抽出はせず、口の中一杯に呑み込んだそれを、アイスか何かのように、丹念に舐めまわしていく。
 じゅ、じゅく、じゅるる…
 口の中に、唾液以外の物を感じてから、ようやくレイはいったん外に出した。
「ほら濡れて来たわ」
 まるで後輩を犯すレズ女並である。
 シンジの目元が染まるのを、楽しそうに見ながら、
「あなたは私を人外だと言ったわ。その化け物におちんちんをしゃぶられるのはどんな感じ?」
 一語一語を区切って、しかもおちんちんと来た。必死に首を振ろうとするが、未だその体力は戻っていない。
 そして股間は、主の意に反して隆々と勃ったままである。
「私は唾なんか入れていないのに…ここから流れてくるのはなに?」
 透明な液が流れ出している鈴口を、人差し指でつうとこすった。
「仕方のない子ね…本当に」
 嘲笑の口調に変わると、再度肉竿を口に含んだ。
 だが今度は根元まで呑もうとはせず、亀頭の部分で止めた。
 そして突き出た部分を、丹念に舌で責めていく。幾分ざらつきの残るレイの舌に責められて、シンジの身体がびくびくと震える。
 どこか乙女のそれにも似たような反応を、二つの感情が半ばする視線でレイは眺めている。
 たっぷりの唾液と共に、舌をまぶすようにして責めていくレイ。
 ぴちゃ、ぴちゃぴちゃ…くちゅっ
 レイの舌から出る音が高くなるにつれて、段々とシンジの息が荒くなっていく。
 だが、まだレイは先っぽしか嬲ってはいないのだ。
 ようやく亀頭周りから舌を離すと、今度は亀頭だけをすっぽりといきなり口に含んだレイ。強弱を加えながら、マシュマロを口内で弄ぶように、シンジの亀頭を歯でなぶっていく。
 シンジの息がさらに荒くなっていくのを見て、レイは
「いいきもち?ねえ?」
「うぐう…ふぐふぐう…!」
 無論拒絶反応であったろう。
「いいのよ、出して」
 そして、無論反応した訳ではあるまい。
 が、
 びゅく、びゅるっ…
 血の気を喪ったように白いレイの顔に、粘っこい白濁した液がたっぷりと降りかかった。無論レイが避ける間もなく−いや、避けようとはしなかったろう。
 一瞬目を閉じたおかげで、目の中には入らなかったものの、勢い良く放出された液体は、レイの顔半分をこってりと彩っていた。
「……元気ね、碇君」
 表情とは裏腹に、冷たい口調で言ったレイ。
 いや、合っているのかも知れない−絶対零度に近い凍った笑みとは。
 ぐいと顔を手で拭う。
 それが嫌だからでないとシンジが知ったのは、次の瞬間であった。
 レイはうふ、と笑ったのだ−手を紅い舌で舐め取りながら。
「いい味がするわ…碇君の精液」
 その途端シンジの顔が赤くなった…屈辱で。
 人外の者に性器を弄ばれ、しかもあっさりと射精してしまったのだ。
 男と名の付くものの、風上にも置けまい。
 丁寧に自分の顔を手で拭い、しかもそれを全て舌で舐め取ったレイ。
 だがその顔は、既に精液は拭われたにも関わらず、てかてかと光っている。そう、シンジの証を刻んだかのように。
「人間以外でもいけるのね、碇君は」
 シンジの顔の横に立つと、レイは冷たくシンジを見下ろした。
 そしてすぐに首を振る。
「いえ、違うわね」
 濡れ光る顔をシンジに近づけて、
「写真だけでも十分なんでしょう?碇君には」
「ぐーっ、ふむぐーっ!!」
 シンジの音声が自由になっていたら、かなりの騒音が記録できたに違いない。
「そう、違うのね。ではそれはなに」
 レイの視線に従ってシンジの顔も動く−すなわち、未だ勢い衰えぬそこへ。
「ぐぬ、ぬふぬうっ」
 何を言っているのかさっぱり不明だが、何故かレイには分かるらしい。
「違わないわよ」
 どこかアスカにも似たような口調に、急速にシンジの叛旗が萎えて行く。
 だがそれはレイの神経に障ったらしい。上を向いているシンジの肉竿を、ほっそりとした手できゅっと掴んだ。
 わずかに呻くシンジを見ながら、
「試してあげるわ−碇君」
 ?マークが浮かんだシンジに、
「私の膣(なか)に入れて、萎えるかどうか見てあげる。それとも、私の中でも元気なままなのかしら」
 レイの言葉に、今度は急激にシンジの顔から血の気が引いた。どうやら、一度植え付けられた意識は、強烈にシンジを支配しているらしい。
 その様子に、レイの瞳に僅かに哀しみの色が浮かぶ。
 だがそれも一瞬のことで、
「行くわ」
 短く告げると、シンジの身体を跨いだ。
 後ろ向きになったのを幸い、シンジは辛うじてその視線を上に向けていた。
 ある意味では幸いだったのかもしれない。
 シンジは見なかったのだから。
 これも既に濡れているおんなに指を当てて、左右に押し開いた事も。
 それだけで裂けるような苦痛に、レイが顔をしかめて堪えた事も。
 だが、その歪んだ表情を見ればさしものシンジも、萎えたかも知れなかったが。
 無論三人目には、まだゲンドウの手は付いていない。
 フェラの術など何処で憶えたのか疑問だが、或いはそれも受け継いでいたのかも知れない。
「くっ、ううっ」「むふうっ」
 納めた方と納まった方と、これはほぼ同時に呻いた。無論、両者の意味合いは大分違っていたが。
 今までに水槽から出ていれば、似たような痛みがあったと感じたかも知れない。そしてそれをイメージして、幾分は気が紛れたかも知れない。
 だが生憎、レイはまだ水槽から出たばかりである。社会で生きる最低限の物は、脳に強制的にインプットされているが、それ以外の知識は持っていない。
 まして−処女喪失に関する知識などは。
 その知識とは裏腹に、自分で弄ったことはなく、無論バイブを押し込んだ事もない。
 文字通り胎内から引き裂かれるような激痛は、或いはレイの体質もあったのかも知れない。
 とまれ、激痛に顔を歪めたままレイは腰を落としていく。
 そしてシンジの方は耐えがたい−これは快楽のそれであったが−やはり顔をゆがめていた。
 何かを堪える際歯を食いしばる、と言うのは有効だが、現在のシンジはそれが出来ない。押し込められた布に思い切り噛み付いても、やはり自分の歯のそれとは違う。
 ずにゅる、と入った数秒後、ちょうどふやけたサランラップを指で破ったような感じがした。
 もっともシンジに、それが破瓜だと気付く余裕はなく、膣の内壁が締め付けてくる感触に、必死に射精を堪えるのみであった。
 本来ならたっぷりと出したばかりだし、もう少し余裕はあった筈だ。
 だがレイの胎内は、強烈な射精の誘惑をシンジの肉竿にもたらしていたのだ。
 ゆっくりと腰を沈めていくレイが、やがてシンジの身体の上に尻を落とした。どうやら、全部根元まで埋まったらしい。
「ど、どう…い、碇君…わ、私の膣(なか)は…」
 途切れ途切れの声だが、シンジにもう少し余裕があれば気が付いたかもしれない−すなわち、その声が涙を伴っている事に。
 しかしシンジはそれに気が付く事もなく、か弱く首を振るのみであった。
 反応がないのを知り、
「身体が正直か、見せてもらうわ」
 ゆっくり、ゆっくりとレイは腰を使い始めた。
 いや、使うと言うよりもただシンジをいかせる為に、腰を振っているに過ぎない。
 何しろ、微妙な腰の動きだけで膣内には激痛が走るのだ。洗浄能力の落ちたLCL同様、赤く染まっている液体がそれを証明している−こっちは、身体が産する愛液であったが。
 ぢゅ、ぢゅく…ぢゅくぢゅく…
 思ったよりも出血が多く、レイが腰を振るにつれてシンジの肉竿も、その根元を赤く染め出している。
 無論自分の出血には気が付いているが、それには目もくれずそれこそ何かに取り憑かれたように大腰を使い出したレイ。
 前後に、そして上下にと痛みをかき消すかのように腰を振っているレイだが、その表情が微妙に変化している事に、シンジは無論本人も気がついてない。
 シンジの肉竿が、自分の中で粘膜とこすれ合うたびにほんの少しだが、快感に似た刺激が伝わりだしてきていたのだ−それも急激に。
 破瓜の際、いきなり快感を得ると言うのはなかなか難しい。人にも寄るが、最初は痛みだけのケースも多いのだ。
 しかもレイは出血も多く、痛みも半端ではなかった筈だ。それが何故?
 段々と、白一色に彩られかけたレイの脳裏に、ある言葉が浮かんだ。
 『碇ユイのクローン』
 と。
「だから相性がいいのね」
 呟いた声はシンジには届いていない。
 固く閉じていた目を開き、ちらっとシンジを振り返る。
 シンジはこれも目を閉じていたが、快感に襲われつつあるのは明白であった。もしかしたら、既に射精寸前まで行っているのかも知れない。
「その顔、可愛いわ」
 そう言った時、どこか自分の意志ではないような気がして、レイは一瞬驚いた。シンジも当然それは同じであり、目を開けて驚きの表情を見せている。
 その顔を見たレイは、何を思ったかぐるりと身体を回した−無論おんなには肉竿を受け入れたままで。
 その時の感触に、再度同時に呻く。
「碇君…」
 呼んでみる。
 何か違う。もっと違う呼称があるような気がする。
「シ、シンジ…」
 シンジの驚いたような顔に、更にもう一度、
「シンジ」
 そうだ…私はずっとこう呼びたかったんだ。
 常に姓で呼んできたレイの、突然の呼称の変更にシンジは目を瞬かせている。
 なぜかそれが嬉しくなって、
「シンジ…行こう?」
 繋がったまま、ゆっくりと状態を前に倒していく。
 その瞬間、シンジの表情が変わった。かなりの快楽が伝わったらしい。
「私の膣(なか)、気持ちいいでしょう」
 もう否定する気力は残っていないのか、シンジは声を出そうとはしなかった。
 ほぼ勝利を確信したレイが、まだ幼さの残る乳房をシンジの胸に押し付けていく。
「私のここ大きくなってる−シンジのとおんなじね」
 持ち上げて見せた乳房の先は、なるほど既に固くしこっている。
 右手を離したレイは、今度はシンジの胸に触れた。
「ほら、おなじ」
 小さく固まっているシンジの乳首を、細い指でくいと摘んだ。
「んふうっ」
 一瞬洩れた少女のような声に、レイの手がぴくりと止まる。
 だがまたすぐに、
「いい声で啼くのね、シンジは」
 今度は両手でシンジの胸を弄り出した。
 そして自分のと同じく固くなった胸に、自らの乳房を押し付けたのだ。
 乳首と乳首が擦れ合う感触に、二人の表情に愉悦の色が濃くなる。
 と、その時レイの身体がびくっと震えた。胎内の肉竿の躍動を知ったのだ−さっきと同じ、射精間際のそれを。
「もう駄目なのね」
 侮蔑の響きがなかったのは、シンジにとって幸せだったかどうか。
「いってもいいわ…一緒にいきましょう」
 ラストスパートのように、前後に小刻みに腰を振り始めたレイ。
 レイの内襞が、まるでイソギンチャクのようにねっとりと、シンジの肉竿に絡み付いてくる。水族館で触ったそれを、何故かこんな時にシンジは思い出していた。
「シンジ、もっと…もっと…あはっ、いい、いいわあ…く…き、来て…い、一緒にいーっ」
 自分が何を口走ったのかも分からぬまま、レイが最後に腰を落とした瞬間。
「ああーっ」
「んんぐーっ」
 熱い、と感じる程の液体が、レイの胎内に勢い良く注ぎこまれた。殆ど放出直後であり、さっきほどの量も粘度もなかったが、それでもレイが上半身をがくりと仰け反らせるには、十分な量でありそして粘度であった。
 一瞬四肢をぴくん!、と突っ張らせたレイが体勢を立て直すには、数十秒を要した。
 またシンジの方も、今度こそ完全に達したのか、肩を大きく波打たせている。
 二人とも肩を大きく波打たせていたが、やがてレイが動いた。さっきと同じように、ゆっくりと上半身を密着させたのだ。
「私でも…ちゃんとイってくれたのね」
 幾分微妙な表現を、シンジはどう取ったのか。
 だが、その答えはすぐに明らかになった。
 レイは胸と胸を合わせたまま、顔をシンジに近づけたのだ。
「私は…碇君が好き」
 レイの囁きは、顔の背けをもって返答とされた。
 それをレイがどう聞いたのか、いや、もしかしたら最初から、既に決まっていたのかも知れない。
 口が動いているシンジを見て、レイはその口から猿轡を外した。
 その耳に聞こえてきた物は、半ばは予想通りだったのか。
「綾波が…綾波が怖いんだ…アスカ…助けてよアスカ…」
 それを知ったレイがすっと立ち上がる。
 ぬぶっと淫らな音がして、勢いを失った肉竿がレイのおんなから落ちた。
 一切の表情を喪った顔のまま、レイはドアを開けて出て行った。その間もシンジは、夢遊病者のように同じ事を呟き続けている。
 ただひたすら−病室で昏睡状態にある少女に助けを求めて。
 レイはすぐに戻ってきた−その手にナイフを持って。
 シンジの目がレイの姿を捉える。
 だがシンジの表情は変わらない。そう、既にシンジの精神は常軌を逸していたのだ。
 しかし、刃物の意味することを知らなかったのは、シンジにとってもしかしたら幸いだったのかも知れない。
 刃が電光を吸って鈍く煌き−そして血潮が上がった。
 
 
 
 
「あらレイちゃん」
 一週間後、シンジを伴ったレイの姿に、マヤは破願した。二人が仲直りしたと思ったのだ。
「良かったわね、仲直りできたの?」
「はい。それで」
 レイのひたむきに見える表情に、マヤは内心で微笑んでいた。
 その目がある物を捉えた時、
「碇君、怪我をしてしまったんです」
 レイの言葉通り、シンジの首の周りには包帯が巻かれている。
「怪我?」
 チルドレンに何かあっては一大事となる。
 さすがにマヤの視線が険しくなったが、
「ベッドから落ちてその…だ、打撲を…」
 赤くなりながら言ったレイよ、何時の間にそんな事を身に着けた?
 それにつられて、いやそれよりもなお真っ赤になったマヤは、
「ちゃ、ちゃんと落ちないようにしてあげてね」
 何を想像したのか、足早に立ち去った。
 その後ろ姿を見送ったレイの口許に、冷たい笑みが浮かぶ。
「単純ね」
 呟いた声は、無論マヤには届いていない。
 横のシンジを見た目には、見た目には分からぬ程の、だがはっきりと危険な光が浮かんでいた。
「行こう−シンジ」
 囁くときゅっとその手を取った−声と意志を喪い、完全に木偶人形と化したシンジの手を。
「間もなく量産機が襲来するわ。始まるのよ…滅びへの序曲が。いえ、あなたと私がアダムとイブになるための儀式が」
 今のシンジに出来るのは、与えられたプログラム通りに動く事のみ。
 その一つ…腕を絡めてきたシンジに、レイは満足そうに笑った。
 だがレイは気付いていない。
 シンジと交わった時から、既に意識の中に異分子が混じりつつあることに。
 そしてそれは、確かにアスカへの対抗心はあったのだが、むしろ子を取り返す母の妬心に近かったことにも。
 歌を忘れたカナリヤのように、レイの手でその声帯を喪ったシンジ。
 完全に従順な奴隷と化したシンジの手を取り、レイは歩き出した。
 そう、二人だけの新世界を創るべく。
 
 
 
 
 

(了)


クローンに怯えるシンジ。
態度の豹変。
生きた廃棄物みたいなシンジを書くと結末はこう。
シンジが改心して…なんてのは私には無理。