国際派日本人養成講座
第十八号 平成十年一月六日 千六百五十九部

「温室の中の甘えん坊」から脱却しよう!

 あけましておめでとうございます。本講座も始めての年を超し、これからがいよいよ本番という所です。年頭にあたって、本号では今年の講座方針を御紹介します。

一、日本は温室である

 現代世界は、地球環境危機、貧困、戦争、犯罪・家庭崩壊など多くの問題を抱え、苦しんでいる人々がたくさんいます。それに比して、我が国は、次の二つの意味で世界でも稀にみる「温室」であると言えましょう。
(一)豊かな経済
 銀行や証券会社の破綻があっても、日本全体の個人金融資産は千二百兆円、世界の四十%を占めるといいます。たとえ失業しても、アルバイトやパートだけで、発展途上国の平均的国民よりも何倍もの豊かな生活が出来るのです。
 たとえば、お隣の中国では、一人当たりのGNPは四百九十ドル(九十三年)と日本(三万千四百五十ドル)の六十四分の一。中国経済が頑張って十%の高度成長を継続しても、一人あたりの収入増は五十ドル(六千五百円)以下に過ぎません。日本がわずか零・二%とほとんど誤差範囲内の成長率であっても、六十ドルを超えてしまいます。中国の青年から見れば、何とも不公平な感じがするのではないでしょうか。
(二)安全な社会
 日本の社会は、基本的にお互いを信頼して生きていける大変民度の高い社会です。これを犯罪統計で見ると、人口十万人あたりの強盗件数と殺人件数では、以下のように他の先進国と比較しても圧倒的な差があります(一九八九)。

      強盗     殺人
日本      一・三  一・一
ドイツ    四八・六  三・九
イギリス   六五・八  九・一
アメリカ  二三三・〇  八・七

 先年、アメリカで訪問先の家を間違えて、射殺された日本人留学生がいましたが、世界から見ればこちらの方が平均的です。日本国内でお互いの善意を信頼して生活できるというのは、何とも、うらやましい社会なのです。

二、我々は温室の中の「甘えん坊」である

 さて、こういう温室を受け継いだ我々自身は、これを当たり前だと思い、それを守ったり、発展させたりしようという気概を失っているように見受けられます。日本の若者を対象にしたあるアンケート調査では次のような結果が出ているそうです。

社会の為に少々自分を犠牲にしてもよい 五・五%
外国に侵略された時、国を守る    一〇%

 大半の若者は、社会のために自分を少しでも犠牲にすることを拒否し、そして、外国に侵略されたら、逃げると答えています。これは若者だけではなく、今の五十歳代以降の戦後教育を受けた国民に共通の傾向でしょう。
 戦後教育には良い面もありましたが、権利を要求する事に急で、それを守ってくれる温室の維持・発展に貢献する、という主体性や責任感を育成する姿勢に欠けていました。先代から受け継いだこの温室の中での、豊かで安全な生活を当然とする「甘えん坊」を育てていたと言えます。

三、温室の民の課題

 温室の中が「甘えん坊」だけとなり、誰も維持のために「少しでも自分を犠牲にするのはいやだ」という事になれば、当然、この温室は遠からず、朽ち果ててしまうでしょう。これは、次の二種類の人々に対して、責任を果たしていない、ということになります。
 第一に、我々の子孫です。先代から受け継いだ立派な温室を、一代でつぶして、次代には何も残せなかったら、後生の子孫は、何と思うでしょうか。
 第二に、現在、温室の外では寒風に堪え忍んでいる人々がいます。こういう人々から見れば、立派な温室を作る事に成功したのだから、その知識や蓄えをもって、自分達自身の温室を作るのを手助けしてくれても良いのではないか、と思うでしょう。
「甘えん坊」とは、自分の事しか考えず、こういう子孫や隣人達への思いやりのない人々の事です。先祖から子孫へのつながりの中での現在の自分、そして様々な人々の暮らす国際社会の中で生きる自分、という本来の姿を見失っているのです。

四、温室の中の「甘えん坊」から脱却するために

 本講座の目的は、先代から受け継いだ温室を維持・発展させ、次世代、および、隣人達のための責務を主体的に果たそうとする青年を一人でも増やすことにあります。
 そのためには、以下の二点について、よく知る事が必要です。
(一)温室の成り立ちを知ろう
 この温室がどのような人々のどのような努力によって出来たのか、具体的な史実を通じて、考えよう。
(二)外から見た温室の姿を明らかにしよう。
 この温室は世界に比べて、どのような特長を持っているのだろう? また温室を維持し、発展させるためには、何をすべきなのか、考えよう。
 本年は、以上の二点を編集方針として、本講座を続けていきます。温室の外を見たことのない読者には、始めて耳にするような情報もあると思います。大いに疑問やご意見をお寄せ下さい。そういう交流を通じて、主体的なたくましい「国際派日本人」が続々と登場する事を願っています。

【お便り】kaoru さんより

 私は昨年から今年にかけて一年間ウィーンの大学に通う機会を得たのですが、生まれてはじめて日本以外の場所で生活をして、自分は今までとてもぬくぬくと生きてきたな、ということを感じました。
 同じ寮にはさまざまな国の人が住んでいて、たとえば、二十七歳のサラエボ出身の女の子は、五年前に実際に戦争を経験し、その時の恐ろしさや、外国からの援助物資に頼って生活していたときの話、現在も両親はいくら働いても収入が得られない状態であること等を語ってくれました。
 また、自分の国が経済面あるいは政治、外交面等で問題があるため、自分自身には問題がある訳ではないのに、なかなか留学用のヴィザがおりない人たちもいます。
 それまで私にとってはヴィザとは、申請してある一定の期間待っていさえすれば手に入るもの、くらいにおもっていたので、そうでない人や場合があると言う事に、はずかしながら、初めて気がつきました。
 日本にいるとさまざまな他の国々の状況を、認識したり、そうした比較の中で日本を把握していくことが、たとえば外国と地続きのヨーロッパなどと比べたら、非常に少ないことは事実だと思います。
 単純に日本が良いとか悪いとか言う事でなくとも、いろいろな国で、たまたまそこに生まれた自分と同じような人間がどう暮らしているのかということを知って、自分の生活を振り返って見ることは大切なことだろうと思います。
■ 編集者より
 外国政府が簡単にビザをくれるのは、私個人に対する信頼ではなく、日本政府への信頼なのですね。

【お便り】年末さん

 実は私は教育関係の仕事をしているのですが、今の若い人々を見ていると、とても日本の将来に不安を感じます。これからの日本の社会は一体どうなっていくのか、私自身には予想もつきません。この、怖さを感じ取れるのは教育の現場にいるからかもしれません。
 今の子供達にあるのは常に「自分へ甘え、言い訳、そして、まわりの人間へのわがまます」これからは、増増、青少年の犯罪は増加し、青少年の精神は病んでいくと私は感じています。
 でも、そんな厳しい現状ではあっても「光」もあると思っています。それは、やはり子供です。子供達の中にでも、とても素晴らしい子供たちもいるんです。その子たちは、まわりいる、悪い友達や環境から自分の身や心を必死に守って成長しようとしています。
 今の日本の社会はまだ温室だとおもうけど、これからの日本の社会は坂を転げ落ちていくような気がする。希望の星は、子供達です。皆さん、どうぞ日本の社会の先輩として、日本の子供達に目を向けてくだい。お願いします。
 現実に何を一体、どうすれば、この子どもたちが「温室の中の甘えん坊から」脱却できるかわかりませんが・・・・
■ 編集部より
 国家百年の計は、人材育成にあります。政治も経済もすべて、優れた人材がいれば、よくなります。本講座も明日の日本を背負う青年たちに多少なりとも参考になれば、と思っています。

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