向井敏明野田毅申弁書

民国三十六年(一九四七年)一二月二十日

　具呈人

　向井　敏明
　野田　　毅

　国防部審判戦犯軍事法廷

　廷長　　　　石
　国防部長　白転呈
　主席　　　　將

　被告向井敏明及野田毅ハ、民国三十六年十二月十八日、国防部審判戦犯軍事法廷二於テ死刑ヲ即決セラレタルモ、判決二不服コレ有リ、左ノ通リ上訴申弁書ヲ提出シ、復審ヲ懇請ス。

一、原判決ハ被告等ノ「百人斬リ競争」ハ当時南京ニ在リタル田伯烈（ティンパーレー）ノ著「日本軍暴行紀実」ニ詳明二記載シアルヲ以テ証シ得ルモノナリト認メアルモ、｢日本軍暴行紀実」ニ掲載サレアル「百人斬リ競争」に関スル部分ハ日本新聞ノ報道二根拠セルモノナリヤ。

　該書ハ、本件関係書類トシテ貴法廷ニモ在リ、重ネテ参照スルモ難シトセズ。則チ田伯烈ノ記述ハ明ラカニ南京ニ於テ目撃シタルモノニ非ザルコトハ言ヲ俟タザルモノナリ。

　然ルニ原判決ノ所謂「詳明二記載シアリ」トハ如何ナル根拠二依ルモノナリヤ。判知シ得ザルトコロナリ。

　況ヤ新聞記事ヲ証拠卜為シ得サルコトハ已ニ民国十八年上字第三九二号ノ最高法院ノ判例ニモ明ニ規定セラレアリ、其ノ所謂「証拠」トハ積極証拠ヲ指シテ言フモノナルコトハ已ニ司法院ニ於テ解釈セラレタルトコロナリ。

　而シテ貴法廷ニハ被告等ガ殺人競争ノ行為ヲ為シタルコトヲ証明スル直接間接ノ積極的証拠ハ毫モ無ク、単ニ被告等ノ所属部隊卜異ナル兵団ノ部隊長タル谷寿夫ノ罪名認定ヲ以テ、被告等ニ南京大屠殺ニ関スル非行アリト推定判断スルモノナルモ、斯クナルコトノ不可能ナルコトハ些モ疑義ナキトコロナリ。

二、原判決二於テハ「東京日日新聞」ト「日本軍暴行紀実」トハ符合スト認定セルモ、該事実書籍ノ発行期日ハ、東京日日新聞記載ノ期日後ニシテ、田伯烈ガ新聞記事ヲ転載シタルコト明瞭ナリ。

　況ヤ、新聞記者浅海一男ノ中華民国二十六年(一九三七年)十二月十日記述シタル証明書第一項ニハ「該記事ハ記者ガ実地目撃シタルモノニ非ス」ト明言シアリ。

　即チ該記事ハ被告等ガ無錫ニ於テ記者ト会合セシ際ノ食後ノ冗談ニシテ、全然事実二非ズ。

　東京二於ケル記者浅海一男及ビ被告向井二対スル盟軍ノ調査二於テモ、此記事ハ不問二附セラレタルモノナリ。

　被告等所属大隊ハ、民国二十六年十二月十二日、麒麟門東方二於テ行動ヲ中止シ南京ニ入ラザリシハ、富山大隊長ノ証明書ニヨリ明瞭ニシテ、被告野田ガ紫金山附近ニ行動セザルコトヲ明白二証明シアリ。

　又被告向井ハ、十二月二日丹陽郊外ニテ負傷シ、爾後ノ作戦二参加セズ。従ツテ紫金山附近二行動セザリシコト、亦富山大隊長ノ証言ニテ明瞭ナリ。

　又該新聞記事ノ百人斬リハ、戦闘行動ヲ形容シタルモノニシテ、住民俘虜等ニ対スル行為二非ズ。

　残虐行為ノ記事ハ、日本軍検閲当局ヲ通過スルヲ得ザルコトハ記者ノ証言書ニテ明白ナリ。

　故二貴廷ニ於テ記事ガ日本軍ノ検閲ヲ経タルヲ以テ、被告ノ残虐行為ナリト認定セラレタルハ妥当ナラズ。

　以上ノ如クナルヲ以テ、新聞記事ハ全然事実二非ズ。

　貴判決書ニ多数ノ白骨叢葬地点ヨリ現出スルヲ以テ証拠ナリト述ベアルモ、被告等ノ未到ノ地ニ於テ幾千ノ白骨現出スルトモ、之ヲ被告等ノ行為卜断スル為ノ何等ノ証拠トナスニ足ラズ。

三、被告等ハ全然関知セザル南京大屠殺ノ共犯卜認定セラレタルハ最モ遺憾トシ、最モ不名誉トスルトコロナリ。

　被告等ハ断ジテ俘虜住民ヲ殺害セルコトナク、又断ジテ南京大屠殺二関係無キ事ヲ全世界ニ向ヒ公言シテ憚ラズ。

　被告等ノ潔白ハ当時ノ上官、同僚、部下、記者等ガ熟知シアル所ナルノミナラズ、被告等ハ今後貴国及日本国ハ恩讐ヲ超エテ真心ヨリ手ヲ握リ、世界平和ノ大道ヲ邁進セラレンコトヲ祈願スルモノナリ。