仁藤佐

しとひうとさ

沈黙・謝罪から自己主張へ

平成十五年十一月二十日 日新報道
ISBN4-8174-0556-2 C0082 税別千四百円

 はじめに

「日本は世界平和のために何も貢献しないで、世界平和のただ乗りをしているだけだ。だから、日本は我々の財布の役目を演じ続ければよいのだ!」
 日本にとって、この上ない屈辱的な同発言は、十年前ワシントンにおけるある国際金融会議の席上、ゲスト・スピーカーであったペンタゴンの若き将校の口からごくごく自然に出たものなのです。このように突然、日本人としてのアイデンティティーを試されたとき、あなたは毅然として対応できますか?


 この会議に参加していた多数の日本人は私を含め、いわゆる3S(スリープ、スマイル、サイレンス)ですませようとしました。しかし、その場に居合わせたイギリス人がやにわに手を上げて「日本は憲法第九条につき、武力行使は出来ない」と発言し、我々日本国は他国の明快な後方支援を得て、なんとか一命をとりとめたようなものでした。

 日本人の国益に関する決定的な二大欠点はなんでしょうか?
 それは第一に乏しい歴史的関心であり、第二に貧しい英語スピーチ能力ではないでしょうか。前述のような3Sは、今日も世界のどこかで確実に行われています。そして、悔しい思い出を今もなお引きずっている日本人は多いはずです。

 果たして、日本人はこの欠点を克服することが出来るのでしょうか?
 この本はそのような悩みを解決するために、熱い思いをこめて書かれた英語パブリック・スピーチのサンプル集です。スピーチ題材は、日本人が海外に一歩出れば遭遇する可能性の高い日本の国益に関するトピックに限定されています。このようなスピーチ題材は、本書を単なる英語スピーチのハウツーものとは一線を画するものです。
 無味乾燥な一般的なスピーチを何回練習しても決して身に付かないばかりか、グローバル社会においてもっとも基本的な日本人としての自己主張になんら役に立たないのです。
 振り返れば、今までの日本における英語スピーチの教材はほとんどがこのような就任挨拶とか、親善を題材にしたものばかりで、英会話に毛の生えた程度の内容で、そこには自国の主張を相手に知らしめたり、説得したりする内容のもの、すなわち本物のパブリック・スピーチではなかったようです。


 この本は世界の列強国をあげての植民地獲得競争が世界の潮流であった当時の歴史的状況を十分に理解しないまま、いたずらに日本の残虐な面のみを強調する国家的風潮が、日本のやせ細ったアイデンティティーの根源であるとの想定の上に書かれたものです。
 しかし、サンプル・スピーチは単に日本民族の先輩がとった行為について一つ一つ謝罪や弁明に終始するだけに留まらず、世界平和のために真の平和国家日本だけがとることの出来る道についてもサンプル・スピーチが加えられています。現代に関するものには李登輝ビザ問題、捕鯨、平和憲法などのスピーチがふんだんに用意されています。

 本書はスピーチ・マニュアル集ですが、同時にスピーチ・マニュアルの教材に資するために次のような構成になっています。
 目次はサンプル・スピーチのトピックが一覧できるようになっており、それぞれのトピック(Topic)には聴衆の関心を惹くポイント(Interest factor)、そしてスピーチの主張(Thesis)の注釈がつけられています。
 読者が興味を感じたトピックのページを開くと左側ページには日本文、右側ページには対応する英語訳があり、そしてそれぞれの冒頭の部分にはスピーチの骨子であるトピック(Topic)主張(Thesis)スピーチの目的(Purpose of Speech)訴え(Appealing)の要素が一覧表にまとめられています。


 また、スピーチ本体には主張展開の流れが理解できるようにスピーチの出だし部分(Opening)主張(Thesis)移行(Transition)裏付け(Substantiation)締めくくり(Conclusion)などに下線が引かれています。
 パブリック・スピーチは、決して小さくまとめた作文や随筆ではありません。それは、まさしくドラマと呼べるものです。ですから、英語の使い方も力強い主張展開のために意識的に文法を間違えたり、方言を使用したり、表現を必要以上に繰り返したりしています。

 パブリック・スピーチのメリットは国益に寄与するだけでなく、次のようなものがあります。

・教養人としての資質がつく
・世界の出来事に関心が湧き、理論的志向が習慣づく
・的確な英語表現力が増す
・よき聞き手になる
・スピーカーの話の展開が予測できる
・グローバル社会において恥ずかしくない日本人になれる
・自分の意見を堂々と述べ、討論の中に参加できる

 この本は、アメリカの大学においてパブリック・スピーチとドラマの分野で二十年間にわたる教鞭経験を持つ佐藤仁と、地球の隅々まで駆け巡ったビジネスマン古屋武夫の両名が日本の国益の現状を憂いて書いた渾身のパブリック・スピーチ集です。


 世界史の中で自国を理解し、説明することの出来る教養は、グローバル社会で尊敬される基本的条件です。日本の政治家や外交官だけに国益を任せ、批判するのではなく、国民も日本人としてのこだわりや自覚が必要なのではないでしょうか。
《一体、あなたは何人なんですか》と疑問を感じさせるような無国籍、無責任日本人がやたらに増えてしまった日本。愛国心とナショナリズムを混同してしまっている日本。著者の日本を思う心が、少しなりとも読者に伝われば幸いです。沈黙は日本の沈没です。
古屋武夫 

る還へ【書蔵蔵溜古雲】