稔村北

るのみらむたき

「南京事件」の探求 その実像を求めて

平成十三年十一月二十日 文春新書
ISBN4-16-660207-1 C0221 税別六百八十円

 一九三七(昭和十二)年十二月、中国の南京に入城した日本軍は、以降三ヶ月にわたる軍事占領の間に、死者最大三十万に及ぶ組織的大虐殺を行ったとして、戦後、軍事法廷で断罪された。この「南京事件」は、中国侵略の象徴として、六十余年を過ぎたいまも、日本に《反省》を迫る切り札となっている。他方で、虐殺はデッチあげ説、数万人説もあり、それぞれの「歴史認識」と相まって、激しい論争が続いている。本書は虐殺の有無を性急に論ずるのではなく、大虐殺があったという「認識」がどのように出現したかを、厳密な史料批判と「常識」による論理で跡づけた労作である。


あとがき

「南京事件」は始めに述べられたとおり、「日本の戦争責任」と切り離せない問題として位置付けられている。さらに世界史における明治以降の日本の発展の意味や、将来のアジアに於ける立場など、日本人の「歴史認識」に深く関わっている。
 英語に responsible という言葉がある。「責任をとる」と訳すが、「返答できる」、「回答できる」という意味もある。昨今盛んに唱えられ「説明責任」と訳される accountable も、同様の意味を持つ。そうだとすれば、「責任をとる」とは、「ひたすら謝る」かあるいは「一方的に自己の正当性を言い募る」事ではない。
 まずもって出来事の由来(なぜそのようなことが起こったのか)について、きちんと「申し開きをする」ことであろう。そのためには正確な「事実認識」から出発しなければならず、資料を丹念に読み直すことから始めた。
 三十万人という膨大な死者が日本軍占領下の南京に出現しなかったにせよ、日露戦争後の日本の満州進出に始まる確執の結果として日中戦争が勃発し、中国の大地がその戦場であった。多くの破壊と殺戮が行われ、その集中的表現として、上海から南京に至る戦闘で発生した被害が存在する。
 これらの物的被害と人的被害に対し中国の民衆が怒りと悲しみを感じ、日本に恨みを抱くのは当然である。中国人の抱く怒りと悲しみを理解しつつ、同時にケ小平以後の中国で重要な行動基準として高唱される「実事求是」(事実に基づいて真理を検証する)の立場から、「南京事件」の探求を続けていかなければならない。


る還へ【書蔵蔵溜古雲】