◆◇◆ ノーベル文学賞受賞 ◆◇◆

 

マルタン・デュ・ガールは、1937年のノーベル文学賞を受賞します。

受賞理由は、

for the artistic power and truth with which he has depicted human conflict as well as some fundamental aspects of contemporary life in his novel-cycle Les Thibault ※

(連鎖小説「チボー家の人々」において、人間の闘争と現代生活の根源的諸相を、力強く、真実味溢れる筆致で描出した功績による)

というものでした。

ところで、「チボー家の人々」は全8巻であり、最終巻「エピローグ」が出版されたのは1939年のことでした。つまり、ノーベル賞受賞の時点ではまだ完結していなかったのです。

この未完の作品がノーベル賞を受賞したのは、まぎれもなく、その前年の1936年に刊行された第7巻「一九一四年夏」の力によるものでした。第6巻「父の死」(1928年)までは、登場人物は限られ、舞台はもっぱら家庭とその周辺に限られています。ところが、8年間のブランクの末に出版された「一九一四年夏」において、読者は突如、1914年の第1次世界大戦前夜の熱気を帯びたヨーロッパ社会に投げ出されます。当時の政治情勢が再現され、戦争へと急速に駆り立てられていく人々の心が描き出されるのです。

1930年代、ゆくてにはすでに次の戦争の陰が忍びよっていました。ナチズム、ファシズムの台頭はヨーロッパを脅かし、文学者といえども傍観者たることは許されない時代──アンガージュマン(参加)の時代が到来したのです。

そんな時代にあって、マルタン・デュ・ガールも決断を迫られていました。けれども、マルタン・デュ・ガールには右であれ左であれ、「党派的なもの」は常に警戒心を起こさせました。そんなマルタン・デュ・ガールの出した、時代に対するひとつの回答、それが「一九一四年夏」だったのです。

「チボー家の人々」の第6巻目までと「一九一四年夏」との、ある意味きわめて違和感を感じさせる温度差、そしてこの7巻目が大きな反響をもって迎えられ、1937年のノーベル文学賞を獲得するに至ったという事実──そこには、第2次世界大戦前夜の人々の必死の抵抗、戦争の無益さと悲惨さをいま一度思い起こし、それをよすがに次なる戦争を食い止めねばならないという必死の思いが映し出されているのです。

2001.3.13記

 

※出典

ノーベル財団 > マルタン・デュ・ガールのページ

 

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