どう控え目に見ても、やや正義感に欠けるアタシに懐いたのはあの男であった。何も知らない純粋な少女と共に、空を突き差す塔へ誘う口調は、地の底から引きずるような強制力はない。
 しかしそれは巧みな策というよりもヒラヒラと舞う軽さのようなものがあった。この男は性が気障というだけであって、躊躇なく何もかも言ってのける。クルクルと姿が変わる。その部分はアタシの不快感を刺激して、いつもイライラさせるのであった。やはり分からない少女は不安を顔に表す。男は笑顔でいつも逃げる。掴めない焦燥は一層徒労を生み出す。
 そして、気が付くとアタシは二人から離れているのであった。
 元々、馴れ合うきっかけは利害関係の一致、アタシは少女が他の者に盗られなければとりあえずは気休めになるのだ。少女にはその胸の宝石の他に、昔に既に失ってしまった女の象徴があった。
 例えば、光り物に目を輝かせるという、普通の女の反応。彼女にとって光り物は宝石ではなく、安っぽい万華鏡であったが、覗いて喜ぶ姿はもはやアタシには出来ない芸当であった。
 キレイです。掴んでみたいですね。少女が言う。
 ならば、胸の中にある光を掴んでみればいい。どんな宝石でも掴んでみればあっけないものだ。虚像の正体はおそらく小さな飾り玉だ。
 価値しか石に見入だせないアタシの目は腐っていた。
 じゃあ、買ってあげよう。
 男は三文小説に載っているようなセリフを並べると、歯の浮くようなセリフを零した。それは薄っぺらい嘘であった。



 天に近い塔から、なんと星空はよく見えた。闇のほうが居心地がよいのは仕事のためだが、アタシは星が好きだった。あの少女ではないが、掴んでみたいと思う。手をのばさないのは無駄だと知っているからであった。
 それでも粘った結果、マッシモを一蹴しエックスをあしらいシナモンをうまく追い払うことに成功したが、最後にあの男がやってきたのであった。
 バスは朝まででないが、起きていれば済むこと。冷たく突き放したにもかかわらず、男はしぶとかった。蜘蛛の糸が絡み付く感覚がやはり、不快であった。イライラする感情にまかせて理由を尋ねてみる。
 男は愉快に笑った。

 「理屈なんてないんだぜ?ただ、言葉なんて意味ないだろ」

 男の言葉は、彼にしっくりきていた。

 「俺はエックスが好きだよ?彼は強いからね。
     マッシモも好きだな。彼も強いし。
     シナモンは傷を治せるからね。好きさ。
  俺は力がある奴は誰でも好きだよ。」

 近づいてきた男の言葉の軽さには、分からない者には吐き気を催すだろう。

 「マリノは、ちょっと違うけど。いつか、きっと俺の一番深い所を容赦なく引きずり出す力は好きだ。でもスリルが過ぎるからね。今日あたり襲って君の興味にピリオドを打とうかなんて思っただけ。」

 男はちらりとアタシを窺った。彼の癖なのだろう。平静を装いつつも睨みつけた。コイツはアタシを過大評価していた。アタシが求めているのはいつも、利害だけであった。情の脆さを知っているアタシは常に空気を読もうとしているだけだというのに。
 男は少女に送った物とまったく同じ筒を差し出した。だが、筒の中はただ風だけが停滞している。

 「あ、でも、これ貰ってくれないと困るかもな。」
 「一言で言ってゴミだね。出直しといで。」

 手作りなんです、律儀に告白した男を捨て置いて、アタシはふらりと歩きだした。この男はアタシに懐いている。そしてアタシにもそれを求めている。拒絶するのはいつかこの男を暴く日を殺すためだった。
 男は筒を覗いて星を見た。



 「なぁ、あの星空になって見たくないか?」



 耳に残る声は独り言か。
 男の声はセリフにも似ていた。
 やはり、あの筒は覗かなくて正解だったのだ。あの中には男を象徴する何かがあったのだ。それは、時が経つにつれて積もっていく。
 ふと立ち止まり、星空を見上げた。そこには男に見えるはずの光景が広がっていた。


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空色さんの書かれる小説が大好きなのですよ、私!
その世界観とか表現力とか、凄い憧れますーv
クールなマリノさんが良いですねーvスパイダーが節操無しだ、と空色さんはおっしゃいますが、自分的には・・凄い・・らしいと思うのですが・・(笑。
素敵な小説を有難うございました!!


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