ある雨の日、俺は雇い主から暗殺の依頼を受けていた。
ターゲットの写真と家の地図を頼りに、いつもより人通りが少ない町の中を歩いていく。
傘をさし、ぼんやりと歩く自分の目には、家以外の何ものも映らない。
ただむなしく、記憶されては、消えていく。

目的の場所に辿り着いたら、再び背後を振り返り、孤独な自分を確認する。
見張りの目をかいくぐって、絨毯が敷きつめられた豪華な家の廊下を走り、物影に隠れながらてきぱきと部屋を探す。
お目当てのドアを見つけたら、息を潜めて部屋に入りこみ、ベッドで寝ている女性の方に、忍び寄る。

あと一歩。あと一息。

そこで俺は机につまずき、勢い余ってベッドの上に手を突いてしまった。
物音で目を覚ました女性は起き上がり、俺を見た瞬間、悲鳴を―――みも凍りつく様な冷たい悲鳴を上げた。
俺の持っているナイフに目が行き、目に涙が溜まり、恐怖に顔を覆う。
もしも他の誰かが、俺ではない誰かがこれを見たら、美しいと思っただろう。
慈悲を乞う緑の瞳に、一つに結ばれた黒い髪。いくらひきつっているとは言え、美人の部類に入るであろう顔。


俺はナイフを振り下ろした。せめて楽に死ねるよう、素早く心臓を一突きに。
「ひどいわ」 と、背中に血しぶきをあげた女性は憎しみを込めて言い残し、すぐに横になった。
俺はただ、傍らに立っていた。


哀れみなんて感じない。後悔だってしていない。 
俺は傭兵、そうして今までやってきたし、今更そんな事思ったってしょうがない気がするし。
任務をこなして、報酬もらえば、また奪って殺して、生き延びる。
自分の為に命を狩るのは、そもそも人から殺してくれと頼まれるような命に対する情は持ち合わせていないから。
自分の為に、底なしの血の池に沈む俺。
真っ暗闇の、光や希望は存在しない、虚無の世界に。


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