君を見つめて。 No.025 長月たならーもさん ------------------------------------------------------------------ 「あんた、ダイナモが来てから、変わったよな。」 突然のゼロの科白に、エイリアは飲んでいた紅茶を吹き出さんばかりの勢いで咳き込んだ。 「ちょ、ちょっと、いきなり何言ってんのよ、ゼロ…。」 ここはベ−ス内のカフェテリア。ハンタ−達の憩いの場所として常に賑わっている。 そこの壁際の一席では今、何とも珍しい光景が展開されていた。エイリアとゼロが、相席でお茶なんぞを楽しんでいるのである。この二人、比較的客足の少ない時間帯を狙ってきた所でハチ合わせになり、たまにはゆっくり話してみたいという双方の意見が一致して、現在の状況に至っていた。 「な、何を根拠にそんな事言ってるの?」 「何って、見たまんまを言ったまでだが?」 少し瞳を潤ませて咳き込むエイリアを見て、ゼロはらしくないな、と笑いかけた。 「そうだな…。強いて言うなら、あんた、最近はずいぶん夢やら奇跡やらを、信じるようになったじゃないか?」 エイリアは、少しムっとした様子で、呼吸を整えて返した。 「…まあ…あんな半端じゃなく悪運の強い奴なんて、見た事なかったから…。信じたくも…なるわよ。」 ダイナモがハンターになってから、もう一ヶ月になる。初めてのミッションの時から、無茶苦茶な行動をしてはベースの皆の肝を冷やし、しかしミッションは確実にこなしていたダイナモ。自分を死の危険にさらすようなやり方に、立ち会っていた者は毎回、彼は何事も無かったかのように戻ってくるのがお約束なのだとわかってはいても、内心ヒヤヒヤさせられた。特に、心配性のエックスあたりは。 今、ダイナモは仕事で出かけていて、ベースにいない。今日も、職場でまた散々無茶をしておきながら、何食わぬ顔をして帰ってくるのだろう。そんな事を考えただけで、エイリアは頭痛がする気がした。 「…あいつの事は、好きか?」 「は?」 ゼロの質問に、エイリアは思わず素頓狂な声を出してしまった。今、お茶を飲んでいたら、間違いなく吹き出していただろう。 「どうしちゃったのよゼロ…。あなた、何馬鹿な事聞いてるのよ…!?」 僅かに赤くなるようにして、エイリアはゼロに何かを訴えるような視線を向けた。それを受けて、ゼロは苦笑する。 「色恋沙汰に関して話しているんじゃない。『ダイナモ』という人物に、純粋に好意を抱いているかどうか、と聞いているんだ。まあ、仲間として認めてやれるか、と言った所だな。」 「…ええ…?」 エイリアは、あからさまに困った様子で、手持ち無沙汰に紅茶をスプーンで混ぜるゼロを見つめた。 「俺は…、誰かさん程甘くはないから、まだあいつを信用しきってはいない。でも、決してあいつを、嫌いでもない。」 黙ってしまったエイリアを見兼ねたのか、ゼロがおもむろに口を開いた。 「強い奴は好きだからな。それに…あいつには、どこか人を引き付ける魅力がある。」 「ゼロ…。」 エイリアは、静かに俯き、呟くように言った。 「…正直ね…。あいつは、よくわからないのよ。今までに、ああいうのは見た事がないの。」 そして、躊躇いがちに続ける。 「マジメな顔して、マジメな雰囲気で冗談言ったりされても…。対応に困ってしまうのよ。情けないけれど…。何て言うの。自分にないものの塊とでも言うべきかしら?彼は。」 ふと顔を上げると、ゼロは空になった白磁のティーカップを、皿の上に戻した所だった。 「…もう、ちゃんと聞いていたの?」 エイリアは半ば呆れながら、ひとつ大きな溜息をついた。しかし、ゼロは不敵に微笑みながらテーブルに頬杖をついて言う。 「自分にないものを持っている相手には…結構惹かれるものだと思うが?」 「?」 その時、ガラス張りになっている壁を、誰かが横で二、三、叩く音がした。 「…エックス?」 壁の向こうにいたのはエックスだった。ガラス越しに、ゼロに向かって、こちらに来てと言いたげに手を振っている。 「すまない、ちょっと行ってくる。」 ゼロは席を外し、ガラス一枚挟んだエックスの所へと駆けていった。 エイリアは紅茶を飲みながら、ガラスの向こうで展開されているゼロとエックスのやりとりを眺めていた。ただでさえ人の多いここでは、彼等の会話を聞き取る事は不可能であったが。 エックスが何かをゼロに伝える。それに対して、ゼロが少し困ったように手を拱いたが、やがて返答した。 その途端、今度はエックスが頬を膨らませた。そして、何やら反駁し始める。ゼロは、そんな彼の肩を宥めるように抱いて、一つ、にこやかに微笑みかけた。 エックスは、不機嫌そうにゼロの手を払い除ける。しかし、次の瞬間には苦笑いを浮かべて、もう一言二言、言葉を交わし、片手を少しあげて廊下を走り去っていった。ゼロは、エックスを笑顔で見送る。 そんな二人の様子を見ていて、エイリアの脳裏に、何か疑問がよぎった。 ふと向き直ると、すまない、と一言あって、ゼロが席に戻ってきていた。 「何を話していたの?」 「ん?ホーネックの奴が、俺の所に書類を持ってきたから、ちゃんと目を通せとさ。全く、今日は非番だってのに。」 「…それで、どうしてあの子怒ったのよ?」 「ああ、もうすぐ戻るから、それまでお前が代わりにやっといてくれって頼んだんだ。」 「…呆れた。」 さも楽しそうに話すゼロに、エイリアは溜息をついた。 「デスクワークは苦手なんでね。それに、結局あいつ、引き受けてくれたしな。」 そう言って微笑むゼロを見て、エイリアはさっきの疑問が何だったのかが、わかったような気がした。そのまま、問いかける。 「…ねえ、ゼロ。エックスって…あんなに、幼かったかしら…?」 「ん?どういう事だ?」 ゼロは、笑みを絶やさない。 「さっき…あなたと話してる姿がね。ひどく、幼く見えたのよ。…それに…」 「それに?」 「あなたの…あんな笑顔も、初めて見たわ。」 今、自分に向けられている笑顔や皆に普段向けられるような笑顔と、さっきエックスに向けられていた笑顔は、全く違うものなのだと。エイリアは確信していた。 「気付いたのなら…丁度良かったな。」 「…え?」 「…正直、な。初めてあいつにあった時は…かなりいけ好かなかったんだよ。」 「ゼ、ゼロ…?」 突然、真摯な表情になって語り出したゼロに、エイリアは戸惑った。 「なんつーか…。俺にとって、あいつは未知の存在だったんだ。自分にないものばかりを持っていた。全てが気に入らなかった。でも、どうしてか、嫌だとは思いながらも、あいつが気になって仕方なくなっていたんだ。」 エイリアは、そこまで話された時にはっとした。ゼロは、そんな様子を見て、満足気に微笑む。 「優しさとか、そういう自分にないものに、知らず知らずのうちに憧れていたんだろうな。で、どうだ。気がついたら、一緒にいるのがごく当たり前、みたいになっている。あいつの事となったら、平気で命を投げ出そうとする自分さえいる。冷静さがウリだった俺が、だよ。…どうかしてるだろ?」 「ゼロ、あなた…。」 ゼロは、エイリアに笑みを向けながら席を立った。 「何だかな…。あんたを見ていると、エックスに会った頃の俺を思い出すんだよ。まあ、俺のエックスに対する感情と、あんたのダイナモに対する感情は、全く同じ、ってわけでもなさそうだがね。」 その言葉の含みを見抜いて、エイリアは頬を紅潮させた。 「ちょっと、ゼロ!!」 「ははは、じゃあ、そろそろ戻るか。あんまり遅くなると、エックスにどやされちまうからな。」 「まったく…。余計なお世話もいいところよ。」 「ふふ…。お節介か。エックスのが、伝染ったかな?」 カフェテリアを出た所で、ゼロはエイリアに言った。 「じゃ、あんたは医務室に行ってやりな。」 「え?」 「さっきエックスがついでに知らせてくれたんだが、ダイナモが帰って来たそうだ。案の定、ボロボロなのに飄々としてな。」 「…やっぱり。あの馬鹿…。」 予想通りになって、エイリアは頭を抱えた。 足を数歩進めた所で再び向き直り、ゼロはそんなエイリアに微笑みかける。 「あんた、上っ面はダイナモの事を毛嫌いしているみたいだが…仲間としては認めてやったらどうだ。あんた達、この上なく相性のいい二人って感じがするぜ。」 「ゼロ…。」 「ダイナモは、俺達には真面目な雰囲気で冗談なんか飛ばしてくれないからな。…それって、俺がエックスにしか特別な笑顔を見せないのと、同じなんじゃないのか?」 そう言い残し、ゼロは自室へと戻って行った。 「…全く。仕方ないわねえ。」 少しはにかんだように微笑むと、エイリアは医務室へと急ぎ足で向かった。 ------------------------------------------------------------------ ゼロの「ふふ…。」って笑い方に凄くキュンと来てしまいました! たならーもさんの描かれるゼロは知的で良いなぁv 素直じゃないエイリアさんも可愛いです〜v ダイナモのあのおちゃらけた態度はエイリアさん専用だったのですね!きゃーv |