ねがいごと 月夜晁人さん ------------------------------------------------------------------ 仕事中の彼女の表情は凛としていて、誰もがその瞳を見るだけで、背筋が伸びるほどの真剣さを持っていた。休日の彼女の表情は時に子供っぽく、時に女神のように微笑んでは多くの人を癒していた。 彼女はふたつの顔を持っていた。仕事中の顔と、休日の顔。どちらが本物だとか、どちらが良いとかではなく、それはふたつとも紛れもない『エイリア』というひとつの人格で、どちらが欠けてもいけない存在だった。 ある日を境に彼女がそれらとまた違う顔をするようになったと噂されるようになった。それは、まるで恋に悩むジュリエットのような顔。仕事中も、ふと気が抜けた時にそんな顔を見せるようになっていた。 「なあ、エイリア。誰か恋人でも出来たのか?」 ある日の勤務中。休憩時間に入るなり、同僚の男がエイリアにそう聞いてきた。エイリアは顔色ひとつ変えずに、 「なに言ってるの、そんなわけないでしょう。」 と切り返した。男は唇を尖らせて席へ戻っていき、近くの同僚と何やら話しているようだった。あまり納得がいっていない様子だ。それを横目で見て、エイリアはひとつため息をついて、頭を抱えた。 エイリアは、あの日のダイナモの様子と発言に随分と振り回された。それはいま現在も持続していて、まるであの日、あの瞬間にダイナモに魔法でもかけられたかのように、じわりじわりと心をかき乱されているのだ。他の者達から見ても、エイリアの様子がいつもと様子が違うのは一目瞭然だった。例えば、たまに給湯室の前に立ち止まって天井を見上げていたり、腕をじっと見つめていたり。そうして決まって、あの表情をするのだ。恋煩いの少女の顔。 「どうした、具合でも悪いのか?」 頭を抱えて俯いているエイリアに声を掛けてきたのはライフセーバーだった。 「あ、ううん、何でもないの。ちょっと出てくるわね。」 そう言い残すと、エイリアはコンピュータルームを後にした。 このままではいけない。 エイリアはずっとそう思っていた。今はまだ大丈夫でも、いずれこの状態が仕事に支障を来す可能性もある。自分の失敗によって、多くのレプリロイドが死ぬかもしれないのだ。そんなことは決してあってはならない。それに、自分の様子を心配してくれる人もいる。そんな人達のためにも、以前の自分を取り戻さねばならないと思っていた。 その日の夜、エイリアは自宅の屋上で夜風に当たりながら、ずっとこれからのことを考えていた。 最近の自分は、まるで自分じゃないようで恐ろしかった。いっそのこと、ライフセーバーに頼んであの日の記憶を消してもらってしまおうか。そうすれば元の自分に戻れるだろうか。 ホットミルクを口に運び、空を見上げた。空には満天の星が輝いていた。寒さに比例して、星達はくっきりとその輪郭を浮かび上がらせている。ずっと眺めていたいような美しさだが、寒さに負けて体がキシキシと痛み出した。いくら考えていても纏まらない、そろそろ部屋に戻ろうと立ち上がった時、ふと頭を過ぎった考えは、思うが早いか口に出ていた。 「星にお願いしたら、叶うのかな…」 あまりにも非現実的な考えに、エイリアは自分で苦笑いをしてしまった。だけど、それに答えるように一筋の流れ星が空を駆けたのを見て、エイリアは微笑んだ。 「…そう。本当に叶うかもしれないわね。」 カップを置き、目を閉じた。 「お星様。私の願いを叶えてください。」 そう呟いて、胸の前で手を組んだ。 「…どんな願いなの?」 ドキッと胸が鳴った。空から声がしたのだ。聞き間違えるはずのないその声に、胸がきゅっと痛んだ。エイリアは瞳を閉じたまま答える。 「…私、最近おかしいから…」 「そう?そうは見えないけどなぁ?いつも通りのべっぴんさんだ。」 明るく答えるその声に、エイリアの暗い声が重なる。 「私は変わってしまったの。いつもでは考えられないほど気が抜けてしまって、人に心配を掛けてしまってる。」 「心配してくれる人には心配してもらったらいいさ。嬉しいだろ?」 「嬉しいわ。嬉しいけれど、それ以上に申し訳ない…」 「どうして?」 「悩みの理由が馬鹿らしいから。」 それを聞いて、空からの声がふと途切れた。エイリアはそのまま続けた。 「…馬鹿らしいわよ。あの日から、あの人のことが忘れられないの。あの人の言葉が忘れられない。あの人の温もりが忘れられない。どうしてなのか分からない。ずっとあの人のことばかり考えてしまうの。」 「…あの人、ね。」 少し、声が近づいた気がした。エイリアは目を瞑ったまま首を横に振る。 「私、恐いの…あの人に対するこの感情が、私が抱いてはいけないものだったら、たくさんの人を裏切ってしまう。だったら、それだったらいっそ…!」 胸の前で組まれた両手が、震えていた。話す声が震えていた。続く言葉が言い出せなかった。空を仰いで、やっと言えたのは、『願い星』に乞う言葉。 「お願い、私の願いを叶えて。こんな辛い思いはたくさんよ…」 一筋の涙が、エイリアの頬を伝う。 敵であるあの人…ダイナモに、こんなにも惹かれている自分に気が付いた。だけど、それは許されない想い。それならばいっそ、忘れてしまいたい。ダイナモに惹かれる以前の自分に戻れば、こんな思いをしなくて済むから。 少しの沈黙を置いて、エイリアの頬を流れる涙を指先で拭いて、『彼』は言った。 「君の願い、叶えてやるよ…」 そう言うと、エイリアの唇にそっと唇を重ねた。 「…!」 エイリアの冷えた唇に、思ったよりも温かく、柔らかい感触が伝わる。見開いた目が捉えたのは、ガラス色の髪の毛。そっとそれに触れてみる…その途端に止め処なく涙が溢れ出した。堪えることが出来なくて、ついにはしゃくり泣いていた。ダイナモはそんなエイリアの肩を抱き、 「好きだよ、エイリア。ずっと側にいるから。」 そう耳元で、何度も何度も囁いた。ずっと抱きしめていてくれた。エイリアが泣いている間、ずっと愛の言葉を囁きながら、髪を撫でていてくれた。エイリアも、その広い背中を強く抱いて泣き続けた。 エイリアの願いは、ダイナモを忘れたいわけではなかった 本当の願いは、『この恋を殺したくない』という思い エイリアの願いは 叶った。 次の日、ハンターベース中は騒然となった。 あのダイナモが『傭兵として』ではあるが、イレギュラーハンター達の仲間となり、共に戦うと現れたのだから。 「どうして平然とした顔してるんだよ、エックス。」 ひとりのハンターが不服そうにエックスに問う。 「いいじゃないか。ダイナモ程の腕の持ち主が、おれ達の仲間になるんだって言うのなら嬉しいだろ?」 かつてダイナモと戦ったはずのエックスは、にこにこと嬉しそうに笑ってダイナモを受け入れていた。その様子がどうも周りのハンター達には解せぬようだったが、エックスには事情が分かっていたのだ。 「ダイナモ、一緒に戦っていこう!」 手を差し出しされたダイナモは、照れくさそうに笑って手を取った。 「完全にこちらに属さないところはおまえらしいが…まあ、いいだろう。足手まといにはなるなよ。」 ゼロもゼロなりに嬉しいらしい。傍から見るとそうは見えないのだが。 「これからは一緒に戦ってく仲間になるわけだけど…いくら仲間でも、エイリアに手を出したら殺すからね。」 「ダ、ダイナモっ!」 笑顔でさらりと言うダイナモに、真っ赤になって俯くエイリア。場はまた騒然となった。 「なにぃ!?エイリア、そういうことだったのか!?」 口々に騒ぎ立てる同僚達の声は、次第に祝福の言葉へと変わっていった。 許されない想いが、許された瞬間だった。 ------------------------------------------------------------------ 月夜さんのサイトにて、1111HITのキリリクで頂いたダイエイ小説ですーv ちなみにコチラ、以前月夜さんより頂いた小説「MAria」の続きとなっておりますです。 エイリアさんの切ない女心・・キュンと来ますね!自分の立場を考えたら素直にその想いを表に出す事もできず・・でもその想いを忘れたくはなくて・・。どうしたら良いのかと1人悩むんですねー・・。 星の王子様なダイナモさん、凄くかっこいいですね!男らしいです! 好きな女性を優しく受け止める、その包容力が男性にとっては何よりも必要な事だと思うんですよね、私。 「傭兵」としてエイリアさんに雇われ、イレギュラーハンターになったんですね、ダイナモさんは!!彼らしいですよね、そう言うトコもv 心温まる素敵な小説を有難うございました! |