MAria
月夜晁人さん
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 彼はいつも強気な笑みを湛えていた。だけどそれは、決して自信があったからではなくて、『自分』を保つための彼の知恵のひとつだった。本当は誰より臆病だったことは、自分が一番分かっていた。
 彼は掴み所がないと周りからよく言われていた。気紛れで、いい加減に見えて…だけど与えられた仕事はキチンとこなす。そして仕事が終わった後、彼は決まって姿を消した。一定の場所に留まることは殆どなかったという。
 彼の言動には何か言いようのない矛盾があり、説得力があり…常に相反するものを持っていた。光と影のように、相反するものなのに、何故か番になっていて当たり前のように思わせる、そんな男だった。
 あの日だって、ほんの気紛れから始まったことだった。
−ハンターベース内中庭−

「…オレには真意が分かりかねるが、これも何か理由があるんだろ?」
 目の前で嬉しそうにレプリロイド達へエネルギージュースを配るエイリアに、ゼロは問い放つ。
「いいじゃないか、ゼロ。すごくいい天気だ。今日はハンター達の休戦日。たまにはこんな日があってもいいだろ?」
 同じくニコニコ嬉しそうに笑うエックスを見て、ゼロは何かを言い掛けたが、その言葉を飲み込んで、エイリアに半ば無理矢理手渡されたジュースを一気にあおった。
「そうよ、ゼロ。ハンターベース内の中庭は、普段使用者が少なくて勿体無いと思うの。だから私が、この企画を上層部に提案したのよ。」
「で、その提案を上層部が何故か受け入れて、普段は血(オイル)に塗れたイレギュラーハンターが、仲良くピクニック、ってわけか…」
 ため息をついてゼロは空を見上げる。ガラス張りの天井から、眩い光が差し込んで、中庭の緑を一層綺麗に彩っている。普段は気付かないことに、たった今気付いた。暫くその緑の美しさに目を見張っていると、エイリアが横に来てゼロに言う。
「“何故か”は余計だと思わない?ゼロ。こんな綺麗な緑に触れ合う機会がないなんて、勿体無いわ。」
「…ああ、まあ、な。」
 エイリアの言葉に、少し満足げにゼロも微笑む。
「おい、エイリア〜、つまみはないのか〜?」
 向こうの方で、アルコールの入ったエネルギーを呑んでいたレプリロイド達のエイリアを呼ぶ声がする。
「あら、あっちはもう出来あがってるみたいね。」
 ウインクしてゼロにそう言うと、呼ばれた方へ駆けて行った。その後ろ姿を見送りつつ、隣りに静かに佇むシグナスに問う。
「シグナス、こんな調子でいいのか?もし敵が来たら…」
「その時はおまえが出陣してくれるのだろう?ゼロ。」
「…ッ!?」
 その言葉を聞き、アルコールに伸ばし掛けていた手を、ゼロは慌てて止めた。

「エイリア〜、こっちもつまみ追加だ〜!」
「はいは〜い。」
 目まぐるしく駆け回るエイリアだが、その姿は本当に楽しそうだ。仕事中は気を張って、笑顔ひとつ見せないが、休日となると面倒見のいい普通の女の子へと戻る。今日は逆に、笑顔が絶えているところを見かけないほどよく笑っているようだ。
「あ、おつまみ切れちゃったみたい。ちょっと待ってて、すぐに持ってくるわ。」
 空になったお皿を重ねて持つと、エイリアは中庭を後にした。


 廊下を鼻歌混じりに急ぐエイリア。自分の立てた企画と、お手製のおつまみが好評だったのも彼女の笑顔を生む要因となっているらしい。上機嫌で給湯室へ入ろうとした時だった。
「!」
 さっきまでとは打って変わって厳しい顔つきになる。そして、息を潜めて辺りを見渡す。一体何があるというのだろうか、彼女の目つきは仕事中の厳しいそれへと変化していた。
「…誰なの。」
 初めは静かに問い掛ける。しかし、返事はない。
「誰。出て来なさい。」
 次は少し口調を厳しくさせて。それでも返答はなかった。
「一体誰なの!いい加減にしないと、承知しないわよ!?」
 えも言われぬ恐怖と、不安感から、声を荒げて問い叫ぶ。すると、しばらく間を置いて反応が帰ってきた。
「そんなに怒りなさんなって、可愛い顔が台無しだぜ?」
「何をッ…!」
 反論しかけたが、目の前に現れた男の姿を見て、声を失った。
「…あ…あなたは…」
「光栄だね。覚えててくれた?」
 忘れるはずもない。ハンター史上稀に見る最悪の日に、あんな真似をした者のことを。
「…ええ。あの日以来、あなたはブラックリストに載ってるわ。」
「ふぅん…何だか大変な賞をもらっちゃったようだね。」
「ふざけないで!ダイナモ!」
 名を呼ばれ、ダイナモの眉がぴくりと動いた。そして、ゆっくり目を閉じると、
「ハイハイ。おっかないな、全く…」
 両手を軽く上げ、後ろに一歩退きながら言う。しかし、口調はあくまで人を小馬鹿にしたような言い方。エイリアは、そんな彼の腹の内を探ろうと、問う。
「…何しに来たの。また、同じことをする気なの?」
「さぁ…?そうだったらどうする?」
 ダイナモの性格は、前回の事件で大分把握出来ている。問いに対して、素直に答えが返ってくるようなタイプではない。だからこそ、エイリアは引かずに続ける。
「答えなさい。」
「うーん…どうしても答えなきゃいけない?」
「ええ。私には不法侵入した者に対して、質問をする権利があるわ。そしてあなたにはそれに対して答える義務があるはずよ。」
 凛として引かないエイリアに、ダイナモは残念そうに言う。
「そうかぁ…あのさ、ぼくがここに何しに来たかをキミに言うとするだろう?」
 一歩、また一歩とエイリアに近づきながらゆっくりと喋るダイナモ。エイリアは警戒はしているものの、相手の言い分を黙って聞いていた。しかし、次の瞬間ダイナモの目つきが変わった。
「そうしたら…ぼくはキミを殺さなきゃならなくなるんだよね。」
「ッ!?」
 言った途端、エイリアの腕を掴み強く引き寄せる。エイリアの持っていた皿が手を離れ、床へと落ちて砕け散った。
「やめなさいッ…!」
 命令口調だが、エイリアは確かに震えていた。抵抗しようとする腕の力さえ皆無に等しい。恐怖が絶頂まで達し、瞳には涙が浮かんでいた。しかし、それを見てダイナモはハッとして、いとも簡単に手を離した。エイリアはその場に崩れ落ちるようにしゃがみ込む。
「…イヤ、違うんだ、ちょっと…ゴメン。」
 エイリアの側を飛び退き、言い訳…をしようとするが言葉にならず、ダイナモはそれだけ搾り出すように言うと、頭を抱えて座り込んだ。
 静寂が二人を包む。
「とりあえずさ…立ってよ。」
 そう言ってダイナモは手を差し出した。エイリアはそれを取ろうと手を伸ばす。が、慌ててその手を引込ませ、自分の力で立ち上がった。行き場を失くした右手を握り、ダイナモは目を反らす。
「…何しに来たのか言えないのなら、私はあなたの存在をベース内に通報するわ。」
「もう俺はシグマとは関係ないぜ。それに、別に攻撃しかけるために来たわけじゃない。」
「…信じられないわ。さっきの言葉と行動からじゃ、信じる方がおかしいわよ。」
「信じる信じないは任せるさ。俺はすぐにこの場を立ち去る。通報したいならすればいい。無駄な死傷者が出るだけだぜ。…そっち側にな。」
 ぐっと言葉を飲み込み、エイリアはダイナモを見据える。
「立ち去るのはいいけれど、何しに来たかは教えてくれなきゃ困るわ。」
「…知りたい?」
「知る権利があると、さっきも言ったでしょう。」
 それを受けて、ダイナモはふふっと笑った。
「ホント、気が強いなぁ。もう女らしい姿は見せてくれないのかい?」
「!」
 ダイナモのおちょくった言葉にかっとなって、思わず手を上げると、その腕を掴まれた。その手を振り解こうとするが、男の力に勝てるはずもない。抵抗を続けるエイリアの耳元に顔を近づけ、ダイナモは囁く。
「今日は、マリア様に会いに来たんだよ。」
「…!?」
 手を離し、ダイナモはエイリアから離れる。握られた場所が不思議と熱い。
「…マ…リア?」
「俺さ、子供(ガキ)だから、気に入ったヤツは苛めたくなっちゃうんだよね。ここのヤツらはホント飽きないよ。」
 ダイナモの発言がもはや理解できない。エイリアは必死に心当たりを探るが、『マリア』とは何かが分からない。呆然とダイナモを見つめていると、
「Aria(エイリア)、キミは苛められやすいんじゃない?多分Mだと思うんだよね。俺はいじめっ子だからSなんだろうなぁ。」
 何となく、馬鹿にされたような気がして、エイリアはダイナモに向かって何か言い返してやろうと思ったが、言い返す言葉が見つからない。口をぱくぱくさせていると、ダイナモは笑って言う。
「俺のマリア様はどうやら気が強くて、負けず嫌いで…だけどとびっきり可愛いんだぜ。」
「…M…Aria?」
 そう呟いた時、微かに遠くの方からこちらへ向かってくる足音が聞こえた。エイリアは我に帰って、後ろを振り返る。エックス達の足音に間違いはなかった。反射的に取った行動は、ダイナモの背を押すことだった。
「ほら!立ち去るんでしょう!?あれは嘘だったの!?」
「逃がしていいのか?」
 そう問われて、エイリアは真っ赤になった。私事で逃がしたなんてことが知れたら、どうなることか分からない。だが、
「…仕方ないじゃない、今日は『休戦日』なの!無駄な戦いは避けたいだけよ!それに…いい?『逃がす』んじゃないわ。『見逃してあげる』んだから!」
「口が減らないお嬢さんだな。一応…『ありがとう』。」
「礼なんて言われる筋合いないわよっ…」
「分かった分かった。じゃあ、またね。シーユー!」
 笑ってそう言い残すと、ダイナモは姿を消した。入れ替わるようにエックスとゼロが駆け寄ってくる。

「…エイリア!何か言い争うような声が聞こえた気がして来たんだけど…あ、お皿…」
 床に散らばる欠片を拾い始めたエックスを見て、ゼロが喋り始める。
「他のヤツらは酒が入ってて、何も聞こえないの一点張りだ。ったく…」
「ゼロはすんでのところでお酒呑むの止めておいたからね。」
「う、うるさい。」
 ゼロは慌ててエックスの頭を軽く小突く。それを見て、エイリアは優しく笑うと、
「ええ。大丈夫…お皿を割ってしまっただけよ。」
「そっか。じゃあ、いいんだ。ここはおれ達がやっておくから、エイリアは早く行ってあげて。みんな待ってるよ。」
「なっ!?」
 勝手にゼロも片し要員に入れられてしまった。仕方がないので、しぶしぶ欠片を片し始める。
「ありがとう、エックス、ゼロ。」
 礼を言うと、エイリアは中庭へ向かって急いだ。

 エイリアの姿が見えなくなると、ゼロはもう一度エックスの頭を小突いた。
「で、どうするんだ?」
「いいじゃないか、危害を加える風もなかったし…」
「今日は、な。」
「でもさ、分からないけど…悪いヤツには思えないんだ。何だか…この間のことを考えると…」
「まぁな…」

「…マリア様だって。」

「…言ったもんだな。確かに、エイリアは聖母みたいだ。今日の姿とか見てると、特に…」
「エイリア…あいつに取られちゃうのかな…」
「さあな。オレには興味ない。それはエイリアが決めることだろ。」
「うん、そうだね。エイリアが良ければ、おれは祝福してやれるさ。」
「何言ってんだ、一人前に。」
「ゼロ、ポコポコ小突くのやめてくれよ…」



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月夜さんのサイトで600HITを踏んだ時に頂いたダイエイ小説ですーv
なんて言うかもう・・もうもう!!エイリアさんが可愛すぎですーv
これはダイナモさんが苛めたくなるのも分かるなあ(笑。
エイリアさんのスペルが違うのには、こういう意味があったんですね!
読んでいて「上手い!」って思いましたよ!!
本当に有難うございました!幸せですv


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