FREE. WHAT IS FREE? 〜運命の交錯〜
No.031 M試作機さん
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第一話 FREE MAN 




――自由ってのは一体何だ?

 大抵、こんなことを聞くと殆どの奴は「他人に縛られない」とか「法に縛られない」とか言いやがる。

 だが、言ってる本人は気付かないもんさ。

 自分そのものを縛る対象物を特定する時点で、まだその対象物から開放されていないって事に。

――じゃあ、オレは自由なのか?

 そんな事を考えたこともあった。答えを追い求めたこともあった。

 だが、答えは余りにも簡単で単純だったのさ。

 なぁに、たいしたことじゃねぇさ。なにしろ、その答えってのはな…


 その日はあいにくの雨模様だった。
 雨に塗れた街灯が僅かながらの光を発して、灰色の雲に覆われた夜空を曝け出す。
 さらには、街頭の光の元で溜まった水溜りは街灯の周りの繁華街を映し出す――かつて、1世紀以上も前に作られたその繁華街には、繁華街が出来た当時の様に幸せに満ちた顔で買い物を楽しむ買い物客や、無邪気に駆け回る子供達、声を張り上げて客寄せをする元気のいい店員達の姿は無い。
 風雨に晒されてボロボロになっている赤煉瓦の壁。ヘドロに晒されてドス黒くなり異臭を放つ排水口。残飯を求めてゴミ箱を漁る野犬にホームレス…そこには打って変わって裏の世界の荒くれ者達が集い、自分自身の腕や経験を自慢下に話したりする者、嘗て手にしていた強靭な力を懐かしむ者が酒を浴び、語り合う酒場街が存在していた。
 そして、その酒場街に存在する酒場の一つ、「パラダイス」に一人の男が訪れたことからこの話は始まる。

「オヤジ!酒が足りねぇぞ!!」
「何ぼさっとしてんだ。さっさと棚の奥から飛びっきり良いヤツを出して来い!金ならいくらでもあるんだからよ!」
 店の酒全てを飲み尽くしそうな勢いで酒盛りをかれこれ4時間以上も続けている傭兵の一団が、カウンターの奥に居る店主を呼び出す。
 ここ、酒場「パラダイス」は銘酒の揃っている店として酒場街の中でも一際目立つ存在である。21世紀作られた銘酒、中には20世紀に作られた物すら揃っており、値段も手ごろな価格の物から数千万ゼニーもするような破格の値段の物さえある。レパートリーもスコッチ、ビール、ワインと豊富だ。
 だが、いかんせん他の店に比べて悪い部分もあった。
 その原因の一つとも言える「パラダイス」の店主、アルフレッド=ウォームは小間使いの様に命令してきた傭兵達に鋭い視線を向けた。
「うるせぇ!!客だからって調子に乗りやがって、あんまりガタガタ言ってると、店から叩き出すぞ!」
 元イレギュラーハンティングを生業とする一流の傭兵「破壊屋(デストロイヤー)アルフレッド」の眼光と怒鳴り声に、ほろ酔い気分で騒いでいた傭兵たちの顔が引きつる。
「なんだとぉ?誰に物言ってんだ!ジジイ!!」
「オレたちゃ、泣く子も黙る傭兵団!「スネークファング」だぞ!その首へし折られたくなかったら愚痴足れずにさっさと酒持って来い!!」
「こんな、小汚い店で大して美味くもねぇ酒を大金払って飲んでやってるんだ!もうちょっと、誠意ってものを出したほうが良いじゃねぇのか?」
 アルフレッドの正体を知らぬ傭兵達は楽しい酒盛りに水を指したアルフレッドを右手に各々の得物を手にしながら、おちょくる様に言い返す。
 だが、アルフレッドがその程度の脅しで黙るはずでもなかった。
「スネークファングだぁ?聞いたこともねぇよ、そんなもん。第一、オレは静かに酒飲めねぇ奴は大嫌いなんだ!もう我慢ならねぇ!飲んだ分の代金だけ払ってこの店から消え失せろ!じゃねぇと、手前等全員木っ端微塵にするぞ!!」
「んだとぉ!?オレ達と野郎ってのか!」
 アルフレッドの言葉に傭兵達の一人が得物をアルフレッドに向ける。だが、その隣の傭兵が彼の得物を手で押さえて銃撃を止めた。
「よせよ。たたが爺一人にそんなにかっかすることも無い。こういうのはさっさと得物を付き付けて、軽く脅してやるのが一番わかりやすいと思…」

 ズドン!!

 「パラダイス」内に鈍い銃声が響いた。
 アルフレッドが普段からカウンターに隠しているショットガンが火を吹き、傭兵団の酒が乗っていたテーブルを木っ端微塵に吹き飛ばしたのであった。一瞬にしてただの木屑の山と変わり果ててしまった木製のテーブルを前に傭兵達の顔が蒼白になる。
「オレはやるって言ったら本気でやる性質なんだ。さあ、そこから動くんじゃねぇぞ。手前等全員バラバラのミンチにして豚の長にでもつめて、つまみのソーセージにしてやるからよ。有り難く思いな」
そう吐き捨てると、アルフレッドはショットガンの銃口を向けたままゆっくりと傭兵達に近づいていった。一歩、二歩、三歩…と徐々に近づいていけばいくほど、互いの間に緊張感が重なっていく。
やがてアルフレッドの足が止まった。
そして、銃眼を覗き込み、狙いを憎たらしい傭兵達の内の一人に定めると、慎重にトリガーを引いて…
と、そこで、傭兵達の一人が腰掛けていた椅子から立ち上がった。
「興ざめだ。こんな薄汚くて、サービス悪い店で飲むほど俺達ゃ暇じゃねぇ。行くぞ」
動いたのは傭兵達の中では最もリーダーらしく見える男だった。
男はそう言い残すと、出口に向かって歩きながら、懐からボロボロの紙幣を取り出して、ショットガンを構えるアルフレッドにすれ違いざまに渡した。そして、別にアルフレッドに危害を加えるわけでもなく、男は出口から立ち去っていった。
残された傭兵達はしばし呆然としていたが、やがて動揺の色を見せ始めた。
「ま、待ってくださいよ、リーダー!」
「俺達も行きます!」
そう言って傭兵達もまた男に付いて行った。
一人、フロアに残されたアルフレッド。渡された紙幣から金額を数えてみると、明らかに傭兵達が飲んだ飲み代以上の金が支払われている。
「弁償代ってか? 気が利く男だ」
そう、呟くとアルフレッドは無造作にポケットに紙幣をしまいこみ、自慢のショットガンによって木屑と化したテーブルの片付けを始めた。
だが、

カラン カラン…

片付けを始めた直後に、出入り口につけておいた来客を知らせるベルが鳴り響いた。
大事にならなかったとはいえ、あのような事件のあった手前、アルフレッドにこのまま店を開ける気は無かった。
「すまねぇが、今日はろくな事が無かったんでね。もう、店仕舞にさせてもらうぜ」
「そりゃないぜ、オヤジ。今日はあんたのところで飲むって決めてたんだ。無理にでも空け続けてもらわなきゃ、来た甲斐が無い」
そう言うと、出入り口から入ってきた馴れ馴れしい口調の男はカウンターの側に連なって立っている椅子に腰掛けた。
男は間違いなく人間ではなかった。
流れるような銀髪の髪。藍色の瞳。不敵な笑みを浮かべる整った顔。
と、ここまでは人間だ。しかし、無機質かつ特徴ある形をしたヘルメット。金属光沢を放つ薄い青紫を貴重とした鎧に人間のものとは思えぬ無骨な指関節。
人間とは言うよりは、人間の顔を持つロボットといったほうが正しい。
「…ダイナモか。しょうがねえな。あと、3時間だけだぞ」
「悪いね♪」
 申し訳なさそうにそう言いつつも、ダイナモと呼ばれたロボット…いや、この世界で言う人間に最も近いロボット「レプリロイド」の不敵な笑みは崩れない。
片付けをしていたアルフレッドの手が止まり、その足はカウンターに向かった。
「何にする。今のところ俺の店に無い酒はざっと10桁ぐらいしかないぜ」
 自信満々にアルフレッドが言う。だが、
「相変わらず物持ちがいいね、オヤジ。その収集癖なくさないと、何時かこの酒場つぶれちまうよ?」
「うるせえ。叩き出されてえのか」
 軽いジョークで流したつもりのダイナモに、アルフレッドの鋭い眼光が今度はダイナモに向けられる。
「勘弁、勘弁。さっきの連中みたいに追い出されたらたまったもんじゃないよ」
「見てたのか」
「ちょっとばかしね♪」
「下らねえところを見せちまったな」
「いつもの事だ。別に幻滅するわけでもねえから安心してくれ」
「ちっ…相変わらず、一人前に減らず口叩きやがって。それで、何にするんだよ」
「ジンのストレートだ。頼むぜ♪」
「おう」
ダイナモのオーダーをぶっきらぼうに受けるとアルフレッドはそのままカウンターの奥にある倉庫へと姿を消していった。
店内にいやに静かな空気が流れる。
「相変わらず、ね…そりゃ、こっちの台詞だ」
誰に聞かせるというわけでもなく、一人呟くダイナモ。
と、その時だった。

カラン カラン…

先程、ダイナモが店に入ってきたときのように出入り口の鐘が店内に鳴り響く。
入ってきたのはブルーのドレスを身にまとった金髪の女だった。
「あら、ダイナモ。久しぶりじゃないか、今日はマスターをからかいに来たのかい」
笑みを浮かべて、美麗なソプラノボイスでダイナモに声をかけたその女は、ダイナモの隣の席に腰掛けた。
彼女もまた人間ではない。
ダイナモよりもさらに人間に近い姿を持っているが、人間でいう両耳の位置に受信機のようなものが接着していることから、それが明らかだった。
「そうじゃねぇよ。今日は純粋に飲みに来ただけだ。それよりも、まだこんな時間に仕事引き上げてもいいのか? ジュディ」
「今日はろくな奴がいなかったからね。それに、なんとなく飲みたい気分になったのさ」
ジュディと呼ばれた女性型レプリロイドはそう答えた。
彼女の職業は娼婦。己の美貌で男を釣り、男の生理欲を満たし、大金を巻き上げるこの仕事は、彼女にとって割りもよく、誇りを持てる仕事である。だが、彼女の場合、彼女自身の判断で客を決めるために、このような暇が出来てしまう日も珍しくは無かった。
「なんとなく、ね。じゃあ、今夜はオレの相手でも…」
「あんたのテクじゃまだ十年早いよ」
さらりと拒否するジュディ。
だが、ダイナモはそんなことで引き下がるわけが無い。
「言ってくれるじゃねぇか。今のオレはアンタに初めて出会った頃のオレじゃないぜ。間違いなく、アンタを天国にイカせ続ける自信がある」
「ふうん。じゃあ、ダイナモみたいな軽い男じゃ気分が乗らない…ってのは理由にならないかい?」
悪戯をした子供のように無邪気にジュディが笑った。
その一言にダイナモが頭を抱える。
「…痛い事、平気で言ってくれるぜ。オレの取り柄でもあるんだぜ、そりゃあ…」
「たしかにね。でも、私が一晩抱かれたい男の条件はもっと無骨で、ハンサムで、金持ってそうで、30代から40代くらいような男じゃないと駄目なんだよ。」
「嫌になるくらい多すぎる注文だな」
 軽い冗談を聴いているかのようにダイナモが微笑む。だが、
「そうかい? 結構、いるもんだよ。私の注文に適う男」
「マジかよ…それ」
ジュディのまじめな答えに、まさかと言わんばかりにダイナモの顔に驚きの色が見えた。丁度、その時だった。
「待たせたな」
倉庫の扉から薄く埃をかぶっているアルフレッドが現れた。
手には琥珀色の液体の入ったビンが握られている。
「待ってました♪」
「なんだ、ジュディも来てたのかよ。久しぶりだな、この面子がそろうのも」
懐かしいものでも見るかのようにアルフレッドが目を細める。
ジュディもアルフレッド同様、まるで思い出の1ページを見直しているかのように薄く笑った。
「たしかにね。3年ぶり、ってとこかしら。」
「ダイナモをさっさと追い出して、店を閉めようかと思ったんだが…まあ、いいさ。お前も飲んでくんだろ。何にする?」
「ひでぇな、オヤジ…」
「ウィスキーでいいよ。あと、ロックでね」
「わかった」
アルフレッドは手際よくビンの蓋を外し、グラスに注ぐとダイナモに手渡す。
注がれたジンはアルフレッドとジュディの思い浮かべている情景のように懐かしい琥珀色の光を見せていた。
「ほらよ」
「サンキュー♪」
続いて、アルフレッドはカウンターの片隅に山のように置いてあったビンの中から、割と大きさが小さ目のビンを一つ取った。そして、蓋を空け、氷山のような形をしている氷が入っているグラスに中身を注ぐ。
「ほらよ」
「ありがとね」
 ぶっきらぼうなアルフレッドの手渡し方に、ダイナモと違ってジュディは誠意を込めて礼を言う。
そして、ジュディにウィスキーを手渡した後は、さらにビン小山の中からこれまた二人の注文した酒の入っているビンとは違うビンを取り出すと、アルフレッドは蓋を外して、グラスに注いだ。
グラスに注がれた液体は今度は琥珀色ではなく、透明色の物だった。
「なんだそりゃ?」
「東洋の酒でな、「ショウチュウ」って言うんだよ。オレは、この酒が一番性に合ってる」
「結構、アルコール度が高いんでしょ? 年なのに大丈夫?」
「年のことは言うんじゃねぇ。酒が不味くなる」
「はい、はい」
アルフレッドの怒りを察したのか、ジュディは宥める様に言った。
「しかし、3年か…最近、ますます時間が早く流れるのを実感しちまうな」
「そういうもんか?オレは別に充実した3年だったけどよ」
「私達にはわかんないわよ、ダイナモ。…マスターは流れる時間の中で生きてんだから、そう思うのも無理ないのよ」
「流れる時間か。確かにオレ達にゃ、一生関係ない話だな」
ジュディの言葉にダイナモが退屈そうに吐き捨てる。
だが、アルフレッドの口から出たものはそれとは違うものだった。
「そうでもねえさ。お前達がレプリロイドであろうが人間であろうが、必ず終わりの時が誰にでも等しくやってくる。ただ単に、レプリロイドと人間じゃ終わりの来る時間が違うだけだ」
「時間が違うって言っても、その差は大きすぎるぜ」
「いずれわかるさ。お前達のその身体が寿命に近づいたらな。そんなもんだ」
「へぇ…」
ダイナモが半分だけ感心したように言った。そして、何時の間にか、グラスの中に入っていたダイナモのジンはからっぽになっている。
そして、そこでアルフレッドが何か思い当たったような顔を見せた。
「そういえば、ダイナモ。1週間ぐらい前にお前を訪ねて、ここにやってきた一人の男がいたぜ。」
 それを聴いて、ダイナモが怪訝な表情を浮かべる。
「ん?…最近受けた仕事の中じゃ、そんな話は無かったけどな。そいつの特徴は」
「背は高かったと思うぜ、ざっと見た感じだと2m以上はある。それと、間違いなくレプリロイドだった。あんなにでかい手をしてる上に、動くたびにわずかな金属音を立てる人間がいるか?」
「顔の特徴とかは? 悪人面だとか、鷲鼻だとか」
「私もマスターと一緒にそいつを見たけど、でっかいマントだかローブだか被ってたから、結局、顔が見えなかったよ」
「何か言ってたか?」
「2週間後にレプリロイド総合研究所「ホワイトブレイン」の前で待つと伝えろ、とは言われたがな、待ち合わせ時間も指定せず、契約金についても言わなかった。たったそれだけだ。オレの勘が正しけりゃ、ああいう奴には手を出さない事を進めるぜ。やばい匂いがぷんぷんしやがる」
「へっ…そいつは、面白そうだな。」
そう言うとダイナモは口元を曲げて笑みを浮かべる。
「本気かよ、ダイナモ。悪いことはいわねぇ、止めときな。」
「面白そうなことには首を突っ込みたがる主義でね。オヤジに何と言われようが、オレの興味に火を着けた以上、放っとく訳にはいかねぇよ。」
そう言うと、からっぽになっていたグラスがダイナモの手からカウンターの上に置かれた。
「ごっそさん。美味かったぜ」
「もう、行っちまうのか?」
「そうよ。もっと飲んでいけば?時間だって、まだあるし」
「わりぃな。3人でゆっくり飲むのはまた今度ってことにしてくれ。じゃあな」
その言葉を最後にダイナモは酒場から出て行った。
残されたアルフレッドとジュディの間に沈黙が流れる。
「行っちゃったわね〜 どうすんのかしら?」
「分からねぇさ、アイツ自信の決めることだ。オレ達の出る幕じゃねぇってことぐらいなら、分かる」
「とことん自分勝手よね」
「アイツの自由を妨げる訳にもいかねぇだろう。…もっと、飲むか?」
 そう言ってウィスキーの入ったビンをジュディに差し出すアルフレッド。
「遠慮しとくわ。…それよりもアルフレッド、今夜、私と一緒に寝ない?」

 ブッ!

 アルフレッドの口から、勢いよく酒が噴き出された。
「こんな爺相手に何言ってんだ」
「そんなことないわよ…こんなに魅力的な身体してるし…昔はよくやってたでしょ? このまま一人で夜を過ごすのももったいないわ」
そう言うと妖艶な手つきで、アルフレッドの今だに残っている隆起した筋肉を肩から胸、そして胸から腹へと撫でる。
だが、次の瞬間にその手は軽くアルフレッドに払われた。
「勘弁してくれ。オレは疲れてるんだ。また今度、体力があったら、ゆっくり相手してやるよ。」
そういい残すとアルフレッドもグラスをカウンターにおいて木屑の片付けを再開した。
カウンターに一人残っているのはジュディだけだ。
「…やっぱ、ダイナモの誘い、受けとくべきだったわ」
 最後にジュディは寂しそうにそう呟くと、自棄酒を煽るかのようにウィスキーをついで、ぐいっと一気に飲み干した。


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