今はただその跡をなぞるだけでも
そっとそっと。
重なるように。
けれど何の気もないふうをよそおって。
窓の手すりに手を置く。
冷たいはずの金属製の手すりは少し温かく感じられた。
差し込む西日が当たり続けていたからだろうか。
それとも、先ほどまで手を置いていた貴方の名残なんだろうか。
窓の外には見慣れた景色。
校舎と校庭の間を区切るようにして、四本の銀杏の木が等間隔に並んでいる。
沈む日に、四つの影は校舎に向かって届きそうなほど長く伸びていた。
「ファイトぉー!」
球が打たれる少し乾いた音とともに、テニスコートのある方向から、女子生徒達の声が聞こえてくる。
独特のイントネーション。
部活特有の掛け声。
校庭にはさっきからずっと、トラックを走り続けている一団がいる。
あれは確かバスケ部のジャージだったろうか。
そんなことをぼんやりと思う。
余りにも当たり前な、毎日のように繰り返される風景。
でも――今だけは特別になっていた。
ここに、貴方がいたから。
ほんの少し前。
貴方が見ていた景色。聞いていた音。
それを思うだけで、なんてことはない日常が鮮やかに色を変える。
世界を変えるなんて事は誰にも出来ないようでいて、その実たった一人の人間がやってのけてたりするんだ。
ただ知らないだけで。
俺の世界は貴方によってこんなにも変化する。
こんなにも貴方が、変えてしまう。
胸がしくりと痛みを覚える。
ここで貴方は何を思ってたんだろう。
分かるわけもない。
近づくわけじゃないけれど。
それでも同じ場所に立って、同じ所に手を置いて。
同じ風景を目に移して。
ほんの少し満たされる自分がいるのも確かだから。
「嬉しいとも思うんだ…。」
自嘲でもなく、言い聞かせるでもなく。
ただ言葉は零れ落ちた。
そうして触れた時と同じように。
そっと、静かに手を離す。
いつか、本当に同じ目線で世界を見られるといい。
貴方の隣に立てるといい。
そんな風に強く強く願いながら。
夕日はただ一心に、全てを同じ色に染めている。
校舎も校庭も銀杏も…どこが境なのかもう分からないほどに。
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あとがき
両思いで幸せな譲も良いけど、私は片思いに胸を痛める譲がより好きです。
(良い意味で)センチメンタルな雰囲気を全面に押し出せる人だと思うので。
このお話の時間軸はゲーム本編前。この後間もなく3人は時空を超えて、
やがて譲ルートへ繋がっていく…と考えることもできます。
当サイトにしては珍しく、少し恋のカホリが漂うSSとなりました。
不破(07.9.05up)