今は昔、平惟盛という公達がおりました。
この公達、その美しさから“かぐや姫”とも呼ばれる望美姫へ先日プロポーズしたのですが、何せ美しいと評判の姫君、数多のライバルがおりました。
中でも清盛・時子の竹取の翁夫妻の厳しい審査をくぐりぬけ、最終選考まで残った六人の求婚者達は、いずれも容姿、教養、身分…と惟盛に負けず劣らず具えており、姫も「誰にしようか迷う〜」という状態でした。
そこで姫は六人の求婚者達それぞれに、達成するのが困難な課題を出し、それを見事成し遂げた者と結婚すると告げたのです。
そうすることによって姫は――どんな困難を前にしても諦めず立ち向かうのかどうか――それぞれの公達の自分に対する想いの深さを測ろうとしたのです。
課題を出された六人の公達の反応は、各人の個性を反映して実に様々でした。
「クッ…面倒、だな。」
そう言うなり知盛は、ごろんと寝転がると、眠り始めました。
早くも一人脱落。
「待っていてください十六夜の君!すぐにもその課題、成し遂げてみせましょう!この重衡、貴方のためならたとえ火の中水の中−!十六夜の君ぃ―――っ!!」
重衡は姫への想いが先走りすぎて、望美姫がかぐや姫であるという設定も無視して立ち上がりそう叫ぶと、話もそこそこに飛び出して行きました。
「おー。それはそれで面白そうだな。よし!そんじゃま、テキトーにやるか。」
至ってマイペースな将臣。
「大丈夫だ敦盛。我らが力を合わせれば、どんな難事とて乗り越えられよう。」
「はい兄上。」
お互いライバルのはずなのに、何故か協力して事を進めようとする経正、敦盛兄弟。
「フ…そのような課題など私には容易いことです。私とこの者達とでは、どれほど実力が違うかご覧に入れてさしあげましょう。」
そう高らかに宣言する惟盛。
こうして、すでに五人となった求婚者達は望美姫の出した条件に応えるべく、各々旅立って行ったのです。
惟盛に出された課題は火鼠の皮衣を持ってくるというものでした。
火鼠の皮衣とは、火にくべても燃えることがないという世にも不思議な珍宝のことです。
火属性の惟盛にはなんだかヤな感じの難題です
しかし惟盛はそれでもめげずに難題に立ち向かいます。
こうして惟盛は火鼠の皮衣を手に入れるべく、火鼠がいるという筑紫へやってきました。
この間、重衡は断崖絶壁にある燕の子安貝を採ろうとして転落、そのショックで記憶喪失になっていたり、将臣は困窮している村を通りかかったところ、事情を聞いてほっとけなくなり、課題そっちのけで村を助けようと奮闘していたり、経正は道中突然起こった敦盛の持病の発作の看病に追われて課題どころではなくなっていたりといろんなことがあったのですが、これはあくまで惟盛メインのお話のため、ここでは語りません。
決して楽しくてつい他のキャラまで妄想を膨らませたは良いものの、これを全部書くとなると面倒だなと思ったとかそういうわけではありません。
さて話を戻しますと、惟盛は火鼠の皮衣を手に入れるべく、火鼠がいるという筑紫へやってきました。
火鼠は鼠といっても、その体長は人の背丈ほどもあり、獰猛で人を見ればすぐに襲いかかってくると噂の妖物でした。
皮衣を手に入れるには、その恐ろしい妖物と向かい合い、これを見事討ち取らなければなりません。
なんて恐ろしい試練なのでしょう!
「全く…この私に妖物退治だなんて泥臭いことをやってこいとは!望美姫は私を西洋で言うところの“へらくれす“なる者と勘違いしていらっしゃるんじゃないでしょうね?」
惟盛は本来の惟盛が知るはずもない、遠い遠い国に伝わる英雄のお話を引き合いに出して愚痴りながら、いよいよ火鼠が棲むという洞穴の前までやってきました。
そして惟盛が中の様子を伺おうとすると、折良く中から人の背丈程もある大きな鼠が姿を現したのです。
チャンス――!
先手必勝こそが美しい!とばかりに惟盛は、さっと矢をつがえます。
火鼠相手に大立ち回りなどという無粋な真似は決してしたくない惟盛なのです。
そして――射掛けようと弦をしぼって対峙したその時――!
延喜九年(九○九)長月二廿六日、未の刻。
歴史が動きました――(※N●K某番組風)かどうかはともかくとして、ついにお目当ての火鼠と対峙したその時です。
まず目についたのは、手入れされた馬と言えどもこうはいかないという程の、頬ずりしたくなるような、灰色のつやつやとした毛並み。
そのまん丸な黒目たるや、きゅるんっと可愛く潤んでキラっキラ。中にはお星さままで見えるようではありませんか。
そのおめめがこちらを不思議そうにじーーーっと見ています。
30°ほど小首を傾けながら無邪気に見つめる様は、人を惑わす天然子悪魔の風情。
恐ろしい獣と思っていた火鼠は、その体こそ普通の鼠とは比べ物にならないほど大きいものの、どっかの企業のイメージキャラクターを務められる程の愛くるしさに満ちていました。
きゅうぅんっ
「な、な、なんて…!なんて愛らしいのでしょうーーーーっ!!?」
火鼠は、一瞬にして惟盛の心を奪ってしまいました。
「私の胸をこれほどまでにきゅうぅんっとさせるなんて!しかしそれも仕方ありません。かつてこれほどまでに可愛らしいものを見たことがありましょうか!?いいえ、ありません!」
惟盛は興奮の余り弓をその辺に投げ捨てると、誰にも聞かれていないのに一人で喋り出しました。
供人たちはそんな惟盛を呆然と見ています。
周りが全く見えていない惟盛のこの行動こそは、まさしく惟盛が火鼠のことしか考えていない証。
そう、今惟盛の胸には、恋にも似た火鼠への思いが駆け巡っているのです。
「で、できない…!私にはできない!天地神明に誓ってこのように可愛い生き物を傷つけるなどできないっっ!!」
そう言えば、火鼠の皮衣を得るためには今目の前にいる火鼠を退治しなければなりませんでした。
「このように愛くるしい生き物が悪さをするはずがありません。いいえ、例えそうだとしても私には、己の利益のためにこのものを殺めるなどという恐ろしいことは出来ません。むしろ…そう、むしろこのものを我が家に連れ帰り、愛で続けましょう。そうすればあのフカフカの毛に頬ずりするのも、肉球ぷにぷにも全て私のもの!望美姫には申し訳ありませんが、私は望美姫よりも心動かされる存在に出会ってしまった…。この想いを誤魔化すことはできません。姫には他に求婚者達もいることですし、私は辞退申しあげるということに致しましょう。」
惟盛は一人でちゃっちゃか話を進めて納得すると、ウッキウキで帰途についたのでした。
こうして惟盛は皮衣を持って帰るどころか、火鼠ごと家に連れ帰り、“鉄鼠”と名づけ、それはそれは可愛がって一人と一匹、今も楽しく暮らしているそうです。
姫と結婚することは諦めた惟盛ですが、現在の暮らしにその心は大層満ち足りているそうでございます。
「ああ私の可愛い鉄鼠…。なんて綺麗な毛並みなのでしょう。この世界でお前以上に私の心をとらえて離さないものはいませんよ。」
本当にお幸せそうですこと。
結局、望美姫の元に五人の求婚者達は一人も戻っては来ませんでしたが、皆さまどうかご安心を。
この後、姫の元には大本命の帝や月からの迎えだってやってくるのです。
それに…姫は「これからは女も外に出る時代よ!」と言って諸国行脚の旅に出て、行く先々で仲間にした七人のイケメンと共に世を正していると…私が聞いた噂の一つにはそんなものもございました。いずれにせよ姫もまた、幸せに暮らしていることでしょう。
おまけ
惟盛が鉄鼠との幸せライフをエンジョイしているそのころ――知盛は。
「……………………………。」
まだ寝てた。
これが後に「三年寝チモリ」の異名をとることになる伝説の幕開けになろうとは、まだ誰も知らない。
そのころの将臣。
「よーしお前ら。そんじゃこれから畑作り始めるぞー。まず地面の中にある邪魔な岩や木の根を取り除く。それから…」
畑作ってた。
その後彼は傾いていた村を見事復興し、村を救った英雄として迎えられる。
その功績は三百年後まで村人たちの間で延々と語り継がれたというのは、また別のお話。
そのころの重衡。
「ここはどこだ…。私は一体誰なのだ?」
流れ流れて奥州に着いてた。
この直後、重衡は平泉の若き総領との出会いを果たし、その名も銀と名乗ることとなる。けれどこれもまた、別のお話。
そのころの経正と敦盛。
「敦盛や。ああ敦盛や敦盛や。身体の方はもう大丈夫かい?」
「はい兄上。ご心配をおかけしました。」
「お前はか弱い上に可愛いから無理をしてはいけないよ。」
「はい兄上。」
「もし万一私の居ないときに“すいこ変身危機一髪!“の発作が起きたら、笛を一吹きしなさい。私がすぐにも飛んで行こう。」
「はい兄上。」
なんかまあとにかく兄弟仲良くしてた。
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あとがき
書いていてとてつもなく楽しかったです。やりすぎました、ごめんなさい。
今までとまるで雰囲気の違うSSとなりました。これをご覧になった方がどんな反応
されるのか、(いろんな意味で)気になって仕方ありません。
妄想だだもれ、なんでもありのパロディandパラレル話。
惟盛以外の各キャラのサイドストーリーをあれこれ考えるのがまた楽しくって。
大本命の帝は私の脳内妄想ではまんま安徳帝です。(あくまで平家キャスティング。)
壺に入った不死の薬とは水飴で、帝は大好きなお菓子をかぐや姫からもらって大喜び。
帝は本当は自分一人でそれを食べたいんだけど、かぐや姫には「一緒に食べないか?」
と言ったりして。それが帝精一杯の愛情表現だったら可愛いななんて妄想。
そしてかぐや姫を迎えに来る天の使いは白龍。(使いというか神様本人。)
「私の……神子。」とか言って。(※神子ではなくかぐや姫です)
他にもいろいろあるんですが書ききれません。
ご覧になった方も好きにサイドストーリー等を考えて楽しんでくださったら嬉しいです。
途中に出てきた年号はでたらめです。
一応『竹取物語』の世界なのでそこに近い年号としましたが、そもそも竹取の成立年が
未だ分かっていないのでなんとも…ただあの某番組ネタがやりたかっただけなので、
深くは考えないで下さるとありがたいです。
こうした古典作品からのパロディは、思いついたらまたぜひやりたいです。
…楽しすぎてあとがきまで長くなりました。
不破(07.9.30up)