突き刺すような日差しに目が眩む。
浜の真砂はその光を反して白々と輝き、花々は競い合うかの様に鮮やかに咲き誇り、互いの色を焼きつける。
ここは名を知る人もいない南の島。
その浜辺に言仁(ときひと)は立っていた。
眼前には抜けるような空と海がどこまでも続いている。
その景色は言仁にいつも一人の青年を思い出させる。
この空と海の青を宿した髪と目をした青年。
還内府と呼ばれ、滅亡へ向かう平家をこの島へと落ち延びさせて救ってくれた。
そして彼はそれを見届けると、「待ってる奴がいるから」と言って、一人元の世界へ帰っていった。
淋しくはあった。
慣れぬ島暮らしは心細くもあった。
けれどこれ以上彼を引き止めてはいけなかった。
もう彼は充分すぎるほど平家のために尽くしてくれたのだから。
――あれから十年、言仁は彼がこの世界に来た年齢と同じ十七歳になっていた。
背は見違えるほどに伸びて、大好きな祖母曰く、「重衡殿と同じくらい」。
すらりとした体には程よく筋肉がついて、南国特有の強い日差しを受けて
よく焼けた肌がまた、精悍さを感じさせる。
どれも皆島暮らしの賜物だ。
島では畑仕事もすれば漁にも出る。
住む家を建てるのだって一から全て皆でやるのだ。
もともとの活発な気性もあって、言仁は力仕事が嫌いではなかった。
暮らし始めた当初こそ帝の手を煩わせてはと遠ざけられたが、今はそんなこともない。
ここではもうそんなことは関係ないのだから。
進んで手伝ううちにどんどん必要なことを覚えていった。
中でも言仁の自慢は素潜り。
魚はもちろん、貝や雲丹…
調子の良い日は両手いっぱいの収穫を抱えて帰ることもあるほどだ。
そんな日はいつもより少しばかり豪勢な椀が並ぶ。
その時の皆の嬉しそうな顔を見るのがまた、楽しい。
そんな言仁だから殊更、一門の中でもしょっちゅう動き回っている。
日々、小さい生傷は絶えない。
昔の暮らしでは考えられないことだ。
ちょっと転んだだけでも乳母達は大慌てだった。
何かの呪がかけられたのではないか、あるいは物の怪の仕業かとあれこれ心配し、
加持僧が呼ばれたこともある。
擦りむいた箇所に少しでも血がにじもうものなら薬師も共に。
大丈夫だといっても「玉体に万一のことがあっては」と聞き入れてはもらえなかった。
それで大した怪我もないのにどれだけ大嫌いな薬湯を飲んだことか。
思い出して苦い顔になる。
けれど、己がどれだけ恵まれていたか今なら分かる。
薬などこの島ではまず手に入らない。
それまで食べ物に困ったことも着るものに困ったこともなかった。
都落ちの最中でさえ、言仁には不自由させないようにとの配慮が十分になされていた。
それはどれだけの辛苦を伴ったのか――
そう思うと言仁の心には今更ながらに申し訳なさと感謝の念が浮かんでくるのだった。
幼い己は何も知らず、全て当たり前にあるものだと思っていた。
けれどこの島で衣一枚、食べ物一つ得るのにどれだけの労力が必要なのかを知った。
ここには大好きな唐菓子も絵巻物も、目を見張るように美しい細工物や綾衣もない。
それでも、それでも今のこの暮らしがとても楽しいと言仁は思っていた。
大切な人達が失われていくのを見るのはもうたくさんだったから。
追われることのない日々。
戦のない日々。
明日の不安が消えたわけではないけれど、
それでも漠然と明日も皆が生きて互いに笑っている姿が思い浮かぶ――そんな日々が今、言仁の周りには在るのだ。
衣がなくても菓子がなくても…心は満ち足りていた。
この素晴らしい毎日をもたらしてくれたのが今の己とそう年の変わらない人だったのだと思うと、
誇らしいような、悔しいような気持ちになる。
この空のように、この海のように、大きな大きな人だ。
あと四年ばかり。
それは彼がこの世界に現れ、そして元の世界へ帰るまでの時間。
彼のようになれるだろうか。
その日が早く来て欲しいとも、来るのが怖いとも思う。
楽しみで、けれどとても不安で、時に焦りに胸をかきむしりたくもなるけれど、
それでもやはり胸には期待が満ちていて。
口元に笑みが浮かんでくるのを感じる。
わくわくする。
「言仁殿ー!そろそろ昼時ですー!皆様お待ちでいらっしゃいますー!」
一門の男が昼餉の知らせにやってくる。
「ああ、わざわざ知らせに来てくれたのか。」
一人ごちて、言仁はやってくる男に笑顔を向けた。
その笑顔はどこか、平家をこの島に導いた青年の笑みを思わせた。
そして大きな声で晴れやかに告げる。
かつて、あの青年がよく使っていた言葉と共に。
「さんきゅう!今行く!」
還内府と呼ばれたその青年は、平家にたくさんのものを残していった。
これはそのほんの一つ。
きっと、今日も、明日も、ずっと…受け継がれ、生き続けてゆくのだろう。
言仁は知らせに来た男と連れだって帰っていく。
皆が笑って待つ場所へ。
空と海は果てなく、どこまでも穏やかに言仁達を包んでいた。
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あとがき
一応、将臣十六夜ENDから十年後設定ですが、それだと
惟盛、清盛…とこの南の島にはいないことになってしまって
悲しいので、皆生きて(?)いて一緒に暮らしていると考える
のも良いんじゃないでしょうか。
(というか個人的には生きていて欲しいのです、本当は/泣)
幼い安徳帝は、未来と可能性を感じさせてくれます。
そのせいか、私には南の島で暮らし、新たな道を行く
平家の象徴のように思えるのです。
失ったものは戻らないけれど、それでも新しく築いていけるものはあります。
だから安徳帝にはへこたれず、笑顔で元気でいて欲しい。
この子が健やかなら平家も健やか、そんな気がします。
南の島で暮らす平家のその後が、
少しでも幸多いものであることを願って書きました。
不破 (07.9.08up)