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三人寄れば、笑い声




福原の偵察から帰ってきた弁慶は、梶原邸で九郎と景時に対面していた。
「…それで、僕がいない間そちらでは何かありませんでしたか?」
一通りの報告を済ませ、不在の間の変事を九郎に尋ねると――そこで変事は起こった。
「ああ、特に…いや、神泉苑で…」
「?何かあったのですか?九郎」
「…いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ。こちらは特に何もなかった」
九郎の様子がどうにもおかしい。
はっきりと物事を言う男にしては、やけに歯切れが悪い反応を訝しく思っていると、隣からすぐに明るい声が割り込んできた。
「またまた九郎ってば〜。神泉苑では大変だったじゃない」
「おや、やはり何かあったんですか?そういえば先ほど、九郎も神泉苑と口にしていたようですが…」
「景時!」
慌てる九郎と楽しそうな景時。
これは確実に何かがあったなと思いながらも、弁慶は肩の力を抜いた。
この二人の調子なら、悪いことではないだろう。それどころか、面白いことのようだと察しがつく。
「いいじゃない九郎。あれだけの人の前で言ったんだもの、どうせすぐに弁慶の耳にも入っちゃうよ。それに、九郎のあの機転で望美ちゃんも助かったんだし」
「だが…」
言い募る九郎をまぁまぁと軽い調子でなだめると、景時は神泉苑での出来事を嬉々として話し始めるのだった。


「九郎が珍しく口を濁すものだから、僕はまた、良くないことでも起きていたのかと思いましたよ」
「い、いや、それはだな…」
少し大げさに溜め息をついてみせると、九郎はバツの悪そうな顔をしてまた口ごもった。
景時が臨場感たっぷりに話してくれたおかげで、脳裏には神泉苑での出来事がありありと思い浮かんでいる。
九郎はさぞ颯爽と望美を助けたことだろう。
そして同時に、道理で九郎が話すのを渋ったはずだ、と得心した。
この真面目な男は武芸一辺倒で来たせいか、昔から色恋事にはとんと疎い。
自分が絡んだその手の話題になると、いつも軍で凛々しく指揮を執っている姿はどこへやら、途端にしどろもどろになるのだ。
二十二歳の青年の、素の表情がそこにあった。
「要するに、九郎は照れていたんですね」
「あはは…。まぁ九郎が照れちゃう気持ちも分かるよ。あれだけ大勢の人の前で、「俺の許嫁だー!」なーんて、宣言しちゃったわけなんだからさ」
にっこり、という表現がぴったりくるような笑みを浮かべて、弁慶は九郎が誤魔化そうとしている核心をついた。わざとだ。
景時は身振り手振りも大げさに、ことさら「俺の許嫁だー!」のところで声を高く話してみせる。これもわざとだ。
「て、照れてなどいない!俺はただ、事情がどうあれ、あまりこういったことを話してはあいつに迷惑がかかるだろうと思っただけだ」
二人の目論見は見事に成功。
九郎はさらに顔を赤くすると、鎌倉殿に申し開きをする際のような真剣さで、今さらに説明してみせた。
源氏の神子として望美の力が必要であること。
だから後白河法皇様といえど、望美を渡すわけにはいかなかったこと。
そして法皇様の手前、自分の許嫁とでも言わなければ、決して諦めてはくれなかっただろうこと。
必死になって話す九郎は、自ら墓穴を掘っていることに全く気が付かない。
言えば言うほど、この二人を面白がらせるだけだというのに。
「それにしても…九郎はずいぶんと望美さんのことを気に入ってるんですね」
「無理ないよ〜。望美ちゃん、気立てが良いもの。何より一生懸命で見てて応援したくなるっていうか」
「そうですね。方便とはいえそんな素敵な女性を許嫁だなんて…ふふ、少し九郎に妬いてしまいそうですよ」
九郎の弁解などどこ吹く風。さらりと聞き流して、源氏の軍師と軍奉行の共同作戦は相も変わらず続行中。
標的となった九郎は抵抗も虚しく首まで真っ赤に染めると、この話題を打ち切るべく、とうとう叫んだ。
「ふ、二人とも、もういいだろうその話は!いい加減にしないと怒るぞ…!」
躍起になる九郎を囲み、邸内には楽しげな笑い声が溢れた。

翌日、さんざん弁慶と景時にからかわれた九郎は、望美に会うと思わず顔を赤らめてしまった。
それを見ていた二人にまた良い様に遊ばれたことは、言うまでもない。
九郎の形勢不利の状況はまだまだ続きそうだ。





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            あとがき
            九郎の許婚ルートだと弁慶が偵察でいなくなってしまうのを、弁慶ファンの友人が
            この世の終わりのように嘆いていたので、二章と三章の幕間話として作ってみました。
            ひたすらじゃれつく源氏トリオ。この三人の組み合わせが大好きです。
            やがて、望美と思いを通わせた九郎を弁慶と景時がまたからかったところ、
            開き直った九郎に堂々とノロケられるという逆落とし並の奇襲を喰らって
            返り討ちにあっていると良いと思います。
                                                    不破(10.11.09up)