椎茸との和解
好き嫌いというやつは成長するにしたがいどんどこ変わっていく。

昔、椎茸が嫌いだった。
今こんなに美味くて、干したやつなんかは料理に欠かせないくらいなのに
なぜあの頃嫌いだったのか。
まぁまず見た目だった。
なんか地味っ茶色くて、汚れてるようで、裏を返せば虫のようなひだひだがあって、
油断すると動き出しそうな怪しい感じだったんだろう。
そう思っちゃうともう先入観で
ちゃんと味わうこともなく、ちょこっと食べておえっまずってことになる。

ところがいつの頃からか食えるようになった。
見かけるたび、ちょっと口にする機会のあるたびに
もしかして美味いの?となってくる。
で、美味かった。味が理解できたわけだ。

ところで。
前に「不味い」と感じていた頃のわたくしは
今のわたくしに否定されてどこかへ行ってしまったわけだが。

食べ物だけでなく
音楽や趣味や思想や基準も椎茸と同じであり。
過去の自分を否定するのがさほど苦ではないわたくしはいつも
「今こう思ってるけど実はこうかもしれないよなー」とゆー問いかけを
なにげにやってる。

それっていうのは
柔軟であっていいのか、
優柔不断であって悪いのか。

うーん、どっちでもいいや。
いろんなものと和解できれば。
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