何がどうした
人は 「何がどうしたか」 が大好きだ。

「ちょっと○○って□□だったんだって」
「まじで〜!」
「ねぇ△△ってすごく▽▽らしいよー」
「そーなんだ〜」
「朝のニュースです。今朝××で○○が□□し、警察が…」
「ちょっと××で○○が□□だってよ!」

ヨークベニマルでカップめんが75円だってよ…。

…「何」が「どう」したか。これ情報の基本中の基本である。
新聞の見出しなんかも大抵コレ。
「東京地検、捜査へ」 「女優□□離婚」とかね。

5だぶりゅー1えっち とゆーちょっと複雑なパターンもあるが
「何」が「どう」かのストレートなインパクトには太刀打ちできない。
そのへん特に顕著なのがご存知のアレである。

「ヨーグルト」が「体」にいい
「バナナ」は「健康」にいい
「アミノ酸」は「脂肪燃焼」だ (ぁ?)

テレビ番組が
「ヨーグルトのどんな成分がどうなるからどういうふうに体にいいのか」を
順を追ってきっちり説明したとしても、
その途中経過は奥様たちに忘れ去られ
「…だから、ヨーグルトはいい」
という最後の部分だけがしっかりインプットされる。
情報を聞き取る奥様には
「何」が「どう」だ、という事実がいちばん重要だからである。

恐るべし「何」が「どう」!

というか世の中全て「何がどうした」でまわってるんだが。
「何がどうした」がもし生き物だったら
世界はきっとかれらの手に落ちていることだらう。
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