中津町地図(現中津市)

古書を集めに神田の古書店に行くうちに古い地図を見つけました。
自分の育った町なので、つい買ってしまいました。

ご意見ご希望は城下町中津の掲示板にどうぞ

大正7年発行の地図。
但し山国橋が記載ないなど大正というより明治期のものらしい。


中津市 中津町 地図
 
注1)鉄道はあるが山国橋が現在の位置に無い、山国橋は明治37年に架橋されたので地図はこれ以前のものとも推定できる。
山国橋の歴史は「国土交通省の道の歴史探訪」をご覧ください。
九州の橋「山国橋」にも写真と解説があります。
なお山国橋は昭和9年に架け替えられた、橋脚を海側に継ぎ足し、上部をコンクリート舗装にした。
架け替え直後の写真と思われるものはこちらに
橋脚部にアーチ状の穴が開いている部分は福岡県側を意味するらしい(写真集中津より)。
注2)小学校が殿町 郡役所が京町1丁目の位置にある、殿町小学校は南部小学校の前身で明治43年4月現在地に。
注3)高等小学校が片端町の旧市役所の位置にある。
この位置は旧藩時代の藩校「進脩館」の跡です
この地で高等小学校は廃校後 現中津北高が明治43年に創立されているので、時代はそれ以前。
総合すると明治30年代後半〜明治末の現況らしい。


大正10年発行の中津町地図の一部です。
但し実際の時期は明確ではない、恐らく大正初期のものと思われる。

 中津市 中津町 地図



  
大正16年(昭和元年)発行の中津町地図です。
古書店で売られているのを発見、購入しました。大正10年版と比べて大きな違いは無いようです。


大正10年版は角度を調整してあるが、この地図は原図のままです。

原図は同じ大きさですが、この図は縮小してあります。

中津商業学校の位置が北部尋常高等小学校
の隣に書いてある。




注1)南部尋常高等小学校が現在位置にある。
北部尋常小学校が現在地に、さらに大江尋常高等小学校が存在するが、その後 中津商業の敷地になったようだ。
注2)中津高女(現中津北高)が2ノ丁にある。
明治44年下毛郡立高等女学校として片端町の高等小学校跡で開校、大正3年2ノ丁に校舎落成、4年に中津高等女学校となる。
注2)旧高等小学校の位置に中津商業学校がある。同校は大正5年片端町で開校、その後大塚の校舎に新築移転、時期不明。(昭和7年に新築中の校舎火事の記録があり)
注3)扇城女学校(現東九州龍谷高校) は1899(明治32)年三ノ丁で創立。大正11年中殿町に移転。
注4)現和田公園の位置に監獄がある。
注5)町役場が三ノ丁の南部小学校の前にある、この位置は創立時の城南中学の敷地と同じと思われる。
注6)大江八幡の隣は留心学舎、 古博多町の学校は中津裁縫女学校。
注7)連隊区司令部が2ノ丁にあるが、これは大正8年に廃止されている。
注8)豊前銀行が魚町(公称は古魚町、通称魚町、ちなみに新魚町は新町と略した)にあるが、昭和17年頃はこの前(南側)にあった。
宇佐屋(建物は大同館という旅館の跡)が明治39年にこの位置に引越している、地図は間違いか、あるいはもう少し違った位置の可能性がある。

昭和24年版 中津市地図

中津市街地図 昭和24年 
昭和24年発行の中津市地図。
福沢通りは拡幅されていない。
中津税務署が現童心館の位置にある。
その後現村上記念病院の位置に移動した。
城南中学が3ノ丁の旧位置にある。

ただ向川原 蓬莱町が記載されている。
この部分は昭和19年の山国川の洪水で流されたと記憶しているので矛盾する(要調査)。

江戸時代の地図

時代の目安 (中津の主な出来事)
地図は発行日付現在のものでは無さそうです、下記の記述を参考に時代を推定する必要があります。

写真集「中津」や南部100年史などより抜粋。

明治2年(1869)  中津 広津間に山国橋(舟橋)をかける。
明治4年(1870)7月 中津県が出来る、11月に小倉県が出来、下毛 宇佐小倉県に属す。
明治4年(1870)11月 三ノ丁東端に中津市学校創設
明治5年(1871) 学問のすすめ初版出版
明治9年(1876)1月 中津の4小学校(金谷 諸町 桜町 堀川)開校
           8月中津町 と下毛 宇佐郡が大分県に編入。
明治10年(1877)2月中津警察署発足。
            11月片端町の養成校の師範科を廃止、上等小学校創設 しかし翌11年大分師範学校に併合された。
明治11年(1878)11月 郡役所を金谷に置く。
明治12年(1879)11月 士族授産の生糸工場 末広会社が3の丁に出来る。
明治13年(1880)8月中津神社が公園地に鎮座。
           12月豊国丸(中津扇城会社)が、三田尻沖で火災沈没。
明治15(1882)年6月 公園地に蓬莱観劇場が出来る。
明治16年(1883)3月 中津市学校閉校?。
明治19年(1886)1月殿町の下毛郡役所が新築。
明治20年(1887)4月 中津高等小学校 片端町に開校。
明治22年(1889)4月 町村制実施。
            7月中津銀行設立。
            7月山国川洪水
明治23年(1890)10月 中津町役場京町から3ノ丁に移る。
明治27年(1894)4月 中津中学開校 高畑に新築。
明治29年(1896)4月 小祝を福岡県から中津側に編入。上毛郡が築上郡になる。
            7月豊中製糸が操業を始める。
            10月 中津税務署(殿町)を置く。中津警察署の庁舎3ノ丁に新築。
明治30年(1897) 9月 中津停車場の開業。
明治31年(1898) 6月 中津紡績創立、後の鐘紡の工場。
明治33年(1900) 扇城高女 3ノ丁に創立。

明治34年(1901) 10月 山国橋(木橋)が出来る。
明治37年(1904) 公園地に独立自尊の碑が出来る。
明治39年(1906) 殿町 メソジスト教会落成。
明治42年(1909) 11月 小幡記念中津図書館の開館。
明治43年(1910) 2ノ丁に中津連隊司令部ができる。
明治44年(1911) 3月中津に電話が開通、下毛郡立高等女学校が片端町の高等小学校跡に開校。
             5月 豊後町の大火。
大正2年(1913)   4月豊前銀行発足(下毛実業銀行のあと)
             12月耶馬溪鉄道の開通式(中津 樋田間)
大正3年(1914)   下毛郡立高等女学校が2ノ丁に新築移転。
              2月 宇島鉄道の開通。
              12月 耶馬渓鉄道の樋田 柿坂間開通。
大正4年(1915)   4月下毛郡立高等女学校は大分県立中津高等女学校となる。
大正5年(1916)   7月 町立商業学校開校、片端町(中津高等小学校 中津高女の跡地を利用したもの) 
大正6年(1917) 4月大分監獄出張所が北門より、2ノ丁に移転。中津商業銀行の発足。
大正7年(1918)5月 日本鉱泉(横綱サイダー)が上宮永にできる。
           7月 中津絹糸紡績の創立(後の富士紡)。
大正8年(1919) 3月 中津連隊区司令部廃止。
大正9年(1920) 3月下毛銀行(殿町)設立。
            4月中津農業倉庫が中殿に出来る。
            11月 中津平野で陸軍特別大演習。皇太子殿下中津高女にご宿泊、南部小が司令部。
大正10年(1921)12月富士紡中津工場発足(絹紡と合併)。
大正11年(1922)9月扇城高女 中殿町に新築移転。
大正12年(1923)2月京町に中津信用組合ができる。
            3月 中津郵便局 古博多町に新築移転(京町から)。
大正13年(1924)2月下毛郡役所が片端町に新築移転。
             6月耶馬渓鉄道の柿坂 守実間が開通。
            10月大貞競馬始まる。
大正14年(1925)4月 中津町と豊田村 大江村合併。
大正15年(1926)6月 下毛郡役所の廃止、建物は2階増築し市役所となる。
            11月 中津上水道の起工式。
昭和2年(1927)6月中津公会堂の落成(磯村豊太郎寄付)。
昭和3年(1928)中津銀行が下毛銀行を合併。
           4月中津上水道 通水式。
昭和4年(1929)小楠村が中津町に合併、人口31700。
           4月中津市の誕生。
           6月初代市長佐藤寅二。
昭和5年(1930)5月中津市の市章ができる。
           6月昭和信用組合の設立。
昭和6年(1931)4月二代目市長 中里真清。
           7月 八面山 大池の決壊。
           12月 豊国相互無尽会社設立。
昭和7年(1932)6月 中津大火 中津商業の新築現場から出火、250戸焼ける。
昭和8年(1933)4月 中津市役所が3ノ丁から片端町の郡役所跡を増改築して移転。
               中津商工会議所発足。
昭和9年(1934) 2月 山国橋(国道橋)がコンクリート橋になり竣工式。
            3月 3代目市長 竹岡吉太郎
昭和10年(1935)3月松竹館が船町から仲町に移る。
昭和11年(1936)5月 三口の恒久橋が竣工 久恒貞雄寄付。
昭和12年(1937) 5月殿町に中津商工会議所新築落成。小幡英之助の銅像が公園地に建つ。
昭和13年(1938) 3月 市長 竹岡吉太郎(再選)
            10月 中津電話分室 新築(天神町)。
昭和14年(1939)11月 柳ヶ浦に宇佐航空隊が出来る。
昭和15年(1940)11月中津築港工事完成(埋め立ては5月)
昭和16年(1941)10月中津武徳殿(錬心館)竣工大西家寄付
昭和17年(1942) 6月武田化成吉富工場操業。
昭和18年(1942)8月 鶴居 大幡 如水の3村が中津と合併 42,000。
            11月耶馬溪羅漢寺本堂火災。
昭和19年(1944)9月 神戸製鋼が大貞に出来る。山国川の洪水、市内家屋床上浸水多し。
昭和20年(1945)2月 三機工業 中津工場東浜に出来る。
            5月7日朝 八面山 上空でB29撃墜。
            7月新博多町 他 合計700戸強制疎開。 
            8月 終戦。
昭和21年(1946)
昭和22年(1947)
昭和23年(1948)
昭和24年(1949)
昭和25年(1950)
昭和26年(1951)
昭和27年(1952)
昭和28年(1953)
昭和29年(1954)

  



2005年7月3日
2005年7月18日
2006年12月31日 移転と昭和24年の地図追加。
2007年4月12日:612 大正16年版中津町地図を追加。

2007年7月17日

  2006年12月31日よりカウント


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