9−1 トランス付スーパーの修理法

日本では昭和10年代にもST管のスーパーは作られましたが、現在市場で入手できるものは戦後から昭和30年頃にかけて作られたものが殆どです。
mT管の5球スーパーも昭和27年頃から作られるようになりました。
GT管使用のものは日本では少数ですが、同様に修理できます。
トランス付のスーパーは、真空管の形が異なるだけで、修理方法の基本は同じです。
ここでは昭和27年頃に製造された、シャープ AR−310 を代表例に修理方法を紹介します。

通電する前に

筆者は趣味のホームページ「ラジオ工房」を主宰していますが、その掲示板の投稿を見ると、
ST管ラジオを入手して、いきなり通電する方もいるようで、非常に危険です。
半世紀近い間、放置されていた電気製品です。
最低限、安全性の確認をしてから、通電しましょう。




1mのアンテナでJOAK(594KHz)を受信中。
ツマミはオリジナルではありません。


昭和27年発行のシャープ・ニュース。

AR−310 定価 16,500円

ラジオの下にあるのは、プレーヤーです(別売)。
これを接続することで、電蓄(電気蓄音器)になります。
この為、このラジオはPU(プレヤー)に切り替えた時に、
ラジオの音が混入しないよう、局部発振を止める仕組みがしてありました。
ここで使われていたのは双極単投のスイッチつきVRです。
ただ特殊なVRなので、現在では入手できません。
今回の修復は、この回路を省略して修理しました。

コラム
ST管スーパーに使われているペーパーコンデンサーは、リークが多く、殆ど使えません。
基本的に全数交換してください。
mT管スーパーは、製造時期が多少新しいので、ペーパーコンデンサーでも使えるものがあります。
但し出力管のグリッドの結合コンデンサーだけは、無条件に交換した方が無難です。

1)キャビネットからシャーシの取り出し方

@ツマミを外します。
Aキャビネット底面に、シャーシを固定するネジがありますので、これを取り外します。
Bマジックアイやスピーカーコードなど、シャーシを引きだすのに邪魔な物は、一旦外しておきます。
Cこの機種は、シャーシとダイアル指針が一体です。しかしダイアルの糸かけを外さないと、シャーシが取り出せない物があります。
 これについては 「9−2 mT管トランスレス・5球スーパーの修理法」をご覧ください。

2)部品の確認と交換

部品を一個一個確認して、不良品を交換してゆきます。

@電源トランス

可能性は低いですが、稀に焼けていたり、断線していることがあります。
まず 焼けた形跡が無いか、目視で確認します。
昭和20年代前半の電力不足時代、夜間の電圧低下を、昇圧トランスでカバーしました。
電圧が回復した翌朝、そのまま使うと、今度は過電圧になって、焼けてしまうことが多発しました。
外観検査で大丈夫な場合、整流管80B(H)Kを抜き、他の真空管は挿したままで通電します。
この時 臭いや煙にも注意し、焼けるような臭いがした時は、即 通電を止めて下さい。
何事も無ければ、各巻線の電圧を確認します。
B巻線と整流管ヒーター巻線の電圧は、無負荷ですから、多少高めに出ます。
稀ですが、巻線間でショートしていることがあり、この時は異常に低い電圧になります。
パイロットランプの配線が、シャーシとショートしている場合も同様です。
経験すると、すぐ判りますが、規定電圧が出ているか確認した方が良いでしょう。

A固定抵抗の確認

抵抗は、再利用できる可能性が高い部品です。
ただ、コンデンサーと並列に接続されているものは、リード線が短すぎるので、不良では無いが、新品と交換したものがあります。
6Z−DH3Aのプレート負荷の250KΩは、370KΩに変化していました。これでも使えますが、交換した方が良いかもしれません。
AR−310での例を下記に示します。

表示 実測値 判定
30KΩ 交換
15KΩ 3W 16KΩ そのまま使用
300Ω コンデンサーと組で交換
2MΩ 2.4MΩ そのまま使用
5MΩ 5.6MΩ そのまま使用
250KΩ 370KΩ そのまま使用
500KΩ 600KΩ そのまま使用
50KΩ 68KΩ そのまま使用
500Ω 500Ω そのまま使用
2MΩ 2.4MΩ そのまま使用
1MΩ 断線 交換
3KΩ 3W 3.2KΩ そのまま使用

Bコンデンサー(ペーパーコンデンサーとチタコン)

表示 判定 交換する場合のコンデンサーの耐圧
220PF   50V耐圧で可
0.05μF 交換 250〜400V耐圧(6W−C5や6D6のスクリーングリッドバイパス用)
0.05μF 交換 50V耐圧で可
0.05μF 交換 50V耐圧で可
200PF   50V耐圧で可
250PF   250または400V耐圧
0.002μF 交換 50V耐圧で可
0.1μF 交換 400V耐圧(数μFのケミコンでも可)
0.01μF 交換 250または400V耐圧
0.02μF 交換 630V耐圧
0.005μF 交換 AC250V耐圧
0.005μF 交換 安全規格認定品(AC電源回路用)

Cブロック型電解コンデンサーの漏洩試験

10章1の「絶縁トランス付ケミコンテスター」で試験して、漏洩電流が1mA以上の為交換しました。
もし少なければ、そのまま使用します。

Dスピーカーや出力トランス

テスターを抵抗計にして(Rx1かRx10のレンジで)、出力トランスの一次側を測定すると、スピーカーからクリック音が出るので、良否は判断できます。
ただ、湿気などでコーン紙が変形し、音が歪む物が稀にあります。
最後の動作試験で、不良が判明することもあります。

EPL(ランプ)

断線したものを交換。

Fツマミ
残念ながらオリジナルのツマミ紛失しています。普通のネジで固定するツマミに交換しました。

GVR

これは新品に交換しました、ただ残念なことにスイッチ付ではありません。

Hロータリースイッチ

これは使用できました。
なお、接触不良でも、ロータリースイッチに接点復活剤を無闇にかけてはいけません。
特に、B電圧の加わった部分に、噴射は厳禁です。
どうしても接触不良が残る場合、綿棒につけて金属接点のみを拭く程度にしてください。

I配線の劣化

マジックアイソケットへの配線:劣化が激しいので交換しました。
なお一部のナショナル製真空管ラジオはパイロットランプのビニール配線がぼろぼろに劣化したものがあります。
見ると酷さがすぐ判りますので事前に交換することをお勧めします。


J電源コード

使えるものもありますが、新品に交換した方が安心できます。
100Vの電源回路に直接接続されるコンデンサーは、安全規格認定品に交換しました。

Kヒューズ
稀に針金が入れてあることがあります、規定の電流値の物か確認してください。


修理完了したシャーシ内。
ブロック型のケミコンが不良なので、チューブラ型のケミコンに交換しました。



3)部品交換後の動作確認

不良部品を交換すると、メーカー製ラジオは音が出るのが普通です。
トラブルがあるようでしたら、下記の電圧を参考にして、不良箇所を見つけて、対策してください。

各部分の電圧について

各部分の電圧を測定すると共に、順次クリック音を確認してゆくと、どの回路で故障しているか、切り分けが出来ます。
クリック音が出る部分と、出なくなった部分の間が故障箇所です。
電圧は内部抵抗20KΩ/Vのテスターで測定した大まかな値です、電波の強さによってB電圧は10V程度動きます、目安とお考えください。
他の機種でも傾向は同じですから、応用問題として利用ください。

場所 写真の中の番号   備考
AC入力   AC100V  
B巻線(80BKの2番ピン)   AC280V メーカー製ラジオとしては、280Vは多少高すぎる感じ、しかしこの場合は正常値。
80BKか80HKの規格はほぼ同じ。
東芝が80HK、他メーカーは80BKが多い。
80BKのK(4番ピン) a DC295V トランスB巻線のAC電圧より、少し高いDC電圧なら正常。
低過ぎる場合は、B電流が多すぎるか、整流管の劣化、ケミコンの容量減少。
B電流が多すぎる原因は、出力管の結合コンデンサーがリークしていることが多い。
ケミコンの漏洩電流増加も原因の1つ。
平滑後のB電圧(42の3番ピン) c
230V マジックアイが閉じる程度の電波を受信中の電圧。
無信号時はB電流が増加するので、多少降下する。どちらにしても数V程度。
平滑抵抗3KΩによる電圧降下が少ない時は真空管の劣化や、15KΩ(3W)の断線の可能性あり。
電圧が低すぎる場合はケミコンの漏洩電流を確認。
42のプレート電圧(42の2番ピン) b
280V 出力トランスの一次側のコイルの抵抗による電圧降下がある。
測定時クリック音あり。
クリック音がない場合はスピーカーの不良で、ボイスコイルの断線やセンターポールとの接触が主原因。
出力トランスのレヤーショート、トランスに並列に入れてあるコンデンサーの短絡、スピーカー配線の不良でも発生。
42のカソード電圧(42の5番ピン) e 14V 普通は15V前後が多い。12V以下の時は42の劣化。
17V以上の時はグリッド(G1)の電圧を測定。
念のためカソード抵抗の値も確認のこと。
42のグリッド電圧(42の4番ピン) d
DCで0V この部分に、少しでもDCで+電圧が出てはいけない。
真空管を抜いて+電圧が消えると、真空管の不良。
消えなければ、結合コンデンサーの絶縁不良。
6Z−DH3Aのプレート電圧(2番ピン) f 65V 60〜100V程度、測定時クリック音あり。
次に6Z−DH3Aのグリッドを、指で触ってブー音を確認できれば、低周波増幅段が働いていることが確認できる。
6D6のプレート電圧(2番ピン) h (225V) B電圧とほぼ同じ。測定時同調がずれるのでAVC電圧が変化し、B電流が増加するので、
テスターの指示は225Vだが、実際は230V。
高周波が重畳しているので、テスターによっては指示値が違う可能性あり。
測定時クリック音あり。
電圧が正常で、クリック音が出ない時は、6Z−DH3A(検波回路 低周波増幅回路)を確認。
稀にIFTの不良(内臓コンデンサーの不良。2次コイルの断線など)もある。
0Vの時はIFT 一次コイルの断線。
6D6のG2電圧(3番ピン) i 87V このラジオによらず一般に80〜100Vが多い。
120V以上ある時は、6D6か6W−C5の劣化か、どちらかが働いていない。
低すぎる時(60V以下)は15KΩの抵抗が変化していないか確認。
87Vはマジックアイが閉じる程度の電波を受信中の値。
無信号時は84V程度に下降。
6D6のカソード電圧(5番ピン) j 0.8V マジックアイが閉じる程度の電波を受信中。
無信号時は2.3V程度に上昇。
6W−C5のプレート電圧(2番ピン) k (225V) B電圧とほぼ同じ。
高周波が重畳しているので、テスターによっては指示値が違う可能性あり。
測定時クリック音あり。
クリック音を確認できない場合はIF回路を確認。
0Vの時はIFTの断線。
6W−C5のG2 G4電圧(3番ピン) l 90V 6D6の3番ピンと同じ。
6W−C5のG1電圧(6番ピン) m (−10V) 発振電圧です、マイナス電圧がでる。なお測定時受信できない。
電圧が確認できない場合は発振していない可能性あり。
このラジオでは、G1と発振コイルの結合にコンデンサーを使わず、片側が開放された巻線の容量で代用している。
見慣れない回路なので要注意、間違いではない。
稀に、このコイルが断線していることがある。
発振しているかどうかは、TRラジオを近づけてモニターしてみると判る。
6E5のプレート電圧(3番ピン)    150V  電圧はマジックアイの閉じ具合で大幅に変動する。数十V(開いた時)〜150V(閉じた時)。
0Vの時は1MΩの抵抗断線、これは比較的多い。
6E5のターゲット電圧(4番ピン)   230V B電圧と同じ。
0Vの時はリード線の断線か、配線間違い。


4)調整

スーパーは調整しないとその性能は発揮できません。
必ず調整しましょう。
方法は8章スーパーの調整をご覧ください。
特に調整してみて、その感度の悪さからIFTの不良を発見することもあります。
調整後アンテナを接続して受信してみてください。
慣れると感度の良し悪しがある程度判別できるようになります。
特にその地域で一番弱い放送局を受信してみると区別しやすいでしょう。


5)一般的な故障とその原因

真空管で点灯しないものがある ☆ヒーターの導通試験が大丈夫でも、真空管が点灯しないことがある。
真空管を触って、ガラスが熱い場合は空気入りになっている。
☆ST管によくある故障として、足の半田付け不良で、通電後すぐ(数秒程度)導通が無くなる現象が有る。
これはベースのヒーター部分の半田付けを、やり直すと殆どの場合、回復する。
ハムが多い ☆一般に真空管ラジオはハムが出ます。他の真空管ラジオに比べ、ハムが大きいようならケミコンの不良も疑うこと。
特に木箱いりで、スピーカーも口径が大きいものは、低音が出やすい。
昔のラジオはこんなものと割り切るべき。
どうしても対策したい時には、もう1段220Ωと20μFを使ったフイルターを前につけ、
そこからスピーカーに供給すると良い。
AVCが効かない コンデンサーのリークが酷い、抵抗の断線。
アンテナをつけても感度が悪い ☆アンテナコイルは断線している事が比較的多い。
テスターで導通を確認すると良い。
アンテナコイルに触って、音量が大きくなる時は、特に注意。
☆IFTの調整ずれ IFTの不良
製造後半世紀経過しているので、コンデンサーが不良になっている確率が結構ある。
調整しても、455KHz付近でピークが確認できない時は、IFTを疑ってみる必要がある。
IFT内部に使われているマイカコンデンサーは、吸湿して、Qが落ちやすい。
がりがり音 雷ではないのにガリガリいう時は、コイルの切れかかりを疑うこと。
時々「カリッ」と言う感じの場合もある。
☆出力トランスの切れかかり。
☆IFTのコイルやコンデンサーの不良。
VRを回すとがりがり VRの不良は新品と交換した方が無難。
VRを回しても音が絞りきれない ☆6Z−DH3Aのプレート回路の高周波バイパスコンデンサーの不良(容量抜け)
☆VRの不良で、残留抵抗(500KΩのVRを絞りきった位置で)が数KΩもあると、音が小さくならず、使用に耐えない。
これらは交換するしか方法はない。
この機種は音が絞りきれない現象が、完全には取りきれなかった。
6Z−DH3Aのグリッドと2極管のプレートが隣接していて、VR0でも浮遊容量を通じ3極管部でグリッド検波が行われるようで、
元々この真空管には構造上の弱点がある。
別項の「コラム 6Z−DH3Aの不思議な構造」を参照。
発振する 6D6は製造時期によって背丈が異なり、シールドケースが密着していないと発振することがある。
特定の周波数で発振する アンテナコイルの一次側がハイインピーダンスの場合、コイルのナチュラル(自己共振周波数)が放送帯域に入りこむことがあり、
この周波数に同調すると発振する。
長いアンテナを接続するか、コイルに並列に100〜200PFを入れると、帯域外になるので発振が止まる。
受信できない周波数がある ☆バリコンの羽根が、接触している可能性がある。
配線を外し、バリコン単体にして、テスターで導通を図りながら回転させる。
接触した羽根は丹念に修正する、修理できる確率は高い。
☆パディング・コンデンサーの容量抜けで、受信周波数が大幅にずれてしまうことがある。
この場合 低い放送局が受信できなくなる。
ダイアルの糸が外れやすい
ダイアルの糸がすべる
長年の使用で、機構が変形し、プーリーとダイアルの糸が、同じ平面でなくなると、外れやすくなる。
代用品の糸を使うと、スリップし易い。
またスプリングで適当なテンションを与えておく必要あり。
糸かけは簡単そうで、意外と経験が必要。
専用のダイアル糸を使うこと。
その太さにも注意。


真空管の電圧を測定する時、ソケットの端子で行う事が多いですが、
異常の発見には、写真のように、真空管のピンに、直接テスターリードを当てた方が無難です。
稀ですが、ソケットの接触不良とか、端子がベークの裏側で断線していたりします。
この故障は見つけにくいので、普段からピンで測定する癖をつけておいた方が、良いでしょう。


べークのmT管ソケットも接触不良の多い部品です。
整流管や出力管のソケットは、熱で炭化していることさえあります。
その場合交換してください。




mT管は、ピンが曲がった物が多いです。
7章で紹介した、ピン・ストレートナーを使って整形してください。
無理をするとガラスが割れます。
汚れが酷い時は、磨く必要があります。


モールドタイプのソケットは、比較的良好ですが、
稀に内部で端子部分が、折損していることがあります。



ケミコンとB巻線のマイナスは、1点でシャーシにアースする方がハム防止に役立ちます。






ご注意:真空管ラジオは製造後、半世紀以上経過した電気製品です。
これらは、当時の安全基準で作られています、筆者は修復品の安全性を保証をするわけではありません。
使用時の火災予防など、全て自己責任です。安全に充分配慮して作業してください。

コラム

フイールドコイル型スピーカー付スーパーの修理。

昭和20年代に作られた大型ラジオは、フイールドコイル型スピーカーを使ったものがあります。
このスピーカーが壊れた場合の対策です。
同じ寸法、同じ規格(フイールドコイルの抵抗値など)を探して交換するのが基本です。
これが結構難しいです。
普通の(パーマネント)スピーカーに交換するのが現実的です。
ただ問題は、フイールドコイルで降下していたB電圧の扱いで、同じ値の抵抗で置き換えることになります。
ラジオの全電流が流れますので、W数が大きくなります。
電流をI 抵抗をRとするとI×I×Rで計算できます。
5球スーパークラスで、実際の消費電力は4〜6W位になります、余裕と放熱も考えると、20Wクラスの抵抗がほしくなります。
最近大型の抵抗は入手が難しいし、組み込むスペースでも苦労します。
抵抗は数個を組み合わせて使うと、実現しやすいでしょう。
なお、出力側のケミコンの容量は、オリジナルの回路に比べ、大幅に大きくしないとハムが増加します。

参考文献

新ラジオ技術教科書(基礎編 応用編) 日本放送出版協会
真空管ラジオ・アンプ作りに挑戦!    技術評論社
こだわりの真空管ラジオつくり       技術評論社