1章 放送とラジオ受信機の仕組み
1−1 電波について
2つの電極に+と−の電圧を加えると電荷がたまり、この間に電気力線ができます、電気力線の数は電圧に比例し、方向は加える極性で変わります。
この電極に交流を加えると方向が交互に変わるわけですが、これが高周波になると、
空中に電気力線が順次押し出されてゆきます、また電気力線に伴って磁力線も発生します。
これが電磁波 すなはち電波で、空中を300,000Km/秒の速さで伝わってゆきます。
電気力線と磁力線の方向は90度異なっています。
例えば電気力線が垂直方向なら磁力線は水平方向に出来ます。
コンデンサーのような構造より、下記 Hの構造のように導線を延ばした形(素子)の方がより電波が輻射されやすくなります、これをアンテナと呼んでいます。
また大地は良好な導電体ですから、素子の1つとしてこれを利用する方法 Vもあります。
H 水平アンテナ V 接地アンテナ(垂直アンテナ)
水平アンテナから出る電波は一般に水平偏波(電気力線が水平)、垂直アンテナからは垂直偏波(電気力線が垂直)です。
電波は波動で伝わってゆきますので波長があります。
電波の速さ 300,000,000(m)
波長=――――――=――――――――――――――
周波数 周波数(Hz)
例えば 1000KHzの電波の波長は300mとなります。
強力に電波を輻射するには良好な電極を選ぶ必要があります、これをアンテナと呼んでいます。
短波放送では1/2波長の導線(素子)の中央部分に電力を加える方法がよく使われます。
一方 中波放送では波長が長く、1/2波長の導線を準備するのは物理的に難しいので、
素子の1つとして大地を使う方法が良く使われています。
これが垂直アンテナとアースです。アースも送信効率に影響しますので、送信所の敷地には大きな銅線が四方に埋め込まれています。
アンテナが垂直に建設されていますので、電気力線は垂直方向にでき、垂直偏波と呼ばれています。
この為受信アンテナも垂直方向の素子が受信には有効になります。
文化放送の送信所のアンテナの一部分。
高さは約137m、50cm径の鋼管柱で出来ています。
底部が絶縁された鉄柱がアンテナになっています。
広い敷地部分にはアース線が埋め込まれている。
音は空気の振動ですから、減衰して遠くへは届きません、また伝わる速度も遅いです。
この為 放送では搬送波と呼ばれる高周波信号に音を乗せ、電力増幅をしてアンテナから電波として送り出します。
我々が飛行機に乗っかって目的地まで空を飛んで行くのと同じ仕掛けと同じです。
中波放送は高周波信号の振幅の大きさを音声信号に従って変える方法で電波を出しています。
振幅変調(AM amplitude
modulation)と言われる方法です。
振幅変調の場合、搬送波とその周波数の上下に側波帯というものが出来ます。
例えば594KHzの搬送波を3KHzで変調すると、594KHz以外に591KHzと597KHzの信号が電波となって出てゆきます。
音声は常に周波数や大きさが変わりますので、側波帯の部分はそれにつれて変化します。
f0を搬送波とし、変調する周波数の加減をf1、上限をf2とすると
図のような範囲に側帯波が出来ます。
例えば200〜7000Hzの音で変調すると、
587〜593.8KHzの下方側波帯(サイドバンド)
594KHzの搬送波(キャリアー)
594.2〜601KHzの上方側波帯(サイドバンド)となります。
音声信号はこの側波帯部分で送られてくるので、
ラジオでは中心周波数の搬送波だけでなく、
側波帯部分も正しく受信、増幅する必要があります。
例えばJOAK(594KHz)の放送は単純に594KHzの信号だけでなく、その上下の周波数にも信号が有るわけです。
別の言い方をするとこの側波帯部分が音声を運んでいる肝心な部分なのです。
あまり選択度を良くすると、側波帯が減衰して、音質の悪い受信機になります、
逆に選択度が悪いと混信します。
この他FM放送は音声にしたがって高周波信号の周波数を変える周波数変調(FM frequency
modulation)を採用していますが本書ではFMの説明は省略します。
またアマチュアー無線で使われているSSB(single sideband)は上記のサイドバンドの片側だけを電波として利用する方法で、効率よい通信ができますが、復調に工夫が必要です。
AM FM
図でC/Aが変調度と呼ばれています。
電波の強さが同じでも変調度が大きいほど大きな音がします、ラジオの感度試験では40%変調を基準にしています。
放送は混信しないよう夫々周波数の違う電波(高周波信号)を使います。
現在中波放送は535KHz〜1605KHzの周波数を使いますが、日本では1950年頃までは550〜1500KHzの範囲が使われていました、古い真空管ラジオはこの時代のものが沢山残っています。
この時代のラジオはコイルとバリコンの規格も違いますので、修復時は注意しましょう。
受信を希望する放送は、アンテナに誘起した高周波信号をコイルとコンデンサーの共振回路に導き
その周波数に同調する事で選択します。
選択された高周波信号は検波され、音声信号を取り出します。
信号は微弱ですから、増幅し スピーカーを動作させる事になります。
この様に電波を送り出すのにも、受信するにもアンテナとアースが必要です。
出来るだけ遠くに届くように放送局のアンテナは高く、送信電力も大きくなっています。
100Wの中継局から数百KWの大電力放送局まであります。
放送局の送信電力、周波数、昼夜の他 受信地までの距離や途中の状況(平野、山とか海)によって届く電波の強さが変わります。
電波は陸地より、導電性の高い海のほうが電波の減衰が少く より遠くに届きます。
九州の中津市では瀬戸内海に面しているので、山口や愛媛の放送局が県内の放送局より強力に受信できます、昼間でも大阪の放送局を受信できまが、逆に福岡の放送は距離に比べ弱いです。
更に同じ電力だと周波数の低い電波の方が 減衰が少なくなります。
夜間の電波伝搬 地上波と空間波の到達
中波帯の電波は昼間は地表波のみが届きますが、夜になると電離層の関係で空間波は反射されて帰ってきますので、
かえって遠距離の方に強い電波が届くよう事になります。
例えば東京でも夜は福岡のNHK1(JOLK 612KHz)が受信できます。
1−2 受信の仕組みを最も簡単な鉱石(ゲルマ)ラジオで。
電波は導体があると、そこに高周波信号を誘起します、アンテナは効率よく電波を取り入れられるようにした導体です。
アンテナに誘起した高周波信号はアンテナコイル(L1)を通りアースに流れます。
電波を出す時と同じように、導体の長さが半波長あれば理想的なのですが、中波放送の場合長すぎて不可能です、この為 できるだけ長いアンテナとアースを使うのです。
言い換えれば、アンテナとアースが組になって電波を受け入れるアンテナになっているとも言えます。
TVのように周波数が高くなると、波長も短くなり、簡単に半波長のアンテが作れるので、
アースが無くてもTVは奇麗に映るのです。
さて、アンテナには多くの高周波電流が流れていますので、この中から目的の信号を選び出す必要があります。
L1と電磁結合された同調コイル(L2)にも高周波信号ガ流れるので、バリコン(Vc)の操作により同調させ、希望する放送局の高周波信号のみを取りだします。
並列共振回路ですから、この高周波信号はQ倍に昇圧されます。
この後ダイオードで検波し、+側だけ、あるいは−側だけを切り出すと、高周波電流は片側だけになり、残された波形の平均値は音声信号と同じになります。
この後余分な高周波分をコンデンサーでバイパスすると、音声信号だけが取り出せます。
この信号はヘッドホンやイヤホーンで音声に変換します。
@ L2 Vcは並列共振回路で、理想的部品なら無限大に昇圧されるはずですが、損失があり、Q倍になります(Qは同調回路の良さを表す数字)。
A 空芯コイルのQは無負荷で80〜120くらいが多いですが、バリコンは2000以上有るので、同調回路の良さは殆どコイルで決まってきます。
実際は同調回路にヘッドホンなどの負荷が加わりますので、Qは急激に下がり、計算どおりには行きません。
この為インピーダンスの比較的低いヘッドホン(巻線型)の場合はコイルの途中にタップをだし、
そこから検波回路に接続する方法でQの低下を防ぎます。
セラミックイヤホーンなどを使う時は素子自身の容量が多いので、外付けコンデンサーは省き、
直流分を流す為高抵抗でシャントします。
フェライトコアを使うとQ 300のコイルも容易に作れます。
B L1とL2の結合度:密にすると より多くの電圧が同調コイルに誘起しますが、
L2の負荷になりQが下がるなど悪影響があります、感度と選択度などを較べ 実験で最適値を見つける必要があります。
中波放送の場合、殆どが垂直偏波で送信されています。
したがってアンテナは垂直方向の長さが感度に大きく影響します。
TVのように周波数が高くなると、1/2波長のアンテナが簡単に作れるので、殆ど水平偏波が使われています(VHFのアンテナの素子を見ると殆ど水平)。
場所によっては垂直偏波が使われているようです。
短波の場合はこの中間で、どちらも混合して使われているようです。
なお偏波も障害物での反射で、純粋な水平 垂直と言うわけではありません。
1−3 ループアンテナやバー(μ)アンテナ
アースが必要なラジオは持ち運びが不便ですから、移動用のラジオは昔からループアンテナが使われていました。
大きな寸法でコイルを巻き、この中を磁力線が通る事で、高周波信号を誘起させるものです。
ただ普通のアンテナに比べ、誘起する電流が弱いので、高感度のラジオでないと使えません。
アメリカではスーパーが普及していましたので、1920年代には見かけますが、それでもこの時代のループアンテナの寸法は極めて大きいです。
日本でループアンテナが良く使われるようになったのは1950年ころ、電池管ポータブルのスーパーラジオが盛んに作られるようになってからです。
この時代のループアンテナは大きくても10×15cm程度の小判型のものが多いです。
しかし短期間でフェライトコアを使ったバー(μ)アンテナの時代に移行します。
恐らく日本製ポータブルラジオも1953年頃にはバーアンテナに変わったと思われます。
1955年日本でトランジスターラジオが発売されましたが、当然のようにバーアンテナが使われています。
バーアンテナの実効高は1〜数cmと標準アンテナ(高さ8m 水平部12m)の6.4mに比べ、
非常に低いです、ただアンテナ自体が同調回路を兼ねているためQ倍に増幅される事で、数値で比較するほどの違いは有りません、
それでも足りない部分はラジオの利得(増幅度)を増すことでカバーします。
余談 |
1−4 受信機の回路方式
1)ストレート受信機 (並四など)
アンテナで受けた電波を同調回路で選択し、そのまま検波し低周波に変換、スピーカーを駆動するまでに増幅します。
検波した時、プレート回路に含まれる高周波部分をグリッドに戻すことにより見かけの増幅度を上げます。
再生をかけると真空管1本分の増幅度が得られますが、再生を効かせ過ぎると発振してしまいます。
仕組みが簡単で、実用的に使えるので、昭和初期から20年代前半まで日本の標準的なラジオとして愛用されました。
しかし調整不良で他の受信機へ妨害を与えることもあり、戦後 当時のGHQからメーカーに対し製造禁止命令が出されました。
感度は良くありませんが比較的大音量が得られます、同調回路が1つしかありませんので、混信に弱い弱点があります。
高さ8m 水平部12mの標準アンテナを使う事が前提で作られています。
4球式の物は並四受信機とよばれました。
真空管で検波、低周波2段増幅、B電源用の整流管の4球式が多く、時代により使われている真空管が変わります。
227 226 112A 112B(昭和初期)
27A 26B 12A 12B
24B 26B 12A 12B
57 56 12A 12F(昭和14年頃以降)
2)高周波増幅付ストレート受信機 (高1など)
アンテナで受信した電波を一旦高周波増幅して、その後検波します、電波の弱い地域向けのラジオ。
同調回路が2箇所あるので、選択度や感度も並四に比べ改善されています。
再生検波の前に高周波増幅段があり、再生で他の受信機へ妨害を与える事が並四より軽減されます。
高周波増幅付受信機は4極管や5極管が製造できるようになった昭和7〜8年頃から盛んに作られるようになりました。
公称出力は12A使用の並四に比べ大きいのですが、低周波段の増幅度が足りず、音量は規格ほど出ません。
これを補う意味で検波管と出力管の間に低周波増幅管56または76をいれた5球式の高1ラジオも作られました。
また 高周波2段増幅の高級ラジオも作られています、3連バリコンを使用した贅沢なラジオです。
製品例として 戦時中に標準型受信機として大量に作られた放送局型123号が該当します。
24B 24B 47B 12B
58 57 47B 12F
58 57 56 47B 12F
12Y-R1 12Y-V1 12Z−P1 24Z−K2 (放送局型123号)
6D6 6C6 6Z-P1 12F
3)スーパー・ヘテロダイン受信機
同じ周波数の信号を増幅すると、回路の浮遊容量で出力が入力に戻り、発振してしまいます。
このため 同じ周波数を無制限に増幅することはできません。
スーパー・ヘテロダイン受信機はアンテナで受信した電波を一旦中間周波数に変換して増幅します、その後検波します。
中間周波増幅回路は帯域通過型の同調回路が使えますから、近接した周波数の混信も防止でき、高い増幅度も得られます。
このためスーパーは音や感度が良いといわれます。
また充分な利得をAVC回路で制御して、電波の強弱によらず、ほぼ一定の音量で聴取できるのも大きな特徴です。
代表的な真空管の構成は下記のとおり、これに6E5等のマジックアイが付加される事があります。
6W−C5 6D6 6Z-DH3A 6Z−P1 12F
6W−C5 6D6 6Z-DH3A 42 80BK(80HK)
6W−C5 6D6 6Z-DH3A 42 80
6D6 6W−C5 6D6 6Z-DH3A 42 80
6BE6 6BD6(6BA6) 6AV6 6AR5 6X4
6BE6 6BA6(6BD6) 6AV6 6AR5 5MーK9
6BA6 6BE6 6BA6 6AV6 6AR5 5MーK9
6SA7GT 6SK7GT 6SQ7GT 6V6GT 5Y3GT
12BE6 12BA6(12BD6) 12AV6 35C5 35W4(どちらかと言うと初期のラジオに多い)
12BE6 12BA6(12BD6) 12AV6 30A5 35W4
12BE6 12BA6(12BD6) 12AV6 30A5 19A3 12Z−E8
1−5 日本で作られた受信機と電界強度
当時の日本放送協会では地域ごとの電界強度地図を公表していて、その地域で推奨する受信機の目安を発表していました。
ただ高さ8m 水平部12mの標準アンテナを使用した時に、ここで示すラジオが実用的に使えるということです。
したがって現在のように1〜2m程度のリード線をアンテナ代用にした場合はより感度の高い受信機を選択すべきです。
電界強度 | 代表的な受信機 | |
強電界級 | 10mV/m以上 | 鉱石ラジオ 並3:56 12A 12Fなど |
中電界級 | 2mV/m〜10mV | 並四:57 56 12A 12F |
弱電界級 | 0.5mV/m〜2mV | 高1:58 57 47B 12F |
微電界級 | 0.1mV/m〜0.5mV | 高2: 58 58 57 47B 12Fなど |
極微電界級 | 0.02mV/m〜0.1mV | 5球スーパー:6W-C5 6D6 6Z-DH3A 6Z-P1 80BK |
RF増幅付スーパー:6D6 6W-C5 6D6 6Z-DH3A 6Z-P1 80BK | ||
注)実効高6mの標準アンテナ(高さ8m 水平部12m)を使う前提です、10mV/mの電界強度があれば、 ラジオのアンテナ端子に60mV(=10mV/m×6m)の信号が入力されることになります。 |
周波数変換+中間周波増幅+検波+低周波増幅の標準的5球スーパーでは120db程度の利得が期待できます。
この為100μV程度の入力があれば、充分な音量で放送を楽しむことが出来ます。
日本では5球スーパーの性能があれば、殆どの場所で安定した受信が楽しめます。
本書では標準的な5球スーパーを主に解説します。
なお電波の弱い山間僻地や遠距離受信を楽しむためには高周波増幅付の6球スーパーが使われました。
高周波増幅付のスーパーは骨董市などで見かける割合から推定してスーパー製造台数の数%程度と思われます。
高周波増幅付にすると感度が10倍程度良くなるだけではなくて、イメージ混信も少なくなります。
中波ではあまり気になりませんが、オールバンド受信機ではイメージに悩ませれるのと、電波が微弱なので高周波増幅つきは非常に効果的です。
ただ注意することは製作が難しいということで、自作する場合、製作や調整を真面目にやらないと、高周波増幅どころか減衰器になってしまいます。