「風貌劇場」
 野方で発見した古い旋盤工場を自らの手で改築し占有劇場とした「風貌劇場」
都内に自前の劇場を有し持続的公演を続けたのは、80年代以降に旗揚げされた小劇場ではおそらく唯一でしょう。

 のどかな野方の街に突然立ち現れた”芝居小屋” 劇場とは名ばかりに見える廃屋同然の狭い空間に集まる若者集団・・・。当然、ご近所との関係に普請する日々でした。

客席は30人でほぼ満席、40人で一杯、50人だとギュウギュウ、そこに最高100人のお客さんが入ったこともあった一方、2人という時も…。それでも公演中止になったことは一度も無かった。


 1981風貌劇場柿落とし公演「夜の梅」
シェィクスピアのマクベスを大胆に構成した極めて実験性の高い劇。「人生は歩く影法師、哀れな役者だ!」 
血の付いたドテラに太いクサリを首に巻いたマクベスと白塗りのマクベス婦人と言う、異形の者達が繰り広げる 夢のまた夢…。いかにもアングラの臭いのする舞台だった。
1983年の「パラダイスロード」鳴澤デビューまでは、古典戯曲をもとにした構成台本で上演することが多かった。

 1986第14回公演 「終宴」
コンプレックスを抱える少年が、都会の雑踏の「夢見処」で、自らのルーツに向き合って行く…。間口わずか二間半の狭い劇場空間に、10を超える出入り口。都会の迷路から、浅間山の火口に昇華し消えて行く”ブス”と”デカ足”の二人…。終始”不思議”にあふれた芝居だった。

 1987 15回公演「EXHAUST NOTE」
 第7回公演「新宿パラダイス・ロード」より座付き作家になった鳴澤清一は、当時は酒も飲まず”風になる”ことを夢見るロマンチストであっ。そんな彼の影響で一時は劇団であるのかツーリング集団であるのかさえ判らない程…。全員バイク免許所持の劇団なんて…。


同上 「EXHAUST NOTE」
今は都庁や高層ビルが立ち並ぶ西新宿副都心一帯。かつてそこには淀橋浄水場があり、その跡地を解放区とするようなエネルギーに満ち溢れた時代もあった。その情熱の墓場であるかようなコンクリートとガラスの街。時代と拮抗する、そのきっかけさえあらかじめ失われてしまった僕ら・・・。


1988 月光博物誌

1989 さよならは
ダンスのあとに

1990 神様のいない食卓

1989第18回公演 「暁の探偵団」
 現れぬ怪人二十面相を待ちつづけることで、平凡な日常を遊ぶ”少年探偵団”いつもの紙芝居から大人達の世界へ越境を試みる。しかしそこには・・・。幕開きに元気いっぱい歌われる”東京ラプソディー”は一気に時代を超え、古き良き昭和のノスタルジーへ、エネルギッシュな時代をバックに浮遊する現代を戯画的に描いた風貌劇場代表作。

1985年に初演された「かつて不幸せだった人に」を風貌劇場解体を前にした7連続公演の中で再演した、1992年時の写真。鏡を多様した美術は、虚像と実像を複雑に錯綜させ、2間半の舞台に不思議な森を出現させた.森の小人にピーターパン、ロビンソン小野田….平和、平凡に見える家族の内側で”空虚”を抱えた少年が、濃密なフィトンチットに見た夢は…。