11日火曜日 曇り

9:30  皆は箱を車に載せたり、荷積み。私は遅れてしまった日記を。
11:00  Devonport High School for Girs 着。カキやテツが期待に胸を膨らませている女子高だ。公演場所のホールは試験中。
堂々とした校舎 なかなか素直な生徒達 音楽室でWorkshop
11:20  試験終了とともに搬入。セッテイング。
12:10  校舎外よりチンドン開始。いつものように、チンドンの説明。そしてChindon-ya is Traditional Street Musician for Advertisement. だからJapanese Culture の宣伝に来た、と説明すると、大きく頷いてくれる。素直だ!そして知識も凄い。
12:45  公演終了。反応は物凄くいい。14,5 才の女の子達が…。
13:00  一旦荷物を全て片付け。音楽の先生Dave と一緒にSchool Lunch. この学校は全校生徒750人、11才から18才までの全英でもベスト100 の子供達がこの学校にいると言う、超エリート校らしい。なるほど、日本の人口まで直ぐに答えられる子がいるわけだ。ただDave は試験地獄だ、なんて言っている、冗談なのだろうが…。
14:15 音楽室で朝の公演に参加した内30人を対象にしたWorkshop. なるほど集中力が凄い。
15:00 世界平和への願いを込め、楽しく終了。Dave も大喜びだ。校長にも挨拶される。
16:00 家へ戻り、庭の机・椅子の直し、再開。

12日水曜日 曇り時々小雨
 毎日向かう公演先の道案内はカキに全て任せている。当然のことだが彼は前々に地図でチェックしている。ナビは自分の仕事と言う自覚ができたようだ。それだけでも私には随分心強い。そう言う自覚、緊張感を私に与えられて持つのではなく、自分から進んでどんどん広げてくれると人間も集団も成長するのだが…、そこがなかなか難しい。
 かつて農協の海外旅行が随分批判されたことがあった。集団的自分勝手…、一見矛盾したこの状態こそ、日本人の問題点だと強く思う。論理や理念では組織化されにくい、曖昧な精神構造。其れゆえに集団的狂騒状態にも陥りやすい。私がこのキツイ旅を自分達に科した大きな理由でもある。「自分達を鍛えて行く」と言う意図が、皆に何処まで理解されているのだろうか…。
 なーんてことを悶々と考えていたら、眠れなくなってしまい、朝7時頃やっと寝る。その結果、この旅始めて起こされる。タツヤの冷たい声。「間もなく出発です。メシは出来ています。」慌てて起き、冷たくなった朝飯を無理やり積めこむ…。出発。
やられた!今日は学校に到着して先に昼飯の予定だった。

COOMBE DEAN SCHOOL 

殺風景な校舎 舞台上でのランチ 盛り上がるworkshop
12:30  英国の多くの学校がそのようだが、ホールには調理場が隣接し、食堂にもなる。そのためテーブルや椅子の並べ替えにも多少時間がかかり、何よりも食事の後の床は非常に汚い。食べかすが散乱しているのだ。靴で生活しているせいなのだろうか、この辺の感覚は日本人の方がずっと文化的だと思うのだが…。とにかくランチと片付けが終わらなければ、セッテイングは出来ない。とりあえず、舞台奥から搬入できたので、太鼓を中割裏に用意。食事は舞台中割前に用意された。何だか食事風景を観られているようで落ち着かないが、先生達が皆やってきたところを見ると、どうも舞台上が先生テーブルに指定されているようだ。
2:00  校庭からチンドンを始める予定だったが、突然雨が降ってきた。仕方無いので、そのままホールへ。七福神で登場すると、大歓声。ノリが凄くいい。生徒60人程。
2:40  獅子舞をフルでやり、日本と英国の違いなどについてレクチャー。新たに生徒が30人ほど増えたところで、「波」 馬鹿囃子でいつものように生徒達を順番に演奏させる。
3:30  「終宴」で終了。先生達が大喜びだ。I never forget today. とまで言ってくれた。
 片付けていると興奮して話しかけてくる。是非来年は大きなホールでやって、全校生徒に見せたいと…。嬉しいけど、予算はあるのだろうか?
シャンペンを注ぐ 家の前の道路で Peter. Ian. Allan

Ian と Debbie が準備をしてくれた大Party. あいにくの小雨と風で寒い。Eric もExeter から駆けつけてくれた。全員が揃うのを待たず、シャンペンで乾杯、始まってしまう。何となくご近所も揃いだしたところで、雨も上がった。路上での太鼓コンサート…!後で苦情が殺到するのでは…?1曲終わったところで、クスが作った「表彰状」をIan に。そして「終宴」
 Plymouth 市長を前にしたGuildhall で始まり、11校の学校を廻り、まさにPlymouth での終演。空もこの時だけは雨を降らすのを控えてくれた。大きな舞台でのコンサートや公演の成功はそれは勿論嬉しいけれど、言葉が十分に通じなくても、こうやって人間と人間が交流できる、その方がづっと感動は大きい。私の求めた一つの帰結がここにある。
 Party の途中からづっと泣き出しそうな表情のAmelia, なかなか懐かないように思えたPeter やAllan も「来年も来てくれるのか?」と言ってくれた。
 いつも冗談ばかり言って私を混乱させるFrank は、奥さんを伴って来てくれ、ちょうど結婚50周年なのだと言う、円満な家庭生活を営む数少ない英国人だ。「来年も来てくれるなら、もっともっと観客を増やせる、僕が生きていればね…。」と言ってウィンクする。学校を間違えた車の中で"Push up Daisy" が「死ぬ」と言う意味だと教えてくれたのは彼だ。
 生きる・生きていることの意味を真剣に考える。生きていることを喜べる、それこそが”幸福”と言うことなのだろう。私は今幸せだ。

Ian に表彰状を 「蛍の光」大合唱 ツワモノドモノユメノアト
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