1992年 春 雪山登山最終回
昨年の春に結婚をし、もう雪山など辞めると誓ったもののやはり5月の連休は何かやりたいものだ。つまりは雪山、連なる白い山脈にもう一度会いたい。また、ここの所一眼レフ(確かサムライも一眼だったがハーフサイズ)のカメラを買い込み、ちょっと写真などにもこってしまったため、雪山は被写体としては最高なのである。
しかし私は、この春3月末に軽い盲腸を患い注射で散らした。今(10年後)考えると痛みもそんなではなかったし、年度末の忙しさから抜け出したいという心因性の妄想盲腸だったのかななどと思ってしまっている。まあ、そのときとしては本当に痛かったし、山の中で痛み出したらマジでヘリコプター騒ぎだなと思っていた。正直医者には今回の山行きは諦めるからとってくれとまで言ったのだ。
5月4日(月)晴れ
夜叉神峠に到着したのは夜の21:00。寝るには早いのでビールや酒などを飲んでいた。しかしこの時間でも止まっている車は多い。みんな山には行っているのだろうか。なるべく近いゲートのあたりに車を停める。はじめは毛布で寝ていたがこの時期の夜叉神峠は結構冷え込むため寒く、結局ザックから寝袋を出して寝た。それでも朝方の冷え込みで、エンジンをかけてヒーターを入れてしまった。あたりを見渡すと駐車場は全て埋まっており、路上駐車が始まっている。
朝食はコンビニおにぎりとトマトジュース。7:30に出発。あたりは中高年の方たちが多く、アルプス林道を歩くのではなくこの辺のハイキングらしい。
2年ぶりのアルプス林道だが何一つ変わっておらず、自分がまた2つ年をとったのだなと、月日の流れの速さを感じる。前回はダンプの運ちゃんに載せてもらって楽してきてしまったし、考えてみれば雪山登山としては4回目の挑戦となる。何とも今回はブランクがあり荷が重く感じられる。あーあ、広川らで止まったら戻ってこようか。何できちまったんだろう、風も強いし冷たいし、天気もどんよりだ。。そんな敗退ムードの気分で1時間半ほど歩いていると、1boxのタクシーが止まってくれた。1,000円で広河原まで行くというので乗ってしまう。若いときの苦労は買ってでもすべきだが、若くなくなった証拠だ。広河原着は9:30。
いつものように小屋に寄って情報を聞くと、なんだか簡単そうに言う。草滑りはもう雪崩はないとのことで、お池小屋にテントを張ればビストンで可能とのこと。とすればこの重いザックを担ぐのは、あと3〜4時間というもの。テントの設営撤収も1回ですむし今年は楽勝という気がしてきた。
夏山登山でお池には泊まった経験があるが、広河原からすぐという印象がありなめてかかったのがまずかった。これまではお池小屋まで30分の標識のあたりから雪崩を避けるため樹林帯を小太郎尾根の取り付き付近まで登っていた。考えてみればそれだけの標高を重い荷物を背負って登っていたのだ。しかし体力が落ちているため遠く感じる。途中積雪地帯にはいるとヤッケを着たりスパッツやアイゼンを着けたりで忙しい。
お池小屋まで30分の標識で左にトラバースすると傾斜は緩くなり、余裕が出てくる。風もやんでお日様も差してきた。気持ちの余裕からか、カメラを取り出したりして撮影しだした。登山はとてもメンタルなスポーツなのでこのような変化は非常によろしい。
お池の小屋には15分ほどでたどりつき、テントの設営を行う。あーもうこの荷物を上げなくても良いのかと思うと嬉しい。小屋の付近にはテントが1つあって1人の登山客がおり少々話をした。北岳まで行って来たそうだがあまり話好きではないらしく、すぐにテントに引っ込んでいった。日が射してポカポカあったかい。北岳が美しい。写真を撮りまくる。
日が沈むと急に寒くなりいっぱい着込んでテントに潜り込む。風も強くなり冷え込みで何度も目が覚めた。
5月5日(火)晴れ
5時まで寝ていて、朝食に五目飯とみそ汁を食べる。サブザックでのピストンのため、テントはそのままで登り出す。隣のテントの人はゆっくり下るそうだ。
天気は最高。アイゼンも良く利き、ずんずん登っていく。風も強いが追い風で、すこぶる快調。カメラを手に撮影しながら登る。
しかし稜線までは遠い。草滑りは、木もなにもない登りのため飽きが来る。広河原小屋の管理人さんはもう雪崩の心配はないといっていたが、おととい下界が雨の時こちらは約30cmの雪が降ったとのことで表層雪崩が心配だ。時計が8時をまわると一気に気温が上昇し、アイゼンに雪が団子状についてしまう。あと一息で稜線と言うところだが、山腹の傾斜が急で、急に恐怖感がおそう。急に右足のアイゼンがはずれた。現在は急な山腹にぶら下がっている状況なのだ。これは困った。ピッケルを突き左足を蹴り込み、足場と尻置き場を作る。冷や汗。蹴るとき雪の音がちょっと違って聞こえる。やはり新しい雪が分離しているようだ。前に登った人のトレースはないし、私は表層雪崩のまっただ中にいる。 登山はメンタルなところがありそう思い始めると、居ても立ってもいられなくなる。勘と言えばそれまでなのだが、臆病も引く勇気の一つ。単独行動だからこその引き際である。やはり今考えれば、あのあと表層雪崩があったなどとは聞かないし、完全なる臆病風であった。なんだか張りつめていたものが一気に崩れてしまい、引き返してしまう。おまけに、今おりれば広河原でテントが張れるので昨日のような寒い思いをしなくてすむし明日は温泉にはいることが出来る。昔のようながむしゃらな気力が無くなってしまった。
尻グリゼード(つまりは尻ですべりおりる)をしたらあっという間に、テントまで着いてしまった。テントをたたんでいるとしたから登ってきた人がおり、いつぞやのように登れなかった旨を、風の強さのせいにしたりして話している自分が情けない。それでも風はやんでおらずテントをたたむのには難儀した。下山開始が正午12:00。
下りは今朝からの行動で体力を消耗しているためか、足はガクガク息はゼイゼイで休みがちでおりる。何とも滑るのでアイゼンを着けて下る。
広河原におりるとそそくさとテントを張り、小屋の販売機からビールを買って飲む。怠けた登山でもビールはうまかった。夕飯はコーンスープに餅を入れた洋風お雑煮。
5月6日(水)晴れ
夜中寒いし散らしたはずの盲腸が痛む。このまま運ばれたのでは風呂にも入っていないし、笑われるだろう。なんとしても風呂に浸かってから医者に行こう。(以上全て妄想か夢だったと思う。)
朝食としてはレトルトの赤飯とみそ汁。テントをたたみ出発は遅く9:30。カメラを首にぶら下げて写真を撮りながら歩く。シャッターチャンスは逃さない。キツネや山鳥(雉?)等も撮れた。今日も来たときのようにタクシーが来るのかと期待して歩いていたのだが、結局最後までこなかった。そういえば登ってくるときに、変なおやじが通行止めの中にタクシーが入って商売しているのはおかしいと、ゲートの管理人にくってかかっているのを見た。その人はそれで飽きたらず、林道管理事務所へも行くとのこと。きっとそのせいだ。
この前から靴づれもひどくなってきており、本当にきつかった。オーダーメイドで靴を作るぞ。(この年靴は作っている。)今日は単独行の外人さんとぬきつぬかれつになってしまい、そのたび結構和洋折衷で会話をした。お互い案外通じるものだ。結局4時間かかった。こりゃ本当に盲腸だったら歩けるわけはない。
夜叉神峠では公衆電話から南アルプス温泉ロッジに電話を入れ予約する。今日は平日のため空いていた。とりあえず昼食に夜叉陣のロッジで750円もする山菜そばを食べ、14:00にはロッジに向かう。あとはのーんびりビールと温泉三昧。なんといっても1泊2食付き6,000円は安い。展望風呂で4日分の垢を流したあと、カメラを持って相変わらずぬるい露天風呂へ。あがるにあがれず、後から来た一人男の人と話をする。もちろん日本酒のパックを持ってきており飲んでいた。
露天風呂ですっかり体が冷めてしまい、夕飯までの20分でまた展望風呂に行く。ここでまた暖まったので夕食時にまたビールを飲んでしまう。食事は食堂のようなところで宿泊客がまとまってとっているが、一人で食べているのは私ともう一人のバイクの人のみ。これは話しかけないと男がすたると思い、夜明かし酒飲みを覚悟でビールをつぎに行く。しかし全く酒は飲めない人で、まあ結構盛り上がって話し相手にはなった。部屋に戻ってまた風呂へ行く。
5月7日(木)曇り
うーんよく寝た。昨日までふるえて寝ていたのが嘘のようだ。しかし外は曇っている。今まで晴れが続いたからしょうがないなー。天気予報では下り坂とのこと。こうなるとキャンプはどうも・・・・またふるえながら寝るのも嫌だしなー・・・。
朝食後また風呂へ行き、昨日のバイクの人とまた話す。やはり行く先は決まっていないとのこと。私も困惑の中テレビを見てコーラを飲んでのんびり出発。
さてどうしようかとガイドブックを買うため交付市内をぐるぐる回るがなかなか無く、結局韮崎まで来て「るるぶ山梨」を買う。それでも何となく車を運転し野辺山の電波望遠鏡(といってもアンテナを見るだけ)を見学したり、ミーハー清里でソフトクリームを食べたりと観光していた。昼食は山梨名物のカボチャのほうとう。
さて本日の泊まりはと・・・、昨日宿に一泊しているし金がかかるなーと温泉の民宿に妥協する。増富ラジウム温泉の民宿が5,500円とのことで決める。ここは何ともすごい山の中で私の泊まる三英館は、民宿といえ普通の家。私以外は宿泊客はおらず、温泉は近くの大きな温泉の風呂に行くといったもの。2回目以降の入浴は別料金。晩飯には昼飯の追い打ちをかけるようにカボチャのほうとうが出て、昼に1,000円払った事が悔やまれる。
晩飯を食べるとやることが無くまた風呂へ行く。2回目以降は別料金となり250円取られる。ここの風呂は世界でも珍しいくらいのラジウムが出ておりとても体によいとのこと。しかし、一泊くらいでは何一つ利くわけがない。お湯はもうお湯といえないくらいぬるく昨日の南アルプス温泉ロッジの露天風呂以下である。2時間以上つかり後は上がり湯で暖まって寝る。携帯ゲーム機をやりながら入っている人もいた。
翌日は富士五湖や忍野八海などをうろつき帰路につく。天気が良くてなにより。
