1990年 夏 白馬連邦
 独身時代最後の夏山。酒田からわりに近い日本海側のルートを走って行くことが出来る白馬(「はくば」といわず「しろうま」という)連邦とした。白馬の大雪渓は有名で登山誌には良く紹介されている。込み合うのは避けられないであろうが、のんびり楽しんできた。
 
8月5日(日)晴れ
 7時28分発特急いなほに乗り込む。白馬まで片道1万円近くする。新潟で別な特急に乗り換え糸魚川へ。どちらも思ったよりすいていて、エアコンが効いた中快適に座って行けた。糸魚川からの各駅停車は逆に扇風機の風がさわやかな夏を感じさせてくれる。昨年までの地獄の様な夜行列車は何だったのか。
 白馬の駅前で貸しアイゼンを借りる。たった一回の雪渓登りのため重たいアイゼンを持ってくるより借りた方が荷物が少なくて済む。ここで700円払って白馬岳の山小屋で返したときに300円返ってくるシステム。
 登り口の猿倉まではバスで登る。狭い道なのですれ違いが厳しい。猿倉山荘までは約30分で到着。しかしここにはテント場がないので、白馬尻まで登る。1時間ちょっとの登りでまだ水筒に水を汲んでいないので荷は軽い。しかし日頃の運動不足からか汗が滝のように流れ、水場で2回ほど休む。
 白馬尻の山荘でテントの届けを出す。500円。夕食は山菜おこわに野菜スープ、ワカメサラダ。蚊が多いテント場だ。寒くはないので明るい内は外にいよう。夕日に照らされた雪渓が赤くてきれいだ。
 
8月6日(月)晴れ
 4時に目覚ましアラームがなったものの5時まで寝ていてしまい、すっかり日が昇った後にラーメンの朝食を食べていたものだから、出発の頃には半分以上のテントが無くなっていた。
 今日もとても天気がよい。雪渓までは10分の登り。アイゼンが良く効き2回ほど休んだくらいで終点まで到着してしまう。終点の水場で休んだときにナイフを落としたことに気がつきさっき休んだ所まで戻るが無い。フォークやスプーンもついている物なので無いと困る。30分のロス。しょうがないので諦めてまた登り出す。雪渓が終わればすぐ尾根なのかと思っていたが、結構この先も長い。おまけにすごい急登である。雪渓の部分は高低差があまり無かったのだ。道理で楽だったわけだ。上から雪渓を見下ろすとすごい人である。まるでアリが行列を作って登っているようだ。後半はかなり休みがちになる。途中カロリーメイトを2袋食べる。
 白馬頂上小屋についたのが1時をすっかり回っていて、頂上をピストンして天狗小屋まで進むのは不可能と判断しガスもかかってきたことだし、テント場の申込みをしてしまう。また500円、高いよう。テント場は結構混んでいたものの時間が早かったため余裕で張ることが出来た。
 その後頂上までピストンしに行く。上のロッジでフォークとスプーンが各300円で売っていたので買う。これで何とか食事を手づかみでしなくとも良くなった。南アルプスであれば命取りだった。頂上も混んでいて、写真を数枚撮り下る。時間があるのでばら売りの絵はがきを買い彼女に出す。こんな所にポストがあるというのもさすが白馬、人がたくさん来るということか。しかし切手を買ったときに貰ったお釣りの9円はこの山行きが終わるまであるだろう。全く消費税というのは憎たらしい。
 夕食はご飯と野沢菜、納豆汁。食後にウイスキーを飲んだら半分以上なくなってしまった。こんな所までギターとハモニカを持ってきて演奏している人が居た。ご苦労様。テント場はほぼ満杯で賑わいでいる。
 
8月7日(火)晴れ
 夜中、学生の団体たちが騒いでいる。テント場から離れてやっているので注意もしようがない。周囲の人たちもカンカンだ。こういう人たちには来てほしくない。
 それが終わると風が出てきて、ぺぐでフライを止めていない私のテントがばたばたし出した。外に出てペグを打つ。今夜はすばらしい月夜で明るいほどだ。さて寝ようかと思うと、今度はご来光を見に行く人たちが騒ぎ出し結局4時間ほどしか眠られなかった。
 仕方なく4時に起きて、ラーメンを食べトイレに行き6時前には出発。足が軽く、快調に飛ばす。この調子だと今日中に白馬五竜まで行けそうだ。と思ったものの天狗の頭までで、その後の不帰キレットがきつい。それというのも今日は暑いのだ。垂直に近い壁を大きな荷物を背負った登り下りすると、大粒の汗がぼたぼたと出てくる。息が切れるし食欲がない。水筒の水は既にお湯になっている。一度休むとなかなか立ち上がれない。寝不足もあるのか。
 唐松岳にふらふらになって到着。頂上にいた人と少し話をする。すると今日白馬の大雪渓で落石事故があり4〜5人が飛ばされ死んだ人も居た模様。ガスがかかって落石が見えなかったらしいのだ。あの行列では落石があれば誰かに当たりそうなものだ。
 唐松の小屋で取りあえずテントの届けを出して、水も買う。なんと1g150円。汗が塩となりジャリジャリだが顔を洗うわけにも行かない。
 夕食は、赤飯、シジミ汁、ツナワカメサラダにフレンチドレッシングドバかけ。これがうまかった。
 
8月8日(水)晴れのちガス
 寝不足だったことと静かなテント場だったためぐっすりと眠れてが、少し地面が傾斜していたため、気がつくたび寝ている位置が変わっていた。
4時のアラームがなる前に目が覚めラーメンをすする。水も何とか間に合い、出がけに2g買い、出発。鹿島槍ヶ岳のキレット小屋でテントを張りたいのだが、テント場がなさそうだったのでもしかすると冷池まで行かなければならない。よっていつもより早出。
 なんと言っても初っぱなの五竜の急登はひどかった。息が切れ切れ、今日も暑く登りにあえいでいる。まあ、雨の中を歩くことにしてみればまだ良い方か。キレット小屋につく頃は水が底をついていた。
 キレット小屋はほんとに壁と壁の隙間にぎりぎり建っていてテント場など有るはずもなく、結局冷池まで行かなければならなくなった。また小屋では水不足ということもあり、宿泊の人以外に水を売ってくれず、背に腹は代えられないので、缶ジュースを2本買う。なんと1本380円。一本は一気に飲み残りは鹿島槍ヶ岳の頂上で飲もう。
 ガスがかかってきて気温が少し下がってきて歩きやすくなった。鹿島槍ヶ岳の頂上へは、15時30分コースタイムとおりに到着。後は1時間半かけて下る。暑いきつい水がない。テント場へたどり着いたときには座り込んでしまった。
 テントを張り、水を買いに行く。渇ききった喉にビールを流し込んだらさぞかしうまいだろうと770円出してビールを買う。変な飲み屋で飲むビールよりは安いではないか。さて味の方は・・・んん・・胃が痛い。弱った胃腸に刺激が強すぎたか。
 夕食は山菜おこわとみそ汁、野沢菜。ワンパターンである。今日は歩いた。
 
8月9日(木)晴れのちガス、霧雨、雨
 今日も4時起床。ラーメンを食べる。今朝は水に余裕があるので顔をふいて歯を磨きさっぱりする。このテント場から隣の種池山荘がはっきり見える。歩いてみると2時間かかった。昨日に比べると今日の体力は120%、快調である。赤沢岳にもほぼコースタイムとおりに着く。またもや水が底をついてきた。赤沢岳からは黒部ダムの湖がよく見え、時折遊覧船のアナウンスが聞こえてきた。喉が渇いて自動販売機のことが思い浮かんでくるのも、しゃばが恋しくなってきたからか。
 その後はへんな名前のズバリ岳で、最後の水でポカリスエットを造って飲む。空は、ガスって来て歩きやすくなったがだんだん雨粒が大きくなり、針ノ木岳を登る頃からは合羽を着込んで歩く。これならやはり暑い方がよい。バテバテだ。針ノ木岳頂上は当然何も見えず、後テント場まで30分ひたすら歩いた。おまけに雷まで鳴り出し、雷の嫌いな私は走って降りた。天気が崩れたおかげか、雷鳥を2羽見ることが出来た。
 小屋でテントの申請をし、指定されたところへ張ろうと思ったら、石がごつごつで隣に張る。もう来ないだろうと思ったが、来て謝ったら「別に良いですよとのこと。」結構話をした。いい人で良かった。私なら怒ると思う。テントにはいるが雨が強くなってきた。天気予報は明日は雨で雷を伴うとのこと。明日は停滞か。
8月10日(金)雨
 やはり雨である。シュラフの足が濡れてしまった。弟に貸したときにカバーが外されていたのた。調べずに持ってきた私が悪いのだが、何のために17,000円も払ったのか・・。
 ラジオを聴いていると台風11号が静岡に上陸し長野をかすめるそうだ。JRや各道路がストップしているらしくしゃばは大混乱らしい。暇なので無線機で下界の人たちと交信する。松本の人から信濃大町にある公共の良い温泉を紹介してもらった。明日は天気も回復するだろう。早めに降りて温泉に浸かりたい。
8月11日(土)曇りのち晴れ
 雨は止んだ模様、テントを撤収し下りにかかる。針ノ木の小屋に今日の雪渓情報というのがあり、大きな雪渓だったのかと気づく。しかしその時はあまり気にとめず当然アイゼンすら借りず下ってしまった。
 しばらく降りると思った以上の雪渓があり、後ろ向きでキックステップを造りながら下っていった。しかし雪が堅くなかなか進まない。その時頭のうえで雷より大きな音が響いた。落石である。10トンクラスの岩が落ちたような音だ。幸い音だけで落石そものの確認は出来なかったが、私の中で何かが弾けた。急に怖くなり雪渓から迂回した。今思えば、それが大正解でピッケルもなしにあんな堅い雪の上を滑落でもしたら1,000mは止まらないだろう。
 それだけでなく、あの音ととも私の山に対する情熱も弾けたようだ。これまで幾度も危険な目にあってはいたものの、この様な気持ちになったのは初めてだ。来年は結婚も控えている。山をやめるつもりはないが命までは懸けられない。良いけじめになったのただろうか。
 扇沢のトロリーバスターミナルへ降りてきたのは、昼近く。黒部立山アルペンルートの観光客でごった返している。富山名物(ここは長野か?)ます寿司を食べバスで大町温泉へ。無線で聴いた300円でいろいろなお風呂が楽しめる温泉へ行き、一週間の垢を落としビールを飲む。これが何よりもの楽しみである。
 信濃大町からまた電車を乗り継ぎ、その日のうちに酒田まで帰った。