前のページに戻る


ピークオイルのとらえ方
peak_oil




 石油の現状について考えてみました。もちろん素人のかたよった情報と偏見です。


 イラクで代表的なキルクーク油田などは劣化が激しく、また管理も悪く、強引な採掘を続けているので産出量も品質も落ちている。サウジの優良大油田でも採掘可能な半分量に達し、限界が見え始めている。らしい。


 2010年にメキシコ湾で、BPの海底油田が大規模原油流出事故をおこしました。その採掘場所を報道で知って驚きました。海上でリグを使って開発するのですが、現場の水深はなんと1522m。
 ははあ、なるほど。もはや「そんなところ」にしか新しい油田がないんだな。と感じた。

 深海の油田開発は、どれほど機能するのだろうか。北海油田も限界を向かえて縮小をつづけて、2005年イギリスは再び石油輸入国になった。海底の石油の将来も頭打ちだろう。


 シェールオイル・ガスが新技術で採掘可能になったがどれも規模が小さく、平均的油田寿命は2−3年にすぎない。初年度の産出量は翌年には半減するのがあたりまえだそうだ。
 素人の感想では、これは一種の焼畑で、しかも当然採掘跡は回復しないのだから、永久に頼れるものではない。また採掘に大量の水が必要なので、中国やロシアでの埋蔵量が大きくても利用に過度の期待はしないほうがよいようだ。


 ベネズエラやカナダのオイルサンドなどの非従来型油田の埋蔵量は膨大だ。

 しかし、採掘コスト・・・というより採掘に必要なエネルギー・・・オイルサンドに熱を加えて分離して精製して・・・を考えると新たに取り出せるエネルギーは自噴するようなサウジの油田にくらべたら採算が極端に悪い。
 エネルギー資源は、とりだすエネルギーととりだされるエネルギーに大きな差がなければ、そもそも採掘する意味はない。 強引にムリすればCO2だけが増加してしまいかねない。金銭的操作で採掘可能としても早晩いきずまる。


 ・・・これらを考えると、いつまでも石油に頼るのは意味はなさそうである。
 製品原料としての資源として使い、エネルギーを別に調達して採掘して利用するなら数百年持つのかもしれないが・・・。

 そして石油石炭など、化石炭化水素を燃やしたらCO2排出源となり、温暖化の原因にもなるのだから、エネルギー源としては段階的に見切りをつけるべきかな? と総合的に感じた。

 ソボクな話をするなら、僻地、大地下、深海から、あるいは精製と運送の手間をかけて、地球すみずみまでいきわたらせるエネルギールートの全貌は壮大だが、それにすべて依存するのもいかがなものだろうか。

 太陽からのエネルギーなど、手近で安全で自分でコントロールできる部分から使って、燃やす資源は、石油石炭薪炭であれ、補助にとどめたほうがマシではなかろうか。よけいな経費をかけなければ、効率もあがるはずだ。 

 なにかのシステムに隷属し、たよりきって自己決定権をなくすより、道徳的には、自立したほうがすばらしいではないか。自前のエネルギーの確保は、自由でいられるかどうか。に直結する問題と考えます。

 化石燃料には、常に同じ問題がつきまとう。「千年のうち」で、エネルギー問題をとらえる基本姿勢がここにあると思えるのです。

 そして、つきつめて考えれば・・・、我々のエネルギーのソースは、広い意味での太陽光線です。

 農業、林業は日照を固定化します。化石燃料は太古の植物を燃やします。

 水力、風力は日照の変動によっておきる気象からエネルギーをとります。

 太陽と無関係なのは、原子力と地熱ぐらいでしょうか。

 原子力は、廃棄物と資源の制約がありますので、安全に使うにはおそらく廃棄物を確実に地球外に持ち出せる軌道エレベータなどの装置が必要でしょう。

 地熱発電は大規模に使える地域が狭すぎ、容量も小さいので全体でいえば「オマケ程度」にしかなりません。
 各家庭で小規模にその土地の潜在地熱を使うことは、確実で賢明な選択で大いに意味がありますが、それも補助としてです。

 結局、我々は、太陽光線を直接変換するか、太陽で育った成果を燃やすかして、エネルギーを得ているのです。これからもたぶん、そうでしょう。

 根本的には、家庭、地域、国など、どのレベルであっても、
「エネルギーの収支がプラスになれば、生活は安定し、維持できる。」し、
「余剰が大きければ豊かになる。」
 ・・・となります。当然のことのはずです。

 原子力発電では、かたよりが大きすぎて、余剰がどれほどでても、それだけでは「人間の人生」と言うべき生活全般をささえきれません。力不足なのです。
 本質的豊かさには直結しません。原子力でコタツはナンセンスです。

 カーボンストームの200年の長い旅を、まわりまわって帰ってきたところで、やっぱり頼るべきメインエネルギーソースは太陽だと、再確認することになったのでしょう。



2016/11/05 T.Sakurai