『千と千尋の神隠し』のDVDが赤い?
二〇〇二年七月十九日に、『千と千尋の神隠し』のDVDとビデオが発売されました。実は映画は、その当日まで札幌と広島で上映されていて、封切が二〇〇一年七月二〇日ですから、なんと丸一年のロングランを達成したわけです。 さっそく見てみます。確認したいことがありました。実はネット上で「DVDの色がおかしい、赤みがかかっている」という指摘があったのです。 すでに予約は好調で初回出荷がビデオと合わせて500万枚という信じがたい数になっていると楽しそうに報道されています。ですから、もし不良品問題となりリコール(回収)さわぎにでもなったらどんな企業にとっても相当な打撃になります。 再プレス・返品送料負担・再発送の費用・対応に要する手間。どう考えても販売500万なら十数億近くのお金が最低限ふっとぶでしょう。実質はもっとかかるでしょうし、ユーザーや販売店などへ植え付けてしまう不信感は金額ではあらわれません。時間も数ヶ月は必要でしょう。 私の知る限りでは、7/17に最初に某掲示板に「色がおかしい」と掲載がありました。 発売日の二日前にすでに情報が流れ始めていたわけです。オークションなどにはもっと前からDVD発売特典の「おにぎりフィギア」が現物写真つきで登場してるし、7/14の日本テレビのジブリ新作特集番組の中で使われた「千尋」DVDの映像がすでに赤かったという兆候もありました。早めに手に入れた人々の中で、カンのいい人は気がついていたようです。 DVDの色問題は、ネット上でたちまち掲示板(スレッド)が乱立し、反応数も一日で数千を超えました。いわゆるネットでよく表現される「祭り」になってしまったのである。 もうスタジオジブリや宮崎監督や発売元のブエナビスタへの罵詈雑言や揶揄、中傷、パロディはすさまじいもので、ほとんどがゴミのような意見とはいえ、説得力のあるものも相当ある。ここではしかめっつらしいメーカーの公式見解など、権威や説得力は、カケラももたないということです。 今回の原因解明も数時間という猛スピードですすみました。DVDの専門家と称する人たちが何人か意見を出して、専門用語が飛び交ってやりとりがすすみ、結局は色温度の設定とやらが間違っていたらしいと結論が出た。単純なデータ変換ミス、さらには製品チェックモレのようです。
「どこそこでは返品に応じた」とレシートの写真までつけて表示したり、問い合わせしたらこんな返事がきたとか、こう誘導したら担当者が失言してこんな言質をとったとか、担当者によって対応が違うから別の人に頼むと返品がきくよ。とか、もう丸裸である。 中には「電話応対の音声録音を提供してくれないか」という提案までされていて、もし出てきたらそれこそメーカーは面目まるつぶれであろう。 以前に東芝だったかクレーム対応で乱暴な受け答えをした電話を録音されてネット上に肉声が流れたことがあった。もちろんメーカーはネットで糾弾の「祭りの対象」にされて、さんざんな目にあった。事実というものの破壊力はすさまじい。 ご丁寧におせっかいなでしゃばりヤジウマが、各新聞社やテレビ局や消費者センターへのメールアドレスや電話番号表をリストにして提供してくれる。それを利用して、私もブエナビスタに皮肉のメールを一本打っときました。返事は来ませんでした。
はっきりいってこじれればこじれるほど。メーカーが冷たい態度をとればとるほど、祭りはヒートアップして盛り上がり、面白くなる。口先のごまかしは致命傷になっていくだけなのだ。ユーザーは最強のカードをもち,相手はすべての持ち札をさらしてポーカーをするようなもので、どちらが勝者かは、はじめからわかっている。 同様な現象はヤフー掲示板や映画のファンサイトなど様々なところで自然発生的・同時進行でおきていて、相互に情報を参照しながら同じような結論に到達していく。 だれかが誘導してこうなっているわけではなく,いささか品がないかもしれないが、実に迅速で完全に「民主的」でホンネの討論による結果なのだから強権でくつがえそうとしても効果はない。 どこかのサイトをなんらかの圧力で閉じることに成功しても(事実、画像を無断で表示していた掲示板が著作権問題で圧力をかけられて消された例もある)他のサイトがさらにそれを材料にして盛り上がる。 いやはや「祭り」とはよくいったものである。この騒ぎですっかり沈静化していた「千と千尋の神隠し」関係のサイトが数ヶ月ぶりに活性化しました。 それにしみじみこのありさまをみて思うのは、既存のマスコミの報道がどんなに情報が少なくて遅く、実情を知らせていない。ということです。 こうなると完全に事態の主導権はユーザーに握られて、メーカーもマスコミも、ふりまわされるだけみたいです。マスコミが無視しようとしても、今度は攻撃の矛先がマスコミにまでおよんで批判にさらされかねないのです。 マスコミ報道が始まったのは22日の朝の毎日新聞のネットニュースが最速で、その日の午後になってマスコミ各社と各新聞(読売(報知)・毎日・日経。さらに各夕刊誌)は足並みそろえて報道に踏み切りました。これはネット上での成り行きを見守っていて、事実確認をし、帰趨がはっきりとしたからだろうと私は思う。(その他 参考リンク集 収集された方、ありがとうございます) なぜマスコミがこの問題を報道しないか各掲示板の中で疑問がだされて、マスコミ攻撃まで始まりつつありましたので、いいタイミングだったのでしょう。
さて実体はどうだったか。 そうしたら・・・どれも見事に赤いです。問題発生を確認しました。 実はDVDには予告編も収録されていて、そちらの予告編は「赤変」は感じられないのです。つまり同じディスクの中に二種類の色調の同一画面があることになります。(正確にはもっといろいろ事情はありますが省略します。)統一がとれていません。これだけで商品としては失格でしょう。
上が予告編 色合いの比較のためだけに、著作権の範囲内で引用しているつもりです。
さて二種類の画像の全体の照度分布は、赤みがかかっている映画本編の方が、バランスがとれていました。(もちろん縮小前のデータです) さて色の方です。 光は赤・緑・青の三原色で表示されます。赤は予告編と映画本編ではだいたい同じようなバランスになっていました。違いはありますが素人にはわかりません。 問題は、青と緑にありました。
赤では色の分布が濃淡の全域にわたって存在するのに、青と緑では照度の高い部分の分布がほとんどないのです。 つまり画面は赤いのではなく、青と緑のデータがカットされていたのです。 不良品はあきらかなのですから、さっそく返品の手続きをとりました。「メーカーの仕様です。」と少々ゴネられましたが、結局は受理されました。あまり手間がかからず幸いでした。 人間だったらだれだって間違いはある。絶対なんて人間の世界にない。だいたい騒ぎになる間違いはいくつものチェックを信じがたいほどの確率ですりぬけて現実になっちゃうのだ。ごくあたりまえのことです。おこっちまったことは仕方がないじゃない。 今回の事だってプロなら恥ずかしくて、顔をあげられないほどのロクデモナイ単純ミスです。技術者が世をはかなんだりしないように保護して慰めてあげなければならないほどの明白な「事故」です。 だから、「ミスしました。悪気ないです。ごめんなさい。」といえばいいはずだ。でも・・である。 7/28に秋葉原と神田にいってきました。普段DVDソフトがないはずの電気店や書店にまで、「千と千尋の神隠し」だけは置いてありました。 趣旨は「不良ではない。問題が発生しているのは事実として見とめるが自社の責任ではない」というものです。全文はネットで読めますのでどうぞ。 どの店も一番良い場所にポスターをはり、POPを置き、ワゴンを設置し、中には専門の売り子さんまでつけて大々的に売り出していました。500万人に愛される超人気ソフトです。 すべての販売店でここまで力を入れているからには、回収しますなんて言うに言えないのもわからないでもない。胸が痛みます。
しかしネット上で仕入れた余計な知識によると、テレビ側で自動で色を補正している機種がけっこうあり、その場合は正常に近く見えるのだそうです。しかしもともとの色が正常に出ているわけではありません。 液晶テレビではどうの、プラズマがどうの、プロジェクターがどうのという意見もありますが、結局は自動補正があるかどうかで、赤いかどうかになります。でも自動補正されたからといって正常な色ではないのです。必ず補正モレが発生するからです。この問題は元のデータがおかしいので、VHSビデオを買っても同じです。 同時にすでに相当な店頭割引が始まっていました。ネット・オークションでの出品も300件を超えた数になっています。 ついでに小金井のジブリまで見物にいくと、玄関はしまっていて張り紙もありません。ナニも異変は感じられないのですが、土曜の夕方だというのにほとんどの明かりがついていて、人も出入りしていました。 現在ジブリの正式コメントはありません。 宮崎監督が知ったら「苦虫かみつぶして、煮えくりかえっている」ことでしょう。でも口を出さないかもしれません。 トトロのぬいぐるみの色が間違っていたからといって、製造元をとびこえてあれこれいうはずないからです。 ただし、今回の騒ぎは一企業には大きく、世間的にはとるにたらない程度と微妙なところです。最終的にどうなるかよく見極めたいと思います。 もともと私の関心のあるのは企業産業文化論であり、ITやマルチメディアなど情報分野も守備範囲です。さらには日本の実務的な部分の文化論がコアにしたい部分です。(文芸評論は苦手です) そこからすると、たまたま出したアニメの本の関連で、本来のホームグラウンドの問題が発生したわけで、これは面白いことになってきました。
DVDでごたついたせいかどうかわかりませんが、今夏のジブリの新作は9月に入って急速に映画興行ランクをさげて、街角から姿を消しつつあります。 夏休み期間中もてば普通のアニメ映画としては充分なヒットと判断できます。 丸一年上映しつづけた「千と千尋」のヒットがいかに突出していて、他の監督では再現困難であるか言うまでもありません。 だから今年のジブリ映画の出来についての感想は、何もいわないほうがいいでしょう。忘れました。 さて「千と千尋の神隠し」はようやくアメリカでの公開が始まり、北米の上映館数たったの28館という配給元のやる気のなさにも関わらず、一館あたりの平均では一位を獲得し、週間総合成績で18位につけるという大健闘の序盤結果です。 ライバル会社(少なくとも日本市場では)の作品を地元アメリカで配給をすることになった●ィズニーには頭の痛い出だしのようです。 これから公開館数がどれだけ増えるか楽しみです。 (それにしても、なんで商売敵と手を組んだのか、私にはよくわからない?? 冷たくされるのがオチじゃないの?) ちなみにTSUTAYAのビデオランキングでは「千と千尋」が7/19の発売以来連続でビデオ貸出の一位を続けているようです。この分ではDVD問題は「かすりキズ」程度で収まると判断してもいいかもしれません。 さて、DVD問題ですが、まったくナシのつぶてのジブリの対応に、ネット上での批判はあきらめ感が深まり、一部で批判は先鋭化しはじめています。 DVDの赤みを好意的にとらえようとする意見は「ジブリから派遣された情報工作員&関係者」と北●鮮なみに呼ばれています。 何人かの方は確かにアヤシイ発言をしていたのは確かで、もし本当に「工作員」が存在するとなると、一躍トップニューススキャンダルになるのは確実ですが、まさかねえ・・と思っておきましょう。
(ちなみに私も、自分で確認した事実は、事実としてまげられませんから、批判派に属すると解釈してください) 批判陣営と製造者は、妥協の余地の無い持久戦に突入したようです。 また、ようやく国民生活センターがこの問題について判断を下しました。対応は消費者よりでしたが解決には程遠いものです。 それだけ問題に社会的インパクトがなかったのでしょう。
クレームが企業の命運を左右することは、昨年の雪印食品の例で強く印象付けられました。 三菱自動車の例や、最近の日本ハム・無登録農薬・原子炉疑惑など、その商品・サービスを受ける消費者がどのように感じるかはいうまでもないでしょう。 消費者とはその企業を利用するだけではなく、企業が存在している社会そのものなのですから、自分(企業)の立っている地盤から、自分たちが評価されなくなったらどうなるのでしょう? もちろん、クレームについてはいくつかの対応原則があります。
・クレームの原因が消費者側の手落ちや誤りにあったとしても、それを指摘してはならない。
・自社に問題がある場合には弁解してはならない。
・クレーム発生の責任者を追及してはならない
・クレームはチャンスである。
以上のことは、だいたいどこの企業でもクレーム担当なら知っています。いわばマニュアル丸写しです。ただし実施しているところは優れた経営者(商売人)がいる企業に限られます。 そうすると内部での問題・矛盾の解決を外部に負担させようとします。それが近眼(チカメ)で見れば、一番自分達にとって楽ですからね。恐怖の無責任です。 ところが内部矛盾を外部に負わせれば、外部にとってその企業(集団・組織)は余計なコストのかかるハタ迷惑な存在となります。 経営者(トップ)の責任(仕事)とは外部からの要請と、内部の要請を調整して双方を満足(機能)させることです。これは政治的にいうと、外交と内政の調整となります。
どんなにクレーム対策にコストがかかってもいいとはいっても、今回のアニメのように回収に応じたら高い確率で会社の存立にかかわる場合に、普通のレベルの経営者に同様な決断を求めてもムリであろう。 しかしこれがもっと危険な状況だったらどうだろう。 東京電力の原子炉の自主検査データ改ざんは一般消費者には絶対わからず、かつ実際に不都合で事故・・それこそチェルノブイリ級の事故はいくらなんでも起こらないとは思うが・・が、もしも億兆に一つでも起こった場合を考えたら、身の毛がよだつ。 最悪の事態を考えて、企業や組織内部の規範・倫理を一切信用(期待)できない事態をも想定して、社会的な歯止めを作っておくべきであろう。 歯止めとは何かを具体的にいうなら、まったく身もフタもないのであるが、内部告発の奨励と、告発者の保護と新しい職場の保証である。 日本の企業内における人間関係は、擬似家族・擬似血縁的関係になりやすく、たとえていえば休日に一緒にゴルフに行ったり、さまざまな便宜・恩義をうけたり、仲人をつとめてもらった同僚達の不利益になりかねない(会社にダメージを与えかねない)ことをおこなうのは、極めて困難であたりまえである。
しかし自己の良心を優先して、親しい人々から裏切り者扱いされる危険を冒して、あえて行う勇気ある行為なのだから、なるべく功績に見合う公的な保証を制度として確立するべきなのである。 そしてわからないでは放置しておけない問題であった。 社会に与える教育的悪影響は考慮すべきではないかと、少々オーバーに考えるこのごろである。
まだまだ情報が足りないので最終結論には早すぎますがが、仮の総括をしてみます。
今後も折にふれ、この問題はむしかえされる可能性があると思われます。 何かの反論をすることは結果的に責任を認めることにつながりかねない。だから製造者は、クレームをつけるユーザーとは一切対話しないという姿勢を堅持していくと思われ、それが批判者に熱意と持続力を供給してしまいます。 叩かれても叩かれっぱなしの「湯婆婆の口封じの魔法のかかった境遇」と思えば、他人事ながら少々情けない。 だが、仕方ないでしょう。栄光の絶頂を極めたかと思うと、たちどころに足をすくわれる。世の中というのはままならないものです。 「宮崎駿の森の風」のはじめに、私は「千と千尋」は現代日本の苦境に対する最良の対象療法であると書きました。それは今でも変わりません。この治療の効果がどの程度かが、今回の事例がはからずも明らかにしてくれたのではないか? と思えるほうが、はるかに関心がある。
現在の日本の苦境とは、すなわち日本的システムと世界的なシステムとの摩擦であると私には思えます。
2003/2 一部、文章削除してあります。 ts.hp@net.email.ne.jp |