2002年に復活した幻の歌謡曲があります。 でもわたしゃ特に関心はなくて、「イムジン川」は直接の再プレス版ではなく、奄美出身のRIKKIという女性シンガーのアルバムカバーで偶然聞くことになりました。 なぜか胸にしみる懐かしげな旋律で、お気に入りとはいかなくても時折聞いてみたいなと思ったんですが、2度目に聞いたとき「あんだッ?」ととんでもないことに気がつきました。
♪イムジン河水きよく とうとうとながる
これは日本人のフォークグループが朝鮮半島分断を背景に、韓国人の気持ちで故郷への懐かしさを歌ったものだと思っていました。でも
♪北の大地から 南の空へ
えっ? するとこれは南から北を思うのではなく、北から南を歌っているのか? 奄美出身らしく、歌唱力に秀でた20代のRIKKIのどちらかというと幼く高い歌声で「とうとう」と歌われるといつのまにか胸にしみいるけど、しみいっちゃあダメなんだ。 わかってるのRIKKIちゃん。 長い間、左翼に牛耳られていた日本の言論界において、 といったプロパガンダが横行していた時代がたしかにあった。
♪誰が祖国を 分けてしまったの
よくいうよ。ホントよくもいえたもんだ。 これは自由と正義を純粋に求める若者が、理想を託して作った歌には間違いありません。でも韓国の人には実に迷惑な歌でしょう。 ベトナム戦争が激化していく時代、中国の文化大革命が輝かしく紹介された時代でした。 そこに情報遮断された、まだ破綻が明らかにならない社会主義国の誇大宣伝(プロパガンダ)に、世間ずれしていない若者はだまされますよ。 経験の浅い若者が、親の言うことを聞かずに、勝手によその国を理想の国だと思い込んで、心情的に一体化して、こんな曲をうっかり歌っちゃうんです・・。 もともと日本人の悪癖に、外国に理想をもとめることがあります。 それらの国を「我が心の祖国よ」「我が同志よ」とトンチンカンな妄想をたくましくして、それらのもともと無理な幻想が、時間の経過で当然のごとく、自然消滅すると「だまされた」などと、これまたトンチンカンな怒りをあらわにする。 ずいぶんと恥ずかしいことを、たっくさん我々日本人はやってきたのである。
いまとなっては誰の目にも明らかだが、1950年から朝鮮半島全土を戦火にまきこんだ韓民族の大悲劇である朝鮮戦争は、北朝鮮主席金日成の冒険的決断による奇襲作戦ではじまった。 ただし当時の宣伝では「南側の侵略に対応して戦火をまじえることになった」とされていて、日本のサヨク迎合マスコミも、それにのっかって偏向極まりない報道がされていた。 当時、在韓米軍は1948年に撤退していて不在。 韓国残存部隊と国連軍は釜山周辺の土地においつめられ、連戦連勝で各方面から殺到する北朝鮮軍に対して、必死で最後の防衛を試みる。 韓国は消滅し、朝鮮半島全土は北朝鮮で統一される。次の戦場は日本本土かも・・。 つまりはこの時代は、まだ米軍に真正面から戦って勝てる国があったのである。 結局、戦線は開戦前の元の場所付近で膠着。
この戦争は双方に200万人にのぼる損害と憎しみのみを残す。 この泥沼の後遺症は世界的なものがある。 また、朝鮮半島で失敗した共産勢力による分断国家の解消は1975年に北ベトナムが南ベトナムをのみこむことで成功させるのである。
朝鮮戦争 一九五〇年六月から一九五三年七月までの三年一ヶ月にわたるアメリカ帝国主義による朝鮮侵略戦争。朝鮮民主主義人民共和国政府・人民軍と祖国の統一をのぞむ朝鮮人民は、アメリカの侵略に対し武力をもって戦った。(中略)アメリカは、戦後の経済危機におそわれていたので、経済的困難の打開策を待望していたアメリカ独占資本は、朝鮮での開戦を干天の慈雨として歓迎した。(中略)アメリカはこの戦争に200億ドルの戦費と陸海空軍の大半、「国連軍」全体で200万人の大兵力を投入したが、米軍史上最大の敗北をなめた。ナパーム弾、細菌兵器などの非人道的兵器を用い、原爆投下まで計画したが、全世界の平和勢力の激励をうけた朝鮮人民を屈服させることができなかった。(後略)
すごいでしょ。中立であるべき百科事典にここまで書かれているのである。 この捻じ曲がった世界観は「イムジン川」と同一であり、それが社会的常識の一部として受けいられていたから「イムジン川」が歌われた。 こんな簡単なウソでも当時は見ぬくことは難しかったし、実体を知っていた人は口をつぐんだ。 ベトナム戦争も安保締結も、理想主義の日本の若者は反対した。 いったい何が「祖国」を二つに裂き、ベトナム戦争に反対させたのか。 5日前に通りかかった霞ヶ関三宅坂の社民党本部には「がんこに平和 元気に福祉」のタレ幕がぶらさげられていたが、その平和とは、だれのための平和、どんなかたちの平和なのだろう。 もう一度はっきり書くが、日本国憲法がホネ抜きになったのは金日成のおかげだともいえるのだ。 日本国憲法の非戦の誓いは、崇高だと思う。 敗戦の惨禍と苦労をなめた日本人には、その苦労をも甘受してもいいからやり抜こうと素朴に、思ったのだろうと思う。 安保反対もベトナム戦争反対も、当時の若者達をして「平和と理想をもとめた」結果なのは間違いない。彼らは日本国憲法を評価していたはずであり、その実現に努力している。とカンチガイしていた。 おぞましいことだが、単純に「戦争はイヤ」とは、安直に考えてはならないのである。 どちらにせよ、理想は実現するための、適切な判断力と、手段と、決意がなければ「机上の空論」になり、あっさり現実の必要性に屈服し、ねじまげられてしまう。
真実を見ぬくことはいつの時代も至難のわざなのだろう。 自由と繁栄と秩序の北朝鮮から、抑圧と腐敗と混乱に苦しんでいる南の韓国へ向かう、自分の命の危険をかえりみずに潜入する「破壊工作員」のことだろうか? 彼ら工作員は、歯をくいしばり涙を流し、「イムジン川」を口ずさむことを心のはげましとして、敵対国(韓国・日本)に潜伏する不安や恐怖や困難に打ち勝とうとしたのではなかろうか? そして南の不幸な人たちを、北へご招待(拉致とも言う)するのは、慈しみ深き金日成(今は金正日)様の「恩恵」ではないか。
今にしてみれば「イムジン川」は過去のプロパガンダである。 今度、「イムジン川」をカラオケで歌ってみようと思う。 人間という存在が、あまりにバカバカしくすぎて嘲(わら)ってしまうのか、それとも、あまりに情けなくて泣いてしまうのか?
20021226
--------------------------------------------------------- イムジン河
松山 猛 訳詞
イムジン河水きよく 我が祖国南の地
北の大地から南の空へ
イムジン河空遠く http://www.fukuchan.ac/music/j-folk1/imujingawa.htmlより転載 --------------------------------- 2001年の大晦日、紅白歌合戦でキム・ヨンジャが歌った歌詞 イムジン川 いつの日も 清らな 水たたえ --------------------------------- <リムジン川>は北朝鮮=朝鮮民主主義人民共和国で1960年代に作られたもので、作詞はパク・セヨン(朴世永)、作曲はコ・ジョンハン(高宗漢)である。作詞者パク・セヨンは解放前からのプロレタリア文学運動にも加わった詩人で『山つばめ』などの詩集で知られている。京畿道出身のパクは解放後、北朝鮮に移り多くの詩を発表しているが、最も知られているのは北朝鮮の国歌『愛国歌』を作詞したことであろう。また1960年代の日本でよく歌われた<ピョンヤンは心のふるさと>の作詞者でもある。 この<リムジン川>は在日朝鮮人のあいだで1960年代に歌われていたものを、松山猛が詩をつけ、当時のフォークソンググループ<ザ・フォーク・クルセダーズ>が歌ったものである。1968年になって<ザ・フォーク・クルセダーズ>はシングルレコード「イムジン河」をリリースすることになったが、発売の直前になって発売元の東芝は突如中止を発表したのであった。そのいきさつは次のようなものであったとされる。 「原詩に忠実でないと朝鮮総連から抗議をうけたというのがその理由であった。しかし、実は総連側の抗議内容は、<イムジン河>の原詩は、北側にとっては重要な人が作ったものなので、発表する場合は、朝鮮民主主義人民共和国の何某が作った歌と、はっきり明記すること、というものだったのだ。国交のない共産圏の国の正式名称を併記することを東芝は親会社の手前、躊躇したのである。」(黒沢進 CD「ザ・フォーク・クルセダーズ ハレンチ+1」解説 1995) しかしこの解説だけでは、「朝鮮総連から抗議をうけた」ことや、東芝(レコード)がなぜ「親会社の手前、躊躇した」のかは理解しがたい。筆者の記憶では、当時このレコードの発売に際しては、作詞・作曲者不明とされていたが、明らかに北朝鮮の詩人と音楽家によるものであり、この点に対して朝鮮総連はそれを明記するよう要求したのであったし、北朝鮮の歌が日本で広がることを好ましく思わなかった韓国大使館が東芝に圧力をかけ、発売中止に至ったと聞いている。つまりここで言う「親会社の手前、躊躇した」とは、韓国に進出していた東芝が韓国との経済的関係を優先し、北朝鮮の歌のレコードの発売を中止したとのことなのであろう。 <ザ・フォーク・クルセダーズ>のシングルレコード「イムジン河」が、当時世に出ていたならば日本の人々、とりわけ若い人々のあいだにこの歌が確実に広がっていたことであろう。しかし、上に述べたようなこともあり、放送などでも禁止曲(放送局には内規があり、戦時中の軍歌・政治的色彩がこい歌・男女のあいだをうたった一部の歌・商品名などが歌詞に含まれている歌などは放送されないことがある。)となってしまったのである。 http://www1.odn.ne.jp/~cab34730/korea-ongaku.htmlより転載
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