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オスロ合意破棄の歴史的必然性

 オスロ合意破棄の歴史的必然性

 イスラエルがアラファト議長を相手にせずとし,イスラエル政府とパレスチナ自治政府の平和共存のオスロ合意を破棄した。
 これまでも戦争状態であったが,和平合意は戦争終結のための唯一の道筋であった。これがなくなったのは,それ以前の状態に戻るということであって、それ以下の状態ではない。

 悲しむべき状況であるし、もちろん特定の人物,集団に責任がないわけではない。
 今回のテロの直接の発火点はイスラエル・シャロン首相の岩のモスク視察であるし,アラファト議長がテロを抑制しなかったというのも責任がある。
 テロ組織やその支援者や黙認者や声援をおくり自ら石をなげるパレスチナ市民,シャロン政権を支持するイスラエル市民やイスラエル軍,第三者として傍観している我々,そのいずれにもそれなりの責任がある。

 テロの連続は,憎悪の連続である。憎悪はどこかで断ち切らねばならない。どこかの人物なり,集団が,理性によってあるいはあきらめによって自分の感情をおさえこみ,こぶしをにぎりしめて笑顔を相手にむけなければならない。
 そうすれば憎悪は断ち切れる。はずである。
 イスラエル=バレスチナ問題のすべての当事者にむかって、この憎悪の放棄を呼びかけるのは可能であろう。しかし、それが機能するかはまったく別なのだ。

 私の意見を言えば,すべての責任者・関係者が憎悪をすてても,それだけでは問題はまったく解決しない。もっと恐るべき原因がひそんでおり,それがこの紛争の真の原因なのだ。

 シャロン首相がモスクを視察したのは他の国や場所では「どうということのない」行為にすぎない。しかし,和平崩壊の引き金をひいてしまった。
 これは,もともと特定の状況が積み重なって,崩壊寸前になっていた巨大な岩山の前で,小さなせきばらいをしたために,巨大な山が崩れ去ったといったような「現象」なのだとみるべきだ。
 きっかけはなんでもよかったのだ。いずれにせよ,多少の時間差をおいて,同じ状態が発生したのだと私は思う。

 私はテロには絶対的に反対する。
 特に子供をふくめた市民への無差別テロには憤怒を感じる。(あたりまえだ。)
 そしてテロを支援する者はテロリストであるという主張は、正しいと思う
 この意味で私はイスラム過激派とそれを支援するパレスチナ市民の態度を肯定しない。テロリストを速やかに社会から取り除かないパレスチナ自治政府も評価しない。
 いかなる形であれ無差別に市民の生命を脅かす行為に対しては,断固たる効果的措置をとる必要があり,イスラエル政府の行動はむしろよく自制された限定的なものだと評価したいくらいだ。

 私がパレスチナ市民に対して持っている一種の不信感は,はたして彼らは何を望んでいるのかということだ。
 イスラエルは国連によって承認された現在の国際環境のなかでの合法的な国家である。
 しかしイスラエルの国境は確定していない。
 確定するには交渉が必要だが、アラブには交渉能力が事実上ないのだ。(シナイ半島をめぐるエジプトを例外として)

 イスラエル建国は、当初、パレスチナに点在するユダヤ人入植地を国連決議でユダヤ人国家の建設地と認められた地域で行われた。そこに、エジプト、シリア、ヨルダン、イラクのアラブ諸国が一斉に侵攻したのが第一次中東戦争だった。
 つまり侵略はアラブ側がやったわけで、その目的はユダヤ人の排除(虐殺)だった。

 この構図は実は現在でも変化していない。アラブ側の対イスラエルのマスメディアは「ユダヤ人を地中海に叩き落せ」(あるいはもっとヒドイ内容)と叫んでいる。この扇動を毎日聞いているユダヤ人がアラブ人に寛容になれるわけがない。

 第一次中東戦争では当初ユダヤ人民間入植者は素手も同然で対抗し、膨大な犠牲者を出したが、世界中からの援助と急速な軍組織の建設でなんとか撃退した。見事だった。
 そのまま,何度かの戦争,危機を経たが,現代でもイスラエル支配領域は領土ではない。単なる戦争の停戦ラインなのだ。

 その教訓から、イスラエルはいかなる経済犠牲をはらっても軍事力でアラブを圧倒するという方針をやむをえずにとっている。(と、私には思える)
 イスラエルは一度でも敗れたらすべてのユダヤ人の血が流されるからなりふりかまわない。
 もし、パレスチナ人がユダヤ人の絶滅を願うなら、イスラエルの現在の姿勢は当然なのだ。

 では,問題はどこにあるのだろう。
 憎悪はどこからでてくるのか。
 経済格差か。宗教・文化の違いだろうか。社会体制だろうか。なぜ,イスラエルとパレスチナ(アラブ)はうまく交渉できないのだろう。本当のところ,なにが流血の原因であるのか。

 この問題は恐らく私には完全な解答はできっこなかろう。
 それでもあえて書くなら,両者に根本的な『現代という世界』への認識の違いがあるのだ。と、私は考えている。

 イスラエルはヨーロッパにあれば,何の問題もおこさない国でいられるだろう。また,日本の隣に地続きであったとしても同様であろう。ごく普通の現代先進国国家として生存していけるのだ。しかしパレスチナはそうはいくまい。彼らはあくまでも「第三世界」の国民なのである。

 アラファト議長は選挙で選ばれたことはない。それどころかアラブ諸国で選挙で指導者を決定している国がいくつあるか? 彼はテロリスト出身者だがそんな人物が政権に座れるというところは先進国では考えられまい。
 伝統的にアラブでは土地の売買はできない。信仰の自由もない。理論上改宗はありうるが実行したら社会から抹殺されるからできっこない。女性の権利の制限は目をおおわんばかりだ。
 西欧民主主義(ウエスタン・デモクラシー)の世界観と大きくへだたっている別の世界である。

 現代世界の主流国家――まあ,国家という言葉もそうとうに古めかしい言葉だがとりあえず使おう――とはどのような形態の国であり,その住民(国民)といえるのだろうか。
 いわく――
 民主主義を採用している。法治主義である。自由主義であり,市場経済,資本主義。そして基本的人権――男女同権、信教と信条と良心の自由,など――が保たれ、すべての人が尊厳をもって「合法的」に,かつ「平和」に生きられる状態といったことようなことを指すのだと思う。
 これはよく考えなくてもけっこう高いハードルであって,こんな社会を支えるには高度の技術はもちろん,とてつもなく多くの前提・思想・教育と誘導がなければ維持できないのであろう。

 さて,そうではない国や国民があった場合どうなるだろう。
 考えてみたい。
 私は「冷戦の只中」で青春期のすべての人格形成を終えた人間なので,いとも簡単に答えはだせる。つまり「ソ連」をどう思うかである。

 ソ連はかつて恐るべき存在感で現実の世界に君臨し,我々の国・日本の間近にあり,世界を滅ぼすことができる能力があった。
 ソ連はいま上にあげた項目のいくつかはクリアーしなかった。
 つまり全体主義であり、個人の財産権をみとめない共産国家であった。なにより怖かったのは個人の基本的人権のいくつか(特に信条の自由!)を認めないことであり,ソ連の支配化においては,個人の自由などは冗談でしかなかった。

 もちろん当時の日本とソ連との間にもそれなりの友好関係というものも存在はしていた。個人的な体験をいうなら,いくつかの友好イベントに出席したことがあり,ソ連人を間近に見た事があった。彼らは悪魔なんぞではないし,少年の私にずいぶん優しくもしてくれた。結構好きだった。しかし,深夜にラジオ・モスコーの歯の浮くような見え透いたプロパガンダを聞けば,とたんに幻滅にかわった。
 そう。彼等とは共に生きられないと感じた。

 ソ連の崩壊を聞いたとき,私は正直言って喜んだ。その前年に冷戦の終結をゴルバチョフとブッシュ(シニア)両大統領がマルタで宣言したときは信用していなかった。ソ連はまだ『存在』していたからだ。
 だが,本当にあの巨大な帝国は存在しなくなった。あの時の安堵感。あの時の天から光が指しこむような未来への希望と、緊張のなくなった瞬間は忘れられない。

 もう,私の上に、私の家族の上に,この町の上に、赤いハンマー印の核兵器が飛来して炸裂することはないのだ。これを喜ばずに何を喜ぶというのか。
 もちろん祖国の崩壊した旧ソ連の人々がこれから資本主義の荒波にさらされて過酷な運命を義務づけられるのは予測した。彼等の苦しみはどれほどであろうか、同情を禁じえなかった。だが,それでも心底うれしかったのだ。

 そして思った。レーガンもブッシュも正しかった。この二人の米大統領(任期1981-1992)は,アメリカの総力をあげ,国力を傾けてでもソ連との妥協無き軍拡で対抗した。それに物理的に耐えきれなくなって,ソ連ゴルバチョフ大統領の理性を引き出すことができた。彼等二人の徹底した強行姿勢は正しかったのだと。
 そして彼ら二人の前のリベラルで優しげなカーター米大統領(任期1976-1980)のすすめた緊張緩和(デタント)政策は幻想だったと知った。

 双方の核ミサイルの打ち合いによる相互確証破壊戦略(いわゆるMAD)――どちらが先に攻撃しても,結末は両方の壊滅と人類文明の滅亡さえありうるという状況を作り出し恐怖を相互に与え合うことで最終戦争の勃発を防ぐ――というプランは,まさしくクレージーである。
 広島の数倍に達する米ソそれぞれ約一万発。合計二万発の核兵器をあらゆる手段で使用する戦争。
 世界の大都市がことごとく消滅し,大火災によるばい煙で氷河期がくるとさえいわれ,降下する核物質によって――土地も水も大気さえも――あらゆるものが汚染される。
 生きとし生けるものすべてにやってくる災厄。
 ヨハネの黙示録さえも顔色を失うかのごとき、非現実的なまでの破壊のかぎりをつくした人類文明の終末。さらに血迷って水爆まで使われたならいかなる事態になろうか?。
 それが冷戦時代の現実の裏側であり、若い私の暗すぎる未来でもあった。

 なぜ,こんなことになるのか。どうして双方がムダにしか思えない費用と努力と技術を振り絞って世界を破滅の淵においやってそのままにしておくのか。
「こんなことを続けていけばいつか偶然が重なり合って偶発戦争の形で世界は破滅してしまうのではないのか? ソ連さえなければ・・。」そう思えてならなかった。

 ソ連とはなんであったか?。
 それは共産主義というイデオロギーをかかげたもう一つの世界であった。
 ソ連は日本の属する西欧民主主義(ウエスタン・デモクラシー)諸国とは異端の文明であって,この二つの世界はいずれかが消えねばならないからこそ,MAD戦略はこの地上に存在するハメになったのだ。もう,理由はこれしかない。
 そして,ソ連が消えたのは共産主義イデオロギーと西欧民主主義との比較によって、共産主義の欠陥がソ連国民のすみずみにまで明らかになり,『愛想』つかされた結果に他ならないのだ。

 『ソ連』という存在が私に教えてくれたものは,自分たちの社会とは異なる,妥協の余地の無い存在が世界には存在しうるのだということ。
 その社会の存在を認めれば,自分たちの社会が壊れてしまうし,かといって無視すれば彼らはこちらを物理的に滅ぼしてしまう。

 それに立ち向かうには正面から相手の前に立って,同じ価値観を共有する仲間を少しでも多くかき集めて団結し,妥協無く立ち向かって自分の正統性を相手に粘り強くアピールしていくことなのだ。

 これには決して性急な決断や短絡的な反応はしてはならず,常に冷静であり,けっして激情に身をまかせることなく,こつこつと,そして相手の圧力によってジリジリと炭火でわが身を焼かれるようなストレスにも耐えて耐えぬき,必要とあらば自分も相手もすべてを破壊し尽くす覚悟と、その時(ああなんてことだ)が来たときに瞬時に断固たる決断をくだす用意をする。そして,いつ果てるともしれぬ消耗にとことんまでつきあうのだ。
 もちろん自分の方が,先に体力や精神力がつきたら消え去るしかない。

 これは抜き身の刀を双方で相手の足にでも突き刺し、えぐりあい、血をボタボタと流し合いながら、それぞれもう片方の手にはピンを抜いた手榴弾を握り締めて、にらみ合うようなものだ。
 考えるまでもなく両者とも絶体絶命のムチャクチャである。
 そして忘れてはならないのは,この場合の最強の武器は、『言葉』なのである。

 幸いなことにソ連を形作っていたものはやはり現代文明の一つであった。
 それは西欧民主主義の近縁の兄弟とも呼べる思想であり,賢明な彼らは自らの判断にしたがって自らの行動を変化させるという大変つらい決断をしてくれた。
 それによって現代文明はかつてない危機から生還して平和な――ここは強調したい。アフガンでいくらドンパチやろうとも,今は極めて平和なのだ。――世界が生まれた。

 ずいぶんと寄り道をしたようだが,イスラエルのオスロ合意破棄にもどろう。
 オスロ合意についてはウエスタン・デモクラシー諸国は何の違和感も感じないだろう。なぜなら,それはウエスタン・デモクラシーの論理で作られた同意だからである。だから仲間内での取り交わしならこの合意は遵守されるだろうしされなかったら,その制裁を受けるだろうし,バカげた不名誉に怒った国民は政府を引きずり倒すに決まっている。

 しかし,オスロ合意を蹂躙してもパレスチナ政府は倒壊しない。なぜか。
 社会をささえる原理が,ウエスタン・デモクラシーとは似ても似つかないイスラム社会であるからだ。
 どちらが正しいのか。という議論はここでは意味をなさない(この議題は不毛だし,私にとってはつまらないからだ)。
 ここでは「どちらが強いか」という腕力だけにしぼりたい。
 するとどちらの社会がより生存能力が高く,様々な変動に耐えられ,かつ人類全体の現在の代表的社会体制かというと・・いうまでもなかろう。

 現在の世界のほとんどのシステムはウエスタン・デモクラシーによって支配されている。
 国連などの国際機関などはウエスタン・デモクラシーという『偏狭な思想』によって裏付けられて機能しているわけで,この『偏狭な思想』を認めない、自らの信仰を人類の永遠普遍の原理と確信するイスラム諸国にとっては、便益的価値があるから、とりあえず付き合ってやっているにすぎないのである。

 彼らは自分たちの思想と対立すれば(もし,そうせよとコーランに書いてあれば)、即座に国連など脱退するであろう。もしイスラムと国連が矛盾しているのにそれに加盟しているのは,自らの信仰への裏切りであって二重規範(二枚舌)を使う堕落した行為となる。
 堕落とは不信仰の表明であって,これはスターリン批判を受け入れたソビエト国民のように面従腹背の状態といえよう。

 そうなれば,イスラムは骨抜きになってウエスタン・デモクラシー諸国がかつて経験したような『脱宗教体制』の世俗社会となるか,ソ連崩壊後のロシア市民のようなほとんど茫然自失の無規範の混乱(アノミー)状態になるかどちらかである。だから、イスラム宗教指導者(=政府首脳)はそれを許さないであろう。

 歴史的必然という言葉がある。

 かつて日本は,中国とアメリカとイギリスとソ連相手に、戦略的にまったく無意味でデタラメな戦争を行った。そして負けた。その結果,それまでの思想を放棄した。
 思想を放棄するにはここまでの試練が必要だったのだろうか。
 あえていいたい。必要であったのだ。
 それが『歴史的必然』という戦慄する言葉の真意である。

 誰かが止めようとしても止まらないもの。崩れかかった岩山のようなもの。思想と思想の――言葉+武力の――ぶつかり合いによる血で血を洗う凄惨な論争。
 世界観の違いはいくらでも新たな憎悪と軽蔑を生む。

 我々の知性はようやく現在の時点にまできた。これは進歩と呼ぶには情けないほどの状態なのだが,とりあえずはここへ到達した。

 まだ世界はいくつにも分割されている。
『いくらかはマシな偏狭な思想』によって『どうしょうもないほど偏狭な思想』を駆逐していくことは歴史上,珍しいことではない。

 これが最終的にいずれかの『偏狭な思想』によって統一されるのだろうか?
 私にはわからない。
 でも、たとえ統一されても、一枚岩の体制になったとしても,いずれその内部から別の思想が出てきてその『偏狭な思想』を打ち倒す事だって過去に何度でもあったであろう。

 とりあえず,現代に主流の『偏狭な思想』でこりかたまった先進国(イスラエル)と、同じように別の『偏狭な思想』に従っている第三世界の国(パレスチナ)の闘争がどうなるかは結果は見なくてもわかる。
 強いものが生き残るのだ。

 パレスチナ問題は,冷戦と比べると,コップの中の嵐であろう。
 自爆テロですめばまだまだ手ぬるいものである。それがテロリストにわかってもらえないのは悲しい。
 本当に恐ろしい武器。世界を変化させる武器とは「言葉=思想」なのだから。

2001/12/16

 

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