熊:隠居、いるかい。
隠:ああ、熊さんか。おや、元気がないな、どうした、心配ごとでもあるのか。
熊:実は、弟が行方不明で、頭が痛えんで。
隠:なに、弟さんが行方不明?そりゃ大変だな、なにかい、警察へはもう届けたのか。
熊:警察?なに、そんな大げさなもんじゃねえ。
隠:大げさじゃないって、手遅れになる、ってこともあるし。
熊:手遅れ、そうそう、手が遅れるんだよ、それも、アドリブが分かんなくなる原因かな。
隠:アドリブ?何の話だ、弟さんが行方不明なんだろ。
熊:あー違う違う、最近アドリブの練習を始めたんだが、途中でどこを行ってんだか分か
んなくなる、つまり、「音、音が行方不明」って言ったんだ。隠居も慌て者だなあ、ハハハ。
隠:何がハハハだ。わざとそんな風に言ったんだろ、バカヤロ。
熊:バレたか。しかし、アドリブってのは、どうして途中で行方不明になるのかね。
隠:熊さんのことだ、どうせまた、いい加減な練習をやってんだろ。
熊:へえへえ、さようでござんす。いいから、行方不明にならない、なんかいいい方法
を教えてくんねえな。
隠:まず、(1)ちゃんとした演奏技術。アドリブに必要なのは、頭に浮かんだ音がそのま
ま楽器で表現できること。そのためには、いろんな音階練習をいっぱいやって、頭と手が
いっしょに動く感覚を身に付けることだな。そうでないと、手が遅れ、フレーズがズレて
いく、それが行方不明の原因のひとつだ。
熊:おやおや、また悠長な話だな、それから。
隠:(2)フレーズを作る能力。フレーズをいっぱい覚えてそれを演奏するのもいいが、演
奏したフレーズがジャズらしく聴こえる、それが一番だ。思い出そうとして出てこないと
あわてる、だから行方不明になるな。
熊:そりゃ、どうやったらいいんで。
隠:簡単だ、ジャズらしいフレーズの作り方を覚えりゃいい。
熊:じれってえな、だから、その方法を聞いてんだよ。
隠:たとえば、どんなイントネーションだとジャズらしく聴こえるか、を勉強する。アフ
タービート、オフビート、シンコペーション、アンティシペーション、つまり、音のどん
な強弱、流れが、ジャズらしいか、それを体で覚えていく。
熊:ふーん、分かったような、分からんような。
隠:CDなどを聴くときは、そういうことに注意して聴いて、それが自然と自分のものにな
るようにする。市販のフレーズ集なども、模範演奏の音源の付いたものを買うといいな。
熊:これまた、面倒くせえ話だ。それから。
隠: (3)元のメロディーを大切にする。アドリブってのはそもそも、もとのメロディー
があって、そのメロディーに付けられたコードのつながりから生み出すもんだ。コードの
構成音を知るのも大切だが、それにとらわれ過ぎて、音を縦の団子として考えてしまうと、
フレーズの流れがぎこちなくなり、行方不明になっていくな。
熊:ふーん、そういうもんかね。それから。
隠: まあ、それぐらいのことを頭に置いて練習すれば、熊さんのアドリブも、今年は少し
はよくなるかもしれないな。
熊:ふーん。じゃまあ、やりたくはねえが、隠居の顔を立てて、やってみるとするか。それ
にしても、いきなり聞いてもそれだけペラペラ説明するってことは、隠居は、昔そうとう
ジャズをやってたんだろな。
隠:いや、全然。
熊:え、ってえことは、いま言ったことは?
隠:ハハハ、全部アドリブだ。
|