創作小説「あるバンドマンに捧げる預言書」


              創作小説「あるバンドマンに捧げる預言書」


机の上に一冊の、というより、一束の、書き付けがある。本の体裁をなしているわけでは なく、古びた紙の束に無造作に穴をあけ、こよりで留めてあるだけの、なんとも頼り無い 体裁の紙束だ。

これに出会ったのは、京都・東寺の弘法市だ。数百件の出店が並ぶ境内を、人ごみに押さ れながら歩いていると、ふと周りに誰もいなくなり、まるで空中に放り出されたような感 覚にとらわれた。そして、そこにあった出店の棚で、この紙の束は風にヒラヒラしながら、 まるで催眠術をかけるように、私を誘っていた。

普段なら、小賢(こざか)しく、まず目的以外の物を手に取り、あれこれ難癖をつけたあ と、目的の物に取り掛かるのだが、その時は真っ先にその紙の束に進んで行った。
「これ、いくら?」
「そは売り物にあらず」
「え?だって売るために並べてるんじゃないの」
「売り物にあらず」
「売り物じゃない」というのは古物を扱う店の常套手段だと分かっているのに、主人の妙 な言葉遣いに抗(あらが)うように、いつのまにか分別の領域を越えて食い下がっていた。

しばらくたった後、諦めたような顔(実はしたり顔かもしれないが)をした出店の主は、「そ は人の運命(さだめ)を記(しる)せしもの。深く読み解くことすなわち災いの元なり」 と言って金を受け取ると、それっきり目を閉じてしまった。


あんな駆け引きの方法もあるんだな・・・その紙の束を持って帰り、机の上に置き、しば らく眺めていた。いつもの通り衝動買いの後悔が襲ってくる・・・と思ったが、なかなか やって来ない。金銭感覚が鈍くなったのか、それとも、これは本当に掘り出し物か?

それにしても、「深く読み解くことすなわち災いの元なり」とはどういうことなのか。少し 不安だったが、触っただけでバラけてしまいそうな紙の束を、意を決してそっと開いてみ た。そこでやっと、後悔の念が湧いてきた。どのページにも短い文章が四行ほど書かれて いるだけで、しかも、どのページも、隣り合った文章どうしになんの脈絡もない。「な んだ、これは。やっぱりガセか・・・」。

そのまま閉じようとした時、ふと指にかかったページの、四行目が目にとまった。
『そしてかの人は、神の階(きざはし)にその命を捧ぐ』
たしかに人の運命について書いてあるようだ、と思いながら、前の三行目に目をやった。
『勝ちを信じ四たび雄叫びをあげし者に、狂乱がおとずれる』
意味ありげな表現、どうとでも解釈できそうな内容、まるで「ノストラダムスの大予言」 じゃないか、と思いながら、その前の二行目を読む。
『大いなる戦いが終息するとき、狂おしき七匹の猫は乱舞する』
まったくもって、大げさなくせに曖昧な文章だ。では、最初の一行目はどうなんだろう。
『山々の狭間に生まれしと名乗る者、長き音色を奏でる』
やっぱり、意味のない文章の羅列だ。

しばらくの間、払った金額と紙の束を天秤にかけ、ぼんやりしていたが、ふと「例え ば、この文章を・・・」と、頭を切り替えてみた。


一行目、『山々の狭間に生まれしといえる者、長き音色を奏でる』は、
「山々の狭間」といえば「谷」だから、「谷」と名乗る者が、長き音色を奏でる、と してみたらどうだろうか。では、長き音色とは?長い楽器のことかも。そういえば、中国語で「長号(チョンハオ)」はトロンボ ーンのことだ。そうすとすると、「長き音色を奏でる」は「トロンボーンを演奏する」とな り、
『谷と名乗る者がトロンボーンを演奏する』
となる。え、まさか?と思いつつ、二行目を見直してみた。

二行目、『大いなる戦いが終息するとき、狂おしき七匹の猫は乱舞する』は、
「大いなる戦い」を、第二次世界大戦としてみよう。ひょっとして「狂おしき七匹の猫」は 「クレージーキャッツ」ではないのか。メンバーもちょうど七人だし。そうすると、
『第二次世界大戦が終わったあと、クレージーキャッツが活躍する時代が来る』
ともとれる。偶然にしてはつじつまが合うな、と思いながら、次を見た。

三行目、『勝ちを信じ四たび雄叫びをあげし者に、狂乱がおとずれる』は、
勝ちを四たび、が問題だ。なんだろう・・・勝ち、四たび、カチ、ヨン・・・まてよ、ガ チョーンではないのか!そういえば、「ガチョーン」は麻雀でツモったときに発した奇声だ というではないか。つまり、雄叫びだ。すると、
『ガチョーンという言葉を大流行させて人気者になる』
と、とれるではないか。

そしてもう一度、最後の四行目に眼をやった瞬間、心が凍りついた。
四行目、『そしてかの人は、神の階(きざはし)にその命を捧ぐ』は、
「神の階」を上(かみ)への階段、と考えると、
『その人は二階に上がる階段で神に召される』・・・。


2010年9月11日、クレージーキャッツのメンバー谷啓氏が、階段で転ぶという不慮の事故で亡くなった。 シャープ&フラッツという有名バンドのトロンボーン奏者として活躍し、クレージーキャ ッツというコミックバンドで名をはせ、「釣りバカ日誌」で俳優として味のある演技を見せ、 「NHK・美の壷」という教養番組で軽妙な司会ぶりを見せていた人の、突然の死だった。

この四行の文章を目にしたのが、2010年9月11日以前だったか、以後だったか、覚えていない。 たとえ、「以前だった」と言っても、誰も信じてはくれないだろうから。
以来紙の束は、机の上に放置されたままになっている・・・・・。



(この物語はフィクションでありこの世に存在する全てのものと関係ありません。)

・・・・谷啓氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます・・・・