短編小説「水没した街からの訪問者」

ある晩寝ていたら、枕元に黒人が立って、こう話しかけてきた。

あんたは、よくこの歳まで無事に生きて来れたなあ、と思った事はないのかね。あんたと 同じ年、もしくはあんたより後に生まれ、この日を待たないでこの世から消えていった「命」 は、数知れないというのに。

以前から不思議に思ってるんだが、あんたは、一体、何歳まで生きるつもりだ。自分だけ は長生きする、と思っているのかな?

今日は、大切な事をあんたに伝えに来た。たぶん、学校では、習わなかった事だ。
それは、人間は必ず「死ぬ」という事だ、・・・まあまあ、落ち着いて。
しかし、それが一体何時なのかは、わからないのだ。

死んだら、何ができんかというと、まず、酒が飲めん。という事は、この世に生きている 実感がなくなってしまう、という事。あんたにはそれが一番分かり易いやすいだろう。

今日という日までたどりつけず死んだ人達は皆、まさか、今日自分が死ぬって思っても いなかった。あれを言おう、これをやっておこう、って思っていた計画が、突然、終った わけだ。明日死を迎える人もいる。それは自分じゃない、って皆思っているだけでね。

だから、今生きてここにいる、今日という日まで命があった、という事は、本当は、とて もファンタスティックでエキサイティングな事なんだ。

人間は、そうした限りある人生の一瞬一瞬を、命を削って生きている。でも、あんたは、 自分を不死身と思っているのかな。ずいぶん、のんびり生きてるよねえ。この分だと、あ と300年くらい生きてないと、何もできないだろな。

いいのかい、知らないよ。人生はあっと言う間だよ、あっと言う間に終るよ。世の中をす ねたり、反抗したり、知ったかぶりしている時間はないよ。もう、何でも死ぬ気でやらな いと、何も身に付かないよ。

さてどうするか。そうだな、とりあえず、来年までは生きていたいって祈って、毎日を生 きて見たらいいね。来年まで、毎晩寝る時に、ああ、今日も生きていたって神に感謝する 事だね。神様がいない人は、仏様でもいい、それもない人は、そうだね、とりあえず私に 感謝してもいいよ。え、私は誰か、って?私はジャズの・・・

というところで、目が覚めた。あー、夢か、なんなんだ、今のは。汗びっしょり。それに しても、あの黒人は一体誰だったんだろう?「私はジャズの・・・」?

と思いながら、テレビをつけると、そこには、ニューオリンズが、ハリケーンの直撃を受けて 壊滅的被害を受けた、というニュースが流れていた。画面には、無残に破壊され、水没して しまった「ジャズの街」の様子が!

そうか、ひょっとしたら、あの黒人は、「ジャズの聖霊」だったのかも。でも、未熟な私の 夢枕に立ったというのは、住所を間違えたのかな・・・

あ、そうか、ホームページに載せてくれ、ってことか。



(注・この文章の作成に当たり、友寄(ともよせ)隆哉氏のホームページの文章を参照させ て頂きました。(http://www.tomoyose.com/takaya/index.html)