古畑任三郎風「バンド部屋殺人事件」

             古畑任三郎風「バンド部屋殺人事件」


大物歌手のリハーサルが4時からあるという日、トップ・アルトサックスの空川は、午後 2時にバンド部屋に入った。まだ、誰も来ていない。別に、空川が真面目というわけでは ない。セカンド・アルトサックスの新山が珍しく練習を見てくれというので、早めに出て 来ただけだ。
空川は楽器ケースから楽器を取り出すと、リード(楽器を鳴らす為の薄い葦片)をペロペ ロと舐め、マウスピースに取り付けると楽器を吹き始めた。「あー気分が悪い、昨日の酒が、 まだ抜けん」。しかし、その気分の悪さが酒のせいではない、と気が付いたころには、もう 意識がもうろうとし始めていた。「う、うっ!」。空川はそのままソファーに倒れ込んだ。

「し、死んでるみたい!」
午後3時ごろいっしょにバンド部屋に入った、新山と専属歌手のヒバリは、部屋の隅の古 いソファーに不自然に横たわっている、空川の顔を覗き込んで叫んだ。「おい、119、い や警察、あ、フロアマネージャーを呼んで来て」。新山は、震える声でヒバリに言った。

鑑識の結果、死因は毒物死と断定された。しかし、部屋のなかには毒物の痕跡は無かった。 推定死亡時刻は当日の午後2時過ぎだが、メンバーに対する事情聴取の結果、全員、その 時間にはアリバイがあった。

ある程度捜査が済んだので、大物歌手の本番のステージは、予定通り行われることになっ た。ピアノ(奏者)は楽譜をさらったり、トロンボーンはチューナーで音を確認したり、 サックスはリードを削ったりして準備をして、本番のステージに上がっていった。事件の せいか、こころなしか、バンドの音が上ずって聞こえた・・・・。

「古畠さん、バンドのメンバーで怪しいのは3人ですね。まず、トロンボーンの木尾原は、 空川から金を借りていて、かなり厳しく取り立てられていたようです。セカンド・アルト サックスの新山は、いつも空川からいびられて敵意を持っていたとか。それから専属歌手 のヒバリは、空川の元彼女で、空川を恨んでいたようです。しかし、3人ともアリバイが ありますし、所持品からも毒物は検出されませんでした。こうなると、外部の者の犯行、 もしくは、自殺かもしれませんね」
「いや、犯人はその3人の中の一人だよ、東園寺くん。バンドの皆さんを呼んで来てくれ ませんか」

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『さて皆さんは、犯人が誰なのか、もうお分かりのことでしょう。そう、犯人はセカンド・ アルトサックスの、新山です。しかし、彼にはアリバイがあります。そして、毒物も見つ かっていない。さて、彼はどうやって空川を殺したのか、そのトリックは?ヒントは、サ ックスという楽器の特徴・・・いかがでしょうか、はい、古畠忍者風呂でした』
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「お集まりの皆さん。犯人は、サックス奏者の癖をたくみに利用し、彼を殺害しま した。その癖とは、リードを舐める、という癖です。リードを舐めるのは、湿り気を与え るため。犯人は前日の仕事が終わった後、こっそりと、空川さんのリードの表面に毒を塗 っておいたのです。翌日、何も知らない空川さんは、いつものようにリードを舐めて楽器 を吹き始め、そして、毒が回って死んだ。つまり、犯人は、空川さんが演奏前にリードを 舐めることを知っていた人物、ということになります」
「でも、古畠さん。空川さんがリードを舐めることは、メンバー全員が知っているし、ケ ースには数十枚のリードが入っていたから、毒を舐めさせる為には、全部に毒を塗ってお かないといけないことになますが、楽器のリードにも、他のリードにも毒は付いていませ んでしたが」
「待ちたまえ、東園寺くん。あ、そちらのテナーサックスの方、リードというのは、しょ ちゅう取り替えるものですか」
「いいえ。使い物になるリードは、一箱数十枚の中で数枚しかありませんから、気に入っ たリードは大事に使います。ましてや、大切なステージがある場合には、急に取り替えた りはしません」
「そうですね、つまり犯人は、空川さんが今どのリードを使っているか知っていて、その リードだけに毒を塗れる人物ということになります」
「でも、古畠さん。じゃ、その毒を塗ったリードというのは、どこにあるんです。鑑識が 全部のリードを持ち帰って調べたけど、毒物は無かったんですよ」
「待ちなさいよ、今出雲くん。あー、新山さん、あなた、バンド部屋の捜査が終わって本 番が始まる前に、ご自分のリードを削ってらっしゃいましたね」
「そ、それは、あ、厚さを、調整するためです、そ、それが何か」
「先ほどの方は、本番前にはリードを取り替えたりしない、とおっしゃっていましたが、それに しては、あなたは、ずい分熱心に削っていらしたようですが・・・。よろしい、初めから 説明しましょう。
新山さん、あなたは、前日仕事が終わってみんなが帰ったあと、空川さんのお気に入りのリードに 毒を塗った。そして、空川さんに2時から練習したいと言っておいて、わざと遅れて行き、 空川さんの死を見届けた。それから、ヒバリさんにマネージャーを呼びに行かせたスキに、 毒の付いたリードを普通のものに取り替え、それを自分の楽器に付けたんです。
捜査が行われている間、あなたは一度も音を出しませんでしたね、んー、それは、リードに まだ毒が付いていたからです。鑑識員も、まさか、あなたの楽器のリードに 毒が付いているとは思わないから、調べなかった。
捜査が終わると、あなたはリードを削るふりをして、毒を削り取って捨て、何も無かった ようにステージに上がった。今日のあたなの音、妙に上ずっていましたね。それは削り 過ぎたリードのせいじゃ、ないんですか」
「な、何を言うんだ。それなら、テナーもバリトンも、条件は同じじゃないか」
「東園寺くん、アルト、テナー、バリトンの、リードを机の上に並べてみて。そう、みん な大きなが違う。つまり、そんなことが出来るのは、同じアルトサックスの、新山さん、 あなただけなんです。実は、あなたがステージに上がっている間に、リードを削ったカッターを 鑑識に廻しときました。もうすぐ、報告が来るはずですが・・・」
「・・・く、悔しかったんだ!譜面台の陰で足を蹴ったり、キーが難しい時だけ、トップの 譜面を俺に吹かせたり、ウッ、ウッ、ウッ・・・」
「新山さん、バンマスの話では、空川さんは、別のバンドからパリヒ(引き抜き)されて いて、自分の代わりにあなたがトップを吹けるよう、必死で教えようとしていたそうですよ」
「・・・え!し、知らなかった・・・」

(後テーマ曲 ♪チャーチャチャ チャーチャチャ チャーチャチャーチャー)

<注>
この物語はフィクションです。物語も登場人物も、この世に存在するあらゆるものと 一切関係ありません>