バンドマン風落語「三軒長屋(上)」


                  バンドマン風落語「三軒長屋(上)」


えー、やっと3月ということで、少しずつですが暖かくなってまいりまして。長い冬を乗 り切って春めいてくるのを感じるというのは、歳を取れば取るほど、感慨もひとしお・・・、 ってなことを、どこかのおじいさんが言ってましたが・・・。
春になると目立ってきますのが、引越し、でございますね。新しい季節、新天地を求めて あちこちからいろんな方が、いろんな理由で移り住んで来られるわけですが。
そんなとき大変なのが、ご近所付き合いでございますね。以前はってえと「引越しそば」 を、つまり細く長くお付き合いを願いますってんで、ご近所、いわゆる「向う三軒両隣り」 に配ったもんですが、最近はそのそばを配るのも、荷物を運んだ引越し屋さんが代行す るってんですから、ご近所付き合いもずいぶん変わってきたようで・・・。

「ねえ、なんとかしてくださいな」
「なんだな、来る早々。少しはゆっくりさせてくれないか」
「だって、もうここにいたら頭が変になりそうで。どっかに引越してくださいな」
「おいおい、何を言ってるんだ。お前が、店から遠い方がいい、ってえから、少し寂しい 場所じゃあるが、今どき珍しいこの三軒長屋を借りてやったんじゃないか。それに、 寂しくないように家政婦も付けてやってるし。あ、ミタさん、悪いがコーヒー入れて くれないか」
「そりゃ、お店のお客さんにめっからないよう、お店からは遠いほうがいいって言いまし たけど、ここは遠過ぎますよ。だって、お庭にはしょっちゅう狸やら狐が出るし、時々 ツチノコも出たりするんですよ」
「いいじゃないか、お前、動物が大好きだって言ってたろ」
「狸や狐は動物じゃありませんよ、ありゃ妖怪ですよ。それ以上に、右隣りがキャバレー バンドのバンマスでしょ。しょっちゅうバンドマンの連中が来ちゃあ、夜中まで酒を飲ん で騒ぐし。それから左隣りはドラムの先生で、こっちは一日中、生徒の叩く下手くそなド ラムの音がテケテケドコドコ、ドタドタジャンジャン、うるさいったらないんですよ。ねえ、 引越ししてくださいな、旦那」
「まあ、そう言わず、もうちょっと様子を見て、それから考えようじゃないか」

「バンマス、俺ぁ今日という今日は、このパツラ(ラッパ=トランペット)野郎、勘弁で きねえ。少々高い音が出るからって、ピーピーピャーピャー、メーナード・ファーガソン みたいにハイトーン出されたんじゃ、グレン・ミラーの雰囲気がぶち壊しだってんだ」
「てやんでぇ、お前こそ、演歌のオブリガードに、チャーリー・パーカーみたいなヘンテ コリンなアルトソロを付けるから、今日の歌謡ショーがメチャメチャじゃねえか」
「てやんでぇ、だいたいラッパ吹きってのは、自分で自分の高音に酔ってんだ、そんなの をハイトーン・マゾってんだ、分かったか、このマゾ野郎」
「なんだと、サックス吹きってのは、指さえ早く動きゃ偉いって思ってんだろ。指を十本 も使ゃ、誰だって早いパッセージが吹けらあ、このイカゲソ野郎」
「十本じゃねえ、右の親指は使ってねえから九本だ、このヒステリー野郎」
「なんだと、この出来損ないタコ足野郎」
「ふん、じゃ、こんなパッセージが吹けるかってんだ。♪バラバラバラ、ホゲホゲホゲ 〜!!!」
「お前こそ、こんなハイトーンが出せるかってんだ、♪ピューィィィイ、キュルリュルル 〜!!!」

「さあ、生徒諸君、今日はドラミングテクニックの最終テストだ!一人ずつ最高のドラム・パフォー マンスを聴かせてもらおうか。じゃ、君から」
「はい、いきます。ドッドッドッドッ、ドッドッドッドッ、テケテケドコドコ、テケテケドコドコ!!!」
「よし。じゃ、次」
「いきます。ドッドッドッドッ、ドドドドドドドド、テドタドタジャンジャン、ドタドタジャンジャン!!!」

「おい、何が始まったんだ、この隣りの騒ぎは!トランペットのキンキンと、アルトサックス のハチャメチャで、鼓膜が破れそうだ!・・・おい、こっちの隣りはドラムか。あ、 振動でヤカンが落ちる、ヤカンを押さえろ!・・・俺の頭じゃねえ、ストーブのヤカンだ!」
「ねえ、だから言ったでしょ。毎日この騒ぎなんですのよ。早く引越ししてくださいな」
「なるほどな、分かった分かった。しかし、まあ、待て待て。実はこの三軒長屋は、俺の サラ金会社の担保に入ってて、もうすぐ俺のものになるんだ。そしたら、両隣りの三流バ ンドマンを追い出して、三軒を一軒にして住めるようにするから。もう少しの辛抱だ、それまで 我慢しろ、な」

さて、この「両隣りの三流バンドマンを追い出して、三軒を一軒にして」という噂が、おしゃべ りの家政婦のミタさんの口から広まりまして、ついには、気の強いバンマスの奥さんの耳にも入りま したから、さあ騒動でございますな。
「ちょっと、アンタ。これこれこういう話になってるって、知ってんの!隣りの2号に三流とか言われ て黙ってる気かい!」
「なんだって・・・ふんふん、そうか。よし分かった・・・おい、ちょっと出掛けてくる」
このバンマスが出掛けた先が、一軒置いて隣りの、ドラムの先生の家。

「先生、こんちは」
「おや、これはこれは、バンマス、ようこそ。何かご用事で?」
「いやなにね、これこれこういう話になってるんだけど、ご存知かと思って」
「ナニ、三流バンドマン?追い出して?ムムム、なんたる侮辱!かくなる上は、生徒を引 き連れて殴り込みをかけ、ドラムスティックであのヤカン頭をボコボコに!」
「まあまあ、落ち着いて。実は、俺に考えがあるんだけど。ちょっと耳を貸してもらえま すか・・・・ゴニョゴニョゴニョ・・・。分かりましたか?」
「いや、さっぱり。実はこっちの耳は、以前天狗とドラム合戦をしたおり、鼓膜が破れて さっぱり聞こえない」
「いやだな、聞こえない方を貸してどうするんです」
「いやなに、人に貸すときは悪い方から」
「やだな、聞こえる方を貸してくださいな。じゃ、もう一度言いますよ。ゴニョゴニョゴニョ・・・」
「ふんふん、なるほど、なるほど・・・」

さて、この先どうなりますことやら、申し上げたいところではございますが、お時間が来まし たようで、続きは次回のお楽しみということで、今回はこのへんで失礼をいたします。