熊さん流・ジャズ勉強法<謎の暗号ヨンヨンニ>


              熊さん流・ジャズ勉強法<謎の暗号ヨンヨンニ>


熊:ちは〜、大家さ〜ん、いるけぇ。いねえんなら、勝手に上がらせてもらうぜ。どれ、 クーラーいれて、扇風機回して、麦茶を頂いて、っと。
大:おい熊さん、留守のあいだに他人んちに上がりこんで、ナニ勝手なことをしてるんだ。
熊:おや、大家さん、おかえりなさい。
大:おかえりなさい、じゃねえ。それに、クーラーの設定温度、もっと上げな。これじゃ 寒すぎらあ。
熊:おやおや、自分ちの節電をここで取り戻そうと思ったのに。そうそう、設定で思い出 したんだが、隣町のバンドの練習のとき、バンドリーダーが「熊さん、ヨンヨンニで設定 をお願いします」って謎の言葉を言いやがった。あいよ、って返事しといたが、ヨンヨンニで、ヨン様が 二人、ってことでもなさそうだし、大家さんにこの謎が解けるかい。
大:謎ってえやつがあるか。そりゃ、Aの音のピッチを442ヘルツにしてくれって言っ てんだ。
熊:なーんだ、そうかい、ハハハ・・・・。で、そりゃどういう意味で?
大:分からなかったらハナからちゃんと聞きな。要するに、合奏の際に楽器をチューニングする、つまり、バンドの 各楽器の音程を合わせるのに、基準とするAの音のピッチを442ヘルツに合わせる、っ てことだ。
熊:ふん、ますます分からねえ。だって楽器ってのは、最初から音が合うように作ってあ るんじゃねえのかい。え、そうじゃなかったら金返せってんだ、なあ、そうだろ、大家さ ん!
大:興奮するんじゃない。確かに、熊さんの言うとおり、世界中の楽器のピッチの基準が、時代や 国を越えて、全て同じであれば問題はないんだが。
熊:そうじゃねえんですか。
大:ああ。例えば、古楽器には時代によってA=414、400、380などの楽器があ るし、1780年ごろのモーツアルトのピアノは422、1886年のウィーン国際基準 音会議で決められたのは435、といった具合だ。
熊:なんでちゃんと決めようとしねえんですかい。
大:決めようとする動きもあった。1939年の国際規約で、気温摂氏20度でA=44 0と設定されたが、イギリスは440、アメリカは440〜442、日本の主要オーケス トラ、音大、ヤマハは442、ベルリンフィルやウィーンフィルは445〜446、とい った具合に、なかなか統一されないのが現状だな。
熊:なんだか、どんどん高くなってるみてえだな。
大:それは、ピッチを高くすると、音にツヤや張りが出て、華やかになるといった効果が あるからだな。
熊:ふーん。それでもって、チューナー使って、チューニング管をチマチマ調整して、で、 隣町のバンドはヨンヨンニ、442ってことか。ブーッて音を出すだけで面倒なこった。
大:ところが、面倒くさいのはそれだけじゃない。A=440で絶対音感を養った人には、 この442ヘルツが耐えられないという人もいる。それから、日本の音楽界のほとんどが 採用しているのが、平均律という音階で、ここにも問題がある。
熊:ああ、女子の体操競技でやるあれか。
大:そりゃ、平均台だ。そうじゃなくて、平均律。つまり、1オクターブの中を100セ ントごとに12に区切って平均的な音階を作るやり方だ。これだと、1曲の中に存在する 転調で起こるウルフトーン、つまり汚い音のうねりが軽減されるが、純粋な和音は得られない。 それに対して、ヨーロッパでは純正律が多く用いられる。そうそう、熊さんのやっている ジャズには、ブルーノートと呼ばれる、半音の半音、つまり、クオータートーンに近い、 平均律にはない音程の音が使われることもある。
熊:おやおや、ますます面倒くせえ。
大:そうだな。日本の代表的なジャズピアニストの大西順子さんが、絶対音感について語った中で、こう言っている。
『いろんなライブハウスで演奏しますから、音が狂ったひどいピアノもあります。(中略) もちろん音が狂ってて気持ち悪いということはありますが、でも、それはこの音楽には よかったのだという感覚もあります。(中略)必ずこれがパーフェクトだとか、アブソル ートだとか、そういう言葉をできあがった音楽に当てはめるのはすごく無理があるように 思います。』
熊さんも、今の段階では、あまり細かいことは気にしないでいいだろう。
熊:そうかい。じゃ、俺ぁヨンヨンニじゃなくて、ロクサンヨン、にすらぁ。
大:ロクサンヨン?そりゃ、ずい分高いな。
熊:高いはずだ、634、東京スカイツリーの高さだ。