バンドマン風落語・寝床


えー、ようこそのお運びで、厚く御礼申し上げます。
こうやって見渡しますと、サラリーマンの方も大勢お見えようで、お仕事、お疲れ様です。 多分、ご苦労も多いんでしょうね。ま、例えば、上司の趣味に付き合わされるとか・・・。 酒ぐらいならいいんでしょうけど、せっかくの休日にゴルフのお供とか、嫌でもやんなく っちゃいけないってのは、さぞ大変でしょう、心からお見舞い申し上げます、って、お見 舞い申し上げちゃいけないんですが・・・。

「おや、マンションの皆さんお集まりで、ご苦労さま」
「どうも。いや、驚きましたよ、この賃貸マンションの大家さんが趣味でやってるジャズ バンドの演奏会、前の会で懲りたってんで、今晩の演奏会を、マンションの全員がなんとか かんとか理由つけて断っちゃったもんだから」
「ジャズの良さが分からないような人達には、うちのマンションには居てもらいたくない、 全員店立て(たなだて=立ち退き要求)だ!、ってんでしょう」
「急に店立てなんか言われても、貸家なんざ、すぐにはありゃしませんよ」
「何人かでも、決死の覚悟で『行きます』と言やよかったんだが。しかし、ひどいからね、 大家さんのサックスの音。なんというか、ゴジラが喘息を患った、というか」
「こないだ、夜中に動物園の裏手を通ったら、おんなじような音がしてましたよ」
「隣のおばあさんなんか、神経痛で三日寝込んじまったからね」
「神経痛?」
「ジャズだけに、節々が痛む」
「落し噺かい。しかし、自宅の庭にこんなホールまで建てて、演奏会じゃ、お酒におつま みをタダで出してくれるし。たくさんの従業員のいる会社の社長さんで、普段はいい人なんだが、 サックスを持つと人格が変わって、残忍性を帯びてくるからね」
「ま、だだっ子の機嫌が直るまでの我慢だから」
「そりゃそうと、今日は何を演奏するんです?」
「さあ?私、ちょっと楽屋に行って聞いてきましょう・・・えー、あっ、どうもお疲れ様 です。あのー、大家さん、今日はどんな曲目を・・・」
「おや、ま、お入りなさい。え、曲目を聞きに?そうかい、ふふふ、あんたもジャズが好 きだねえ。そうだね、今日はお客様も大勢お見えだし、気合いを入れて頑張りますよ」
「気合いを!?しかしそのー、大家さんもお疲れでしょうから、軽く流す、というような・・」
「とんでもない。私ゃ、そんな手を抜くようなことはしませんよ」
「はあ・・・。で、どんな曲を?」
「そうね、まずは口慣らしで、ブルースを、んー、『ビリーズ・バウンス』あたりから入 ろうか。それから、わかりやすいところで『テイク・ジ・Aトレイン』、スタンダードで『酒 とバラの日々』、ソニー・ロリンズの『マック・ザ・ナイフ』、あ、ロリンズと言えば『セ ント・トーマス』も入れときましょう。スローナンバーで、定番の『スター・ダスト』、 そうだ、久しくあれをやらない、『柳よ泣いておくれ』。『柳』は私の得意な曲だ。それから 今日はトロンボーンが手伝いに来てくれているので『ファイブスポット・アフターダーク』 をやろう、ベニー・ゴルソンとカーティス・フラーのサウンドで、満場をうならせるから な」
「満場がうなるんでございますか(汗)」
「ちょっと目先を変えて、デキシー調で『ザッツ・ア・プレンティ』、それから『ラウンド・ ミッドナイト』ははずせないな、そうだ、ボサノバを忘れるところだった、『イバネマの娘』、 『リカード・ボサノバ』、拙い曲ではあるが、私のオリジナル曲を10曲ほど聴いて頂こうかな、 それからブルースに戻って、『クール・ストラッティン』、『ストレート・ノーチェイサー』を、 メンバーの誰かが倒れるまで」
「倒れるまで!・・えー、そうしますと、終わるのは、いったいいつ頃になりますでしょ う」
「そうだなー、明後日の朝、白々明けごろには」
「明後日の朝!?」
「エーッ!そんな〜・・・(泣)」
「ああびっくりした。誰だ、そこで泣いているのは?・・・なんだ、従業員の定吉じゃないか、な んでお前が泣いているんだ」
「だって、このホールは従業員の宿舎も兼ねてますから」
「ああ、従業員のみんなには、普段ここで寝泊りしてもらっているが、それが?」
「あのステージの上が、私の寝床なんでございます」


(ちなみに)
寝床=古典落語から派生した言葉で、権力ある立場の者が配下の者に対して自分の拙い芸の鑑賞を 強要するすること、またその芸。
(例)
「お得意先の部長の落語の会、聴きにいったんだってね。どう、上手だった?」
「いいや、寝床そのまんま」