バンドマン風落語「ジャズ公社」


                   バンドマン風落語「ジャズ公社」


えー、梅雨入りしたというのに晴れた日ばかりで、暑くて汗はかくわ、熱中症に気を使 うわで、皆様におかれましては、苦しい日々が続いていることと、お悔やみ申し上げま す、ってそれほどでもないでしょうが、そんな中をようこそのお越しで、厚く御礼申し 上げます。

そんな炎天の中、わたくしちょっと用事がありまして、先日ある公共機関、つまり役所 に行きましたんですが。最近の役所というのはずいぶん改善された、といいますか、昔 あったような、ツッケンドンというような対応は、少なくなりましたですね。受付でも言 葉使いがやさしい。腹が立ってもじっと我慢の子、みたいなことはあまり見かけなくな りました。
ところが昔はというと、あっちだこっちだと窓口をたらい回しにされたあげく、ウロウ ロしてないでちゃんとせぇ、みたいに叱られる、なんてことがよくあったものですが。

「へー、新しい店が出来たと思ったら、『ライブハウス・ジャズ公社』?公社ってからに は、お役所が経営してるのかな。最近ジャズにご無沙汰だし、会社じゃ仕事仕事で、 ストレス溜まってるし、ちょっと入ってみるか・・・おや、受付って書いてある。えーっと、 ここライブハウスですよね」
「はい、いらっしゃい。お一人様ですか」
「ええ、一人ですけど」
「わかりました。今から書類を作りますので、そこにおかけください」
「書類?書類を作るんですか?」
「ええ、なんかあったとき困りますから。じゃ、まずお名前から伺います、お名前は?」
「名前ですか、えー、鍋貞日之照ですけど」
「ナベサダ、ヒノテル、さんですね。年齢は?」
「としですか、38だけど」
「38?ずい分ふけて見えますけど、ウソじゃないでしょうね。虚偽の申告は後であな た自身が困ることになりますよ」
「ウソじゃありませんよ、なんなら免許証見せましょうか」
「いや結構です、38っと・・・それから、住所と電話番号を」
「住所と電話番号?そんなのがいるんですか」
「もちろん。なんかあったとき連絡がとれないと困りますからね。ナニ、ハイハイ、わ かりました。それから、家族構成は?」
「家族構成?まだ独身だけど」
「だろうね、その顔じゃ」
「その顔じゃって、ほっといてくださいよ、人は顔で結婚するんですか!」
「はいはい、結婚してない人はたいていそう言うんです。で、職業は」
「会社員ですよ」
「会社員ね。職業、会社員、カッコ、ヒラ、と」
「カッコ、ヒラ、はよけいでしょ、当たってるけど」
「次は、えーっと、親御さんのお仕事は」
「親の仕事?そんなもん聞いてどうするんです」
「のちのちの保証ということもありますからね。えー、なんですか、まさか無職、ってんじゃ ないでしょうね」
「学校の先生をしてますよ、もうすぐ定年だけど」
「ははあ、先生・・・センセイ、ショナルなお仕事、なーんちゃってね。えーっと、そ れから、このお店を選んだ理由、ですが、次から選んでください。
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どれですか」
「どれって、通りすがりに見かけたから入っただけですよ」
「はい、じゃその他ですね。その他に○。・・・食い逃げ危険度B、と」
「食い逃げ危険度?そんなこと、するわけないでしょ」
「はい、これでここでの書類審査は終了です。じゃこの書類を持って2番の窓口、あそ こに見えるでしょ、あそこに行ってください」
「2番の窓口?どうなってんだ、この店は。えーっと、この書類を持ってきたんだけど、 ここでいいんですか」
「いいですよ。えーっと、鍋貞日之照さんですね・・・38歳、会社員、ヒラ」
「ヒラはよけいだって」
「はい、じゃ書類をこのクリアファイルに入れて、3番の窓口に行ってください」
「また行くの?3番窓口ってどこよ」
「そこの角を曲がって階段を上がったら2階の突き当たり。あ、ちょっと、ファイル代 200円払ってください」
「おやおや、なんも聴かないうちに200円とられちゃった・・・すみません、このフ ァイル出すの、ここでいいんですか」
「はい、ここですよ。えーっと。あ、困るなあ、鍋貞日之照さん。あなた、まだ健康診 断受けてないでしょ」
「健康診断?!健康診断受けるんですか」
「もちろんです。健康な体あってこそのジャズですから。4階の診療所で健康診断を受 けてから、またこちらに来てください」
「4階?エレベーターはどこです?」
「そんなもん、あるわけないでしょ。歩いて上りなさいよ、運動になるから」
「おやおや、会社の健康診断もサボってるのに、まさかこんなとこで受けるとは・・・ やれやれ、やっと済んだ。バリウムってのは、どうしてあんなにマズいかなあ、ビール 味とか焼酎味とか、できないのかな・・・・すみません、健康診断を済ませたんですが」
「はいはい、どうもお疲れさまでした。えーっと診断結果は、っと。なるほど、フムフ ム・・・。わかりました。あなたに合ったジャズが判明しましたので、この書類をさっ きのファイルに一緒に入れて、3階の5番のライブ部屋に入ってください」
「3階!?また上がんのかい」
「では、本日の料金は、ライブチャージを含めて5000円になります。領収書は要り ますか、いらない?経費で落とすことも出来るんですけどね。じゃ、ごゆっくりどうぞ」
「やれやれ、やっとジャズとご対面か。ここだな3階の5番の部屋・・・あれ、ステー ジには誰もいないや。ま、いいか、そのうち出て来るんだろう。どんなのをやるのかな、 シーデキか、バップ系か、それとも・・・それにしても、あちこちたらいまわしにされ て、なんか眠〜くなって、きちゃ、った、な、ぁ・・・・グー・・グー・・グー・・」

「お客様、お客様」
「あー、はい。あ、いつの間にか寝ちゃったのか。で、なんです?というか、ライブ、 まだ始まらないんですか」
「いえ、もう終了しましたよ」
「終了?終了って、おい。たしかに寝てたけど、ジャズどころか、なんの物音もしなかっ たじゃないか。そんなジャズってのがあるか!」
「いえいえお客様、お客様の健康診断の結果から、お客様に必要なものを提供できるジャズをお届けし ましたが」
「必要なものって、わたしに何が必要だと言うんだ」
「お客様に必要なのは、静寂、です」