小説 『西洋楽器事始め』

                    小説 『西洋楽器事始め』

「殿」
「なんじゃ」
「欧州よりの使節団の献上品が、ただいま到着いたしまして御座います。お目とお しのほどを願わしゅうぞんじます」
「左様か、苦しゅうない、そこへ並べてみよ。この度は何か珍なるものを持って参ったか」
「は、実は、ひと品だけ、今まで見たことのない品がござりまして・・・これでございま すが、なにしろ、彼らの言葉がよく分かりませぬ故、どのように用いるものやら、皆目見当 がつかぬ、という不手際にございまして」
「どれ、見せてみよ。おおー、これはまた奇なる形をしておるな。いったい何に使うもの かの」
「お恐れながら、先ほども申し上げましたとおり、皆目見当がつきませぬ」
「そちほどの知恵者でも分からぬか・・・それは、金で出来ておるようじゃが、金か?」
「いえ、重さが違いますゆえ、金に似せた、真鍮、と申す金属と思われまする」
「なんじゃ、金ではないのか」
「ははっ、申し訳ごさいませぬ。金に似せたものを献上するとは、まったくもって不届千 万!さっそくきゃつらめを手打ちに」
「まあよい、捨ておけ・・・ふーむ、しかし見れば見るほど奇怪な形をしておるが・・・ そうじゃ、その大きな朝顔の花が開いたような方を上に向けてみよ・・・どうじゃ、そ こで雨水を受ける、のではないか?」
「なるほど!さすが殿。こちらから雨水を受け、そして、この細い管を通してこちらの口 から出す、ちょうど、植木職人が草木の水遣りに使いおります、如雨露(ジョウロ)のよ うな物、かもしれませぬな」
「ふむ。しかし、それにしては、水を溜める所が、その細い管だけというのも、妙じゃな」
「まことに・・・おや?おお、なんと!殿、この細い管には仕掛けが御座います!このよう に、この管を引きますと、中にも管があり、倍の長さに延びるようになっておりまする」
「なるほど。それで多くの水を溜める、という仕掛けかもしれぬな」
「左様かと・・・おやおや、外側の管が、仕込み杖の鞘のように、抜けてしまった。これは いかがしたものか」
「その、出口の方にも、何か付いておるようじゃの」
「はあ、これはなんでござりましょうか・・・あっ、殿、これも取り外すことが出来ます る。こちらはちょうど、小さな漏斗(じょうご)のような形をしております」
「どれ見せてみよ・・・なるほど、これで水を集めるのか、それにしては小さいの」
「左様でござりまするな」
「おお、見よ、どうじゃ、あてがってみると、ちょうど余の口に合う大きさじゃ」
「あ、殿、南蛮渡来の正体の知れぬものを、そのように、むやみに口に当ててはなりませぬ!」
「かまわぬ、ほれ、こうじゃ、フーフーフー、フーフーフー、、はははは」
「殿、お戯れを」
「ははは、ブーブーブー・・・ん?いま、妙な音がした・・・ブーブー・・・これは、異 なこと。これを口に当ててブーと吹くと、何やら大きな音が出るではないか・・・そうじ ゃ、その、金色のものを、これへ。かまわぬ、これへ。この小さいものを、この細い管に 差し込んで、先ほどのようにブーと鳴らしてみると・・・・ブワ〜、ブオォ〜!」
「これはまた、なんと!」
「おお、こはいかに。まるで、修験者のほら貝のような音がするではないか。これは面白 い、ブワ〜、ブオォ〜!・・・そうじゃ、この細い管は伸び縮みすると申したな、どれ、 これをこういう具合に伸び縮みさせると、どうなるであろう・・・プァ〜ワ〜プァ〜!おお、 これはどうじゃ、滑稽な音がするではないか、プァ〜ワ〜プァ〜!」
「いやはや殿、お戯れが過ぎまする・・・・」

江戸時代のある年の記録として、北九州バンドマン歴史資料館に残るこの資料から、これが、 日本人が初めて西洋の金属製の楽器に触れた記録ではないか、と考えられている。
そして、その内容から、この時奏されたのは、金管楽器トロンバ(トロンボーン)ではな かったかと推測されている。
ただ、これが江戸時代のいつごろの年代で、殿が誰で(つまり、日本人初のトロンボニストが 誰で)、家来が誰であったか、残念ながら、つまびらかではない・・・。


(注)この物語はフィクションであり、この世に存在する全てのものと無関係です。