バンドマン風落語「稽古屋・2」

                   バンドマン風落語「稽古屋・2」


えー、お暑いなか、ご来場ありがとうございます。
いつの時代にも、男の一番の欲望といえば、彼女が欲しい、と決まっているようですが。

熊:大家さん、いるかい。ちょっと相談があるんだが。
大:なんだ、熊さんじゃないか。まあ、上がんな。おや、元気がないな、どうした。
熊:別にどうってことはねえが、こないだ、八公の野郎がバンドの練習にチャンナオン 連れて来やがった。あのチャランポラン野郎にチャンナオンがいて、どうして俺にいね えんだと思ったら、つい元気のエネルギーがしぼんじまった。
大:待ちなよ熊さん、なんだい、そのチャンナオンってのは?
熊:わからねえかなぁ、チャンナオン、ナオンちゃん、女ちゃん、つまりジョノカだよ、 大家さんも日本語にうといな。
大:なにがうとい、だ。彼女ってことか。で、相談ってのはなんだ。
熊:だからよ。俺にも彼女ができる方法がねえかな、と思って。
大:おやおや、この暑いさなかに何かと思ったら、そんなことか。
熊:そんなこととはなんだよ。じゃ、責任を持って彼女を紹介してもらおうか、おう。
大:おう、とはなんだ。だいいち熊さん、彼女が欲しかったら、熊さんにも彼女の気を 引くようなものがなくっちゃ。
熊:なんだい、その気を引くものってのは。
大:昔から言うな、「イチミエ、ニオトコ、サンカネ、シゲイ、ゴセイ、ロクオボコ、 シチゼリフ、ヤヂカラ、キュウキモ、トヒョウバン」とな。
熊:とな、って、収まってっんじゃねえよ。なんだいそりゃ。東京オリンピックを招致 するマジナイかい。
大:どっから東京オリンピックが出てくるんだ。つまりだ、このなかの一つでもあれば、 彼女の気を引くことができる。
熊:へー。じゃ、なんです、イチミエってのは?
大:イチミエ、つまり一番目に見栄がよくなくっちゃいけない、ってことだ。たとえば、 熊さんの格好・・・は、なんだ、そりゃ。ずい分腹が出てるな。
熊:これかい、俺ぁ練習場の冷房で腹が冷えると下痢起こすから、座布団を巻いてる。
大:座布団!?服が窮屈そうだが。
熊:これかい、いっしょにサックスの練習をしてる中学生の、古い服をもらった。
大:中学生のオサガリを着るんじゃないよ。そんなんじゃ、彼女にはもてないな。
熊:ってえと、二番目はなんです。
大:ニオトコ、つまり男前ってことだ。
熊:大家さん、俺はどうかね。
大:どうかねって、顔を近づけるんじゃないよ。普通の人なら気絶するぞ。まあ、生ま れ直すしかないな。
大:大きなお世話だ。じゃ、三番目は。
大:サンカネ、つまり金だ。熊さん、金は?
熊:無い!
大:早いな。ま、当然だが。じゃ、四番目のシゲイ、つまり芸事はどうだ。
熊:芸事、それならまかせてくれ。「延命寺川のホタル踊り」は、バンドの打ち上げの宴 会でも大評判だ。
大:ほう、「延命寺川のホタル踊り」か、いい名前だな。どんな踊りだ。
熊:まず、パッと裸になって、体中に墨汁を塗る。次に、頭に赤いタオルを巻いて、尻 に100円ショップで買った点滅電球をはさむ。そして、宴会場を走り回る。
大:なんだい、そりゃ。
熊:だからさ、体が黒くて、頭が赤くて、お尻でライトが点滅して、ちょうどホタルみた いだろ。『さあ、延命寺川のホタル踊りの始まり始まり〜』ってんで、そりゃあバンドで大 評判。
大:おいおい、バンドの打ち上げでそんなことしてるのか。そんなことしてたら、彼女 がいても逃げていくわ。だめだだめだ。
熊:だめかい、自信があったんだがな。じゃ五番目は。
大:ゴセイ、つまり精を出して働くと、彼女が惚れる。
熊:精出して働く?そりゃ、年金を貰わねえで、汗かいて働くってことかい。
大:待ちなよ熊さん、熊さんはまだ年金を貰う歳じゃねえだろ。
熊:俺はもらわねえが、おふくろが貰ってるから、そのウワマエをはねる。
大:とんでもねえ奴だ。そんなんじゃ、彼女はできないな。
熊:じゃ、六番目は。
大:ロクオボコ、オボコイ、つまり純情だとモテるが、バンドやってるってだけで、ムリ だな。
熊:大家さん、それって、バンドマン全部を敵に回したぜ。じゃシチってのは。
大:シチゼリフ、つまり台詞まわしがいい、弁が立つと持てる。熊さんみたいに、喧嘩 で、しゃべる前に手が出るようじゃ。ムリだ。
熊:次が八番目か、なんだか心細くなってきたな、ハチってのは。
大:ヤヂカラ、つまり力があるともてる。熊さん、力はどうだ。
熊:どうだあ?そんな、疑いの言葉がよく言えるな。この力コブ見てくれ。 こないだも、トランペットの奴が「ディジー・ガレスピーのラ ッパはかっこいいな」って言ってたから、そんなの簡単だ任せろって、ベルをグイッ て曲げてやったら、泣いて喜んでた。
大:おいおい、そりゃ本当に泣いてんだ。
熊:そうかな。で、九番目はなんです。
大:キュウキモ、つまり肝が据わっている、度胸があるともてるな。
熊:肝なら任せとけってんだ。このあいだの練習のときだ、大雨が降って雷がゴロゴロ鳴る嵐 の晩だったけど、一人で出掛けたんだぜ。
大:どこへ?
熊:トイレ。
大:そんなこったと思った。そんなことは子供でもできる。
熊:とうとうラストの一つか。で、十番目は。
大:トヒョウバン、つまり評判がいいともてる。そういや、そんなことはないと思うが、 よそのバンドとの交流演奏に行ったとき、熊さん、ほかのバンドのいい楽器と入れ替え て持って帰るってえ話を聞いたが、そんなことはないよな。
熊:入れ替えて?!誰がそんなこと言ってやがんだ。そんなのは昔、キャンプ巡りをし ていたバンドマンがやってたことだろ。俺がそんなこと、するわけがねえ。
大:そうだろうな。
熊:俺はね、カラッポのケースを持って行くんだよ。そして、それにいい楽器を詰めて 持って帰るんだ。それを、入れ替える、だなんて、人聞きの悪い!
大:なお悪いじゃないか。それより、もっと楽器の練習をしろ。楽器が上手かったら もてるようになる。彼女が欲しかったら、一に稽古、ニに稽古、三四がなくて、五に稽古だ。

熊:大家さん、いるかい。
大:なんだ、熊さんか、久しぶりだな。おや、お連れさんがいるようだが、ひょっとし て彼女かい。
熊:ああ、このあいだの大家さんのご助言で、彼女ゲットだ。
大:わたしの助言?どんな助言だ。
熊:彼女の名前、「ケイコ」ってんだ。