一幕芝居 「神々の悩み」

               一幕芝居 「神々の悩み」

出演
恵比寿様、大黒天様、毘沙門様、弁天様、布袋様、福禄寿様、寿老人様

幕が開く。ここは、神社の奥まった場所にある、広い板張りの間。七人の神様が丸く輪に なって座って酒を飲んでいる。中央には酒壷や、ワイン、カンビールなどいろいろな酒が、 各神様の前には盃とグラスが置いてある。長時間酒盛りが続いているらしく、全員がかなり 酩酊している。

恵比寿様   「おーい、そっちのほう、飲んでんの?・・・う〜ん、ジャンジャン飲んでよ・・・。 ね、正月、人間どもの勝手な願いを聞くんで大変だったんだから、今日ぐらい飲まなきゃ。 ちょっとそこ、何もめてんの、え、大黒様は帽子を取らないから失礼だ?しょうがねえだ ろう、制服なんだから。おや弁天様、いつ見てもお綺麗でいらっしゃる。ちょっと踊って みせて、ち・や・う・だい・な〜、なーんてね。」
毘沙門天様 「おい、恵比寿、大抵にしねえな。だいぶ酔ってんじゃねえのか」
弁天様 「いいんですのよ、たまのことですから。それより布袋様、今日の奉納の音楽、お 聴きになりました?」
布袋様 「音楽ってえと、カセットの?」
毘沙門天様 「そうそう、我々神様を迎えるのに、カセットテープってのは、ねえだろう。 俺ぁ、槍で突き刺してやろうかと思ったよ」
福禄寿様 「おいおい毘沙門天、乱暴はいけねえが、それにしても、カセットはねえよな」
寿老人様 「ありゃなにかね、生演奏が出来る人間がいなくなっちゃった、ってことかね」
福禄寿様 「そうでしょうねえ。雅楽の楽器てのは、そんなに難しいのかなー」
弁天様 「それと、友達の伎芸天様が言ってたんですけど、近ごろの人間は、音感がおかし くなってるんですって」
大黒天様 「へー、どんなふうに?」
弁天様 「ほら、ピアノって、人間が作った楽器がございますでしょ」
大黒天様 「ああ知ってまっせ、白と黒の鍵盤が並んでるやつでっしゃろ」
弁天様 「ええ、あんなふうに音程が決まった楽器でないと、演奏が出来なくなってきてるん ですって」
毘沙門天様 「ふーん、なんだか、よく分かんねえな」
恵比寿様 「つまりだよ、音ってのは無限の広がりを持っているのに、それを下のドから上 のドまで、12の音にぶった切っちゃった、てことさ。ね、弁天様」
毘沙門天様 「おい、恵比寿、俺は弁天様に聞いてんだよ。横から口、挟むねえ」
恵比寿様 「なんだと毘沙門。そういやお前さっき、俺の鯛の半身、食いやがったろ」
寿老人様 「まあまあ、二人とも止めなさい。なるほど、機械的に固定された音しか使わな くなった、だから、ピアノの音階にない日本古来の音程が理解できない、ってことだな」
大黒天様 「そやけど、地方の音楽なんかには、まだまだ、自由な音感が残ってまっせ」
毘沙門天様 「そういや、出来立てのころのジャズの、ブルーノートってのも本来は、たと えばミの半音下がりじゃなくて、微妙な感覚の音だったよな」
恵比寿様 「そうそう、マイナーとメジャーの中間のような、あの微妙なブルース感覚が、 なんともいいんだよな」
毘沙門天様 「おや、気が合うな、おい恵比寿、もっとエビスビール飲めよ」
布袋様 「へー、じゃピアノは、ブルーノートは出せんのですか」
弁天様 「だから、ミとミの半音下がりをいっしょに弾いたり、ずらして弾いたりして、表 現してるらしいですのよ」
寿老人様 「ほんに、あのころのジャズのサウンド、懐かしいわい」
恵比寿様 「じゃ、二次会はジャズライブハウス『あのよ〜』にしましょうか。えーと、コ ンサートの予定表は、っと・・・サッチモのラツパに、デュークエリントンのピアノか。 ん?ニュースカイラーク・ジャズオーケストラ・・・あれ、このバンドはまだ現役でしょ?」
弁天様 「恵比寿様、よく見てくださいよ。ニュースカイラークの右肩に、『近日来演』って 書いてございますでしょ」
恵比寿様 「あ、ホントだ、ハハハ・・・。さ、じゃ皆さん、ライブハウスで、もうひと盛り 上がりしましょうや」
全員 「いいねえ、行こう行こう」

七人の神様は立ち上がると、少しずつ姿が薄くなっていき、ス〜ッと消える。後には、広間 の静寂さが残り、そして、ゆっくりと幕が降りる。