バンドマン風「落語・掛取万歳」


            バンドマン風「落語・掛取万歳(かけとりまんざい)」

えー、お寒い中をご来場、まことにありがとうございます。
いよいよ押し詰まりまして、なにかと気忙しい時期ではございますが、そんな中、のんび りと寄席で落語を聴いたり、ライブハウスでジャズをお聴きになるというのは、まことに もって見上げた根性だと、楽屋一同、涙を流して喜んでおります。
んー、今は、買い物をなさるにも、現金とかカードとか、いろんな手立てがございますが、 以前は町内の店で、なんでもかでも掛け、つまりツケで買ったもんでございます。
「おう、これ貰ってくぜ。勘定は晦日(みそか)で頼むぜ」
「ああ、持ってきな」
てなもんで。ところが、この掛けを、その月の晦日に払えればいいんでしょうが、
「すまねえが、今月の払い、もうひと月待ってもらえねえかな」
なんという、これが押せ押せになって、とうとう大晦日、つまり12月まで溜まりに溜まっ てしまう。そうなりますと、掛けを取るほうも、取られるほうも、大変でございます。
「え、お前が?いや、あそこは私が行きます、あそこは図々しいんだから。今日は何がな んでも貰ってくる。なんだかんだ言ったら、首でも取って来るから!」ってんで、
『大晦日 首でも取って 来る気なり』。
ところが、取られるほうもヤケクソで、
「へん、ねえものはねえんだ、おう、首でもなんでも持ってってくれ!」
『大晦日 首でよければ やる気なり』、
なんという・・・。
その昔、キャバレーのバンドってのは、1回のステージが30分で、あとの30分は別の バンドが演奏する、それを一晩5回ステージぐらい繰り返す、なんてのが多かったんです が、そうなると30分は暇なわけです。ですから、その間は熱心に練習する・・・なんて バンドマンは、いやしませんな。たいていはチーバク、つまりマージャン、トランプなん かの博打でございます。短い時間でやるんで、簡単なルールでお金の・・・じゃあなくて、 チョコレートの計算が出来るようにする。ところが、30分しかありませんから、
「え、もうステージ?じゃ悪いけど、この分、次で清算するから」
なんてことになる。これが、いつのまにか溜まりに溜まる、そうすると、年末大晦日に、い ろんな騒動が起こるわけで・・・。

「おい、お前、どうすんだよ」
「どう、って?」
「なにのんびりしたこと言ってんだ。お前、バンドのメンバーにチーバクの借金、いっぱ いあんだろ。今月中に全部返すって約束、大丈夫なのか」
「あ?ああ、わかっちゃいる、けど、金はねえし。じゃ、また去年の手でいくか」
「去年って、『おふくろが死にまして葬式代が大変で』、ってあれか。おい、あん時メンバ ーが心配して香典までくれたってのに、お前のおふくろ、正月のテレビ番組の街角インタ ビューで、ニコニコして喋ってたろ。それを見てお前、『ちょっとみんな見て、これウチの おふくろ!』って、自慢しやがって」
「ハハハ、そうだった」
「ハハハじゃねえや。お前がいい加減なことばっかりするから、この曲はトップの譜面が 吹きたいって思ったって、俺たち若いモンは、いつまでたったって、セカンドかサードし か吹かせて貰えないじゃないか。」
「なに、今度はちゃんとやるから大丈夫」
「ちゃんとって、どうするんだ?」
「ほら、よく、好きなものには心を奪われる、ってえだろ。その手でケムに巻いちまう。 あ、バンマス(バンドマスター、バンドのリーダー)が来た。おい、バンマスは何が好きなんだ?」
「うちのバンマスは、川柳バンマスって呼ばれるぐらいで、川柳に凝ってるけど」
「川柳?ふーん。あ、これはこれはバンマス、おはようございます。お早いご出勤で」
「なにがお早いご出勤だ。それよりお前、チーバクの貸し、今月払ってくれるんだろうな」
「そりゃもう、間違いなく。ただ、最近ちょっと凝ってまして、川柳に。やってみると、 ありゃ面白いもんですね」
「川柳に凝った?俺が川柳が好きだからって、そんなことでごまかそうたって、そうはい かないが、本当に川柳に凝ってんのか、ふーん。それで、なんか最近やったのがあるか」
「貧乏をテーマにやったやつが、幾つか」
「貧乏?ほう、どんなんだ」
「こんなん、どうです。『コンビニの 袋重ねて マイバッグ』」
「コンビニの袋が、エコバッグならぬマイバッグ、ってことか。貧乏の実感がにじみ出て るな。それから」
「『コンビニの カメラ俺だけ なぜ狙う』」
「貧乏だからなんか怪しまれてる、みたいな気がする、切ない句だな。うん、それから」
「『一年中 俺の財布は クールビズ』」
「貧乏をクールと表現するなんざ、洒落てるな。それから」
「『悔やんでる 100円ショップの 衝動買い』」
「貧乏人には、たかが100円されど100円、だからな」
「『オレオレの 電話よ俺にも かけてこい』」
「金がないから絶対引っ掛からないってのが、貧乏人の自慢だからな」
「えー、それから」
「もういい、わかった。ま、そんなに金がないんだったら、来年まで待ってやるから。そ れより、ちゃんと練習して、早くトップが吹けるようになるんだぞ、いいか」
「はーい、わかりましたー、どうもー・・・。ハハハ、行っちゃった」
「お前、上手いな。いつそんな川柳作ったんだ」
「なーに、あんなの、ネット開きゃいくらでも出てくる。あ、今度はトップアルト(サック スプレーヤー)だ。あの人は何が好きなんだ?」
「あの人は、薬に凝ってる」
「え、クスリって、そりゃ、ヤバいんじゃないか」
「いや、クスリったって、いわゆるスリクーじゃなくて、本当の薬だ。ひとにどっか体が 悪くないか聞いて、薬や病院を勧める、いわゆる健康オタク、ってのが、あの人の趣味だ」
「プッ、変な趣味だな。ま、いいや。あ、おはようございま〜す」
「あ、いたな、借金マン。おい、これまでのツケ、今すぐ払ってもらおうか」
「いやー、申し訳ないです。ツケのことを言われると、ホント、耳が痛いです」
「耳が痛い?ふーん、そりゃ、中耳炎かもしれんな。中耳炎ってのは、病原菌によって起 こる感染症だ。治療には抗生物質を使うけど、使い過ぎると、効力が無くなるので注意し ないといけないな。他に飲み薬、点耳薬もあるぞ」
「へえ、そうなんすか。それに、あなたの借金のことを思うと、いつも胸が痛む」
「胸が痛む?そりゃ心配だな。まあ、若いから大丈夫とは思うが、心臓とか肺に疾患が無 いか、一度大きい病院で検査を受けてみたほうがいいな」
「それから、家に帰れば、チャンカー(女房)やらドモコ(子ども)のことで、頭が痛くて」
「頭が痛い?頭痛か、いかんな。頭痛には、心理的、身体的な緊張が原因の緊張型頭痛と、 脳血管の収縮・拡張が原因ではないかといわれる片頭痛がある。それに、重篤な病気の前 兆の場合もあるから、頭痛を軽く見ないことだ」
「そんなに親切に言って頂くと、借金のある身として、心苦しい限りで」
「心苦しい?そりゃ精神的なものかもしれん。うつ病ってこともあるし、明日にでも精神 科で診てもらえ」
「えーっと、それから」
「おいおい、そんなにあちこち体が悪いのに、無理するな。借金は来年でいいから、体を大事 にしろよ、わかったか」
「はい、ご親切にどうも、ありがと、う、ご、ざ、い・・・。ハハハ、また行っちゃった」
「うまいこといったな。それにしても、上手い具合に、病気のこと、話をもっていったな」
「俺、ボーヤ(見習いバンドマン)のころ、お医者さんの家に三年間、居候してたから」
「へー、昔苦労したことが、役に立ったんだな」
「うん、ことわざにもあるだろ、『医師の家にも三年』」

『掛取万歳』の半ばですが、お時間が参りましたようで・・・。